リューイの場合。
――深衣に会いたい………
アリスミス国の若き皇帝。
リューイ・キスティア・アリスミスは、誰も居ない執務室でそう呟いた。
以前なら、3人は侍女が待機して、5人の補佐は同じ部屋の机に向かい、この部屋の人口密度は高かった。
だが今はこの広い部屋に1人だ。
アリスミス国は南の大国、ソルワート王国の事実上の属国となってからというもの、
政務はほぼあちらの指名した者、もしくは派遣されて来たソルワート国の者が行っていた。
自分の肩書きは皇帝だが、名前だけ。する仕事と言えば、大して重要でもない案件ばかり。
何故こんな事になったのか――考えるまでもない。
先にあった自分の結婚式。
世界中から羨まれる、強く美しく優しい妻を娶り。
小国故に常々脅かされる大国の脅威も無くなり、自分の名は名君と後世に語り継がれるだろうと。
本気で思っていた。
だが当日、神から賜り皇帝に代々受け継がれている魔法が使えず。
民に自分は神に認められていないと糾弾され、兵士達も敵に回った。
何処からか漏れた深衣の事まで噂になり、更に南の大国が余計な事を言ったお蔭で、国土を狙う周辺諸国からまでも糾弾された。
国土を守るには、ソルワートの条件を呑むしかない。
例え自国――と言うか自分――にどんなに不利なものでも。
その後、ソルワート国の使いの者に自分達が亜衣に惹かれたのは亜衣の能力のせいだと教えられた。
異世界を渡った為に手に入れた、とても強い能力だと。
実際、深衣によってその能力が失われた亜衣を見ても、浮かんでくるのは怒りと軽蔑、吐き気くらいだった。
リューイは、今の自分の立場を考える度に思う。
確かに自分が悪かった。
僕の為に、死ぬかもしれない旅に出た深衣を裏切ったのも、
僕の為に、死にそうになってまで掴んだ功績を亜衣のものにしたのも、
僕の為に、魔王を倒した後も魔族を完全潰してくれた深衣を亜衣の使いの者だとしたのも、
確かに僕が悪かった。
だけど、と。
怒りが湧いてくる。
仕方ないじゃないか。
能力だったのだろう?
強力で、抗う事も出来ない様な能力だったのだろう?
僕は被害者だ。
深衣を愛していたのに、強制的に亜衣を好きにならされた被害者だろう!
なのに深衣は僕を見捨てたのか!?
あんなに愛し合っていたのに――僕を捨て、カイルを選んだと言うのか!
「…陛下。以前から仰っていた件、ソルワート国から許可が降りましたよ。」
食事中、以前自分の補佐だった者から言われた。
「っそうか!日程は?」
「一月以内ならば、と言われています。」
「一月か…ああ、下がっていいぞ。」
礼をして去っていく元補佐官。
リューイは彼に目もくれず、自分の予定を思い出していた。
…といっても殆ど真っ白だ。明後日には城を出よう、と決めて食事を再開した。
実は以前から、ソルワート国のカイルに、深衣に会わせてくれる様、再三掛け合っていたのだ。
だが大体いつも、返事は「深衣は忙しい。」「皇帝が国を離れる訳にはいかない。」とか何とか。
文は礼儀正しいが、文面からは
「深衣を傷付けたお前が会えると思っているのか。」
と言う言葉がありありと伝わってくる。
僕は被害者だ!!と言いたくても相手は遠く離れた地。
結局は了承し、また時間を置いて掛け合うという繰り返しだった。
――やっと、会える…!
深衣なら分かってくれる。
深衣なら僕を庇ってくれる。
勇者である深衣の言葉は重い。
皇帝である僕がこの扱いなんて、有り得ない…。
悪いのは、亜衣だろう。
亜衣の召喚を強行したソフデュール家だろう。
僕は被害者だ。