The Double Agent 3
乙鬼は今、東京国際空港第二(P2)駐車場の屋上でしゃがみ込んでいた。辺りは灯りひとつ点いていなく、少なくとも乙鬼のいる周辺の約30平方メートルはほとんど漆黒の闇に包まれていた。
それに溶け込むように、乙鬼の服装は黒いニットのセーターに黒いズボン、足にはマットブラックのブーツと全身真っ黒だった。ただ、両目に宿る光が淡く、鋭く光っていた。
乙鬼は耳に着けたインターカムをスマートフォンに繋ぎ、通話ボタンを押した。
「円城、屋上に着いた、作戦開始する」
「了解、標的が確認次第こちらから指示を出します。しかし大丈夫ですか?幾ら高性能暗視望遠鏡を持たしたとはいえこの暗さは・・・・・・割と辛いと思うんですけどね」
そう言うと円城はスマートフォンをパソコンに繋いだ。円城はカタカタとパスワードを入力し、ENTERを押した。
すると5つ程ウィンドウが開き、そのうち4つは、別々の場所を移している監視カメラらしき映像、もう1つはデータ等が表示された。
『・・・・・・今この空港に存在する全部の車のナンバープレートと車種を言ってあげようか?』
「・・・・・・大丈夫そうですね」
「ただ少し寒いかな、もう少し防寒装備が欲しかったよ・・・」乙鬼は独り言を呟くと、双眼鏡の倍率を調整した。
同時刻、成田上空。デルタ航空機エアバスA330が地上120mを滑空していた。エアバスが滑走路に着陸するまであと7分。
乙鬼は腕時計を見た。先端に蛍光塗料が塗られたTISSOT NAVIGATORの針は午前3時を示していた。
直後、大きな突風とともに一機の航空機が乙鬼の真上を通過した。航空機はゆっくりと滑走路へ旋回し、着陸した。
『乙鬼、デルタ航空機が着陸しました』
「あぁ、わかってるよ」滑走路をゆっくりと旋回するエアバスを眺めながら乙鬼は言った。
『それでは、急いで下さい、なるべく早く・・・そうですねぇ5分以内にお願いします』
乙鬼は静かに了解、と告げるとオンフックボタンを押した。
乙鬼は立ち上がると、自分の後ろに置いてあったケースを自分の前に置いた。ケースを開け、中からマットブラックに塗られたボルトアクション式狙撃銃を取り出した。狙撃銃は全長26インチ程で、バレル先端には消音機が装着されていた。乙鬼はケースからマガジンを取り出し、トリガーすぐ前のチャンバーに押し込んだ。カチンと軽い金属音が鳴り、マガジンは固定された。すぐさまボルトを引いて離し、銃弾を装填した。乙鬼は白い息を吐きながら狙撃銃を構えた。銃口の先はP2駐車場から600メートル離れたP3駐車場へ真っ直ぐに向けられた。
五人の男たちは羽田国際空港第二ターミナル内を歩いていた。5人中3人は40代程で、一人は禿頭でもう一人は右頬。後の二人は30代中盤位で、二人とも両手に黒い革手袋を付けていた。
「Right, the car has arrived. Did you put the equippment in the car? Great.」
リーダーの男は携帯電話のオフフックボタンを押した。
「Мы все готовы, мы начинаем нашу работу」(必要なもの全て揃ったのが確認できた、作戦を開始する)
*
*
「円城、準備が出来た」
『了解です乙鬼、好きな時に合図を下さい』
乙鬼はレミントンを構え、スコープを覗き込んだ。レティクルの十字が4階に停まっている黒いトヨタ・ヴェルファイアに重なる。
「消して」
乙鬼がインターカムに告げた瞬間、P3駐車場の明かりが全て消えた。そして同時に乙鬼はトリガーを引いた。
バシュッと曇った音が響き、銃口から燃焼ガスが吹き出る。0.2秒後、レティクル越しから、暗闇の中で着弾の火花が微かに散ったのを確認した。3秒後、駐車場の明かりが一斉に点いた。乙鬼は素早くライフルをケースにしまい込みダッシュで出口へと向かっていった。
「What......tomorrow?」(明日だと・・・?)
『Yes that's right... we're making a deal about the case tomorrow(あぁ・・・その通りだアレクセイ、明日だ。明日ケースの取引を行う)』
電話の奥から低く、しゃがれた声が響いた。
アレクセイは頭を乱暴に掻き毟りながらリビングをグルグルと歩き回った。それまで曖昧だった意識は完全に覚醒し、むしろ今はウサギ並みに冴えている様に感じた。心拍数は一気に跳ね上がり、携帯電話に押し付けている左耳から血液が巡るのが感じることが出来た。
だがアレクセイは今にも爆発しそうな緊張を無理やり噛み潰した。どこに巡っているか分からない血流を探るように、呼吸を整えた。
『Are you done with your breathing exercise? (呼吸運動は終わったか?)』冗談交じりに電話の声が笑った。
20分経った午前3時20分、羽田空港P3駐車場4階。5人の男達はシルバーのトヨタ・ヴェルファイアのトランクルームにバッグやスーツケースをを押し込んでいた。5人の息は白く、煙のように舞っては消えた。
ハッチを閉めると、5人は車に乗り込んだ。禿頭の男は運転席に座り、全員が座った事を確認するとブレーキを踏み、イグニッションのスタートボタンを押した。
エンジンがかかり、デンソー製の青白いメーターが光った。
男はギアをDに入れ、車を発進させた。
黒いトヨタ・ヴェルファイアはP3駐車場から出ると、右折し、他の車達に紛れて行った。
その数車後ろに、同じく黒いトヨタ・クラウンハイブリットが静かに巡航していた。
クラウンの後部席で乙鬼は.45ACP弾を淡々と長めのマガジンに押し込んでいた。時速はまだ20kph台、まだモーターのみで駆動しているので車内は静まり返っていた。ただ、弾薬がマガジンに詰まれる、カチッ、カチッという金属音のみが響いた。膝の上にはマットブラックの短機関銃、TDIベクターが重々しく乗っかっていた。
解説コーナー:
トヨタ・ヴェルファイア:トヨタのフラッグシップミニバン、アルファードの兄弟モデル。横の流れを強調した造形と2段積みヘッドライトのフロントマスクが、特徴的な押し出しの強い外観をもつ。さらにエアロパーツや専用リアパネルなどを装着、より力強い外観のZも用意する。全高を低く抑えながらも低フロア化により広く高い室内は、“究極のおもてなし”を目指し快適な空間を創出した。快適さを追求したシートをはじめとした室内装備や、高級車らしい静粛性にまでこだわられている。特に上級仕様の2列目エグゼクティブパワーシートはオットマンや大型ヘッドレストなどを装備し、前後80cmもスライドできる超快適仕様。LED間接照明なども室内を演出する。(原文、YAHOO自動車)
TISSOT NAVIGATOR WORLD TIME T30148552:スイスの老舗腕時計メーカー、ティソのスポーツウォッチ、ナビゲーターシリーズの一つ。その名の通り、24カ国の時間帯に切り替えることが可能。因みに東京は7時の位置にある。ケースとブレスレットは錆に強いステンレス製、ガラスは多くの高級スポーツウォッチ同様、傷に強いサファイアクリスタルが使われている。ムーブメントはクォーツ、30メートルまで防水である。このモデルは現在絶版となっているが、新品当時の価格は395USドルだったそうだ。
デルタ航空:アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ市に本拠を置く実在の航空会社。旅客運送数および旅客キロ数で、米・ユナイテッド航空に次ぐ世界第2位の大手航空会社である。航空連合のスカイチーム創設メンバーであり、中心的な航空会社。1929年 にコレット・E・ウールマンらがルイジアナ州モンローで「デルタ・エア・サービス」として旅客サービスを開始し(それまで農薬散布の会社)、1941年にアトランタに移転する。社名は、ミシシッピデルタにちなんで付けられた。
国際線は欧州・アジア・カナダ・ラテンアメリカ・アフリカに就航している。また、2009年7月よりオーストラリアに就航。そのほかにも、ソウル/仁川、釜山、香港、台北、シンガポール、バンコク、マニラ、北京、上海/浦東と中部国際空港からマニラへのネットワークも形成し、グアム、サイパン、パラオへも運航している。
エアバスA330:欧州エアバス社によって製造されている中・長距離商業大型ジェット旅客機である。エアバスA300の後継機として開発された。1980年代前半、エアバスは自社のA300やA310の後継となり、かつDC-10やロッキード L-1011 トライスター、ボーイング767などと競争できる長距離旅客機の開発をはじめた。基本コンセプトはA300と同一の胴体断面を持ち、エンジンが双発のもの(開発名称:TA9)と4発のもの(開発名称:TA11)の2種を同時に開発することにあった。
1987年6月に航空会社より発注が得られたために、開発が本格化し、双発型はA330、4発型はA340と命名された。初飛行は1992年11月2日であり、1993年10月に型式証明を取得した。1994年1月より就航している。




