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私は頑張るあなたの味方!  作者: #N/A
第1章 『救済の桜』
17/22

第17話 私を呼び止める声

評価、ありがとうございます。

本当に嬉しいです。


本EPよりヒロと渚の過去編に入ります。

 ───────────────

 ────────

 ……………


 私、草津 渚は今日から高校二年生になった。


 四月になり、世の中にパステルカラーが加わる季節が訪れていた。桜の香りが心なしか教室を満たしている気がする。


 校長先生の永遠にも感じられるスピーチが終わって教室に戻り、新しいクラスの窓際の前から二番目の席に着席した。


 クラスの皆は浮かれた様子で友達同士喋っていて、まだ何も貼られていない殺風景な教室はがやがやと騒がしかった。何だか落ち着かない思いでスマートホンをいじりながらホームルームが始まるのを待っていた。


 新しい担任の先生、女の人なんだ……。それも優しそうな感じ。前の人はがつがつした男の人だったから、ちょっと嬉しいな。


 いつの間にかホームルームが始まって、私は自分の髪をくるくるといじりながらぼーっと先生の話を聞いていた。眼鏡を取って丁寧に拭き上げると、視界が少し鮮明になったような気がした。


 私は自分に自信を持てなかった。人の反応が怖くて、個性を出せなかった。


 容姿にも気を使えなかった。いつも髪はボサついてしまって、目はいつも死んだ魚のように活力がなくて無表情で。前髪がいつも目にかかっちゃってた。


 加えて猫背で、目も悪いので眼鏡を掛けていた。それが鏡を見た時映る私。


 そんな自分を変えたくて変えたくて仕方がなかった。

 でも、変えられなかった。


 そんな私は、人に話しかけるのも苦手だった。他人に人一倍興味はあるのに。話しかけたいという思いもあるのに。


 なので友達は一人も出来なかった。当然のように恋人も出来なかった。根暗陰キャの私に話しかける人なんて、先生以外に居なかった。


 気づいたら、盗み聞きが得意になっていた。例えば、隣の席のクラスメイトの子と仲良しの友達が居る。だけど友達のあの子よりも、全く話さない私のほうが隣の子をよく知ってる、なんてことがよくあった。


 その子たちはそんな私の考えることなんて、知りもしないだろうけど。


 誰かに興味があっても、誰かが困ってると分かってても、一人で暇そうにしている人を見ても、話しかけようか迷って結局素通りしてしまう。歯がゆくて、自分が嫌いになっていく日々。


 もう諦めたら?そのほうが楽だよ……と定期的に、私の中の暗い私が耳元で囁くので、私はうるさいと耳をふさいだ。


 諦めて生きていくしかないのかな。


 そんなことを考えていると、先生が号令をかけた。ホームルームが終わったらしい。


 周囲の生徒たちもガヤガヤと立ち上がり始める。


 はぁ。切り替えよう。



 ------------------------------



 私はまだ行事や部活動でガヤガヤと賑わう学校を出てきた。私は部活動にも何にも所属していない帰宅部なので、誰にも何も咎められる事も無かった。


 だけどもう慣れつつあった。こんな寂しさにも。そんな気持ちで校舎の門から離れて、学校前の丘を下った。丘の地面には綺麗な緑が戻り始め、あたり一面の桜が咲いていた。


 天気も良くて気温は暖かく、太陽の光が心地いい。お花見をする人もたくさんいるようだった。


 私は料理をするのが大好きで、小さな頃はよく母親に料理を教わった。今では毎日学校から帰ったら両親に料理を振舞っている。今では料理は得意と自負できる。勉強も運動も人並み以下で何も無い私の、唯一の取り柄。


 ここまで私が料理を好きになったのはきっと、食べてくれた人の喜ぶ顔が好きだからだと思う。ここ最近は振る舞う度に両親に、「店を出した方がいいくらい美味い」と言われる。流石にそれは冗談で言ってるに決まってるよね……?


 今日も両親が喜ぶ顔が見たかったので、帰路を順調に歩き続けた。


「あの」


 誰かが誰かを呼び止めるかのような、そんな声が私に向けて発せられた気がした。


 それはまるで、私を呼び止める声。


 でも呼び止めたいのが私な訳ないよね。だって高校一年間、授業以外でほとんど誰かに話しかけられたことなんて無かったんだから。それも話しかけて貰えたのは最初の方だけ。


 なので私は聞こえなかったかのように、そのまま歩き続けた。


「あの!!草津さん!」


 やっぱり私の名前を呼ばれた。聞き間違いじゃなかった。心に反響したその声に、信じられないような気持ちになった。


 外で先生以外に名前を呼ばれるなんて、いつぶり?


 振り返ってみると、私の方へ走ってきている男の子がいた。花びらが舞い散る、延々と続く桜並木と青と緑の鮮やかな丘。それを懸命に下って走ってきてるのは、なんだかふわふわした雰囲気の男の子だった。


 黒縁の眼鏡をかけているが、走ったせいか違和感のある角度に斜めズレしていた。学ランもボタンが半分空いて、裾がひらひらと風に舞っていた。


 髪はもっさりとしていて、もみあげで耳隠れそうになっている。理系のような、文系のようなどっちだろ?


 目は垂れていて可愛いかも。優しそう。でも体格は大きくはないけどがっしりしていて、鼻がすらっと長く伸びてて、低くて落ち着いた声。ちゃんと高校生の男の子って感じ。


 彼は何か、焦っているような顔をしているように見えた。


 あれは確か……時枝君?


 今まで一回も話したことない子。


 でも、名前は聞いたことがあるし知っている。確か一年生の時はクラス委員兼生徒会執行部。さぞかし私なんかとは違ってしっかりしているのだろう。


 何故私の名前を当たり前のように知っているんだろうと思ったけど、突然今まで関わってこなかった人に話しかけられることで生じる不快感と不信感の方が強かった。どうして私を呼んでいるのか、一体全体予想がつかない。


 今更何か部活とか委員会の勧誘かな。


 私はわざと怪訝そうな表情をして問い返した。


「私ですか?何の用でしょうか」

「草津さん、俺と同じクラスですよね。ホームルーム終わったら、先生とクラス全員で集合写真撮影しようって話になったじゃないですか。どうして帰ってるんです?」


 え?そうなの?


 ホームルーム、髪クルクルして自分のこれまでの醜態を振り返ってたから先生の話も誰の話も聞いてなかった……。


 話聞いてないの、モロにバレたってことだよね。


 は、恥ずかしすぎる……!


 私は顔が猛烈に熱くなった。彼は走って息を切らし、膝に手をついて呼吸を整えていた。しかしそんな自分の体力の事を気にも留めずに、一心に私を見ていた。


「それとも、今日は時間が取れない感じですか?」

「あ、いえ……そういう訳では」

「まだ間に合いますよ!行きましょう!」

「は、はい!」


 私は時枝君に導かれるがままに、一緒に急いで走って学校へ引き返した。



 ------------------------------



 クラスは三十人くらい。


 男女比はほぼ同一であるものの、若干わずかな差で女子が多かった。私はかなり遅れをとり目立ってしまったが、時枝君のおかげでどうにか間に合った。


 学校のそばの大きな桜の木の下に集まって、私と担任の先生を含め全員での写真撮影が出来たのだった。


 私は撮影後解散してから、すぐに時枝君を探した。


 すると、彼は既に数人のクラスメイトに既に囲まれていた。笑顔で楽しそうに、何かの話をしていた。男女もスクールカーストも関係なく、時枝君の周りに集まっていた。


 何の話をしているのかな……。すごく楽しそう。


 私はそう思うと同時に何故か胸がズキンと痛んだ。


 時枝君とその取り巻きの子達を、少し離れた陰からひっそりと眺めていた。でもどうしても時枝君にきちんとお礼が言いたくて、校舎に寄りかかりながら待っていた。


 皆で、このまま遊びに行くのかな?もしそうなら、複数の男子が固まっているところに飛び込む勇気なんてないから、話しかけられず終わりだけれど……。


 結局時枝君とその取り巻きは、気づけばみんな一緒にどこかへ行ってしまった。


 話しかけるのは、無理だったらしい。


 まぁ当たり前だよね。普通に。私の事を呼び止めたのなんて、あの子からすれば人生の一ページにすらなり得ない。


 私は諦めて帰ろうとした。


「草津さん!」


 しかし、時枝君はこちらへ走ってきた。いつの間にか取り巻きの子達は皆いなくなっていた。


 私は胸が苦しくなった。


 その苦しさは、普段人と話す時に感じるような緊張や心地の悪い息苦しさとは全く別のものだった。


 私の前に走り寄ってきた時枝君は、他でもなくその目に私の事を捉えてにこっと笑った。


 私もそれにつられて笑みを返した。………つもりが、多分引きつってしまった……私のばか。


 時枝君は特に何も言わずに、穏やかな目で私を見ていた。私が何か伝えたくて待っていたのだと、分かっているのかもしれない。


「あの……どうして私の名前知ってたの?」

「え?」

「私たち、話したことなかったよね」


 時枝君は少しだけ戸惑った顔をして目を逸らしてから、照れくさそうな笑いを見せながら再び私を見て答えた。


「実は、一年生の頃から草津さんのことはほぼ毎日見かけてて知ってたんだ。すぐ帰っちゃうなって」

「えっ?そうなの?」

「うん」


 私は思わず距離を詰めて、時枝君への好奇心のままに質問を投げかけた。


「時枝君はこの後何をするの?」

「俺はこの後、部活があるよ。といっても顧問の都合で時短だから自由参加だし、参加しても三十分くらいで終わっちゃうけれど」

「さっきの子達も、部活のメンバー?」

「部活のメンバーもいたし、そうじゃないのもいたかな」

「何の部活なの?」

「一応、バスケ部だよ」

「ふーん…」


 私はここで何を質問したらいいかが分からなくなった。そしてお互いに目を逸らし、少し気まずくなった。


 自分を変えたい。


 それをずっと思い続けて変えられなかった。


 今ここで何も話さず時枝君とさようならしてしまえば、これからもずっと……。


 そう思ったので、私は咄嗟に思ったことを口にした。


「あのさ。時枝君てすごいね」

「え、えぇ?そうかな?どの辺が?」

「えっと。友達いっぱいいてさ。私みたいな根暗陰キャじゃ普段絶対話しかけれないような明るい子とかと、男女関係なく仲良く話してたから。でも、全然気取ってなくて。私みたいな友達いなくて暗いのとも、お話してくれてるでしょ?」


 時枝君はまさか褒められるとは微塵にも思っていなかったらしく、すごくびっくりした顔をしていた。私は変な事を言っていたらどうしようと思い、身が縮むような思いだった。


 しかしそんな思いは杞憂だった。時枝君は少し自信なさげに笑みを浮かべて目を逸らし、赤らんだ頬を掻いて笑った。


「あはは、違うよ。俺はずっとコミュ障でさ、いじられてるだけ。いつも人と話すとき緊張するし、恥ずかしくてみんなみたいに上手く喋れない。だから本当は、一人でいるのが好きなんだ。なのに、皆して俺をいじりにやってくる。勝手に生徒会なんかにさせられてさ。困ったもんだよ」


 私はそんな時枝君を見て切なくなった。


 愛嬌があって、それでいて控えめに笑う時枝君は儚くて、柔らかくて清らかな感じがした。皆がこの子に集まる理由が分かったような、そんな気がした。


 そして何よりも目の前の彼は私と同じ悩みを抱えていた。


 にも関わらず前向きに人を受け入れて、楽しく生活することが出来るその姿勢に。


 私は、尊敬の気持ちを抱いた。


 そんな事を考えていると、いつの間にか時枝君は真っ直ぐに私を見ていた。眩しくて、私は思わず目を逸らした。


 そして時枝君は私から目を逸らさぬまま、一瞬、勇気を振り絞るように拳をきゅっと握りしめた気がした。


「あの……草津さんって、ゲームとかやる?」

「え?ゲーム?全然やらないかも……」

「一緒にやらない?」


 そう言って、時枝君はポケットからスマートホンを取り出した。そして今トレンドのアプリゲームの画面を見せてきた。


 思えばこれが、私が人生捧げるくらいにのめり込むことになる、「ゲーム」という存在との初めての出会いだった。



 ------------------------------



 時枝君は部活に参加しないと、体育館に居る子達に伝えて戻ってきた。そして私は時枝君と一緒に学校近くの公園に行き、屋根付きのベンチに座って一緒にゲームをした。


 ベンチに座る私たちは、おおよそ成人した人間三人分くらいの距離を空けていた。


 時枝君はフレンドになると良い事があるのだと、ワクワクした顔で画面を見たまま言った。私はインストールしたばかりのゲームを起動してIDを交換し、フレンドになった。


 テーマパークをキャラクターがパレードで練り歩くのを連想するような明るいアップテンポの音楽と共に、リズミカルな効果音が鳴り響いた。


 動物の可愛いキャラクターのパズルが、指で弾くと次々と消えていった。その光景に、私は楽しいとかよりも少し戸惑いを覚えていた。


 こ、これがゲーム……


 今までやる機会なかったけど、何だかすごく賑やかだな……はは……


 というのが、素直に浮かんだ感想だった。


 私はきっとこのゲームと呼ばれるものを翌日以降開く事はないだろうと思った。


 これにのめり込むように夢中になってたくさんの時間を費やす人が世の中に多くいるという事実が、この時の私には正直信じられなかった。


 何が何だかさっぱり分からないまま、私は画面の指示に従って指を弾き続けていた。するとパッパラパー♪記録更新♪という演出と共に、六桁の数字が二つ、私と時枝君のアバターと共に表示された。


 どうしたらいいのか分からずにいたが、やがて時枝君はそれに気づいてくれた。時枝君は私の隣に来てくれて、画面を見ると説明をしてくれた。


「これが草津さんのスコア、その上が俺のスコアだよ。制限時間でパズルをもっと消して、スコアを上げていくのをやり込むんだ」

「へ、へぇ……ちょっと私には難しいかも」

「もっと簡単なモードもあるよ。練習が出来るから」


 時枝君は、ビギナーモードという選択肢で練習する事を教えてくれた。


 このゲーム自体は、わりと難しい。世間一般には難しくはないのかもしれないけど、私にとっては難しい。パズルを解くために考えていたら、結構頭が痛くなってきた。


「何だか、頭が痛くなってきたかも」

「大丈夫?」

「うん……多分」


 時枝君はしばらく、透明な眼差しで私の事を見つめていた。そしてポケットから苺味の飴玉を取り出して、二つ私にくれた。


「くれるの?」

「うん」

「ありがとう」

「いいえ。上手く出来ると楽しくなるから、マイペースにやってみて」


 時枝君はそう言って私を見て、にこりと微笑んだ。風に吹かれたら散ってしまいそうな、優しくて小さな笑顔だった。


 そして時枝君はゲーム画面に目を戻し、プレイを再開した。私はどうしようもないやり切れなさを感じながら、自分の手のひらに乗っている苺味の飴玉を見つめた。


 確かに私は普段から一人で没頭するように頭を使うタイプではあるけれど……それは今日のように過去を振り返ったり、妄想したりするだけだから、いわゆるこういったゲームを上手くクリアする時に求められる「思考」じゃない。


 シンプルに私には向いていない類のゲームなので、普段なら間違いなくこれ以上は継続しないだろうと思った。


 今私がゲームの為に指を動かしているのは間違いなく、時枝君と遊んでいる今、これまでに感じた事もない感情を胸に抱いているからだった。


「あのさ、時枝君」

「なあに?」


 なんで、私の事ゲームに誘ってくれたの?


「?」


 時枝君は不思議そうに目を見開いてゲームから目を離し、私を見ていた。


 喉まで出かけた質問が出てこなくなって、私は誤魔化すように目線を遠くに逸らした。


 怖くなった。私が今感じているこの感情が、高鳴っているこの感情が、私だけが空回って感じてるものだったらって。


 別に単に暇だったから誘っただけだよって、言われたらどうしようって。


 もしそうなら私は耐えられないので、時枝君にゲームに誘ってくれた理由を聞けなかった。



 ------------------------------



 翌日。


 クラス委員が男女一名ずつ選出されることになり、私のクラスの男子は時枝君に決まった。その決まり方は、完全にその場のノリだった。


 時枝君も特に拒むことなく笑顔で受け入れていた。


 周りに集まる人を笑顔にさせる、そんな存在だった。


 時枝君は、とにかく人や周囲のために走る子だった。財布をどこかに落とした子の為に誰よりも時間をかけて校舎中見て回り、それを見つけ出した。誰もが面倒がる掃除を誰よりも率先してこなした。


 私は誰かの為に懸命になれる彼を、心から尊敬していた。


 あの時走ってきてくれたのも、時枝君の性格ゆえなのかな?


 そこまで考えて私は、胸にぽっかりと穴が空いてしまったような気がした。そして教室で色々な子達に囲まれ、楽しそうにする時枝君を見つめた。


 あの日から彼を見ていると、息が詰まるようで切なくて、胸にぽっかりと空いた穴から何かが漏れ続けているような気持ちだった。どうして?


 私と時枝君はそれ以降一週間くらい、学校で会っても何も話さなかった。


 廊下ですれ違っても、別に挨拶もしない。


 時枝君はすれ違う度に、いつも私に声を掛けようとしてくれた。いつでも目を合わせようとしてくれた。でも、私がすぐに目をそらし、早々にその場を離れてしまうから。


 でも、私はパズルゲームに毎日ログインしていた。


 同様に毎日プレイしている時枝君と、毎日のようにスコアを競いあい、抜き合いをするのが日課になっていた。


 お互いの思いが通じ合っていて欲しいと、あるわけも無い奇跡を願いながら。


 ……………

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