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私は頑張るあなたの味方!  作者: #N/A
第二章 『若葉色の絆』
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第32話 いつもの場所

 何の変哲もない夜。同窓会に会場に向かう渚とひよりは、他愛もない話をして笑い合いながら歩いていた。


「それにしても渚、可愛い服選んだね。しかも場にもフィットしそう」

「そうでしょ。頑張ったから。もっと褒めてくれていいんだよー?」

「調子に乗らないの!」


 悪戯っぽく笑ってみせる渚。それを見たひよりは半ば呆れながらも、仕方ないものを見る目で息を吐き出す。


 渚の服装は珍しくも、目立たないながらもクリーム色の品のあるシャツにズボンだった。普段癖が強い渚を見ている分、ひよりはそれを絶賛する。


 同窓会の会場は良さげな雰囲気の居酒屋だったわけだが、渚はあっという間に高校時代の友人たちに囲まれてしまった。男女関係なく大人気の渚。しかし渚は彼らを見ても名前も顔もさっぱり思い出すことができない。


「渚ちゃん。私たちとこの後遊ぼうよ」

「馬鹿!渚ちゃんはこの後俺たちとカラオケ行くんだ。ね?」

「え、えっと?」


 宴も時が進み、皆そこそこお酒が入って調子が良くなっている。渚は泣きたいような気持ちになった。助けて………!


 そこに突然現れたのは、会社帰りと思わしき男だった。その男は他の全員を押しのけて渚の手を引き、外へ連れ出す。


 ヒロ………!


 手を引いたのはヒロだった。沢山の男女に囲まれ、今にもどこかへ連れていかれそうだった自分の彼女を助け出したヒロは、その喜びももちろんあるけれど、どこか疲れを隠し切れない顔もしていた。


「渚。元気そうで良かった」

「ヒロ?私心配したんだから」

「やっぱり、もう抜けてどこか行かない?人が多いところは落ち着かないから」

「いいよー」


 ヒロと渚は会場を抜け出して、次なる場所を探し求めて街を歩いた。お互い、どこか見つめ合う瞳はぎこちなく、落ち着きがなかった。


 渚が、今日はいつもの真っ黒の恰好じゃないことにきょどり散らかすヒロ。


 一難を逃れたヒロの面構えが若干変わっていることをすぐ察し、カッコよく見えて心底ドキドキさせられてしまう渚。


 お互いに頬を赤らめて普段よりもぎこちなく手を繋ぎながら、目を背け合いながら街を歩いた。



 ……………………………………………………



 ゆっくりとした時間に起きた渚はパジャマのまま、ごろごろと自宅マンションのベッドに寝転がってスマートホンを見ていた。時刻を見てみると、既に十四時だった。


 今日もずっと胸の高鳴りが抑えられない。


 だって、ヒロに会えるんだもの。


 寝ても覚めても不安と緊張と、それを毎秒打ち消すくらいの心地良さと期待が同居した感覚がある。


 これに慣れることなんてあり得ない。だから私は、気持ちが強かじゃないといけないんだから。


 ここ最近は毎日デートをしているにも関わらず、愛は深まってゆくばかり。それはまるで底なしの沼のようで、寒い朝ベッドから出たくない感覚に近い。それの何がいけないの?


 とはいえ、ヒロとの合流まではまだ時間があった。


 渚は軽く身体を伸ばして机に座り、置いてあったノートを開いてペンを持つ。そして、少し早いが今日の分の日記を書き始めた。


 それは高校を卒業して以来、毎日欠かさずに書いている日記だった。既に二十冊以上の山という形を成して、約三年続けた嗜みとその在り方を証明している。


 もともとは趣味の料理や鑑賞した漫画、アニメの感想を書き連ねるだけだったノート。しかしそれは今や、ヒロと再会して交際が始まったことで、半分以上がヒロの内容で埋め尽くされていた。


 ヒロがこの日はこんな顔をしていた。

 この日はこんなことをしてくれた

 この日はこんなことを言ってくれた。

 この日は会えなかったけれど、こんなメッセージが届いた。

 嬉しい。悲しい。楽しい。怒り。

 ヒロ。ヒロ。ヒロ。眼中にあるのはヒロだけの女。

 いつもヒロの事で頭がいっぱい。それはヒロの一挙手一投足で感情をあちこち連れまわされてしまう、哀れで幸せな女の日記だった。


 どの日に書かれたものを見ても、その癖は強かった。しかしそんな渚のノート二十冊の中でも、彼女の中で一番長くて最高傑作という自負があるのは、ヒロから告白を受けてキスされた日の日記だ。


 その日だけで、新しいノートの約半分を埋めてしまっているのだ。


 渚は書く文字こそ綺麗ではあったが、文章を書くのが得意な訳ではなかった。むしろその手の事は下手くそであり、学業で修めた成績も秀でてはいない。


 だけどそれでも十時間以上を掛けて熱心に紡がれた、稚拙でしかない文章の羅列。それを見れば誰もが、その日の渚の縦横無尽な感情の旅というものが窺い知れる事は間違いない。


 もっとも、絶対誰にも見せないけど……。


 特にヒロになんか、絶対見せられない。もし見られちゃったら恥ずかしすぎて、死んじゃうもの。


 ヒロが遊びに来る日は、必ず過去の分を含めて全て、押入れの一番奥に仕舞いこむ。仕舞いこむ前に遊びに来たら、ヒロを玄関に留めておいてでも真っ先にこれを仕舞い込む。


 絶対、誰にも見られちゃいけない嗜み。


 そんなことを考えながら日記を書いていると、あっという間に一時間が経っていた。それに気づいても、渚はまるで白い壁がそこにあることに気づいただけみたいに表情を変えない。


 日記を書いている間はコロコロと色々な表情に変わる彼女。それ以外の、つまりヒロに関連しないことにはあんまり興味がないのだった。


 渚は眠たい目を細めてこすりながら寝室を出て、パジャマのままキッチンに立った。


 昨日までの残りものを冷蔵庫から取り出し、豚肉と大根のオイスターソース煮とお吸い物を急ぎ目に作った。そして茶碗に米をよそって沢庵を添え、合掌して食べ始める。


 渚は沢庵をポリポリと咀嚼し、ぼんやりとした顔でヒロの事を思った。いつも月光の下の凪のように落ち着いていて、穏やかで優しいヒロ。


 透明な眼差しで、いつも私を見守ってくれるヒロ。


 そしてそんなヒロに───いつしか、ドキドキさせてやりたいという願望が渚の中に芽生えていた。


 だって私はヒロに会う時、すごく緊張してるんだよ?それなのに、どうしてヒロはいつもクールでいるの?


 そんなの許されるわけないよね?


 先日ヒロのスーツのポケットから風〇のクーポンが出てきた時は、流石の渚も過去一怒り狂ったものだった。


 当然その時ほどではないにしても、いつも一定なペースのヒロに、そんな不満めいた感情が沸き立つのを彼女は抑えられなかった。


 それがヒロの良さであるなど、渚は分かっていた。分かってはいるのだ。


 分かっているけれどそのうえで、私の前では乱れて欲しい。


 私のことを見て、私のことで焦って欲しいし、不安になって欲しいし、時に寂しさだって覚えて欲しい。そして私を求めて欲しい。


 ご飯を食べ終わった渚は身支度を始めた。身支度をしてマンションを出た後も、ずっとヒロの事を考えていた。



 ……………………………………………………



 ヒロは仕事を終えて、いつものアニメグッズ店に来ていた。


 ここ最近はずっと、仕事終わりは渚と『いつものコスプレコーナー』のベンチに待ち合わせして、2人で腰掛けている。


 その時の気分で一緒に軽く食べ飲みしながら、『鳴上のいつもの』を眺める。そして21:00頃に3人で店を出て帰るまでが日課になりつつあった。


 2人でベンチに座る機会は今まで何回もあったけど、今までと違うのは距離が全くない事だ。


 渚はヒロに身体を寄せてぴったりくっついて、常に左腕をぎゅっと抱き寄せてきていた。


 そんな事しなくても離れんわ。


「アマテラスオオミカミよ。私を見守りなさい。この甘目まどか……大宇宙。つまり、神界に誓うわ。必ずあいつを焼き払い、照り焼きにしてスープと一緒に食べてあげるとね。森羅万象に宿るは、ダイセイレイのみであるべきよ」


 鳴上はアホほど短いスカートでカーテシーをして、下に履いている短パンがチラッと見えている。


「エロすぎる……」

「おいこら、エロい目で見るな」


 唐突にスケベモードになった渚。その頭をヒロはぺしっと叩いて、ツッコミを入れた。


「さては、アナタ……。アマテラス様から浮気してその悪魔に乗り換えたってところかしら?オシオキ、しちゃうわよ……」


 鳴上はビッと目の前を指さし、決めポーズをした。

 わっと、ギャラリーの子供たちが盛り上がる。


「ヒロ、スマホ貸してー」

「え?なんで?」

「いいから」

「あ、うん」


 何でか全く分からないまま、ヒロは言われるままに渚にスマホを渡した。


 すると渚はヒロのスマホで、鳴上の全身アップ写真をカシャカシャ撮り始めた。


「待ち受けにしてあげるー」

「いや。こら。やめなさい。おいこら」


 ヒロはスマホを取り返すためにひたすら手を伸ばすが、渚はケタケタと笑いながらスマホを返すまいと身と腕を伸ばしよじらせる。


 困った女だ…


「保存しといてるからイ○スタに上げていいよー」

「上げるわけないだろ?え?何で上げると思ってんだおいコラ」

「きゃー♡」

「きゃー♡じゃなくてさ」


 渚はゲラゲラ笑っている。


 不意に内カメに切り替わってて、渚はヒロに背を向けてシャッターを切った。


 幸せそうに笑う渚と、内カメに切り替わってて驚いてる顔のまま手を伸ばしてる俺。


 器用な渚に一瞬啞然としたが、そんなヒロを横目に渚はそのまま外カメに戻して、今度は鳴上の股間を超アップにして撮り始めた。


「何してんだやめろ!このスケベ!」

「やめなーい。ほら、可愛いでしょ〜?ひひ」

「うん、そうだね。早くスマホ返しなさい!ほら!」

「ひひ、やだよー」


 スマホを取り上げると、渚はちょっと頬を膨らませた。


 頬を膨らませたいのはこっちだわ!


 でも渚がすごく幸せそうにしてると、相変わらず本当に不思議なことにこっちも釣られて笑顔になれてしまう。


「私の究極形態『最終(ファイナル)・キューティクル・ユニバース』。これを使わせたことは褒めてあげる。宇宙などちっぽけと気づかされる『世界』そのものよ。あなたの今世に来世、全時空全並行世界においてのアナタの穢れた魂をキヨメ祓うわ………」


 鳴上は手にもつプラスチックのステッキを、大きく振りかぶる。


「ねえ、ヒロ」

「うん?」

「私の事好き?」


 また唐突に。

 付き合い始めてまだ1週間と少し程度だが、それ以来ずっと1日1回は聞かれる。


 なんて答えてやれば渚が満足してこの質問をやめるのかは、謎だ。


「好きだよ」

「ひひ。私も、ヒロが好きー」


 渚はしがみついたヒロの腕に、頭を何度もスリスリと擦っている。


 ヒロの目線右斜め下に、腕にスリスリする渚の頭があった。


 渚は頭を撫でると喜ぶので、手を大きく動かしてわしわしと撫でた。


「ぷー」

「ん?」

「もっと優しくがいい」

「あ、左様ですか」


 ヒロは優しくするフリをして、もっと動きを大きく早くわしわしした。


 いつも俺に悪戯をしてくるから、仕返しだ。


 渚の柔らかい髪がくしゃっと無造作に跳ねる。


「やー!いじわる!」

「え?なんの事かな?」


 ヒロは構わずに、渚の頭をわしわしとさすった。


「んんっ……!いやー!」


 ちょっとダイナミックな動きを加えると、渚の身体全体がゆさゆさと揺れた。

 ヒロは少しだけ面白がってそれを続行していた。


 バチン。


 渚は振り向いて割と強めにヒロの頬をビンタした。


 なんて理不尽な……!?


 痛ぇ。本当に結構痛い。ちょっと涙出てきた。


 渚は髪の毛を両手の指で整えている。


「理不尽だろ」

「何の事ー?」


 渚はちょっと怒っている。


 このモードに入った渚は、ご機嫌を取ってあげるまでまともに口を聞いてくれない。


「ごめんって」

「………」

「やっぱり、よく見ると渚って超可愛いよな」

「………」

「よく見なくても超絶可愛いんだけどな。はは」

「………」

「言うの忘れてたけどさ、最近前髪ちょっと切った?その長さかなりいい感じじゃん」

「………」

「あとさ。この間渚が観たいって言ってた映画公開日決まったらしいよ。予約しとくから今度一緒に」

「うるさい」


 はい、無事に撃沈しました。


「これがァァァァァッ!!!全宇宙の法則、この世の真の幸福あらんとせし超魔法…………

 アルティメット・テリヤキ・ユニバースだッッッッ!!!!!

 前世から反省してその目に焼き付けろッ!!!!!!

 ……そして。そのはみ出している汚い鼻毛はちゃんと外出前に切りなさい」


 鳴上は甘目まどかの究極必殺技と決めゼリフを披露し、ギャラリーは大歓声となった。


 あれの何がいいのかは、今でもよく分からない。


 渚は不貞腐れた表情で、足を組んでスマホをいじりだした。


「なぁ。許してくれよぉ」

「………」

「渚そういえばさ!ネイル変えた?めっちゃいい色じゃん。可愛いわー」

「………」

「思い出したんだけど、渚が好きって言ってた飯屋で新作出たらしいよ。明日仕事終わったら行こうよ」

「………」

「疲れた?肩でも叩いてやろうか?なんならマッサーg」

「行かないししなくていい。帰りたいもう」


 明日までまともに口を聞いて貰えないコースという事が判明した。


 女の子の容姿の変化に気づいて声かけると喜ぶと聞いたので実践したが、失敗に終わった。


 渚は大きなため息をついている。


 なんか、俺も帰りたくなってきた。


 悲しみとは、今俺の胸に巻き起こっている感情を言うんだろうな。


「嗚呼!私はここで負ける訳にはいかないわ……。燃え盛る聖なる蝶よ、舞い降りなさいッ!!!

 あと、その1本だけはみ出た鼻毛を切れッ!!!!」


 鳴上も戦っているらしい。


 とりあえず帰りの電車と自宅到着が何時になりそうか調べとくか。


 ヒロはポケットからスマホを取り出して、乗り換えサイトを開いた。

 今日もまあ、帰り着くのは21:30くらいかな。


「………して」

「え?」

「背中凝ってるからマッサージして」


 しなくていいって言ったやん。


 ヒロはそう思ったが、渚はマッサージしてもらう気満々のようで、ヒロに背中を向け始めた。


 仕方が無いので、肩甲骨付近のツボを親指でぐいぐい押したりさすったりした。


「あ〜〜〜生き返る。サイコ〜〜〜」

「おっちゃんかお前は」


 気持ちよさそうな声を出す渚の、背骨やあばら骨の骨と肉の間の溝らへんをごりごりと押した。


 渚は再びご機嫌顔で、ヒロに向き直った。


「は〜〜〜!身体軽くなった。褒めて遣わす」

「あ、はい。お褒めに預かり光栄です」

「ヒロ?なんか反応薄くない?何むんつけてんだよっ♡」


 渚は高笑いしながらヒロの肩をバシン!!と叩いた。


 痛え!

 むんつけてたのそっちな!??


 渚は再び俺にぴったりくっついて、今度は胴体に抱きついてきた。


「頭撫でろ」

「はい」


 反対の手で優しく頭を撫でると、渚は俺に寄りかかり身体を預けてきた。


 しかし、触り心地いいなぁ。

 ついつい長く触ってたくなる。


「ねぇねぇ。私の髪の毛に、夢中になっちゃったの?」

「なってない」


 渚はヒロの顔を見上げて、完全に確信を持った目でずいっと覗き込んだ。


 心を見透かれたようでドキリとしたが、ポーカーフェイスを崩さずに咄嗟に否定した。


「うそ。私の髪の毛、色んな人に綺麗って褒められるし人気なんだよー」

「なってないって」

「じゃあ、好き?」

「なにが?」

「私の髪の毛」


 うっわ。

 なんて返してもめんどくさそうな質問が来た。


「皆様。渾身の1曲を歌わせてください。

 甘目まどかの魔法少女記 〜耳を揃えて持ってこい〜

 オープニングテーマ………『照り焼きは英語でもTeriyaki』」


 ワァァァァァァーーーーーー!!!


 コスプレコーナーは鳴上の独壇場と化していた。

 盛り上がりはピークに達している。


 ヒロは結局、渚の髪の毛を親指と人差し指でしゃりしゃりと弄んでいた。


 少しでも指の力を緩めれば、サラサラと手からこぼれ落ちていく。


「…………ちょっと好き」

「ふーん?」


 ほんの少しくいっと引っ張ると、ピンと伸びた毛の艶1本1本に表現しがたい中毒性を覚えた。


「私もヒロに撫でてもらうの好き」


 俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。


 突然素直になるのやめろ。


 ……不覚にも今、俺はドキドキしている。

 渚と目を合わせられない。


 渚はドキドキしているヒロの耳元に顔を近づけて、囁いた。


「…………本当はさっきみたいにわしわしされるのも、あったかいから好き」

「!?」

「引っ張られるのも、気持ちいいから好き」


 えっ!?


「な、渚。そろそろ帰る?」

「へ?うん」

「ちょっと帰る前にトイレ行かせて」

「ええ?うん?」


 ちょうどこのタイミングで鳴上サイドも終わったらしく、歓声と拍手が響き渡った。


 全く意味が分からないという顔できょとんとしている渚を置いて、ヒロはドタバタとトイレに駆け込んだ。


 心臓、バクバクしてる。


 今日の渚は全く意味が分からないぞ……!?


 いつも意味分からないけど。


 一瞬渚に変な感情を抱いてしまった自分に気づいて、必死に抑え込むので精一杯だった。


 2、3分深呼吸してから出よう。

 とりあえず○itterでも見て落ち着いて……。


 写真の枚数が異様に増えてることに気づいて、写真フォルダを開くと大量の鳴上の写真があって、その中に1枚だけ別の写真が混じっていて。


 ヒロは無我夢中で写真を開いた。


 俺と渚の、ツーショ………。


 渚の心の底から嬉しそうな笑顔は少しだけとろんとしてて。


 また心臓がバクバクしてしまった。


 どうしてだろう。渚が笑ってるところなんて、ずっと見てきたはずなのに。



 ------------------------------



 今日も失敗……。


 ヒロ、突然トイレに行っちゃった。

 今日は元気そうに見えたけど、本当は疲れてて帰りたかったのかな?


 ヒロを、今日こそドキドキさせたかったのに。


 全然上手くいかなくて、またヒロに当たっちゃった。

 ごめんね、ヒロ。


 ヒロに、嫌われたくないよ。


 ………いつになったら、ヒロをドキドキさせられるんだろ。



 ------------------------------



 あのチーム解体騒ぎから一か月くらいが経った。


 結局色々なことがあったけれど、その分俺は成長することができたように思う。


 会社には皆で残れたし、何よりも渚と一緒に同窓会に参加もできた。すぐに抜け出したけれど。


 たかが一週間と思うかもしれない。だけど、再会した渚はまるで別人のように見えた。あいつも、俺に見えないところで成長していたんだ。


 綺麗で、可愛くて、どこまでも虜にしてくる渚が、俺の誇りだ。



 解体の危機に陥ったはずの俺のチームは、今となってはそんな面影が消し飛ぶほどにとんでもない勢いで数字を伸ばしている。


 葛西と北沢は、精鋭として他チームからも尊敬の眼差しで見られるプレイヤーに。古谷と奥山は今後の成長に期待がかかる、他の同期よりも一歩活躍出来ている新人コンビ。


 石田は相変わらずでキーパーソンには程遠いが、一度商談を成功させたことを機に少しずつ数字を上げられるようになった。努力は報われる。それを体現した男がいるチームとして、ヒロのチームは更に注目を集めることとなったのだった。


 伊藤と川村も相変わらずだが、たまに少し大きめの案件でヒロが動くのを手伝ってくれる。心なしか、前のところにいた頃よりも丁寧な気がした。


『頼りにならないチーム』の烙印を押された俺のチームはいつの間にか、この支社の中核を担う、決して代えの効かないチームへと進化を遂げていたのだ。



 のほほんと生きていた。そりゃ、生き様を振り返ればお人好しが板についているところはあるだろう。だけど痛いのも、苦しいのも、怖いのも、嫌だ。味わいたくなんてないんだ。


 何度諦めようと思っただろうか。


 何度転んで、何度そのまま起き上がらなくて良いと思っただろうか。


 それでも立ち上がって、それでも歯を食いしばって歩き続けて。それが報われるだなんて、甘い世界じゃないことくらい分かってる。


 だけどやらなくちゃいけない時だってある。譲れない時だってある。


 きっとそんな感情を知るために、俺のチームの子たちは来てくれたのだろう。



第二章完結しました!お読みいただきありがとうございました!ブックマーク、ありがとうございました。励みになりました。


次の章はまた雰囲気が変わってまいります。

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