第8話 水着
海を一望できるスポットに足を運んだヒロと渚。早速海を見るために、田舎道を歩いている。
渚は相も変わらず真っ黒の服装だった。少し暑いからかパーカーを脱いでいるが、下に着ていた半袖シャツも柄なしの真っ黒だった。
しかし久しく見た彼女の腕は白い肌で、美しかった。
身軽な半袖姿でくるりとこちらを振り向いた渚は、ワクワクを堪えきれないというように目を見開いていた。
「見て!ここからでも山が見えるよ。すっごい綺麗じゃない?」
「ああ………これは凄いなほんとに。高速バスで来た甲斐が有るな」
「…………」
「どうした。突然不満そうにして」
「私よりも綺麗だっていうの?」
「そうは言ってない」
「ヒロの意地悪」
「言ってないってば」
渚は退屈な景観だとすぐにバテて座り込んでしまうので、たびたび足を止めて休憩しつつ先を目指す。
とはいえ、朝6時の山道の空気は気持ちがいい。この空気で米を三杯おかわり出来そうだ。
「ゲームセンターで遊びたい」
「なんで!?ここまで来ておいて!?昨日までいくらでもそれ出来るタイミングあったよね!?」
「ドパガキなうえにへそ曲がりだからさ私。綺麗な景色を見るとゲームしたくなるの」
「そういう問題?」
近くに朝市で一緒にカニクリームコロッケを食べて、30分ほど歩いただろうか。ついに海が顔を出した。
塩水の香りが微かに鼻腔をくすぐり、海って感じだ。
「海だよ!ねえ!海!きゃーっ♡」
「どうしたんだよ」
「ヒロと一緒に海に来るの、目標だったんだー」
「別に目標にしなくても来れるんじゃ」
階段を登って砂の丘に辿り着くと、ようこそと言わんばかりの広大な水平線が出迎えた。朝日で輝く波の音は実際以上に遠く、胸の奥に直接響くみたいだった。
砂浜にふたりで腰を下ろして、海を眺める。身を寄せてくる渚の肩を抱き寄せると、彼女はそのままヒロに身体を預けた。
ヒロの腕の中で笑う渚は、心底嬉しそうにしていた。
そんな彼女を見てとりあえず一安心したヒロは、周囲を見渡した。すると、結構離れたところではあるが、女の子がふたりで遊んでいた。
女の子たちは大胆な水着姿で、楽しそうにボール遊びをしている。おそらく彼女らは人が来ない時間に、ゆっくりと遊びたかったのだろう。
朝から元気だなありゃと独り言を落としたヒロは、渚から視線を感じた。見てみると、渚がじっと目を細めてこちらを見ている。
「どうしたんだ今度は」
「じっと見ちゃってさ。そんなに水着の女がいいの?これだから男は困るんだよねー」
「そんなにじっと見てた?水着の女っていうか、朝日を背景に海で女の子が遊んでいるという情景が綺麗だなと」
「はい下心ー」
「判定シビア過ぎない!?純粋に海が好きな人だっているぞ」
「私、恥ずかしくって水着なんて着れないもの」
渚が悲しげに眉を垂れ下げて、ヒロから少し離れて足を抱きかかえながら俯いた。
「学生の頃着てたじゃん」
「まさかと思うけど、私が今話してるのがスクール水着の話だって本気で思ってる?そんな訳無いよね?〇されたい?」
「すまん。まあ布面積少ないやつは度胸と自信が要るよな」
「一生着れないよ。仮に屋内でも無理」
「良いじゃん。渚は何着てても可愛いし」
「確かに私は可愛いけど、そういう問題じゃない。ヒロがどうしても着てって言うなら、………考えるけどさ」
渚は足を抱えてほんの少し俯いたまま、目だけ動かしてちらりとヒロの顔を見た。それは臆病をかかえながら伺いを立てるようだった。
ヒロはしばらく赤らんだ朝焼けの空を見上げてから渚を振り返り、
「いいよ着なくて」
「どうして?」
「見かけた男たちがこぞって渚を囲みだしそうだし。それは絶対嫌だ」
「…………ふーん」
着なくていいと言われて更に目を細めた渚だったが、理由を聞いた後はご機嫌を直したらしい。
渚は悪戯っぽく笑って、首をもたげながらヒロを見つめた。抱えた両膝の上に、渚の美しい茶髪がはらはらと落ちる。
そんな仕草に妙に色気を感じて、ヒロは目の前の海に視線を戻した。
「二人きりなら見たいの?」
「見たい」
「わかったー」
渚はそう返事をしてから、足を抱えたままお尻を動かして再びヒロの身体に擦り寄る。
「やっぱりスケベじゃん」
「良いんだよ。スケベだけが世界を救うんだから」
渚は驚愕に目を見開いて、そう言い放ったヒロをじっと見ていた。そして意味深に笑みを浮かべて、
「世界?」
「そう、世界。変態を深く自認してる極悪人ってフィクション以外で見たことないし。俺が見てきたまともじゃない人間は皆、自分を正常な人間と信じて疑わない奴らばかりだったよ」
「私、世界になんて興味ないよ?興味があるのはヒロのことだけ」
「そりゃありがとう」
「水着、どこで買おっかなー」
「お前も着たかったんじゃん」
ヒロがそう言うと、渚は不満そうに頬を膨らませてヒロを睨んだ。
「うるさい。スケベのくせに」
「ああスケベだ。俺はドスケベだ。だけどそんな俺を彼氏に選んだのはお前だし、いつも俺に好きって言ってくれるだろ」
「………」
「俺は渚の水着姿が見たい。それの何が悪いんだ。見せてくれ」
渚を真っ直ぐに見つめ、雑念の混じらない真剣な瞳でそう言い放ったヒロ。
強気だったはずの渚は、予想だにしなかったヒロの反応と真剣な瞳に、完全に圧倒されてしまったらしい。頬を真っ赤にしながら戸惑い1000%の瞳を見開く。
「ヒロのバカ!」
「おぶっ」
渚は突然立ち上がり、勢いよく走り去ってしまった。その勢いで砂が舞ってヒロの顔に襲いかかり、たちまち視界を塞がれる。
砂を払ったヒロは渚を追いかけ、逃がさないとばかりに走り出す。
「待てーーーーー!」
「絶対、いやーーーっ!」
真っ白の砂浜を足をもつれさせながら走る運動音痴のカップルを、朝日が呆れ顔で見つめていた。




