34.禁忌の引き金
「さらばだ、勇者よ。
魔王の名のもとに、お前の罪を――」
――裁かん
赤く煌めく剣の先が、倒れ伏す勇者の金の兜を捉え――
「っち、ちょっと待ってーーっ!!
っあわわわわ……」
ドスンッ!
上空から転がり落ちるように現れたのは、黒髪の人間の青年――ソータ。
「すまんソータ。
ちょーっと降ろし方をミスった」
「ちょっとじゃないでしょリアムさん!!危うく死にかけるところだったよ!?」
イテテテテ、と言いながらなんとか起き上がる彼を見て、ノワは軽く眉をひそめる。
「ソータに、リアムとな。
……あの時の二人か?」
「ですがソータという人間の少年……髪色が赤から黒になっています。
そして何より――」
冷徹なハクの目が、リアムを鋭く捉える。
深い紫の瞳、顔の赤い文様。そして、同じく黒髪へと変化した彼の魂は。
「魔族、ですね。
――お久しぶりです、『空音の証人』アミル様」
「ア、アミル!?
っていうかノワさんって魔王様、なの!?」
戸惑うソータを横目に、リアムもまたため息をついて。
「……ああ、久しぶりだな。遅くなったが――
白と黒、両当主就任と、あとは」
片手に剣を持ち、佇む魔王に顔を向けて。
「……ノワ、いやノワ様。
魔王へのご即位、お祝い申し上げるぜ」
けれどその瞳は、少しだけ――ノワを避けるように揺らいでいた。
「アミル」
そんなリアムを見て、ノワは無表情で問いかける。
「フォンセが死んでから、何をしていた?」
「あー、それはだな……」
「お前はあいつの右腕だったろう。
その幻影魔法さえあれば、迫る英雄と戦い――あいつを守ることも出来たはず」
「オレは、……」
「なぜ、それをしなかった」
答えないリアム。ノワの剣先の炎が、小さく揺れる。
「幼い頃、俺とフォンセの側にはいつもお前がいた。
それほどまでに、お前はフォンセと親しかった」
「……」
「そんなお前が。
フォンセの死後――いや、俺の即位後姿を消したのは何故だ?」
剣を握る力が、強く強く――その手を白くするほど強くなっていく。
「ああ、そういうことか」
やがて、諦めたように笑って言う。
「……お前まで、俺を魔王とは認めないと。
そう言いたいのだな」
「っ――」
その瞳に宿る暗い光に、リアムは一瞬気圧されたように黙り込んで。
「……あぁぁぁもう!!」
ガッ!!!
ツカツカと歩み寄ったリアムは、そのままノワの胸ぐらを掴む。
「ノワっ……!!
アミル様、我が主にそれ以上近づくのなら――」
「構わん、ブラン」
リアムに攻撃しようとするハクを、ノワは軽く制す。
「何の真似だ?アミルよ」
「すました顔してんじゃねえよ、ガキが!!
……っあのなぁ!」
掴んだその手に、力を込めて。
「なぜ守らなかった、じゃねえよ!!
オレだって、オレだって側で――」
――守って、やりたかった!!!
薄暗い森に、悲痛な叫びが広がっていく。
やがて弱々しくその手を離し、リアムはぽつりと呟く。
「オレが魔国を出たのは、お前の即位後じゃねえんだ。
お前が大英雄に負けた、その知らせを受けた直後に――そう、頼まれたんでな」
「頼まれた?」
「フォンセ様に、だよ。
……魔国と王国と――この世界の未来を見届けてほしい、ってな」
それを聞いたハクは、小さく首を傾げて問いかける。
「フォンセ様がお亡くなりになった直後、女神の壁が出現したはず。
……見届ける、と言っても両国の通行は不可能だったのでは?」
「……いや。
オレには――」
――できたんだ
そう呟くリアム自身も、困惑しているようで。
「……オレの幻影魔法は、魂さえも上書きする。
人も魔族も通れないその壁を――オレだけは通ることができた」
「妙だな。
それではまるで、壁が出現することをフォンセが知っていて――だからお前を選んだかのようではないか」
「……ああ、そう考えるのが自然で。
同時に――最も、不可解だろうな」
黙り込む三人。やがてノワが、そっと息を吐いて。
「色々と、尋ねたいことはあるのだが。
……ひとまずは――」
そう言って、彼が見つめる先には――
「ぼ、僕!?」
「アミルの幻影魔法によって、髪を赤くしていたところまでは良い。
しかし――もともとの色が黒というのは、見逃せるものではないからな」
「そ、そっか……
えーっと、話してもいい……のかな」
迷うようにリアムを見上げると、彼は小さく頷いてみせる。
「大丈夫だ、こいつは道理の通らねえことはしねえよ。
……昔っから、そういうやつだ」
付け足されたその言葉には、かすかに昔を懐かしむ響きが隠れていた。
「じ、じゃあ。
……えっと、僕――異世界から召喚された、もう一人の勇者、なんです」
そう言ってぺこり、と頭を下げるソータ。
「ほう?
もう一人……ということは、こいつも異世界からの召喚者なのか?」
ノワが剣先で指すのは、倒れた英二。
「そ、そうです!
ぼ、僕の友達で!だから……」
突然ソータが、深く深く頭を下げる。
「お願いです!
勇者を――英二くんを殺さないでください!」
「……ですが、ソータさん。
彼は我が魔国で、多くの同胞の命を奪いました。見逃すわけにはいかないのです」
「で、でも!
英二くんは、そんな悪い人じゃない!きっと何か理由があって――」
「っう……!」
突然のうめき声。がしゃり、と金の鎧が音を立てる。
「……ほう」
ノワの剣先が、ピクリと動く。
「……な、なんだ。
俺、確か魔族に負けて」
「っ英二くん!!
良かった、目が覚めたんだね!」
目に涙を浮かべ、ソータは彼の手を取ろうとして――
バチッ!
「近づくなよ、出来損ないの陰キャが!!」
「……え」
叩かれ赤くなった手のひらを、呆然と見つめる。
「選ばれなかった気持ちはどうだ?
はっ、黒髪のお前はこの世界でもド底辺だろうな、可哀想に」
「……な、なんで。
居戸くんだって、本当は――」
「黙れ!
っは、そんなに言うなら見るがいい」
ニヤリと笑った英二が、その金の兜に手をかける。
「っおい、待て――」
止めようと手を伸ばすリアムの必死の表情も、下劣に笑う彼の瞳には映らない。
「これが――
俺が、選ばれしものの証だ!!」
ゴンッ!
重い音を立てて、兜が地面に落ちる。
さらりとその中から現れたのは、金髪――
「――黒」
まばらに見える暗い色は、確かにその『禁忌』だった。
「……ぁあ。
おしまい、だな」
「何を――」
ザワッ
リアムの声を合図にしたかのように、何かが木々を揺らす。
生暖かい風が髪を揺らし、次の瞬間――
「っあ、あ……
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」
「え、英二くん!?」
「ちがう、俺じゃない!!俺じゃない!!騙してなんか――」
そこで突然、英二の声が止まる。
「――ぁ」
喉を押さえ、ガタガタと震え始める。
「ひ、ぃ……っ」
まるで『誰か』の声を聞いているように。
耳を手で塞ぎ、その場で転げ回る英二。
「っ何が……!
ノワ、ここは危険です!離れ――」
それを見たハクは、危険を察しノワの側へと寄ろうとして。
「……どういう、ことだ。
まだ――」
――満月では、ないのに
カランッ
ノワの手の中の剣が、静かに地へと落ちる。
「……ノワ?」
ぐらり、とその身体が揺れて。
「ブラン」
「なっ――」
支えようと伸ばされたハクの手が、突然止まる。
驚愕に見開かれた彼の目が、一心に見つめるのは。
「……すまない」
苦痛に歪められた――その虹色の瞳。
「その色は、お嬢様と同じ――
……なぜ、あなたが」
「……っ」
伸ばされた手は宙を切り、ノワは静かに崩れ落ちる。
「な、何……!?何なの、これ……!!」
「……始まったんだ」
静かに側の木に歩み寄り、その幹に背中を預ける。
天を仰いだリアムは、そっと呟く。
「……ああ。
月が、太陽を。いや――」
徐々に徐々に、世界から光が消えていく。
「ノ、ワ……?」
呟きは、途中で耐えて。
ドサッ
「な、なんで……!?
ブランさんまで、どうして――っあ」
ソータの叫びも、突然途切れる。
世界から、音が消えていく。
風も。
木々のざわめきも。
英二の悲鳴すら。
何もかもが、呑み込まれるように。
「……ああ」
静寂の中、諦めたようにリアムは笑う。
「偽物が、本物を――」
――喰ってやがる
そっと閉じた瞼から、一筋の血が頬を伝って。
ズルッ
彼もまた静かに、その根本へと崩れ落ちた。




