第4話 パフェ
おれが毎日踏みしめている道の砂利や砂は、いつか報われる日がくるのだろうか。
そんなことを考えながら、ヒロはコンビニで買ったアイスを食っていた。
空気もそうだ。微生物もそうだ。彼らは報われる時がくるのだろうか。何故彼らは存在し、何故生まれ、何故見えず、何故死ぬのだろう。
「ヒロー?また考えても1円にもならないこと考えてるよね?」
「えっ?何で分かんの?」
「顔見れば分かるんだー」
「それは怖い」
隣で、一緒にアイスを食っている渚が笑っていた。
「不安になることないでしょ?不安になったってなんにも良いこと無いんだから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「渚の考え方が羨ましいよ、俺」
「少しは見習ってよね」
アパート近くのコンビニの前でアイスを立ち食いし、甘いものを摂取して満足したヒロと渚。その表情には、紛うことなき幸せが浮かんでいた。
しかし祝日も休みなのは本当にありがたい。
数歩先を歩いていた渚は綺麗な茶髪と黒いミニスカートを靡かせて、くるりと楽しそうに振り向いた。
「次はパフェ食べようよ。パフェ」
「パフェ?好きだねえ」
「好き。今日で地球が終わったらさ、もうパフェ食べれないんだよ?怖くない?」
「どこから来た不安なんだ?さっきの俺の思考と同レベルでは?」
「ヒロがわけわかんないことばっかり考えてるから移っちゃったじゃん」
「ごめん」
ヒロと渚は国道沿いの歩道を進み、ファミレスを目指した。二十分くらい歩くことになる。
穏やかな雲に、穏やかな街並み。そして隣を歩く渚はどんな風景にも溶け込み、それでいて可愛さと存在感を放っていた。
「可愛いなあ。渚は」
思わずヒロがそう口に出すと、渚は露骨に頬を赤らめてヒロを見つめ、やがて俯いた。
そしてしばらく二人とも無言で歩いていたが、顔を上げた渚は目を細め、照れ隠しするかのように舌を出して笑っていた。
「ヒロも可愛いよ?」
「全く嬉しくないんだが……」
ファミレスに入ると、あろうことか『甘目まどか』とコラボしたらしく大きなポスターが貼り付けられていた。
そして中の女性スタッフは全員、ヒロインのコスプレであるフリフリの衣装。
「…………」
「…………」
可愛い女の子のウェイトレスから丁寧にもてなされ、テーブル席に通された二人。
向かいに座った渚から、突き刺すような視線を感じる。
何で?俺まだ何もしてないんだけど。
「シャラーーーーーーーーップッフ!!!!wwww 拙者は死にはしない。貴様も死にはしない。もはや今や、己が生きているか死したかを決めることすらッ!w 己自身なのだッハハハハハハハハハハハハハ母wwwwwwwww」
「うっさ!?」
お前がシャラップだよと思いながら顔を上げると、他の女性スタッフ同様にフリフリのコスプレをした鳴上がポーズを取っていた。
なんか機械を持っているので、多分注文を取りに来たはずだ。
注文を取りに来たんだよな?
ていうかお前うちの会社だろ!??
「鳴上君はどれくらい鍛えてこの筋肉になったの?」
「ヌ?気になるか?草津殿。拙者の修行の日々は、5歳になってから高校を出るまで続───ってヌッフォw そこは鍛えていないので触っちゃダメでござるよw」
渚が澄んだ瞳でそう訊ねながら鳴上の鍛え上げられた分厚い上腕二頭筋をペチペチと触ったあと、不意打ちと言わんばかりに股間を撫でたことで飛び上がって注意する。
撫でるんじゃなくてパンチしろとヒロは思った。
「そうなの?どうして腕はこんなに鍛えたのに、股間は鍛えなかったの?」
「鍛えてなんの意味がある!!www 時枝殿!?見てないで助けてくれッ!w」
「やだ」
「私勘違いして、若い男の子にセクハラするおばあちゃんみたいになっちゃったじゃん。どう責任取ってくれるの?」
「みたいというか、セクハラでござったぞ!w 時枝殿ッ!頼むッ!助けてくれェwww」
「絶対やだ」
「ねえ?ヒロ?私さっきからヒロに言ってるんだけど?」
「俺!??あ、俺ですか!?なんで俺!?」
パフェを注文すると、鳴上は逃げるように去っていった。
鳴上を見届けて以降は、渚は安心したみたいに笑っている。良いことだと思う。
「私ね?ワールドカップで世間が盛り上がってるのを感じながら、自分はそれを見ずに寝てるのが好きなんだー」
「なんでその話題を出したかは分からないけど、気持ちは分かる気がするよ」
ウェイトレスのお姉さんから注文したパフェが届くと、向かいに座っていた渚が立ち上がり、ヒロの隣にくっついて座った。
わざとらしく身を捩らせて身体を押し付けてきながら、美味しそうにパフェを食べる渚。そのあざとさよ。
「明日からまた仕事だと思うとこのパフェが最後の晩餐みたいに感じる」
「それも悪くなくない?」
「なんで」
「死ぬ直前に食べたものが訳の分からない100円の駄菓子とかウイダーよりよっぽど良いじゃん」
「確かに」
「ホハハハハハハハ!!!wwwww 楽しんでいるようだな若人達よ!ww」
「うるせぇぞ!??」
何故か鳴上が、パフェをもうひとつ持って向かいに座った。
仕事をサボるのはお手の物というわけである。
「ここのウェイトレスの子達が皆ベテランで人も足りてるので、拙者は正直やることが無いのでござるよ」
「なんでシフト入ってるんだよ!?ていうか、なんで雇ってもらえたんだよ!??なんでウェイトレスなんだよ!?!?」
「鳴上君ゲームしよ?クエスト手伝ってー」
「お、いいでござるぞ。そういえば開放されたアイテムが………」
渚が鳴上とオンラインマッチをするのを見て、ヒロも疲れを感じながらゲームを起動するのだった。
ゲームをし始めて10分くらい経つと、チーフらしき綺麗なお姉さんが俺たちのテーブルにやってきた。
彼女は嫣然たる笑みの下に獰猛なオーラを宿し、青筋を作りながら鳴上を見ていた。そして、「なんで無断で休憩してるんですか」と言った。
鳴上はバツが悪そうに唇を歪めると、お姉さんに連行されていった。無断で休憩してたのかよ!??
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ヒロは大型商談の成功によって、支社内でも一躍有名になった。
それに伴って任せられる仕事の量も難易度も更に上がりつつあり、これまで以上にメンタルが削られる日々を強制されつつあった。
早速と言わんばかりに、次なる大型商談を任されることとなった。
今回の商談相手となったのは、中小企業の代表取締役である高橋だった。これまで何度も契約してきている会社であり、こちらとしては高橋との契約は必須、という説明を葛木から受けていた。
しかしその大型商談は惨敗に終わった。
それは前回の相手だった早坂とは全く異なる相手だった。長い黒髪に、何か怨嗟のようなものを感じる澱んだ瞳をした中年男性だった。
煙草の臭いが充満した接待室の椅子にふんぞり返るように座った高橋はヒロを出迎えるなり、鼻で笑うかのような顔をして自分の長い髪を弄った。
ヒロは内面の感情こそ人一倍繊細で豊かだが、我慢強く、めったな事では素の感情が表に出ない男だった。
その為そんな高橋を見ても普段通りの表情を変える事はなかったが、この時点で既にテーブルを蹴り倒したい衝動に駆られていた。
話が早い方が良いタイプとヒロは判断する。
世間話もそこそこに商品についての話をするが、高橋は目を見開いて資料を眺めながら『足元を見た金額に商品。しっかり考え込まれていますね』と心底感心した口調で言った。
こいつは足元を見るの意味を分かって言っているのか?とヒロは思った。
使っている言葉の意味を理解していないのか、こちらの営業を文字通りに皮肉っているのかが一目では見分けがつかなかった。
しかしヒロはそんな怪訝な感情をすっぽりと顔の裏側に隠し、商品のメリットと金額のお得具合を穏やかな口調で説明した。
しかしそれに対して高橋が流れを変える事は無かった。
埒が明かず、ヒロは申し訳なさそうな顔を作って出直す事を伝えた。
高橋は年季が入った建物の壁に出来た汚いシミみたいな笑顔で『もう来なくていいですよ』とだけ言って、資料をゴミ箱に捨てて煙草を吸い始めた。それ以降、高橋がヒロを見る事は無かった。
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自宅アパートの最寄り駅に着き、むしゃくしゃしながら帰り道を歩いていると花が咲いていた。
ヒロはしゃがみこんでその花を眺め、優しく撫でた。そしてスマートホンで写真を撮って壁紙にし、何事も無かったかのように帰り道の足を再開した。




