The Double Agent 4
薄暗いオレンジ色に染まった道路を黒塗りのトヨタ・ヴェルファイアは時速50kphで巡航していた。現在、都高速湾岸線の道路状況はかなりスムーズで、この数分程で前方及び後方車は一台も見られなくなった。
男達は何も言わず、それぞれ外の風景を見ていた。
運転席の禿頭の男はオーディオ下のデジタルクロックに眼をやった。青白いデジタル文字は、午前3時2
5分を表示していた。
男は時計から目を離すとアクセルをジワリと踏み込んだ。ギアが2速に入り、ヴェルファイアはゆっくりと速度を上げた。
ヴェルファイアから31メートル後方で、ブラックメタリックのトヨタ・クラウンハイブリッドが巡航していた。時速は70kphと周囲より若干スピードを上げている。
円城は助手席に置いてあるノートパソコンに眼をやった。パソコンにはGPSマップが表示されていて、赤い点が、表示されていた。マップの右端には、別窓で速度計と燃料計らしき表示が、青色で映し出されていた。円城はパソコンのマウスに右中指を置くと、上へなぞった。円城はカーソルを現在地より、200メートル先、357線地下トンネルの方に合わせ、二回マウスをタップした。
途端、マップの首都高湾岸357線部分の位置がオレンジ色に点滅した。更に一回タップすると、赤色に変わった。
「乙鬼、準備は出来ましたか?」乙鬼は最後の銃弾をマガジンに入れているところだった。弾薬を押し込むと乙鬼はマガジンを銃に装てんした。
「ああ、大丈夫だよ」乙鬼はそう言うと銃口に消音機を押し込んだ。
クラウンの前方60メートル先、シルバーのトヨタ・ヴェルファイアは、ただ一台、海底トンネルの中へ入っていった。
円城はブレーキを踏み込み、クラウンをエスケープゾーンに停めた。ギアをパーキングに入れ、ハザードスイッチを押した。両方のウィンカーランプが点滅し、白く塗られたガードレールを赤く照らした。
円城はパソコンを膝の上に乗せると、カタカタとキーボードを動かした。
マップが更に動き、海中トンネルが赤く点滅した。
「20分以内にお願いします、では健闘を祈りますよ」
乙鬼は何も言わずドアを開け、トンネルの中へ走っていった。
「・・・・・・さて、始めますか」そう言うと円城はマウスを動かし縮小していたプログラムを開いた。
「トヨタ・ヴェルファイア3.5VZ、今よりこの車の操作は私のも・の・です」そういうと円城はENTERキーを押した。
突然、車のエンジンが切れた事に男達は動揺していた。運転していた禿頭の男は、慌ててエンジンをかけようとスタートボタンを押すが、セルモーターがキュルキュル回るだけで、エンジンに火が入らない。
エンジンが作動していないのでブレーキの油圧が効かないまま、ヴェルファイアは余速でのろのろと巡航していた。
「どういうことだ・・・・・・!?」男はガンガンと何度も乱暴にスタートボタンを押した。
「銃を取り出せ!!」長年の勘からか、身の危険を感じた助手席の頬傷の男がそう言おうとした瞬間、激しい閃光と衝撃が彼を襲った。
突然、ヴェルファイアのリアバンパー下から火柱が走った。次の瞬間、車体は更に大きな爆風によって3メートル程宙に跳ね上がった。炸裂した燃料タンクが真っ赤に炎上し、車の後ろ半分を火に包んだ。ヴェルファイアはそのまま3秒間程宙を舞い、ノーズからアスファルトに叩きつけられた。バンパー拉げ、ヘッドランプが砕け散った。それに続くように吹き飛んだリアタイヤが降り注いだ。
「ぐっ・・・・・・」助手席のドアを蹴飛ばし、頬傷の男は車から這い出た。全身が酷く痛み、一歩歩くたびに足が燃えるような痛みが走った。男は1メートルほど車から距離を置くと、何が起きたのか振り返った。
「・・・!!」
男の目に映ったのはほんの数秒前まで新品同様だったトヨタ・ヴェルファイアの無残な残骸だった。車体前半は大破し、プラスチック製のパーツが散乱しており、車体後半部分は火に包まれていた。男はここで、自分が緊急事態に陥っていることを理解した。朦朧する意識を無理やり稼動させると男は額から流れる血を拭い、ホルスターから拳銃、シグアームズGSRを引き抜き、安全装置に指を置いた。
直後、側頭部に強烈な衝撃が走った。男は何が起こったかも分からないまま、視界が真っ暗になった。
ミニバンからはい出て来た血まみれの男を乙鬼は撃った。男の頭は一瞬膨張し、血液と脳しょう撒き散らして倒れた。
男が動かないのを確認すると乙鬼は死体の手から拳銃を蹴飛ばした。そのままベクターを構えながらヴェルファイアに歩み寄り、フルオートで撃ち込んだ。
バラッバラララララララッ!!
弾丸の雨がヴェルファイアに降り注いだ。.45ACP弾はスチール製のボディを軽々と貫き、中の人間に襲い掛かった。そのうち4発が、右側後部座で死に掛けていた30代の男の喉、胸、額を射抜いた。男はそのまま息絶えた。さらに男一発が、左側の後部座席にいた男の左腿を貫いた。
「ギャアッ!!」
男の意識が強制的に戻される。乙鬼は素早く車の左側に回ると、後ドアに標準を合わせ、集中的に弾丸を撃ち込んだ。短い悲鳴が断続的に聞こえ、すぐ静かになった。
散らばる空薬莢をブーツの先で蹴飛ばすとフォアグリップのボタンを押し、マガジンを落とした。そして右腰のマガジンに手を伸ばした。
だが、手を直ぐに引き、ベクターのフォアグリップをを逆手で握り、上へ思い切り突き上げた。
ガィンッッ!!と大きな金属音が響いた。乙鬼の目の前に、突然血塗れの大男が現れた。男は禿頭で、40代程だった。
衝撃で男の右腕が跳ね上がった。手には大型のナイフが握られていた。乙鬼は男に飛び掛った。素早くグリップを逆に持ち替えると、自分の体重と胴の回転力を使い、男の顔面目掛け銃身を振り下ろした。だが男は身体を捻り、それを避けた。そしてそのまま余力を使い乙鬼に回し蹴りを入れた。乙鬼は咄嗟にベクターを盾に構え身を守る。かなり強い衝撃に乙鬼は顔を顰めた。肘が軋み、鈍い痛みが走った。あまりの衝撃に乙鬼は右に仰け反った。ベクターが手から離れ、宙を舞った。
「ッ・・・・・・!!」
一瞬の隙を男は逃さず、ナイフを持ち直し、乙鬼の腹部めがけて振り下ろした。
乙鬼は素早く左手を男の右腕の上に回し、外側へ撥ね退けた。重心が崩され男がよろめくと同時に乙鬼は右腰の鞘からナイフを抜くと、男の下腹に深々と突き刺した。男が、がっ!と短く声を出すと同時に乙鬼は猛烈な速さでナイフを腹から引き抜き、男の喉笛を切り裂いた。下あごから傷口にかけて血が濁流のように流れ、男の真下のアスファルトを赤黒く染めた。男は三回、口から血の泡を出すと、膝から崩れ、そのまま倒れた。滝のようにだくだくと血が流れ、一本の赤い線をアスファルトに作った。
乙鬼はトンネルの壁付近に落ちていたベクターを拾い上げた。男の蹴りの衝撃をまともに食らったベクターだが、ほとんど無傷だった。ただ、一番衝撃を受けたフロントサイトにひびが入っていた。念のため動作を確認すると、安全装置を掛けた。
乙鬼はポケットからスマートフォンを取り出すと、インターカムに繋いだ。
「円城、任務完了した・・・・・・あちこち痛いよ。いい加減もう家に帰して欲しいんだけど」
ひび割れたフロントサイトのレンズを弄りながら乙鬼はトンネルの出口へと歩き出した。燻るヴェルファイアと、5人の無残な死体を残しながら。
解説コーナー:
・シグアームズGSR:アメリカ法人の旧シグアームズ(現シグサワー)社製1911クローン。
シグはスイスの会社だが、GSRはアメリカの旧シグアームズで開発された。型番の『GSR(Granite Series Rail)』は、現シグサワーのアメリカ本社の所在地ニューハンプシャー州のニックネーム『Granite State御影石の州)』に由来する。
・クラヴ・マガ:乙鬼が使用した接近戦等術。発祥はイスラエル。人間が本能的にもっている条件反射を動きに取り入れており、いざという時に、身体が自然に護身の動きとして反応するという特徴を持っている。その首尾一貫した合理的な考え方により、短期間の訓練で性別、年齢、体格、体力を問わず、誰でも高いレベルの護身スキルの取得を可能とするとされている。特徴として、柔道や空手などの規則が確立されているスポーツに対して、そういったものは存在しないため、競技として大会が行われることはない。クラヴ・マガはむしろ、実生活で起こりうる状況の中で最高の効率性を発揮することに重点を置いている。また一般的に、学習者にとって不利な状況を想定しており、股間への攻撃、頭突きなど、効率的で相手に最大のダメージを与えることを念頭においている。さらに、敵は必ずしも素手ではなく、ナイフや拳銃などの凶器を保持しているケースも想定して訓練を実施している。また、敵が一人とも限らないため、複数の相手を想定した訓練も実施している。イスラエルでは、イスラエル国防軍や警察、特殊部隊、イスラエル諜報特務局でクラヴ・マガが採用されており、イスラエル国外でも、CIA、FBI、スカイマーシャル、SWAT、GIGN、イラン警察、ブラジル警察などがクラヴ・マガを導入している。




