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私は頑張るあなたの味方!  作者: #N/A
第二章 『若葉色の絆』
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第22話 思いやりを持ちなさい

 今日も今日とてヒロのお昼ご飯はキムチチキン味のカップラーメン。口の中が燃えると思う程の辛さである。むせ散らかし、かれぇと呟きながら啜り続ける。


 既に時刻は夕方。誰よりも頑張らなければならないというのに、結局ほとんど何もできないままこの時間になってしまった。自分の無力加減に腹を立てながらカップ麺を啜っているうちに、五日間全部こんな感じで終わってしまうのではないかとふと考えた。それはいけない。それは決してあってはならないことだ。何か策を打立てなければ。何か。


「………時枝さん」


 辛すぎるカップ麺で涙目になり、真っ赤になった口元を拭っていると不意に声を掛けられた。顔を上げると、そこには何か思いつめた表情の北沢がいた。


 昼時である程度賑わっているはずの食堂だが、彼の顔を見ているとどうにも浮かれてはいられない気持ちになった。座るように促すと、北沢は軽く頭を下げて横の椅子に座った。


「申し訳ございません、食事中に。不躾と分かってはいるのですが、五日しか時間が無い状況なので早めにと考えまして」

「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。………また、古谷のことで相談したいんですが」

「ああ、はい」


 北沢という人物は賢く見識も広いが、臆病で心配性という一面も持ち合わせているので、事あるごとにヒロに相談をしてきていた。


 本当に問題であることから些細すぎることまで、彼は幅広く色々な相談をヒロにする。まあそれで不安を解消して働けるならと毎回話を聞いているが、今回の相談は真剣な雰囲気である。


「………俺に、あいつの指導は出来ません。指導役は、降ろさせてください」


 北沢はこの会社でも長いほうだし、自信だってあるはずだった。しかしそんな彼は弱音を吐き、諦めようとしている。


「何か良い方法を考えるので、もう少し続行してもらえませんか。今日中には」

「あいつは今日もお客様との会話中以外すべて寝ていたんですよ。フィードバックしても、聞き入れやしない」

「ええ………なので、今日中には対応を」

「もう、限界なんだ!」


 突然の北沢の大声にヒロは驚いて、手に持っていたカップラーメンの容器を落としてしまった。テーブル下が真っ赤なスープと黄色い麺で染まっていく。


「俺がやりたいのは介護じゃない!色々な人に利のある情報と商品を提供する、それだけがしたいのに。………不真面目なあいつは一体なんなんです!俺は世間にとって役立つ存在であれれば良かった!それだけで良かったんだ!なのに、なのに!今の俺は俺であると認めたくなんてありません!」


 立ち上がり、ヒロに怒鳴りあたる北沢。周囲がざわめき始め、流石のヒロもマズいと思い始めたものの、彼の爆発を止められない。


「この希望が叶わないなら、俺は五日間何もししません。チームが無くなるのを、見届ける所存です」


 彼は震え、やり切れない顔をしていた。そう言った北沢は、呆然とするヒロを置いて去って行ってしまった。



 ……………………………………………………



 タイミングを見計らって、ヒロは古谷を呼び出した。そして彼に帳簿の整理を教え込んでいた。


 多分これで、同じことを教えるのは八回目くらいになるだろう。得意苦手が本当に激しすぎる男らしく、苦手に分類されるものは覚えられる気配が全くない。


 しかし当人はそれを気にする様子もない。当然のように振る舞う。我こそがルールであると言わんばかり───だなんて図太さを感じさせるような態度を取るわけではないのだが、行動のひとつひとつがまさにそれだった。


「そろそろ覚えようか。営業回りのスコアが良いのはもちろん良い事なんだけど、仕事ってそれだけじゃないから」

「────」


 古谷は目の前の書類を、空の彼方でも見つめるような遠い眼差しでぼーっと見つめ、ヒロの言葉も何もかも忘却したかのように何も返事することはなかった。


 聞いているのか、聞いていないのかも不明。何を考えているのか理解に苦しむなんてもんじゃない。何というか、よく知らない動物でも扱おうとしているみたいだった。あの思いやりに満ちた奥山がこの男を蹴り飛ばしたくなる気持ちが、ここまできてようやく理解出来た気がする。


「聞いてる?ねえ。古谷さん」

「────」

「古谷」


 ヒロはデスクを力いっぱい、音高く叩いた。すると古谷は初めて表情に変化を見せた。ほぼ瞑りっぱなしだった目を開いたのだ。営業以外で初めて、彼の表情が変わった瞬間である。


 古谷は眠たそうな目をこすりながら周囲を見渡すと、その眼差しのままヒロを見つめた。


「何ですか?」

「何ですか?じゃないんだよなあ」

「どうして邪魔されなくちゃいけないんですか?僕は、やることをやっています」

「目の前のことをちゃんとやってください」


 目の前の帳簿を指さしてそう言ってやると、古谷は不貞腐れたように鼻から息を吐き出して肩をすくめた。


 流石にそろそろ本当に殺すぞとヒロは思った。何の了見で俺の話を真面目に聞かないんだ。新人名乗ってりゃ許される範囲にも限度というものが確かにある。それを理解させるにはどうしたらいいのだろうか。


「目の前のことちゃんとやってるって言うけど、昨日北沢さんと営業回り行かずに寝てたのは何で?」

「その前の日に、六件受注しました。だから寝ました。普段の倍受注したから、昨日はその分お休みしたんです」

「────」

「さっきから怒ってらっしゃいますよね?それってどうしてなんですか?どうして僕はこんなに頑張っているのに、怒られなくちゃいけないんですか?」

「俺たちは個人事業主でも経営者でもないんだよ。出来高制ではなく固定給制で労働に従事する会社員。雇う側じゃない。雇われて金をもらう身。上司の指示でもない限り、定められた労働時間中に睡眠は取らないんだよ」


 もうもはや、感情を抑えるのが難しくなってきた。アドレナリンが分泌されている。どうしてこうも扱いにくい奴が俺のもとに集まってくるのか。


 分かり合えると信じることはこんなに辛いことなのかとヒロは思った。この得体の知れない奴を蹴り飛ばし、怒鳴りつけ、完全に全てを終了させたいがそれは出来なかった。だってチーム解体を提案した葛木に対して、わざわざ真っ向から抗ったのは他でもなくヒロ自身なのだから。


 激情を抑え、声を微かに震わせながらそう言い聞かせてやると、古谷はしゅんとした顔で帳簿の整理を始めた。


 ヒロは深々とした溜息を堪えることが出来ない。そんな溜息の後にも、古谷の質問は続く。


「整理して、入力して、仕舞い込んで───これ、本当に後から見返すんですか」

「見返すこともあるかもしれない」

「かもしれないものを、わざわざ残しておくんですか」

「かもしれないから残しておくんだね。何かあった時対応できないと困るから残しておくんだよ」

「面倒、臭くないですか?」

「その面倒臭いと思ったことを『金を払うから代わりにやってくれ』って任せてくれる人間がいるから、俺たちに仕事があって、金が入るんだよ」

「僕はこの帳簿を整理する時間で……Foutubeが観たいんですが」

「どうして?」

「どうしてって……時枝さんは、好きでこんなの管理しているんですか」

「Foutubeが本気で好きなのか、仕事がダルいからFoutubeに逃げているのかで意味合いが変わるんだよ。君からは全然本気を感じない」


 ソクラテスのように次々と質問を投げかけてくる古谷。しかしその瞳には本当に苦悩が滲んでいて、悪意を感じる訳ではない。純全で純朴な、ただの無知である。


 キレかけながら色々と説明をしてやっているがヒロが一番感情を揺らしたのは、こいつが自分の名前を認知していることだった。かなり意外だった。名前を覚える能力があるのかと思った。そりゃあそれは出来るわ。だって営業できるんだから。


 恐らくこの手の問答にヒロほど丁寧に答えてやる人間も珍しいが、これも種まきだと思って粘り強く向き合える素質がヒロにはあった。


「それ以外にも、悩みが」

「何?言ってみて」

「北沢さんが、苦手で」

「北沢さんが!?あんなに優しくて良心的なのに!?」

「顔も喋り方も、冷たいじゃないですか」


 悩みを、苦しみを、決して内側に留めずに吐き出し、自らを徹底的にケア出来るのが彼の良い部分だ。


 ヒロは悩みを聞いている立場にも関わらず、自分に出来なかった事が出来る彼を羨ましく思った。


 しかし入社したばかりで経験の薄い彼の吐露は、漠然としていて、抽象的で、掴めないもやを掴もうとしているかのようだった。


 まあ、好き嫌いくらいはあるだろう。


「北沢さんは怖くないよ」

「担当の人、変えてもらえませんか?もっと別な人が良いんですが」

「うーん。考えてあげるから、どういう部分で冷たいと思ったのか教えてくれる?」

「ですから、それは顔と喋り方が」

「どうして顔と喋り方が冷たいと思ったの?」

「なんか。なんか、冷たいじゃないですか?分かりません?」

「北沢さんに自分からちゃんと話しかけてみた?」

「………かけてません」


 ちなみに北沢は、古谷を相応に評価している。優れている点は本当に優れているし、抜けている部分は抜けすぎている、と。淡々と報告してきた彼の、怜悧な瞳が印象に残っている。


 そしてそんな彼ですらとうとう、匙を投げてしまった。営業回りをしていれば必然的に、先日ヒロが対応した高橋然り、相性や状況などが複雑に絡み合った結果、コミュニケーションに棘が生まれる可能性は全然ある。


 後々のことを考えれば、偏った考え方は変えていかなくてはならない。それを彼に伝えることに意味はあるのか、ほんの少しそれを考えた。だけど、ヒロは彼から決して目を逸らさずに見つめ、話をする中で確かにその本質を掴んでいた。


 古谷は確かに悩んでいる。本気で悩んでいる。至らない自分を変えたいと望んでいる目をしているのだ。


「………思いやりを持ちなさい」

「思いやり?」

「誰かのためにするんだよ。仕事っていうのは。それがあって、日本が回ってるんだ。個人が一生懸命頑張ったところで、その影響力は蚊の体積ほども無いかもしれない。君が見ているFoutuberみたいな影響は無いのかもしれない。だけど人間は長期的に生きるもんなんだよ。短い一瞬に全てを賭けるような生き物じゃないんだ。だから………だからこそ、君を、お前を、他でもない古谷のことを求める人間がどこかにいる。その人のために、どんな時も思いやりを忘れずに生きるんだ」

「………」

「思いやりは流石に分かるよね?」


 ヒロはやや焦った気持ちを隠せずに古谷に訊ねた。思いやりという単語を知らないという微かな可能性が何故か脳裏を過っていた。だが古谷は伏せていた顔を確かに上げて、


「………大丈夫です。多分」


 拳を握りしめ、マイペースでまだまだ青い瞳を震わせながらそう言って、ヒロを真っ直ぐに見つめていた。



 ……………………………………………………



 管理室。血と殺意だけが滲むような禍々しい気の満ちた部屋の中には二人の男がいた。統括席に座る男と、そのデスクの前に威風堂々と立ち資料を読み上げながら報告を上げる男である。


「───以上、定期報告となります。改善部門による新規の問題提起はございません」

「あっそう」


 厳かそのものたる鳴上が資料に基づいて報告を終えると、葛木は眠たそうに一言それだけ返事をしてパソコンに目線を戻した。


 鳴上はその様子を見届け、去ろうとした。


「待て」


 葛木はパソコンから目を逸らさないまま、鳴上を制止した。鳴上は厳かで理知的な瞳を一切揺らさずに振り返り、統括席の男へ目線を戻し、恭しく頭を下げてみせる。


「は。何でしょうか」

「時枝のチームに事務だった奴が二人入ってるけどこれは何で?誰が勝手なことして良いっつった?」

「………私は存じ上げません。しかしながら確認することは出来るかと」

「仮に打開策として時枝が一人で動いたと考えても、全くもって意味不明だ。闘技場に電卓持ち込んだところでクソの役にも立たねぇ。ライオンに勝つために鶏を用意する馬鹿もいねぇ」

「………」

「何が言いてぇか分かるよな?」

「かしこまりました」


 鳴上は一切表情を変えずに、手元のメモ帳に書き留めた。その様子を刺すように見つめていた葛木は、やがて飽きたかのようにデカい溜息を吐き出して再びパソコンへ目線を戻した。


 それを怜悧な瞳で一瞥して確認した鳴上は、ひとつ小さく息を吐いた。そして再び頭を下げ、管理室を後にしたのだった。


 鳴上が去った扉を一瞬見て、葛木はまたパソコンに目線を戻した。映るのはヒロとそのチームメンバー、その業績だった。それを眺め、


「それはそれ、これはこれだ。………流石に面白ぇよ。時枝」


 葛木は一人の部屋で露骨に頬を吊り上げていた。



 ……………………………………………………



 喜びと感謝に満ちて生きたとしても、憎しみと悲しさに溺れて生きたとしても、いずれを選んだとしても人生。


 石田はヒロから与えられた書類の整理を終え、わざわざ自分のために新調されたスクリプトを読み込んでいた。


 次こそ受注を勝ち取るために。勝ち取ってヒロと、この組織に貢献した証を残すために。


 前者と後者を選択する権利が与えられているというのであれば、当然迷うことなく前者を選びたい。好き好んで後者を選ぶ人間なんてこの世界に存在しない。悲しい物語を読みたくなることがあっても、悲しい人生を歩みたい人間はいない。誰だって前者を選びたい。だから笑う。だから自分は、ずっと笑顔でい続ける。誰が何と言おうとも、笑い続けてみせる。


 どんなときも、どんな場所であっても、決してこれを曲げてたまるものかと思う。意味なんて無いと思っても、恥をかいたとしても、それが何だ。自分を嘲笑う自分に、負けてはならない。いつ何時もそう言い聞かせて。


 それ以外に、自分にできることも与えられたものも無いのだから。


 スクリプトを一通り読み終えて、石田はペットボトルの水を一口飲んだ。そして再び、同じスクリプトに目を通し、懸命に読み続ける。


 努力することが正で、努力しないことが悪?それは間違っていないようにも見えるが、ほんの少し違うとも思う。そもそも努力を知らない人間がいる。努力とは一体何であり、何をするのがそれなのかを知らない人間がいる。努力する必要性を理解していても、それをする理由を与えられなかった人間がいる。努力する時間も機会も与えられなかった人間がいる。これが努力だと思って命がけでそれに向かい合った結果、実はそれが努力でなかったと膨大な時間を犠牲にして気づく者がいる。


 では、そんな彼らは悪か?


 石田はてかてかとした笑顔で周囲を見渡すが、死に物狂いで走り回り、血相を変えて書類の確認や営業、電話をしている人間ばかり。一人の若い男性社員にぶつかられた。彼は舌打ちして石田を睨み、通り過ぎていった。


 その答えは当然、否だろう。努力しないことを悪だなどと断じるのは、それらの人間を一緒くたにして踏み躙る行為だ。


 何が起ころうが、どういったことだろうが、石田はにこにこと笑みを作ることを辞めない。何が起きたとしても。


 きょろきょろと周囲を見渡して、石田が探す人物はたった一人だ。


「時枝さんは戻りませんね……。少し休憩してきますか」


 小さく、のそりと独り言を落とした石田は重たくも軽くもない腰を上げ、笑顔のまま、食堂へ足を運んだのだった。



 ……………………………………………………



「あらぁ?時枝さんじゃない。何だか今朝よりもすっきりした顔に見えるけれど、状況は変わったのかしら?」

「………」

「変わらないわよね?変えられないわよね?明日がきても、明後日がきても、長い時間を経て形成されたあなたの本質的な人格も、人生も、簡単に変わったりしないわよ。良くも、悪くも平行線のままじゃない。それなら楽しくやったらいいわよ。努力も辛いことも忘れてね!キャハハ!」


 ヒロが古谷を連れて業務フロアに戻ると、ヒロのデスクでは伊藤が嗜虐的な笑みを湛えながら待ち構えていた。チームで実施している業務をとりあえず覚えてもらうために渡した、分厚い資料を手に持って。


 伊藤はヒロのデスクにその資料を叩きつけるように置くと、ヒロと古谷の横を通り過ぎて去っていく。


 古谷は青くマイペースな瞳でぼーっと、傲慢に振る舞う伊藤を見つめていた。そんな彼を伊藤は睨み、


「邪魔ね。新人ってどうしてこうもキリキリしてないのぉ?」

「勇ましいんですね。あなたはどれだけこの場所で活躍されてきたんですか」

「はい?」

「どれだけこの場所で活躍されてきたんですか。活躍されているから、威張っているものと思うんですけど」


 今となっては眠そうな顔はしているものの、眠りにはついていない古谷。端正ながらもまだ幼い顔つきの彼は、本当に疑問に思って訊ねている。その瞳に悪意などない。伊藤に何か感慨を覚えても、望んでもいない。


 伊藤は胸を張り、高らかに笑って古谷を見下すように見つめた。


「ええ、活躍しているわよ。長く勤めているわ。あなたよりも余程長く、勤勉にね」

「いえ、そういったことは聞いてません。僕は新人なのであなたが僕より長く勤めているのは当たり前の話です」

「は」

「具体的な活躍の内容を聞いています。時枝さんみたいな他の先輩方と明らかに桁数の違う商談の成功体験とか、鳴上さんみたいな最短昇格や改善に係る社内賞の受賞経験とかの話です。僕はいつか先輩方と同じか、それ以上の功績を残したい。どうせやるからにはって、そう思うんです。だから教えてください。あなたはどれだけこの場所で活躍されてきたんですか」

「い……色々よ。そりゃ、色々。活躍しているわ」

「色々とは?」

「私はね!前に違う部門で売り込みも改善もやってきたわ!賞状くらいもらったことあるわよ!だからね、私はあんたみたいなちっぽけな新人が気軽に話しかけて良い人間じゃないの!」

「話しかけてきたのはそちらじゃないですか。人に対してもっと思いやりをもってください」


 伊藤の顔が真っ赤な憤怒に染まり、古谷をきつく睨みつける。目の前の古谷はぼーっと、青い瞳をそのままにそんな伊藤の姿を見つめていた。ヒロは慌てて古谷の前に出て、腕で制止する。


「もういいだろ!古谷……あとでお前はまた説教だ!」

「そんな」

「そして思いやりの件言った時若干ドヤ顔してたけど、使い方ちげえからな!」

「うう」

「人はね、業績うんぬんだけを大切に生きてるわけじゃないし、誰もが皆仕事を頑張ってるってわけでもないんだよ」

「でも、僕らも………威張ってる人間をいつまでもスルー出来るようには、できてません」

「そうなんだけどね!?その通りだよ!?だけど一旦クールダウン!クールダウンして!!」

「クールダウンするのはあちらだと思いますけどね……」


 伊藤は真っ赤に血が上った顔で歯ぎしりを立ててヒロと古谷を睨みつけると、今度こそどこかへ立ち去ってしまった。その背中をぼーっと見つめた古谷は、首を傾げて親鳥を見つめる雛のような目でヒロを見つめた。


「あの可哀想な人は誰なんですか?」

「先週からうちのチームに加わった伊藤だってば。話を聞きなさい」

「すいません」

「あと可哀想な人とか言わない」

「はい」


 古谷は人に思いやりを持とうとすることで意識を覚醒させたものの、俺が求める円滑なコミュニケーションに一歩足りない感じがする。あと何回説教したら丁度良くなってくれるだろうか。幸いにも、彼は素直な性格をしている。どうにか矯正していくとして、それを今日と残りの四日間でどう活かすか……。そしてヒロは考えることが多すぎて、突然大暴れしたい衝動に駆られた。伊藤みたいに傍若無人に振る舞えたらどれほど爽快だろうか。


 ここで伊藤を変に刺激しても良いことが無さ過ぎるんだよ。大人の対応をこのまま続けるべきだ。激情に駆られるがままに、何か厄介なことを重ねてこないとも限らない。もう少し平穏に、何かあるはずだ。それにあんな奴でも、一時だとしても、俺のチームに来てくれたんだ。何か、何か最適解が……。


 その時だった。突然誰かが足音高く歩み寄ってきたと思った瞬間に、古谷の胸倉を掴み上げていた。古谷は驚きに目を見開いて、その男を見つめる。


「お前……!不真面目はいつになったら直るんだ!」


 北沢が怒りの形相で古谷の胸倉を掴み上げるのを、ヒロは必死になって止めていた。



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