第12話 エンジェルナンバー
世に救いも血も涙もない。生在りし者修行といわんばかりに、人はなにかに追われ、迫られ、追い詰められるのでござる。
そうだ。────拙者は、″″″″天使″″″″になろう。
全てを忘れよ。全てを捨てよ。肩の荷は複雑に絡まる。この拙者の翼を見るのだ。そして、己の雁字搦めの翼に触れよ。それは────″″″″″はじまり″″″″″だッ!
ハハハハハハハハハ!!
見るがいい。
────────エンジェルナンバー、999999999999999999!!!!!!!!!
お主は選ばれた。その身体と心に、母なる海と永遠なる宇宙があらんことを────
気持ちの良い朝。
そんなことを一人で考え、朗らかに天を仰ぎながら通勤していた鳴上は目の前が疎かになっており、自らの巨躯で通学中の小学生6人組を轢き潰しそうになっていることに寸前で気づいた。
「のァァ──────ッ!」
鳴上は身を回し、クルリと華麗に着地を決めようとしたが、失敗し盛大に横半身を歩道に打ち付けた。
しかしうつ伏せに倒れる鳴上に気づかず、無邪気に笑う小学生たちが鳴上を踏んづけて走り去っていく。
鳴上はスーツに付いた砂を払い、不敵に笑った。
フッ。拙者がこんなことでめげ、しょげ、泣き喚くとでも思ったでござるか?
「アォォアア────────ッ!」
鳴上は大口を開け、大きな声で泣いた。逞しい大男の、普段見せることの無い涙───というか、滝のように流れる滂沱の嵐のような涙と、まるで獣のような叫び声だった。
「ヌォホワォ──────ッ!何故、なにゆえ────拙者はまどかのパンティを手に入れられなかったというのだッ!不幸だ!不公平だッ!人生など、クソくらえ────ッ!」
鳴上は先日、美少女アニメ甘目まどかとコラボを実現したガリガリチョコの付録である、金ピカ制服パンチラまどかシールを手に入れられなかった事実に失望し、鬱憤し、怒り、そして号哭した。
幸も不幸も、客観的には推し量れぬ。
拙者は、貧困なアフリカの子供たちより不幸に違いない。
ひとしきりの失望と号哭の果てに、鳴上は突然ピタリと泣き止んで空を見上げる。
違う。拙者は何をしているのだ?
本当は、こんなふうに泣きわめき、こんなふうに無力を謳歌したかったのではないでござる。
誰だってそうだ。誰しもそうだ。人は涙と共に生まれ落ち、涙を隠しながらひた進むもの──────傷つけ合いたいと望むものなど、いはしない。
己を信ぜよ。他者を信ぜよ。そして何より、まどかのパンティを信じよ。
拙者が何をすべきかなど、もう分かりきっているはずだ────
「…………ゆこう」
鳴上はコンビニで再び、甘目まどかコラボのガリガリチョコを買うことを決めた。
大人買いで駄目なら、今度はその倍買おう。それでダメなら、更にその倍買おう。
──────人は、望むものを手に入れるために、生まれてきた──────
鳴上は日本刀のような真剣たる瞳に、厳かな足取りで会社近くのコンビニに入ろうとした。
すると自動ドアから飛び出してきたのは、ウーロン茶を買い、せかせかと急いで出てきたヒロだった。
「ヌ?時枝殿ではないか」
「あ、鳴上?おはよう」
「拙者はたった今、地獄から這い出てきた」
「朝っぱらからどういうことだよ!?」
「拙者こそ、辛さと苦渋という試練に向き合った″漢″なのでござる」
「そうなのか。すごい」
「弱き己と向き合い、答えを出し、今まさにケリを付け──」
「あと5分で遅刻だけど大丈夫?」
「な、なんだって─────ッ!?」
鳴上はヒロと共に走り、遅刻寸前の会社に滑り込んだのだった。
人は時を忘れて何かと向き合った時、かけがえのないもの掴むんだ。




