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30.風は凪ぐ

「はぁぁぁぁっ!!!

暴雪グリザード』!!」


 半分ほどが氷に覆われ、崩れかけた魔王城。


 その周囲には嵐のように風が吹き荒れ、木々は根本から折れている。


「まだ、倒れませんか!

ならばこれで――」

「――遅いなぁ。

朧風ヴェンテュス』」

「っきゃぁぁっ!!」

「アリス、下がるのですわ!!」


ガキッ!!!


 前に出たフェリスの斧が、風の刃を受け止める。


「っ、早い……!!」


ジャリッ!!


 魔法に押され、フェリスの地面が足に食い込む。


「大丈夫〜?

ずいぶん、限界そうに見えるけど〜?」


 ドゥーベの言葉通り、疲労と苦悶が色濃く見えるその表情。


 けれど彼女は、挑発するかのようににやりと笑って。


「きのせい、ですわ。

だって――」


 その赤い角が、力強い光を帯びる。


(おじさまに比べれば、こんなもの――)

「軽すぎるですわ!!」


ブオンッ!!!


 フェリスの斧が、風を――文字通り切り裂いた。


 そのまま風は、一直線に跳ね返っていき――


「っわ……!」


 ドゥーベの体勢が、ぐらりと崩れる。


「『治癒の聖域(サニタリウム)』!!!

――おい、大丈夫かお前ら!!」

「ありがとうございます、カイル!」

「まだまだ、いけますわ!」


 その隙にカイルが放った魔法は、瞬く間に二人を癒やす。


「……んー。

ほんと、めんどくさいな〜」


 ゆらり、ドゥーベが立ち上がる。


「龍の戦士、氷の頭脳、黒の治癒師。

良く、出来てるけどさぁ」


ビュウッ


 彼の周囲で、激しく風が渦巻く。


「――足りない。

そんなの、全部まとめて――」


――兄貴で、十分


 風が乱れる。


 まるで子供の癇癪のように、周囲を無差別に切り裂いていく。


「『……』」


 聞き取れない詠唱が、風に溶ける。


ゴウッ!!


 巨大な風の塊が、三人に影を落とした。


「この力、まずいですの!!

完成する前に倒さないと、ここ一帯が吹き飛ぶですわ!!」

「早めに、かたをつけましょうか。

……フェリス!!」


 嵐の中、アリスは手を差し出す。


「力を、貸してください!」


 驚いたようにそれを見つめてから、フェリスは力強く頷いて。


「……行きますわよ!!」


ブワッ!!!


 フェリスの周囲に現れるのは――美しく舞う、雪の結晶たち。


「やぁぁぁぁぁ!!」


バキッ!!


 フェリスの動きに合わせ、それらは周囲を凍らせていく。


「あーあ。

……突っ込んでくるだけじゃ、無駄だよ〜?」

「……っ」


ザクッ!


 絶え間のない攻撃。前に進もうとするフェリスの頬に、小さく赤が走る。


 それでも進もうとする彼女の前を阻むのは――厚い風の壁。


「諦めなよ〜、それは君には破れない」

 

 激しく吹き付ける風は、一歩たりとも歩むことを許さない。


「ほらほらぁ、そのままじゃ死んじゃうよ〜」


 氷の壁が砕け、フェリスの全身が赤く染まっていく。


「フェリスっ!!」


 アリスの悲痛な叫び。その時――


「『治癒の祈り(サニターテム)』!!

どんな傷でも、俺が治してやる!!だから――」


――止まるな、フェリス!!


ポウッ!!


 フェリスの全身が、光に包まれた。


「継続治癒、かぁ。

しぶといなぁ……」


――だけど


 つぶやくドゥーベの表情は、けれど余裕に満ちあふれていて。


「もう、すぐだよ」


 上空の嵐は、徐々に激しさを増している。


「どうか、間に合って……!!」


 アリスの祈りに応えるかのように、フェリスは一歩を踏み出す。


 暗い視界の中、真っ赤な瞳がドゥーベを捉え。


「……さっさと、この、魔王城……から!!

出ていく、ですわ!!」


 力強く、斧が振り下ろされた。


ガキンッ!!!


「……っ」


 寸前で展開された風の盾が、間一髪で斧を受け止めるも――


「すごい力、だぁ……」


 初めて、その顔に焦りが浮かぶ。


ピキッ!


 ヒビの入る盾。息をのんだドゥーベが、何かを詠唱しようとするも――


「――遅い、ですの!!」


バリンッ!!


「――なっ!」


ガンッ!!!

 

 見開かれる目。反応する間もなく、斧は翼ごと彼を切り裂いた。


「かはぁっ……!!」


 崩れ落ちるドゥーベ。勝利を確信したフェリスの口元に、笑みが浮かんで――


「……ふふっ」


 その笑い声は、倒れゆくドゥーベのもの。


「……っ!!

二人とも、逃げ――」


 天に手を伸ばし、祈るように交差させて。


「……風よ、ボクについておいで。


風浪ドゥーベ』」


グワンッ!!


 空間が、歪む。


「っ、立て……ない!」


 それは、天の上から落ちてくる。


 まるで一つの生き物のように、風は連なり絡み合い――一つの塊となって。


「残念、だった……ね」


 折れた翼をかばいながら、ドゥーベは立ち上がる。


「これでまた、兄貴、を……」


 言いかけて、違和感に気づく。


(……風が。

弱まってる?)


 ふ、と。


 何かに遮られるように、嵐が止んだ。


「っなぜ……!

魔法は、発動しているはず!」


 上を見上げれば、魔法はやはり渦巻いている。


 考えられるとしたら、それは――


(何かが。

魔王城と外を、区切って――)

「……まさか!」


 振り向く先には――フォルテ王国。


「魔王の結界が、復活してる……!

『壁』が、壊れたのか!!」

 

ブワッ!!


 よろけながら、必死に空へと舞い上がろうとして。


ジリッ……


 彼の翼の端が、黒く焦げ付く。


「……え?」


 状況を理解する間もなく、次の瞬間には。


ボウッ!!


「っわぁぁぁぁ!!!

熱い、熱いよ……!!」


 雲が割れる。


 光の差し込む中、静かに現れるのは――


「……ふむ。今夜は焼き鳥か?」

「いや、どー考えても鳥じゃないでしょあれ」


 黒の魔王、そしてその手に抱かれた小さな少女。


「……あ、でも意外と美味しそうかも?」


 少女がそう呟いた瞬間に。


 周囲の黒炎が、呼応するように揺らめいた。


(――なん、だ?)


 触れるだけで壊れてしまいそうなほど、か弱い存在。


(その、はずなのに)


 けれど、ドゥーベにとっては。


 その黒の王と同じか、それ以上に。


(こいつらは。

一体、なんなんだ?)


 本能が、全力で逃げろと命じている。


(理解、できない)


 目を合わせているだけで、自分という存在が()()()()()


――生き物としての格が違う


(……いや)


 そんな言葉では、足りない。


「良く耐えた。


……あとは、任せろ」


 その声とともに、残忍な笑みがドゥーベを捉える。


(……ああ)


 唯一、理解できたのは。


――勝てるはずがない


「……あははぁ。

兄貴、なんでこんなのと――」


 次の瞬間。


 ドゥーベの視界は、黒炎に塗り潰された。

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