第6話 鯉
ヒロは渚と一緒に公園にやってきた。池に鯉がいたので、売店に売っていた餌のパンの耳を投げ入れる。
鯉が水面から頭を出して口を開け、その中にパンの耳が吸い込まれていくのを見つめていた。
渚も最初の方はその新鮮な光景をキャッキャと喜んでいたが、3,4回くらいでもう飽きてしまったらしい。
いつの間にか彼女は、池を見下ろすヒロの両肩に手を置いていた。
「ヒロー。今なら私、両手を押せばヒロを突き落せるんだよ。それってなんだか不思議だよね?そんなことしたら、どうなっちゃうと思う?」
「ずぶ濡れになるに決まってるだろ。絶対やめろよ。俺は鯉の餌じゃない」
袋の中のパン粉は意外とかなりの数である。結構な量のパン粉を投げ入れたはずだが、ようやっと半分減ったか減らないかみたいな感じだった。
ヒロは自分の両肩に置かれた、渚の両手がぐらぐらと揺らしてくるのを感じていた。
柵も何もない足場のうえ、少しでも前に押されれば落ちることは免れない。
「恐喝まがいなことをして、何が望みなんだ」
「ヒロのぎゅーと、抱っこを所望す」
「分かったよ。後でちゃんとするから、今は鯉……って!何で揺らすの強くするんだよ!?落ちるってマジで!ほんと!」
今すぐにしろとでも言わんばかりに、渚が冗談にならない強さで肩を揺らしてきた。
死ぬって。
「何か聞こえない?」
「………ああ、確かに」
その時不意に渚が、ヒロの両肩から手を離さないまま向こうを見てそう言った。
ヒロも耳を澄ませてみると、確かに聞こえる。何か、おかしな音だ。
もう元の水面に戻らないのではないかと思う程の強さで、叩きつけられて抉られているみたいな音が遠くから確かに聞こえてくるのだ。
連続で何度も、それも徐々にこちらに近づいてくる。
「何でこんな音が聞こえるの?子供が遊んでる、で片付けられない音だよね?」
「だな。とんでもない規模の工事でも始まったのか」
その音は池の西、川に繋がる上流から響き、ヒロは息を呑んだ。そしてついに、その正体が姿を現した────
それを見たヒロと渚は一瞬、時も場所も忘れた。
鳴上が向こうから泳いでくる。凄まじいスピードだ。
上裸の大男は、下半身が人魚のように鱗をまとった尾になっていた。
「デュッフォフォォォwwww これで何周目でござろうな!いつか必ず見つけ出してみせるでござるよッ!目に見えぬ壁を越え、その先にいる貴女という″″″″″夢″″″″″を────────」
とてつもない水飛沫を撒き散らしながら、鳴上はあっという間に向こうへ泳ぎ消えていった。次第に音も遠のいて、聞こえなくなった。
その勢いと激しさはとてつもない破壊力を秘めており、餌に群がっていた鯉たちは皆逃げてしまっていた。
それを見届けたあともヒロと渚はしばらく無言だった。
渚はやがてヒロを真っ直ぐに見つめ、「どうして鳴上君は人魚になっちゃったの?」と尋ねてきた。知らんし俺が聞きたいと答えておいた。




