第7話「兄として、恋人として」
「……好きな人がいるんだ」
それは、ふたりの妹――茉音と結音にとって、生まれて初めて兄・悠翔から聞く“告白”だった。
金曜日の夜。
夕飯を終えたあと、祖父母が席を立ち、リビングには3人だけが残った。
テレビの音も消して、悠翔は静かに言葉を選んでいた。
「2人とも、最近…俺のこと気にしてたよな。出かけるときのこととか、スマホ見てる時間とか」
「うん。だって明らかに怪しかったし。……バレてないと思ってた?」
茉音が苦笑しながらも真っ直ぐ兄を見つめる。
隣の結音も小さくうなずいていた。
「でも、本当に……いたんだ。好きな人」
悠翔はゆっくりと頷いた。
「まだ“付き合ってる”って言える関係じゃない。だけど、俺はその人のことをずっと前から想ってた。
小学生の頃からじゃない、中学に入った頃には、もう……その人だけだった」
言葉にすればするほど、その人の姿が胸に浮かぶ。
あの目、あの声、あの笑い方。
イベントでの対面、メッセージのやりとり、図書館での静かな時間。
「その人、すっごく有名で……会えるなんて思ってなかった。けど、会えたんだ。しかも、俺のことを……ちゃんと覚えてくれてた」
茉音と結音が一斉に目を見開いた。
「……えっ、まさか、芸能人!?」
「有名って……それって、アイドル?」
「……うん」
悠翔は静かに認めた。
「嘘でしょ!? ほんとに!? 誰!?」
「名前は……まだ言えない。言っちゃいけない約束なんだ」
2人は納得できないというように顔を見合わせたが、兄の真剣な目を見て、やがて口を閉じた。
「でも、ちゃんと教えてくれてありがとう。てか、そんな兄だったなんて……ちょっとカッコいいかも」
「私たちに隠すつもりだったら怒ってたけど、話してくれたなら……応援、したい気持ちもあるよ」
ふたりの妹は、まだ中学生だ。
恋愛の意味をすべて理解しているわけではない。
けれど、“兄が誰かを本気で想っている”という事実に、心を動かされていた。
「ありがとう。……でも、このことは、絶対に他の人には言わないでくれ」
「うん。おじいちゃんにもおばあちゃんにもナイショにしとく。てか、心配しちゃうかもだし」
「それよりさ……その人、兄にどんな言葉くれたの?」
茉音が興味津々で尋ねる。
悠翔は一瞬黙ったあと、照れくさそうに言った。
「“今日、会えてよかった”って……言ってくれた」
その瞬間、茉音と結音の顔がパァッと明るくなった。
「それ、絶対脈アリじゃん!」
「応援決定だね!」
そんなふたりの様子に、悠翔は思わず笑ってしまった。
この家には、家族がいる。自分の想いを、受け止めてくれる人たちがいる。
それだけで、どれほど心が軽くなるか――今、初めてわかった。
“好きな人”の存在は、もう家族に伝えた。
次は、自分が彼女のために、何ができるか。
“恋人”としての一歩を、どう踏み出すか。
アイドルとファン。
それを超えていく勇気を、今――兄として、そしてひとりの男として、育てていこう。
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