38.勇者の罪
――『大罪・激怒』
低い声とともに、闇夜が真っ赤に燃え上がる。
「っわぁぁぁぁぁ!!、、
た、たすけ……ぁぁ、あ゙!!!!」
全身を炎に包まれ、必死に手を伸ばしのたうち回る勇者。
「……ほう、やはりな。
すぐに灰になるかと思っていたが、かなり魔法の威力が落ちている」
「こ、これで落ちてるの??……っあつっ!!」
勇者から飛び散る火の粉を、間一髪で躱す。
「神話級の魔法だ。手加減無しで放てば国ごと燃える」
「そんなものを勇者一人に向けたの!?
さすが魔王、容赦ないな……」
「これほど精霊の力が強い空間だ、大事には至らないと判断した。
並大抵の魔族であれば、魔法の行使すら出来まいよ」
肩をすくめ、私の方へと歩み寄るノワ。
その顔を見上げながら、私は恐る恐る声をかける
「……ノワ、瞳が」
「ああ、そのようだな」
炎に照らされる彼の瞳は、あの時と同じ――星雲のような虹色で。
「――夢は。
大丈夫、だった?」
「あいも変わらず最悪な内容だったな。
……だが、もう慣れた」
無表情でそう告げるノワは、突然――
バサッ
「えっ、何、え?なんでローブ脱いで――」
「……リーナ。
お前、自分の姿をよく見たらどうだ?」
「え、姿?」
(なんだろ、なにかついてる?)
言われるまま、下を見れば――
「……あ」
薄い、とても薄いもはや布一枚レベルの格好。
(そっか、私ドレス脱ぎ捨てたんだった……)
徐々に赤くなる顔。笑いを堪えるように横を向くノワ。
野生児リーナちゃん、徐々に知性を取り戻していき――
「ごめんノワ!!借ります!!」
ノワが持つ黒いローブをひったくり、頭から全力で被る。
(うわ、恥ずかしい……)
ブカブカのローブを被りながら、己の失態を恥じていたその時。
「っあ、が……」
炎が止み、黒焦げになった勇者――英二の姿があらわになる。
「どうするリーナ、もう一度くらい焼いておくか?」
「そ、それ死んじゃう気がするんだけど……」
「なに、かわいい妹の頼みだ。
何度でも焼けるよう、手加減は心得ておこう」
ボウッ
不敵な笑みとともに、ノワの手のひらに赤黒い炎が渦巻く。
「っひ、ひっ……!!」
恐怖に目を見開き、這って後ずさる英二。
(……どうしようかな)
彼を見下ろし、考える。
――罪。
その顔に、色濃く黒いものがまだ見える。
――奏汰を殺したこと
――私の精霊たちを騙したこと
そして、なにより。
「私の大事な人達を。
危険に、晒したこと」
一歩、彼に向けて歩みを進める。
「あ、あ……あ゙」
恐怖に歪む顔。それが向く先は――私。
(……ああ)
きっと私は。
今、とても冷たい目をしている。
「英二、とか言ったっけ」
無表情を装いながら、冷静に声を掛ける。
(英二)
ふと、その名に違和感を覚える。
「……ねえ」
「は、はひ……っぁ゙」
「これは別に、どうでもいいんだけど――」
少し屈んで、彼の耳に口を寄せて。
――『理奈』
その名を聞いた途端、彼の目が不自然に動いた。
(やっぱり。
……それじゃあ、本当に――)
私が失っていた記憶は、魔族に関するものだけではない。
(……思い出した)
古びたカビの匂い。
教室の窓。
冷たいアスファルト。
(私に向けられる、侮蔑の目)
そして――
(転生、してたんだ。
私)
そして、記憶の中でいつも私を見下ろす彼。
指を差され。
笑われ。
何度も、地面に押し付けられた。
「……ふふっ」
(久しぶりだなぁ)
囁きに近いその笑みが、自分でも驚くほどに冷たくて。
(あなたのおかげで、私は今ここにいる)
色のない日々、絶望という二文字だけが鮮明だった。
だからこそ、私はこうして――この世界での孤独にも、耐えられて。
「だから。
――ありがとう」
その言葉は、彼を刃のように貫いたらしい。
「あ、ぁ゙……あぁ゙」
ドサッ!!
白目をむいて倒れる英二を見て、ノワは軽く眉をひそめる。
「……ほう?
光の精霊術には、そのような効果もあるのか」
「え?ま、まあそんな感じかな。うん、あはは!!」
笑って誤魔化し、必死に話題を逸らす。
「えと、その……
みんなは、大丈夫?」
(ハクもリアムも、全然起きる気配ないし)
不安そうに問いかければ、ノワは落ち着いて答える。
「精霊の気配は引いた。じきに目覚めるだろうよ。
――ところでリーナ」
「ひっ!」
色が変わろうが、ノワの眼光はするどく私を貫く。
「精霊が異常なほど増加したと思えば、目覚めたら減っていた。
その場にはお前がいたわけだが――」
ぐい、とその綺麗な顔が近づいてくる。
「単刀直入に聞く。
……何をした?」
その表情は、一切の言い逃れを許さない。
「え、えと……」
焦ってあちこちを向く視線。いつの間にか私の髪色は、普段の黒に戻ったらしい。
(説明しようにも、私にも良くわからないんだよな……)
迷った挙げ句――
「精霊が暴走してたので、光の精霊術使って止めました!」
元気良く、恐ろしいほどに省いた説明を提示する。
「……ほう?」
しばし考えるノワ。その間も、じっと私の目を見つめ続けている。
(うん。
まあそりゃ、流石に無理――)
「ふむ、分かった」
「ですよね、もうちょい詳しく――
……え?」
ふっと圧が消える。どうやらノワは、あの説明で納得してくれたらしい。
「え、これでいいの?止めた、とか良くわからないんじゃ――」
「その顔、お前自身にも説明は出来ないのだろう?
……今はとにかく、お前が無事ならそれでいい」
「で、でも――」
「分からぬなら、今は無理に言葉にする必要もない」
(それは、そうだろうけど。
本当にいいのか?)
そういえば、黒の系統はパワー系なのだったか。
(まあ、深く追及されないならそれに越したこともないか)
安心していると、突然――
「っわ!?
降ろしてよ、ノワ……」
「ダメだ。そもそも光の精霊術は使用禁止、と言ったはずだろう」
「……ぁ゙」
私を見下ろすその笑顔は、先程までの暗闇よりも黒い。
「さて、さっさと城に戻ってたっぷりと反省を――」
「――っ待って!!」
その声に、ノワが足を止める。
彼の腕の中から飛び降り、私はゆっくりと振り返った。
その先にいるのは――
「……奏汰」
赤い水たまりの中、彼はぴくりとも動きはしない。
(……元の世界で。
唯一、普通に接してくれた人)
静かに歩み寄る私を見て、ノワが低く呟く。
「……リーナ」
その声だけで、彼が何を言いたいのかわかった。
死者は、戻らない。
どんな治癒魔法でも――どんな奇跡でも。
(だけど)
私の手の甲で、薔薇の紋様が淡く光る。
「……まだ。
やることが、あるの」
月明かりの下。
かすかに残った金の光が、静かに揺れる。
まるで。
――帰るべき場所へ、導くように。




