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35.月の記憶

「っはぁっ、はぁっ――

っいたっ!」


ガサッ!!


 無造作に伸びた木の枝が、私の頬に小さく傷をつける。


「早く……


ノワに、知らせなきゃ!!」


 暗くなりゆく視界の中には、重なりつつある月と太陽が。


 まるでそれらに追い立てられるかのように、私は必死に走っていた。


「このままじゃ……

っ!」


ドサッ!!


 突き出た木の根に引っかかり、転んでしまう。


「うわあもう!!

走りづらいな、これ!!」


ビリッ!!!


 金のドレスを引き裂き、無駄に高さの盛られた靴を投げ捨てる。


「……これでよし、っと!」


 立ち上がって再び走り出しながら、私は思う。


(うーん)


 木々をかき分け、深い森を原始人レベルの服装で爆走して。


(……なんで私)

「こんなことしてるんだ……?」


 首を捻ってみても、これといった答えは出てこない。


(うーん、よくわからないけど)

「なんか、やばいような気がするんだよなー……

ってうおっ、危なっ!」


 間一髪で小さな魔物を避け転びかけるも、私の足は一向に止まらない。


「んー、野生の勘ってやつか……?」


(ま、ノワに聞いたらなんかわかるでしょ)


 そんな大層テキトーなことを考えながら、私は森の中を走り続け。


「おーい、ノワー?

……あ!」


(あれかな?)


 木々の隙間から見えるのは、赤い炎の光。


「良かったあ……。

ノワ、待っ――」


カランッ


(……え?)


 突然に、その光が地に落ちる。


ドサッ


 何かが崩れ落ちるような音。


(何が、起きて――)


ブワッ!!!


「……っあ……!!」


 状況を理解する間もなく、何かが私の中に流れ込んでくる。


(何っ、何なのこれ!!!)


 ひどい耳鳴り。視界がぼやける。


 立っていられず、思わずその場に座り込んだ。


「う、あ……」


 耳を抑え、必死に酸素を取り込もうと呼吸を繰り返す。


『……イ』


 何かが、聞こえ始める。


(何……

なんて言ってる……の)


 流れ込んでくるそれは、どんどんと増えていって。


『――だましたな』

『――うそつき』

『――ゆるさない』


「違う、違うってば……!!」


 数多の憎悪と、幾多の怨嗟。


 五感の全てが支配されそうになり、吐き気が私を襲う。


『――嘘つき』

『――って、言ってたのに』


「……え?」

(今、何か聞こえた?)


 他の声とは違う、何か――悲しみを帯びた、痛々しい叫び。


「何、待って……っぁ」


 もっと良く聞こうと意識を集中させるも、聞こえてくるのはやはりどす黒い感情ばかりで。


「……ダメ、だ。

このまま、じゃ――」


 声に支配された意識が、段々と暗くなりゆく中。


『――ゆるさない』

『――だましたな』


(違う)


 これは、憎しみだけじゃない。


『――助けて』

『――苦しい』


(この声は)


 誰かを呪っているんじゃない。


『――って』


――救って


コンッ


 その声に、私の記憶の扉がノックされて。


「……ああ」


 徐々に徐々に、怨嗟の声が小さくなっていく。


『――救って』

『――助けて』

『――こんな世界は』


――もう、嫌だから


 あとに残るのは、助けを求めて手を伸ばす人々の声。


(この声、初めてじゃない)


 ずっと前から、聞こえていた気がする。


 曖昧な記憶が、ゆっくりと繋がっていき。 


「……もしかして」


 そっと立ち上がって、木に体重を預けながら少しずつ進んでいく。


(ノワが倒しに行ったのは、勇者だ)


 あの場にいるのはきっと――金髪だという、勇者で。


(だけど、勇者はソータと同じ異世界。

……いや)


 ()()()()、日本から来たはずだ。


(それなら、本当は)


ガサッ


 木をかき分け、開けたところに出る。


 そこに倒れていたのは、見知ったノワ達と――そして。


「ああ、やっぱり。

……黒」


 髪にはまばらに黒の混じる、勇者と思わしき少年で。


「騙された、かぁ」


 側に落ちた金の兜を拾って、そっと彼に被せる。


(……あなた達は)

「精霊。

なんだね」


 声は、答えない。


 ただ悲痛な叫びを――私に向けて、呟くだけ。


――導いて


 ふとその中に、聞き覚えのある声を見つける。


「……リスタさん?」


 どうして、と思う間もなく。


「そっ、か」


 私の中で、少しずつ点が線を成していく。


(白髪が殺された)


「勇者が召喚されて」


(精霊が増えた)


「偶然?

……ううん、そんなわけない」


――助けて

――救って


――『導いて』


 この声たちを聞けば、分かってしまう。


「そっか」


 ぽろり、と涙が落ちる。


「『ごめんね』」


 そっと手を伸ばし、そこにいるはずの彼らを包み込む。


「……私だって、フォルテの神話くらいは知ってるよ」


 そっとしゃがめば、私の金髪がさらりと前に落ちる。


「フォルテじゃ、みんな。

女神様に救ってもらえるって、信じてる」


(虐げられていた黒髪や白髪にとっては。

きっと――唯一希望だった)


 何度、夢見たことだろう。


 女神に救われ、『理想郷』で生きることを。


「……だけど、彼女についてわかることなんて」


 その姿も、顔も――声すらわからなくて。


「『金髪』。

たったそれだけ」


 風に揺れる、自分の金髪。


 不思議とそれは、他人のものとは思えなくて。


(どうして、私は)


 こんなにも、この色を()()()()()んだろう。


「……ね、見てるんでしょ?」


 そっと振り向いて、月を見上げる。


 その殆どは、もう太陽を食い尽くしていて。


「今更、知らんふりなんてさせない。

……もう、こんなにも私を()()()()()んだから」


 世界が闇に飲まれる寸前、私はそっとその名を呼ぶ。


「妖精さん。

――いや」


 ずっとこうして、語りかけてきたのは。


 彼女もまた、精霊たちと同じ『過去の存在』だと言うのなら。


「雑な説明のせいで、随分時間かかっちゃったじゃん。


……セレネ」

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