第3話「放課後、彼に声をかけたのは――」
チャイムが鳴り、教室にいた生徒たちが一斉に立ち上がる。
春の夕日が差し込む放課後の教室。窓際の一番後ろ、天野悠翔は静かに鞄を閉じた。
変わらない毎日。
クラスメイトの雑談も、掃除当番の掛け声も、昇降口に向かう足音も――
彼にとっては、日常の一部でしかなかった。
だがその日、いつもと少しだけ違う“視線”が彼に向けられていた。
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「……あの、天野くん」
声をかけてきたのは、美湖だった。
小柄で明るく、人懐っこい笑顔を浮かべながら、ノートを抱えて近づいてくる。
「今日の数学、途中から全然分かんなくなってさ……もし時間あったら、ちょっとだけ教えてくれない?」
悠翔は一瞬だけ目を見開き、そして静かに頷いた。
「……いいよ」
近くの空き教室で、2人は並んで問題集を開いた。
教える声は小さく、でも分かりやすく――美湖は何度もうなずいた。
「……へぇ、天野くんって、やっぱ頭いいんだね。なんか、落ち着いてるというか」
「そうでもないよ。ただ、人と話すのが苦手だから……」
「そっか。じゃあ、私が最初に声かけたの、ちょっと“勝ち”かも?」
微笑む彼女に、悠翔は小さく目を伏せた。
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その帰り際、廊下の向こうから――別の女子が声をかけてきた。
「天野くーん、こっち!」
振り返ると、胡桃と千香、そして別クラスの穂乃果と彩香が立っていた。
「聞いたよ、さっき美湖と勉強してたんだって? ずるい~!」
「私も聞きたいことあるんだけど、国語の記述問題のさ……!」
「天野くんって、本読んでるでしょ? どんなの読むの?」
口々に質問を投げかけてくる彼女たちに、悠翔は戸惑いながらも、静かにひとつひとつ答えた。
「最近は……海外小説。あと、詩集とかも」
「詩!? 渋っ! でも似合うかも……」
「ねぇ、アイドルの詩とか書いてみたり……しない?」
冗談めいたその言葉に、悠翔は少しだけ苦笑した。
「……しないけど、読んだことはあるよ。Lumi:Voice6の歌詞も」
彼の口からその名前が出た瞬間、空気が一瞬止まった。
誰もが、その名前に反応したけれど――
それ以上、誰も踏み込まなかった。
それが“彼への礼儀”だと、彼女たちにはわかっていた。
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廊下の影。
そこにふたりの少女の姿があった。
天野茉音と、天野結音。
双子の妹たちは、遠くからその光景を見ていた。
「……お兄、ちょっと人気出てない?」
「なんか、女子に囲まれてるの見るの、複雑……」
「でもさ、なんか安心したかも。前は、ひとりで本読んでばっかだったし」
「うん。天音さんと出会ってから……ほんと、変わったよね」
ふたりは小さくうなずき合いながら、それでも“兄を取られた気持ち”に胸をチクリと刺されていた。
(……でも、あの人が笑ってるなら、それでいいよね)
そう思えたのは、彼女たちが彼の一番近くで、誰よりも彼の“孤独”を見てきたからだった。
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その日の夜。
天音からのメッセージが届く。
天音:「今日、どうだった?」
悠翔:「……何人かに話しかけられた。驚いたけど、嫌じゃなかった」
天音:「それは良かった。でも……ちょっと、やきもちかも」
その一文に、悠翔はスマホを見つめたまま、静かに微笑んだ。
「……大丈夫。俺の“1番”は、変わらないよ」
誰かと話すことも、人に囲まれることも、悪くない。
でも、自分が見つめる人は、ただひとり。
彼の心の中心には、今も変わらず――如月天音がいる。
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