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1.忍び寄る終焉

カーンッ


「……またか。

飽きぬものだな、女神のヤツも」


 ため息をつきながら、ノワはゆっくりと起き上がる。


 目の前に広がるのは――今まさに滅びようとする、彼の国。


「本当に。

……嫌になるくらいに、鮮明な光景だ」


 満月の夜。


 悪夢の始まりにはいつも、硬い金属音が鳴り響く。


ガラガラガラッ!


「……ふむ」


 近くの民家から崩れ落ちる瓦礫を軽く避けながら、ノワは歩き出す。


ボウッ!!!


 一面火の海の中、生命の気配は一つも感じられない。


カツッ


 ところどころ欠けた石の道を歩むうち、彼の目の前に現れるのは。


「――魔王城。

いつものことながら、酷い有様だな」


 火の手は、もうすぐそこまで迫ってきていて。


 白と黒で作られたその城に、不気味な赤色が映る。


(……大英雄の折、ここに戻ってきたときも。

これほどまでに、この国は荒れ果てていた)


 そう考えつつ、ノワはふっと笑う。


「さて、そろそろか?」


 魔王城を見上げ、ただ静かに目を閉じる。


 沈黙。


 待てども待てども、それは起こらない。


「……どういうことだ」


(ここで、女の声が聞こえるはずなのだが)


ドンッ!!!


「――っ」


 炎に呑まれた魔王城は、ついに崩壊を始める。


(何かが、おかしい)


 違和感。


 鳴り響く本能の警告にも構わず、ノワはゆっくりと歩みを進める。


「――『フランマ』」


 入り口を塞ぐ瓦礫を破壊し、魔王城の中へと入り。


(何が起こっている?

……この世界は、一体――)


――どこなのだ


 見たことのない、その夢の続き。


 導かれるようにして、ノワはある扉の前に立つ。


(いつ見ても。

本当に、不思議な色だな)


 真っ黒なはずのその扉は、けれどぼんやりと淡く光っていて。


「この扉は、フォンセが好んだ石材で作られていたか。

……ふっ」


 苦笑が漏れる。


(忘れようとしても。

この石だけは、忘れられんな)


 そっと、指先で割れ目をなぞる。


(光のもとでは黒く、闇の中では明るく光る)


 古来より、旅人の行く先を照らしてきたとされるその石。


「民の間では、この石を模した『お守り』が流行していると聞く。

……なんとも、バカバカしい話だ」


(そんな『お守り』を、あれほど大切に思っていたあやつが。

……真っ先に、この世から消えたというのに)


 静かに歩み寄り、その扉を片手で軽く押す。


キィッ……

 

 甲高い音とともに、扉の先が少しずつ見え始める。


 最初に目に入るのは――中央の一段と高いところに置かれた、美しい一脚の玉座。


 そこに本来座るはずの王の姿は、どこにも見えなくて。


コツッ、コツッ


 中央を走る黒いカーペットの上を、ゆっくりと歩き出す。


「懐かしいな」


 小さく呟く。


 魔王たる彼が、己の城の中で唯一避けたこの場所。それこそが――


(――玉座の間)


 数百年前、そこは一度真っ赤に染まった。


 その主――先代魔王・フォンセの血によって。


「……やはり。

あまり気分の良いものではない」


 いつの間にか、ノワは目を瞑っていた。


 どうしないと――どうしても、思い出してしまうから。


(……フォンセ。

お前はあの日、何を伝えようとして――)


カーンッ!!


 思考を遮るかのように、再びその音は鳴り響く。 


ガッ!!!


 彼の歩みを止めるように、足に何かが引っかかる感覚。


(……なんだ?)


 伝わってくる熱が、妙に冷たく感じられる。


「――っ」


 鼻をつくのは――妙な鉄分の香り。


 吐き気とともに、目を開けて。


「……


……な――」


 その光景に、愕然とする。


 足元には、力なく広がる黒髪が。


(――なぜ)

 

 重なる姿に、思わず一歩下がる。


「……これは」


 突き立てられた一本の剣に、ようやく理解する。


 鳴り響くあの音が――剣がその体を貫き、地を穿つものであったのだと。


ボウッ!!


 背後から迫る炎の熱。けれどノワは、その場所から動けない。


 長い黒髪、突き刺さる剣から垂れる赤い血、握られたまま硬直したその手。


「……リーナ?」


 絶望とともに、その名は反響する。


「――っ!」


 ぐわり、と揺れ始める視界。悪夢が終わる合図だ。


(まだだ。

まだ、見なくてはならないことが――)


 必死に見つめる彼の目は、けれど抗いようもなく闇に飲まれていき。


 最後に見えたのは、剣の柄に手をかける大きな手と――


カンッ


 無表情でそれを見下ろす。


 炎よりも真っ赤な、2つの瞳だった。




◇◇





コンコンッ


「ノワ、いるー?」


 ノックとともに声を張り上げるも、返事はない。


「冷たい魔茶、持ってきたんだけど」

(……もう、寝ちゃったのかな)


カランッ


 私の手の中で、氷が涼しげに音を立てる。


(ノワ、疲れてるんだろうな。

……勇者の後処理、大変そうだし)


 ここ最近、ずっとこうして執務室に閉じこもっている。


 対する私は――あいも変わらず、完全に戦力外というわけだ。


「……飲み物置いて、早めに退散するか」


 本当に寝ていたら、毛布でもかけてあげるとしよう。そんなことを考えながら、そっと扉に手をかけ――


ガチャッ


「お邪魔しまーす……」


 小声で呟き、後ろ手に扉を締める。


 グラスを落とさないよう、慎重に運んでいくと――


「……ノワ」


 椅子に腰掛け、手を額に当てながら目を瞑る彼の姿。


「――っ」


 時々、荒い呼吸が聞こえてくる。


(……苦しそう。

っもしかして)


 窓の外を見やれば――輝く満月。


 そっとグラスを机の上に置き、私はノワの側に身を寄せる。


「また、あの夢?」


 返事はない。少しシワの寄った眉間に、思わず心がずきんと痛む。


(……ああ)


 死者を導いたところで。誰かの願いを叶えたところで。


(私は、一番救いたい人に。


――『何も、してあげられない』)


 せめて、という思いでその額に手を伸ばし――


ガッ!!


 突然それが、強く掴まれる。


「――っ!?」


 熱いはずなのに――なぜか指先だけが、妙に冷たく感じられるその手。


(な、何!?)


 勿論それは、ノワによるもので。


「……っ、」


 驚いて見つめていると、その目が少しずつ開いていく。


「……リーナ」


 そっと呟く声は、どこか掠れていて。


 まるで今にも、消えてしまうものを確かめるように。


 赤い双眸が、じっと私を見つめる。


「ノ、ノワ?どうし――」

「っ良かった……」


 そのまま、ぎゅっと抱きしめられる私。


「え、え?ええ?」

「もう、離さない……」

「え、いきなりどうしたの?

……っいや痛い痛い痛い!!強い、強いよ!?」


 じたばた暴れた挙げ句、やっとその腕から解放される私。


「はー、死ぬかと思った……。

……ノワ、本当にどうしたの?」


 いつになく揺れるその赤い光に、私まで不安になってしまう。


「また、いつもの夢?

……ごめん、邪魔だった?」

「いや、そうではない。

……気にするな、少し気が弱っていたらしい」


 ふっと目を逸らすノワに、思わず詰め寄ろうとするも。


「リーナ。

お前こそ、こんな夜更けになんの用だ?」

「ああ、えっと――

ハクを、探してて」

「……またブランか。

俺では、不満なのか?」


 途端に不機嫌になるノワ。


(全く、仲がいいのか悪いのか)


「そ、そうじゃなくて。

……やっぱりあの鏡台、邪魔だからどけてもらおうかと思って」

「鏡台、というと――お前の部屋にあるあれか?」

「うん、使い道もないし。

ついでに他にたくさんある家具類も、一気にどけちゃおうかなって」

「確かに、あれらはお前が使うには早すぎるか。

……そういうことなら、ブランが適任だろう」


 少し不満そうな顔をしつつも、どうやらノワは納得してくれたらしい。


「おそらく、書庫にでもいることだろう。

朝からずっと籠もっているからな、それはあいつにも届けてやったらどうだ」


 そう言って彼が見つめる先には、私が持ってきた冷たいグラス。


「書庫か、全然行ってないからどこかわかんないや……」

「ほう?

確か以前、『稀に気分転換で行っている』とかなんとか言っていなかったか?」

「……あ、あはは。行ってる、行ってます!」


(妖精さん――セレネから聞いたことについて、そう言って誤魔化した記憶が)


 危ない危ない、自分のついた嘘はしっかり覚えておくべきである。


(……そういえば)


 その時に話したのも、同じく私の部屋についてではなかったか。


「……ねえ、ノワ」

「書庫は地下の奥の扉だ、稀に行くのに忘れるとは流石だな」

「そ、そうじゃなくて!

……私の部屋のあの家具たちって」


 先代魔王の時代からほぼ変わっていない、その内装。


 幼少期のノワが使っていたとされる部屋で――私は一つだけ、ずっと気になっていることがある。


(どうして)


 化粧台に鏡。明らかに女物のそれらは、この城の中で違和感を放っていて。


「一体、誰が使って――」


バタッ!!!


「大変、ですの!!!」


 私の言葉を遮り、突然開いた扉から走ってくるのは――


「……フェリスか。

カルロスのところで修行をしていると聞いていたが――どうした?」


 息を切らす彼女に、座ったまま冷静に問いかけるノワ。


 その様子はまさに『魔王』で――先程までの弱気な様子など、幻を疑ってしまうほどだ。


「っはぁ、はぁっ――

おじさまから、伝言ですの!!」


 壁に手をつき、息を整える。


「北の元ローレル領を始めとする、反魔王派の貴族が――


月桂冠ローリエト』の名において!」


 ノワの赤い瞳が、静かに細められる。


 フェリスの喉が、こくりと小さく動いて。


「一斉に――


反逆を、起こしましたの!」

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