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33.空音の証人


「……おい!!」


 リアムの怒声に、ざわめきがピタリと止む。


「やめろよ、そいつがお前らに何したってんだ!」


 中心へと、歩みを進める。


(……ああ。

もう、戻れねえな)


 それでも――不思議と、悪い気分ではなかった。


「……っえ、あ。

リ、リアムさん!?」

「よっ、ソータ」


 親しげに片手をあげるリアムに、途端に民衆の目の色が変わり。


「黒髪ごときに味方するのか!!」

「そんなやつ、この国にいらない!!

おい、あいつも一緒に――」


 飛び交う石。オロオロとそれを見つめるソータに、リアムはため息混じりに問いかける。


「おい、その格好――黒髪で外出るとか、お前馬鹿かよ」

「だ、だってリーナが変で、気づいたらいなくなってて!」

「落ち着け、そいつの事なら大丈夫だ。

……今のところは、な」

「な、なら英二くんは!

ぼ、僕渡さなきゃいけないものがあって!」


 ソータが懐から取り出したものに、投げられた石が当たりそうになる。


「……っと、あっぶねーな」


 間一髪でそれを受け止めたリアムは、ソータが取り出したものを不思議そうに見つめる。


「随分、地味な色の紙だな。

どっからもってきたんだ?」

「お、折り紙の手裏剣……エー爺から渡されて」

「あのじーさんか、変なことしやがるな。

……んで、ソータ」


 少し屈んで、少年と目線を合わせる。


「たとえそれで、何が起ころうと。

勇者――英二と、嬢ちゃんを救いてえか?」


 聞きながら、苦笑交じりに彼は思う。


(……なんて。


聞かなくたって、ホントは分かってんだけどな)


 それは、自分自身の決意のために。


 リアムの問いかけを受けたソータは、その目に強い光を宿らせて。


「……うん。

僕が、二人の――」


――勇者に、なる!


 そっと微笑んで、リアムは立ち上がる。


「いいぜ、合格だ。

……ったく、面倒なことになっちまったもんだ」


 群衆は、いつの間にか何倍もの大きさに膨れ上がっている。


「殺せ、殺せ!!」

「忌むべき黒髪、呪いの証に死の裁定を!」

「女神様、万歳!!」


(……やっぱり)

「人間も魔族も、俺は好きじゃねえ」


――けど


 揺れる黒い髪飾りに、そっと触れる。


ブワッ!!


 溢れ出る魔力とともに――


「……リアム、さん?」

「っは、悪くねえな。

そう、呼ばれんのもさ」


 深い紫の瞳が、群衆を一瞥し。


「お前らの言ってる『女神』ってのも。


……案外、幻想みてえなもんなのかもな」


 はらり、と手に持った本がめくられていく。


「――でもよ」


 はらはら、勢いを増して。


「結局、人も魔族も――自分を自分でしか救えねえんだ」


 ぴたり、とその動きが止む。


「……それにな。


案外、救いってのは近くにあったりするもんだ」


 開かれたページに、そっと手を添えて。


「――『楽園ヒノモト』」


 唱えた、その瞬間に。


「――あ」


 人々が、言葉を失い立ち尽くす。


 彼らの見ているものは、幻想で――けれどそれでいて、同じではない。


「……リアム、さん。

あれって」


 虚空を見つめ、呆然とするソータ。


「お前には、何が見えてんだ?」

「見えてる、って。

じゃあ、あれは――」

「――範囲の幻影魔法だ。各々の『救い』の幻覚を見せる。

……おおかた、こいつらには女神でも見えてんだろうよ」


――趣味のわりい魔法だ


 乾いた笑みのまま、リアムはソータの手を取る。


「んじゃ、行こうぜソータ。

あの二人を、救い――」


カチッ!


 リアムの言葉を、無機質な機械音が遮る。


 あとに続くのは――コツコツと鳴る足音と。


「あはははっ!

なるほど、こんな魔法――確かに、国を優に滅ぼす程度の力はあるだろうね」


 チクタク、時計の音がどこからか。


 ため息をついて、リアムは彼の方へ目を向ける。


「……そんな便利なもんじゃねえよ、同じ魂には一度しか使えねえ。

んで――『時の番人』ネロ、何しに来た」

「でも流石に、これは見過ごせないなぁ。

君は今、フォンセ様のご命令に背いたわけだ。それは――」

「……わかってるよ。

協力してやる」


 迷惑そうに言うリアム。けれどネロは、嬉しそうに笑って。


「あはははっ!君ならそう言ってくれると思ったよ。

ならばもう、僕はこの件には介入しないと誓おう」


 その言葉通りに、彼は踵を返す。


「ま、せいぜい頑張ってね。

出来るものなら、あははっ」

「ありがとよ、んじゃさっさとどっか行ってくれ」

「つれないなあ、ちなみに――」


 コツンッ、とその針が止まる。


「『空音の証人』。

君には、何が見えるの?」


 そう呟く彼もまた、同じように虚空を見つめていて。


 その質問の意味を察したリアムは、無表情のまま静かに答える。


「悪いな、あれは俺の魔法だ。

俺が夢見られるほど、都合よくはできてねえんだよ」

「あははっ、それは失礼!

それじゃあ――」

「逆に、お前には。

何が見えるんだ?」


 その問いかけに、虚をつかれたように黙り込んで。


「……さあね。

僕には、あれが何かなんてわからない。いや――」


――わかりたくなんか、ないよ


 笑顔の失せた、感情の読めない瞳でそう呟いて。


カチッ


 次の瞬間、彼の姿は消えていた。


「……すまんソータ、ちょいと時間を食っちまったな。

じゃ、魔国まで飛ばすぞ」


 良く掴まっとけ、と言ってリアムはソータに触れる。


「飛ばす、って――


っわ、浮いてる!?」

「ま、説明は後ほどってやつだ」

「き、聞きたいこと多すぎるのに!


っあわわわわわ!!」


 少し意地悪そうに笑ったリアムは、そのまま魔国へ向けて一直線に飛び始める。


 味わったことのない感覚に目を回すソータだったが、急にリアムの方を見上げ――


「……ありがとう、リアムさん。

かっこよかったよ」


 少し寂しそうに、彼は続ける。


「僕も、リアムさんみたいに。

ああ言えたら、良かったのかな」


(そしたら、きっと理奈さんを。

――救えてたのかもしれないのに)


 そっと唇を噛むソータを見て、リアムは少し目を瞑って呟く。


「……良いこと教えてやる。

案外、過去ってのはやり直しのチャンスがもらえるもんだ」


 以前の彼なら、それを単なる『祈り』で終わらせていただろう。


「ただ、神様の方もケチなもんでな。

そう簡単に、ほいほい施してくれるもんでもねえんだよ」


 大げさにため息を付いてから、少し笑って。


「……だから、もらいに行け。

全力で、自分から救われに行くんだ」


(俺みたいには、なるなよ)


 それは、彼自身の後悔。


 苦い思いとともに、前に向き直ろうとして。


「……うん!


一緒に行ってくれて、ありがとう!」

「――っ」


 本を持つ手が、小さく震える。


――一緒に


(俺も、まだ。


……間に合うのか?)


「リアムさん?」


 不思議そうに見上げるソータ。


「……ああ、そうだな」


 ふい、と顔を背けて。


「よし。


行こうぜ、俺達二人で――」


――ケチな神様から


「チャンスを、もぎ取りに……な」


 風が吹く。


グシャリ


 ページが歪むほど強く、本を握りしめる。


 そうしなければ。


 もう一度、大切なものを置いていきそうだった。

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