第5話「妹たちの予感」
「お兄、最近さ……ちょっと変じゃない?」
その言葉は、双子の妹・茉音の口から、夕食後のリビングで唐突に出た。
「え、やっぱ思ってた? 結音もさ、なんかそんな気してたんだよね」
夕飯の皿を片づけながら、結音は振り返る。2人は、祖父母と一緒に暮らすこの家で、毎日顔を合わせる兄――天野悠翔の“微細な変化”に気づいていた。
春になってからの悠翔は、確かに何かが違っていた。
以前は淡々と生活をこなすだけだった兄が、ふとした瞬間に笑うようになった。
スマホを見ながら、口元に柔らかな表情を浮かべる。
そしてなにより――最近、よく外出するようになった。
「図書館とか言ってたけど、ほんとにそうなのかな」
「うん。なんか、誰かと会ってるような気がするんだよね」
「女の子……だったりして?」
「……えっ、まさか!」
言ったそばから、2人は目を見合わせて絶句した。
でも、その“まさか”を完全には否定できなかった。
茉音と結音にとって、悠翔は“誇れる兄”だった。
両親がいなくなってからは、自分たちの前では一度も弱音を吐かず、どんなときも責任を持って面倒を見てくれた。
だからこそ、その兄が――恋をしているかもしれないと気づいた瞬間、どこか“そわそわするような感情”が胸に広がった。
「もし本当にそうだったら、先に私たちに言ってほしいよね。家族なんだから」
茉音がぽつりとこぼすと、結音も大きくうなずいた。
「だよね! しかも、どんな人かちゃんとチェックしなきゃだし」
翌日から、2人は“調査”を開始した。
とはいえ、子どもっぽくスマホを盗み見るようなことはしない。
でも、玄関を出るときの持ち物、行き先の曖昧さ、帰ってきたときの表情……細かく観察を始めた。
ある土曜日、悠翔がいつものように「ちょっと出かけてくる」と言って、昼前に家を出た。
その背中を見送りながら、茉音が呟いた。
「今日、ちょっと本気出してみよっか」
「……尾行?」
「いや、さすがにそれはダメ。でも、帰ってきたときに、絶対問い詰めてみる」
その夜。
悠翔が帰宅すると、リビングにはすでに双子が正座していた。
「……なに、これ」
「質問です。お兄、今日どこに行ってたんですか?」
「誰と一緒にいたんですか?」
急な詰問に、一瞬だけ、悠翔の顔が固まった。
だが、すぐに「図書館に行ってただけだよ」と答えた。
「でも、そのわりに顔がニヤけてるよ?」
「そのTシャツ、今日の朝は着てなかったよね? 着替えたでしょ?」
「ていうか、さっき“いい匂い”がした気がする。これ……女子の香水じゃない?」
「「まさか、本当に女の子と会ってた!?」」
畳みかけるような双子の指摘に、悠翔は思わず苦笑した。
「……なんでそんなに鋭いんだよ」
「兄妹だからだよ!」
「誤魔化したって、ムダなんだからね!」
その夜はそれ以上の詮索を避けたが、茉音と結音の中には、確かな“確信”が生まれていた。
兄は今、誰かと、特別な関係にある――。
しかもそれは、きっと“普通の恋”ではない。
それを、双子の本能が感じ取っていた。
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