第2話「あなたの声をずっと読んでいた」
ファンイベントが終わったあと、楽屋に戻った私は、スタッフに言って携帯を預けた。
余計な通知を受け取りたくなかった――心が、まだ現実に戻りきれていなかったから。
ステージの光を浴びながら、私は“あの子”を見ていた。
前列中央、少しうつむいて、でもまっすぐ私の言葉を受け止めていた彼。
天野悠翔――
会員番号1番、私の“最初のファン”。
この仕事をしていて、何千、何万という人と出会う。けれど、忘れられない人というのは、やっぱりいるものだ。
初めてその名前を目にしたのは、デビューから数ヶ月後に届いた一通の手紙だった。
小さな文字で丁寧に書かれた文字。
行儀よく折られた便箋には、こうあった。
「まだあなたのことをよく知らないけれど、なぜだか、応援したくなりました。」
アイドルとしての私を好きというより、「あなたのこれからが見たい」と書かれていたのが、嬉しかった。
名前も、“天野 悠翔”とだけ書かれていて、年齢も学校も、なにも書いていなかったのに、なぜだか強く心に残った。
ファンレターなんて、みんな似たようなもの。
でも、彼の手紙だけは、なぜか読んだあと、胸の奥に“余韻”が残った。
それから毎月、1通ずつ届くようになった彼の手紙は、私の支えだった。
辛い撮影が続いたとき、SNSで誹謗中傷に心が折れそうになったとき、帰宅してポストを開けると、そこには彼の便箋が入っていた。
「今日は学校で失敗してしまいました。あなたは、そういう日ってありますか?」
「大丈夫です、無理しないでください。ちゃんと応援してます。」
あの子は、“アイドル如月天音”を見ていながら、どこか“人間としての私”に寄り添ってくれていた。
それが、すごくあたたかくて、泣きそうになることもあった。
――でも、ある夏を境に、手紙は止まった。
毎月のように届いていた便箋が、ぱたりと来なくなって。
何かあったんじゃないかと、勝手に心配してしまうほど、私の中では“存在”になっていたんだと気づいた。
そのあと何度か、彼の会員番号のログイン履歴をスタッフに確認してもらった。
活動は細くなったけど、退会していない。
きっと、何か理由があったのだと思った。
──そして今日。
イベントの来場者リストの中に、「天野悠翔」の名前を見つけたとき、私は震えた。
ずっと…会いたかった。
どうしてかは、まだ自分でも分からない。
けれど、今日彼に伝えた言葉は、全て私の本音だった。
「私、ずっとあなたのファンレター、読んでいました。全部、大切に取ってあります」
それを伝えられて、ほんの少し、何かが報われた気がした。
楽屋の鏡前で、メイクを落としながら、私はふと、自分の心に問いかける。
「……私は、彼に会いたくて、この仕事を続けてきたのかもしれない」
もちろん、言えるわけがない。
私はアイドルで、彼はファン。
その境界線は、絶対に越えてはいけないはずだった。
でも、心の奥では――
「また、彼と話したい」
そう思ってしまった自分がいる。
楽屋を出ると、ちょうど会場の裏口から、彼がひとりで出てくる姿が見えた。
遠くて、声もかけられない。
でも私は、あの背中を、まるで懐かしい友達に再会したような気持ちで見送っていた。
この気持ちが、ただの“感謝”だけで終わるのか、それとも――。
私はまだ、答えを知らない。
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