第9話 普通なホテル
砂浜で遊んだヒロと渚は、海の家でラーメンを食べ、涼しい砂浜でしばらく寝っ転がって過ごした。そして夕方前にホテルにチェックインした。
至って普通な、何の変哲もない、ごく普通のホテル。五段階評価制だとすれば『三の中の三』。『三』ではない。『三の中の三』、である。つまり普通ということだ。
「本当に可も不可もない、普通なホテルだな」
「何をどうやったらここまで徹底された普通加減のホテルが出来上がるの?」
「言ってやるなよ……」
「でも、普通なホテル好きー」
「そう?ならいいけど」
普通なホテルの、普通な部屋のキーを受け取って中に入る。すると中には普通な空間、普通なベッド、普通なクローゼット。
そして普通なエアコンに、窓の外を見れば普通な景色がヒロと渚を出迎える。
「魂が足りてないんじゃないの?平凡ばかり並べ立てて、何がどうなるわけ?」
「落ち着いて?案外その普通が難しかったりするんだから。質素で凹凸がない丸まったものは、尖ってるものと比べて、多くの人が愛用出来る」
「大衆に認められる代償に、アイデンティティを失えっていうの?そんなんで良いと思ってる?〇すよ?」
「ホテルの管理人の自由だろ!??」
ヒロは渚と一緒にテーブルにつき、買ってきたフルーツゼリーを一緒に食べた。ヒロはみかん。渚は桃である。
渚は頬を抑え、美味しさに声を震わせた。
「ヒロと一緒にいられて嬉しいー」
「俺もだよ。何かと落ち着かないけど、定期的にこういう時間を作ろう」
「うん。人生一回しかないしね」
「規模がデカい話だな」
「小さい話したって仕方ないじゃん」
「人生の話なんて、一年に一回くらいで良くないか?重たいし」
「そんなこと無いよ。時には坂を下るように生きたっていいの。車だってさ、高速道路をローギアで走らないしそんなことしてたら燃費悪いどころじゃないでしょ?トップギアで身軽になって、全速力で人生を駆け抜けてる時の景色からしか見えないものや気づけないことがあるんだって」
きょとんとしたヒロに、渚が上目遣いで大胆に擦り寄る。
どこまでも真っ直ぐな澄んだ瞳に射抜かれたヒロは、思わずドキリとしてしまった。
「かっこいい考え方だ」
「低速じゃさ、ネガティブなことを考えちゃうもの。例えばヒロがかいしょーないとか、いつまでも返信くれないとか」
「ごめんなさい!?」
「反省しろーっ!」
我慢の限界といわんばかりに、フルーツゼリーをテーブルに置いた渚がヒロに抱きつく。慌てたヒロも零さないようにフルーツゼリーを置いた。
馬乗りになり、超至近距離から瞳を覗き込んでくる渚。
どくん、どくん。
彼女の命を、強くて大きな鼓動を感じるような気がする。俺の心臓も、そんな彼女の高鳴らされた命に共鳴するかのように。
ヒロは頬を赤らめて負けじと渚を見返してやるが、渚にはドキドキさせられっぱなしなのだった。




