31.黒の帰還
「っぁ……
あ、にき……」
ドサッ
目の前で崩れ落ちるのは、白き髪をした一人の魔族。
(あの翼、って)
天使のようなそれに、少しの違和感を覚えるが。
ガラガラガラッ!!
崩壊した魔王城の天井が、あっという間に彼の姿を覆い隠した。
「ノワ、あの人が勇者――ってことはないよね」
「ああ、おそらくあやつは『月桂冠』の幹部であろう。
……しかし、これは」
眉をひそめ、目の前の惨状を見つめるノワ。
そっとその腕の中から降りた私もまた、言葉を失い立ち尽くす。
(……いや、これ)
「魔王城、なくなってるよね……」
半分ほどが欠けた我が家、もとい魔王城。
ところどころに煌めく霜が見えるのは、アリスの魔法だろうか。
「随分と激しく戦ったようだな。
三人は――」
横たわるアリスの腕に触れ、そっとその脈を取るノワ。
「……大丈夫だろう。
眠っているだけだ、魔力消費が激しかったのだろうな」
「よ、良かったぁ……!」
「おやまあ、酷い有様ですね。
修復に手間取りそうだ」
バサッ!
美しい翼の音。頬を撫でる風に振り向けば、舞い降りるハクの姿が。
「ご苦労だった、ブラン。
勇者の足取りは掴めたか?」
「ええ、魔法の使用が多い地域を辿れば簡単に見つかりました。
順調に北上しているようです」
翼をたたみ、こちらへ歩み寄る。
「……思っていたよりも進軍が早い。
事前に少しずつ、こちらの戦力を削っていたのでしょう」
「ふむ。
魔王軍の被害状況は?」
「大英雄の時と比べれば、遥かに少ないかと。
……今代の勇者が、光の精霊術を使えないというのもあるのでしょうが。何より――」
そう言って、ハクはそっとアリスの側にかがむ。
「的確な兵の配置と先読み、優秀な黒の治癒師の噂。
三人の頑張りのおかげ、でしょうね」
ふふっと笑って、アリスの傷に手を添え治療する彼。
「この分であれば、大英雄の二の舞いにはならずに済みそうだな。
さて――」
ぽんっ、とノワの手が頭に触れる感触。
その温もりが、なんだかすごく久しぶりで。
(ほわぁ……)
「あったかい……」
張りつめていた体の力が、ほっと抜けていく。
「リーナ、俺とブランは勇者の相手をしてくる。
……なに、すぐに戻る。留守を頼んだ」
「任せて!
……と、言いたいところだけど――」
かすかな不安が、私の胸に暗く影を落とす。
(確かに、ノワなら勝てるだろうけど)
――それでも
(大英雄の夜、ノワは悪夢に引きずり込まれた。
……今回の勇者でも、同じことが起きたら――)
「リーナ」
ぽすっ、と抱き寄せられる。
ふんわり、優しい香りが私を包みこんで。
「案ずるな。
今宵は新月、俺の力が最も強まる刻だ」
――それに
ふ、と微笑む吐息の音。
「信じろ。
俺は、魔王だ」
――本物の、な
そっと、ノワが私から離れる。
見上げると、その表情には不敵な笑みが浮かんでいて。
(本物。
……そっか)
ほんわか、心が温まる。
裏切りと言われ、自分を責め続け、数百年間抱え続けて。
「……ノワ」
(そんなあなたが、『信じろ』というのなら)
胸に手を当て、心からの笑顔で。
「わかった。
――いってらっしゃい!」
そう言えば、少し驚いたように目を見開いてから。
「……ああ。
いってくる」
ブワッ!!
あっという間に、彼の姿は空に消えていく。
「全く、私を置いていくとは……。
本当に、あのバカは気が利かない」
ブツブツ呟きつつ、ハクもその美しい両翼を広げる。
「お嬢様、ではまた後ほど」
「あ、ちょっと待って。
ハクも!」
――いってらっしゃい
すると彼もまた、少し目を瞑って。
「ええ。
いってまいります、お嬢様」
バサッ!!
羽ばたき一つで、彼の姿は見えなくなった。
「……いってらっしゃい、かあ」
小さく呟く。慣れないその言葉は、けれど温かさを持って私の心に染み渡っていき。
「んー!!
やっぱり!」
ぐい、と背伸びを一つ。
「ここが――
私の、居場所!」
晴れ渡った青い空に、声が響いて――
ビリッ
「……あ」
どう考えてもアウトな音である。恐る恐る下を見下ろせば――
「うわ、やっちまった」
(ドレス、破れてんじゃん……)
慣れないヒラヒラを、どうも知らぬ間に踏んづけてしまっていたらしい。
(もったいないな、高く売れそうだったのに)
涙目である。いや、良く考えたらヤフ◯クとかないので売り方もわからないのが。
「しゃーない、着替え探すかぁ……
って言っても、私の部屋どこだ?」
魔王城だったであろう、その残骸を漁ろうとして。
「――え?」
屈んだ拍子に、違和感を覚える。
伸ばした指先が、見えない。
夜じゃない。
(――なのに)
世界だけが、ただただ暗い。
(……光の精霊術の影響?
でも、使ってないし)
金に変わった私の髪。けれどそれも、暗闇に小さく光るだけで。
「……私だけじゃない」
(この世界が、丸ごと――
光を、失っている?)
理解できないままに、空を見上げると。
「――あ」
立ち尽くす。
そこにあるのは、真っ赤な太陽で。けれど――
(……欠けて、いる)
黒が、太陽を喰っていく。
まるで生き物みたいに。
じわり、じわりと。
「……あれ、って」
元いた世界では、それをこう呼んでいた。
(月が――
日を、食らう刻)
心臓が、早鐘を打つ。
「どう、して」
答える者はいない。
ただ、空だけが。
赤黒く、喰われていく。
「――日食」




