第11話 キーパーソン
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そろそろ定時になろうとしていた頃だった。
ヒロは進捗を聞きに、チームメンバー達のもとへ足を運んだ。石田は今日も、憂いの一つすらない晴れやかな笑顔で会釈をしてきた。
「石田さん。今日はいかがでしたか」
「時枝さん!今日もゼロ件です。ゼロ件!」
彼の光沢材でも塗りたくったようなてかてかとした笑顔は、いっそ見ていて清々しい。
「そうでしたか」
「それよりも。燕さんは、やっぱり大丈夫じゃなかったんですね……」
石田は横を向き、かつて燕が座っていたデスクを見つめた。
晴れやかな笑顔は、厳しい顔に一転していた。溢れんばかりに込み上げる感情を、一滴も零さずに己の胸の奥に押し込もうとしている表情だった。
「やっぱり僕、声を掛けてあげるべきでしたかね?彼女の事が心配で仕方が無かったんです」
「いや、まぁ、とりあえず大丈夫ですよ。石田さんのせいじゃないですし」
「いやあ、彼女はここ最近いつも悲しげな顔をしててですね。僕としても以前別業種で働き始めた頃は、辛い時に先輩や同期に声を掛けてもらえたから頑張れた事を思い返すと、尚更やりきれないんですよ」
石田が以前別業種で働き始めた頃というのが大体いつ頃なのか知らないが、彼の年代とここでの勤務年数を考えるに恐らく十五、六年くらい前の話なのだろう。
今の風潮的に異性であれば尚更、その辺は結構裏目に出る事もあるからなあ。
というかお前はそろそろ自分自身を見つめてくれと切実に思った。ここ二週間ずっとゼロ件の状況をどうにか変えてくれ。頼むから。
そんな事を考えていると、パソコンでメールを打ち込んでいた葛西が椅子を回転させてこちらを向き、挙手してみせた。
「アフターフォロー終わりましたあ」
「葛西さんはいつも早いですよね。お疲れ様です。定時までまだ十分くらいあるので、タイムカード切れるまでゆっくりしててください」
「時枝さん、占いやりません?占い」
「占い?」
「今流行ってるんですよこれ」
葛西は『みにかわ』の装飾の黄色いケースに入ったスマホケースを取り出して画面を見せてきた。
それは可愛らしいAIキャラクターからの質問に二、三回答えるだけで一か月の運勢を占う事が出来るというものだった。
「占いなんて好きだったのか」
「たまにやるくらい?」
話を聞いていた北沢がこちらを向いて、椅子をこちらに近づけて問いかけた。
葛西は北沢の方を見ず、指先だけ忙しそうに動かしてスマホを操作しながら答えた。
「では時枝さんの事について教えてください」
「俺の事?何を言えばいいですか?」
「漠然と聞かれてるだけなので、自由に答えて大丈夫ですよ。送信した内容を、AIがⅠTソリューションの技術で細かく分析して占ってくれるんです」
「身長百七十一センチ、体重は六十キログラム。顔はかっこよくもブサイクでもないし、学生時代の学力も平均。手先は不器用で、運動は苦手。唯一の特技は面倒ごとに巻き込まれる事。そんなどこにでも居るであろう俺、時枝 広志が好きな食べ物はごく普通のカレーとラーメンで」
ヒロはそこまで答えたが、それを聞いた葛西は爆笑し始めた。
自己紹介のように詳細でなくても構わないらしい。
かなりおかしかったらしく、少なくともお湯を入れたカップ麺が出来上がりそうなくらいの間はずっと笑っていた。ヒロと北沢が虚無の表情になってもずっと笑っていた。
その後は最近印象に残った出来事について教えてくださいと訊かれた。
色々とありすぎて決められなかったので、コンビニの煮卵が美味かったと答えておいた。
「ちゃんと個人情報を抜きにして送ってみました。時枝さん、恋愛運がいいらしいですよ。金運と仕事運はこれ以上無いくらいに下振れてますが」
「おお、本当だ」
葛西のスマホには占い結果が表示されていた。恋愛運だけが天井を突き抜けるくらい高く、金運と仕事運は凶作だった。
一体今の送信内容のどの辺りからその結果を導き出したのだろうと疑問に思ったが、それを聞くのは流石に無粋な気がしたのでやめた。
そしてその時、後ろから新たな声が参入した。
「葛西さん。僕の事も占ってもらえませんか」
「えーっ?良いに決まってるじゃないですか」
「何だか最近ねえ、ついてない気がするんですよ」
葛西はウキウキしたような声でそう答えて、画面をリセットした。
占いをお願いした石田はぽりぽりと頭を掻きながら、にこりと笑って質問されるのを待っていた。
何だか最近ついてないのではなく危機感が無いだけだろ。
楽しそうに占い画面を操作する葛西の隣に座る北沢が、時刻が一切載っていない電車の時刻表を見るような目で石田を見つめていた。
「石田さん!石田さん!大吉ですよ!らーららーるんるんるん」
「お、おお!本当ですか!?まさかここから良くなっていくという事なんだろうか……」
「仕事運がすっごくいいんですって。『チームにとって重要なキーパーソンになれる事間違いなし!』だとか」
定時になった瞬間に、葛西は荷物をまとめて颯爽と挨拶をして帰っていった。
それを見た北沢も慌てたように荷物をまとめ、葛西の後を追うようにして出ていった。
石田は神妙な顔つきで、広大な業務フロアを見つめていた。もう彼の目に、燕のデスクは映っていないように見えた。
腕を後ろに組んで佇む様には、何だか本社の部長でも見てるかのような貫録を感じさせた。
「時枝さん。僕は……きっとこの時のためにここで働いてきたんです」
「はあ」
「『チームにとって重要なキーパーソンになれる』そう言ってくださった。葛西さんの言葉を、僕は忘れられません」
石田の顔は景色の良い草原に寝転がっているかのように穏やかで、悟りを開いたかのようだった。葛西の言葉じゃなくて占い結果だって言ってんだろとヒロは思った。もはや燕のモチベーション低下の原因の一端に石田の存在があるのではないかという可能性すら脳裏にちらつきつつあった。
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