第4話「初めてのデートは図書館で」
「駅の南口から出たら、左にまっすぐ。そこにある、ちょっと古い図書館が今日の目的地」
そのメッセージを受け取ったとき、天野悠翔は、喉の奥からゆっくりと息を吐いた。
「本当に、俺でいいのか……?」
そう自問するたびに、思い浮かぶのは、画面越しに送られてきた天音の“あの笑顔”だった。
アイドルとしての彼女ではなく、ただの一人の女の子、如月天音としての表情。
週に数回、夜にだけ交わされるチャットのやりとりは、ふたりの距離を少しずつ確かに縮めていた。
そしてついに彼女の方から、こう言ってくれたのだ。
天音:「会って話したいな。ちゃんと、声で。」
その言葉が嬉しくて、でもどこか怖かった。
“ファンとアイドル”という立場は、簡単に越えてはいけない壁。
けれどその壁を、自分の意思で越えてこようとしている彼女の勇気に、悠翔も応えたいと思った。
そして日曜日の午後――
指定された図書館に向かうと、入り口付近のベンチに座る彼女の姿があった。
大きめのキャップ、マスク、淡いグレーのパーカー。芸能人としてのオーラを隠すように、それでも隠しきれない雰囲気があった。
「あの……」
声をかけると、彼女はマスクの奥で笑った。
「やっと、“会員番号1番くん”とふたりきりになれたね」
それは、ファンイベントのどんな照明よりも眩しい笑顔だった。
図書館の中は、想像よりも人が少なかった。
老舗のような佇まいで、紙の匂いと、古い木の棚が落ち着く空間を作っていた。
ふたりは並んで、自然科学や小説の棚をゆっくりと歩いた。
言葉がなくても、どこか心が通じているような、そんな静けさだった。
「……ねえ、好きな本ってある?」
突然彼女がそう聞いてきた。
悠翔は少し考えてから、図書館の奥に置かれていた一冊の詩集を手に取った。
「これ。昔、母さんに教えてもらって。悲しいとき読むと、少しだけ救われた気がして……」
その言葉に、天音が目を細めた。
「君って、やっぱり優しいんだね」
それは、何気ない一言だった。
だけど、誰かに“優しい”と言われたのは、両親を失って以来、初めてだった。
気づけば、ふたりは同じ机で、選んだ本を黙々と読み始めていた。
指先が、偶然重なり合いそうになる。
でも、触れない。
まるで“言葉にしない手紙”のように、ふたりの時間は静かに流れていった。
帰り際、彼女がふと立ち止まり、帽子を少しだけずらして、マスクを外した。
そこには、誰にも見せない表情があった。
「今日、来てくれてありがとう。……また、こうして会ってもいい?」
悠翔は何も言わずにうなずいた。
その答えだけで十分だった。
図書館での時間は、交際でも、デートでもない。
でも――たしかにふたりだけの“特別な何か”が、そこにあった。
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