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plus/minus=0  作者: ISOyA
The Double Agent
29/31

The Double Agent 5

4ヶ月前━━


11月25日、

フランス、ニース、午前2時46分。



人気の無くなり、街灯だけになった港町を、真っ黒な車が3台一列になって走っていた。車はどれも外から車内が見られないようにスモークシールが貼られていた。


3台中真中の車、アウディS6のステアリングを握りながらアレクセイは煙草を口に加えた。


「Hey、could you stop that ja?」(おい、今は止めてくれ)


ライターに火を点けようとした時、後部席に座っていた男がそれを止めた。強いドイツ訛りの英語だった。


「Just for now mate、just one」(今吸うだけだ、一本だけ)


「Fuck that, you're ruining my night vision, toss it」(知るか、夜間視力に影響が出る、今すぐ捨てろ)


男が声を荒げるとアレクセイは面倒くさそうに僅かに火のついた煙草を灰皿に捻じ込んだ。


前方の車が小刻みに三回ブレーキランプを点滅させた。続けてアレクセイもブレーキを軽く三回踏む。まもなく車はラウンドアバウトに差し掛かる。

『Get in to your position』(既定配置に入れ)

車内に無線の声が響き渡ると、全員を纏う空気が一気に鋭くなった。

三台はラウンドアバウトに入った。車は一周すると、それぞれ別の方向へ分かれた。




アレクセイはアウディをヴィエイユ・ヴィル付近の駐車場に停めた。駐車場は長い一本通路が何本も縦横に並んむだような造りで、屋根や窓のかわりに、青色のフェンスで覆われている。ギアをPに入れ、ヘッドランプをつけたままアレクセイはエンジンを切った。はぁっ、とアレクセイは短く溜息をついた。微かに聞こえるエンジンの燻るチリチリとした音と共に心拍数が徐々に上がっていくのが分かった。それは自分の鼓動が車内に聞こえてるのではと錯覚する程だった。高まる緊張を抑えようと胸ポケットにある煙草キャメルに手を伸ばしたが、バックミラーに移る猟犬のような顔を見て手を止めた。

「Blyat!(くそったれが!)」誰にも聞こえないほど小さな声でアレクセイは悪態をついた。緊張と苛立ちでハラワタが煮えくり返るのを抑えつつ、アレクセイはデフロスターのボタンをやや乱暴に押した。

強力な温風が窓に張り付いた無数の水滴を蒸発させてゆく。白く濁った視界が徐々に透明になってゆく。


2時59分、アレクセイは一つ大きな溜息を付くと、シートベルトを外した。そして後の男達が気付くよりも早く右腰に手を伸ばした。




3時27分、黒のBMW5シリーズとその後に同じく黒のレクサスGS350が駐車場の中に入っていった。二台は一列になり、車二台分ほどの狭さの通路をゆっくりと巡航していった。キセノンヘッドランプが柱を一本一本青白く照らしてゆく、そして二台は西側の端から二番目の通路で止まった。

二台のいる数十メートル先に、同じく青白いキセノンヘッドランプが光っていた。









アレクセイはアウディのアクセルをフロアまで踏み込んだ。V10直噴エンジンが勇ましく吼え、回転計タコメーターの針が一気にレッドゾーンまで跳ね上がる。ミシュランのタイヤがアスファルトを削るギャリギャリッという音と共にアウディは強烈な加速を始めた。セミバケットシートに身体をうずくませ、アレクセイはシフトパドルを押し3速にシフトアップした。回転計タコメーターの針が3000rpmまで下がり、またレッドゾーンまで駆け上って行く。海岸沿いの狭い道路にもかかわらず、スピードは100kphを僅かに超えていた。

バックミラーにはめらめらと燃え上がるオレンジ色の光が二つ、重なるように映っていた。


助手席には銀色のアタッシュケースが置いてあった。

遠くからサイレンの音が聞こえる、アレクセイはパドルを4速に入れた。シートにめり込むような加速を全身で感じながらアレクセイは煙草(キャメル)を大きく吸い込んだ。心拍が遅くなり、視野が広くなったよう感じた。気づけばサイレンの音はもう聞こえなくなっていた。


アレクセイはアウディをボーリュ=シュル=メールのボートハーバーに停めた。エンジンを切り、助手席のアタッシュケースを手にとり、急いで車から出た。ドアをロックすると、アレクセイは早足でボートデッキの方へ向かった。強い磯の香りが漂う海の向こうには、僅かながら光が見えた。それはフランスとイタリアの間を挟むイタリア領の島、コルシカ島の灯台だった。強風に吹かれながらアレクセイは長いボートデッキを淡々と歩いて行った。そしてアレクセイは一番奥に止まっていたボートの前で歩を止めた。ボートは漁用というよりも、小型のクルージングボートという感じだった。まだ新しいらしく、白い船体には新品同様の艶が残っていた。アレクセイはボートに飛び乗ると、手際よくロープを外し、エンジンをかけ、アレクセイはハンドルを切り出力を徐々に上げた。船体がゆっくりと岸から離れてゆく。出力を更にあげ、ボートは徐々に加速を始めた。アレクセイは、ポケットからアウディのキーを取り出すと、海へ放り投げた。同じく携帯電話と無線も海へ投げ捨てた。 ここからコルシカ島まで計算して約3時間半。ボートは波を切りながら暗闇の地中海へと消えて行った。








「It's been 20 years Alexei, it's been 20 years, and tomorrow, it's gonna be your last appeal, (アレから20年だアレクセイ、20年だ。お前の人生は明日決まる)」電話の声が楽しそうに笑った。


「Bring me the case tomorrow morning at 3:00am(明日の3時、ケースの取引をしよう)」






「・・・・・・はい、了解しました、ではそちらの方で落ち合いましょう」 通信を切り円城はスマートフォンを胸ポケットに入れた。後部座席では乙鬼がシートにもたれかかって寝ていた。数分前、円城にようやく帰れると言われた乙鬼は早々と寝てしまった。おそらくこのまま家に着くまで寝ているつもりなのだろう、「邪魔をするな」というオーラがにじみ溢れている。

そんな乙鬼の思惑とは裏腹に、彼を乗せたクラウンハイブリッドは千葉県に入っていた。円城は振り向いて乙鬼を見つめた。何も知らない乙鬼は幸せそうに寝ている。今日は家に帰れない事を知ったら乙鬼はどんな顔をするのか、円城は良く知っていた。

「さて・・・・・・起きたらどう説明しましょう」引きつった笑顔を浮かべながら円城はクラウンを発進させた。























解説コーナー:


アウディS6:ドイツの自動車メーカーアウディが販売する中型スポーツセダン。アウディ伝統の軽量で頑丈なアルミスペースフレームと四駆クワトロを受け継ぎつつも、アウディのスポーツモデルに恥じない獰猛さを持った一台である。作品内に登場したモデルは先代モデルで、ランボルギーニ製のV10エンジンが搭載されている。



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