第1話「会員番号1番の少年」
春の光がやさしく差し込む教室。高校3年生になったばかりの天野悠翔は、いつものように静かに窓の外を眺めていた。クラスメイトたちは新学年の空気に浮かれて談笑しているが、彼の目は遠くの桜並木を見つめたまま、言葉を発しない。
そんな彼の胸の奥には、誰にも言えない“秘密”があった。
――彼は、250万人を超えるファンクラブ会員の中で、会員番号1番を持つ唯一の存在だった。
それはまだ中学1年生の春。アイドルグループ「Lumi:Voice6(ルミヴォイシックス)」がデビューするという情報を、当時の悠翔は偶然テレビで知った。6人の中でも、センターに立つ高身長の少女――如月天音の凛とした目と、笑顔に惹き込まれた。
テレビ越しでも伝わってきた。その声に、佇まいに、何か救われるような感覚があった。
「どうしても…会いたい。」
その一心で、両親に頼み込んでファンクラブ登録をお願いした。まだスマホも持っていなかった彼は、親のスマホを借りて申し込み画面を開き、手が震えるほど緊張して登録を終えた。登録完了メールには、こう書かれていた。
【会員番号:0000001】
その瞬間、彼の胸に何かが灯った。まだ誰も知らない彼女の最初のファンとして、自分がここにいる。そう思った。
──けれどそれから1年後の夏休み。
あの日の午後、彼の世界は一瞬で崩れた。
「……パパとママ、もう帰ってこないの?」
双子の妹・茉音と結音が泣きながら尋ねてきたあの日を、悠翔は忘れない。
家族でプールに行くはずだったその日、両親は「たまにはふたりで」と言って、旅先へ向かった。そして、その先で大型トラックとの衝突事故に巻き込まれた。即死だった。
その日から、悠翔は妹たち、そして柴犬の「琥珀」と共に、父方の祖父母の家で暮らすことになった。
それまで穏やかだった日常は一変した。けれど、彼がひとつだけ手放さなかったものがある。
――如月天音からのメッセージ。
ファンクラブサイトに毎週更新される「メンバーのつぶやき」、限定配信の動画、そして彼が送り続けたファンレター。
たとえ読まれていなくてもいい。彼女の活動を支える一人として、毎月一通ずつ、便箋に丁寧な文字で想いを綴り続けた。
高校生になってからは忙しくなり、ファン活動も少し控えめになったが、あの頃の想いは今も胸の奥で静かに燃え続けている。
そんなある日、彼のもとに一通の封筒が届いた。
「おめでとうございます。Lumi:Voice6 春のスペシャルファンイベントに、抽選でご招待が決定いたしました。」
――当選倍率、およそ12万分の1。
イベントの内容は非公開。だが、場所は都内某所のスタジオホール。しかも、“番号1番の方には特別なサプライズも”と書かれていた。
悠翔は驚き、そして迷った。
こんな自分が行っていいのか。
自分は、ただのファンだ――。
けれど、彼の背中を押したのは、リビングで見上げてきた琥珀の瞳だった。
「……行ってくる。きっと、大丈夫だよな」
そう言って、春の日曜日。
制服の上にジャケットを羽織り、彼は静かに電車に揺られ、イベント会場へと向かった。
会場は既に満席だった。ファンたちの熱気、音響のリハーサル、緊張と期待が渦巻く空間。スタッフに誘導されて、彼は最前列の“指定された席”に案内される。
照明が落ち、音楽が流れる。
舞台袖から現れた6人のアイドルたち――その中央に、ひときわ輝く存在がいた。
如月天音。
彼女はステージに立つと、一歩だけ前へ進み、静かにこう言った。
「……今日、この会場に“会員番号1番”のあなたが来てくれていると聞いて、本当に嬉しいです」
一瞬、時が止まった。
会場中がざわめく中、悠翔は思わず身を固くする。
彼女の瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。
「私、ずっとあなたのファンレター、読んでいました。全部、大切に取ってあります」
その言葉が、彼の心を貫いた。
――彼女は、覚えていてくれた。
そしてこの日が、運命の一日になることを、まだ誰も知らなかった。
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