第10話「私の“1番”は、あなたです」
ファンイベントの会場は、以前と同じ都内のスタジオホールだった。
だが、今回は空気が違っていた。
Lumi:Voice6の出演が発表されると同時に、如月天音にまつわる週刊誌報道が再燃し、会場には取材記者や関係者の目も潜んでいた。
そんな中、客席の一角に――制服姿の少年と、左右に並ぶふたりの中学生の少女が座っていた。
天野悠翔と、双子の妹・茉音と結音。
「本当に行くの? って思ってたけど……お兄、行こうって言ったもんね」
「だって、今日のイベントで天音さんが“何か話す”って、公式が匂わせてたし…」
茉音と結音は緊張の面持ちで、それでも兄の背中を支えるように隣にいた。
報道後、ふたりは一度も兄の恋を否定しなかった。
むしろ、「ちゃんと見届けなきゃね」と手を取り合った。
照明が落ち、BGMが流れ出すと、ステージに6人のメンバーが登壇する。
一人ずつ挨拶を交わし、イベントが進行していく中――
最後にマイクを握ったのは、もちろん如月天音だった。
彼女は深く一礼すると、言葉を選びながら、観客に語りかけた。
「皆さん、今日は来てくださってありがとうございます。
今日は……ひとつだけ、皆さんにお伝えしたいことがあります」
会場が静まり返る。
彼女の声だけが、空間に響いていた。
「私は、これまで“夢”を届けることがアイドルのすべてだと思ってきました。
でも、人間だからこそ、苦しいときも、迷うときもあって。
そんなときに、支えてくれたファンレターがありました。
ずっと読んできた、あるひとりの人の手紙です。
彼は、私に“あなたは、そこにいてくれるだけでいい”と書いてくれました」
ざわめく客席の中、悠翔はじっとステージを見つめていた。
「その人は、私が誰なのかも知らなかった頃から、ずっと手紙をくれていて。
それは、恋とかじゃなくて、ただ“人として”私を見てくれていた。
でも、いつの間にか――私は、その人を、特別に思うようになっていました」
涙をこらえるように、天音は一瞬、言葉を詰まらせた。
「たくさんの人が私を応援してくれていること、知っています。
でも……今日、ここに来ているその人に、どうしても伝えたい言葉があります」
マイクを両手で握りしめて、彼女は言った。
「――私の“1番”は、あなたです」
その瞬間、会場全体が息を呑んだ。
スポットライトがゆっくりと客席を照らし、スタッフが示した先――
そこには、悠翔と、驚きながらも静かに見つめる茉音と結音の姿があった。
「……やっぱりお兄だったんだね」
「ねぇ、天音さん、泣いてない……?」
ふたりの妹は、静かに微笑んでいた。
兄が本当に大切な人に出会っていたことを、いま、この瞬間に知ったのだ。
•
イベント終了後、楽屋の一室で――
誰にも見られない場所で、ふたりは再会した。
「……言っちゃったね、全部」
天音は泣き笑いの表情で言った。
悠翔は少し照れながらも、真っ直ぐに彼女を見つめて言った。
「ありがとう。俺の名前、ステージじゃ言わなかったのに、ちゃんと“伝わった”気がした」
「だって、“1番”って言えば、君しかいないでしょ」
ふたりはゆっくりと距離を縮め、そして――
そっと、唇が重なった。
それは、長くて、静かで、誓いのようなキスだった。
ファンとアイドルという関係を越え、
ただの少年と、ただの少女として――
ようやく本当の恋が始まったのだった。
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