Leathal Fragrance 9
紅く光った空の中、二台の乗用車が道路の真ん中で立ち往生していた。一台目はワインレッドのメルセデス・ベンツCLS350。フロント部分は大破しており、バンパーやボンネット、ストラットが四散していており、ガードレールには突っ込んだ跡が在る。二台目はブラックのトヨタ・クラウンハイブリットで、メルセデスに左側から衝突したように止まっている。クラウンもメルセデス同様フロント部分がひしゃげている。
そのクラウンの運転席にもたれ掛かる様に、スーツ姿の男が電話をかけていた。
精悍な顔付きに999.9の眼鏡を掛けている。あちこちに擦り傷が見える。
「・・・はい。ええ、男性一人、後ほど女性一人。かなり派手に動いてしまったので迅速な対応をお願いします」
―――ピッ
電話をスーツのポケットに入れると、男はメルセデス・ベンツの方へ歩んで行った。そして運転席側のドアを開けた。
そこには全身血みどろになった男が、運転席で死んでいた。
眉間には大きな穴が空いていた。
「・・・・・・」
男は無言のまま死体を数秒間見つめた後、ドアを閉めた。
そしてまたクラウンの運転席に座り込んだ。
「・・・・・・乙鬼、無事だと良いですがね」
中央区、東京湾廃倉庫。時刻は午後4時00。凍て付く様な寒さとは対照的に空は赤く、燃えるように輝いていた。気が遠くなるほど長く並んだコンテナ達が数列に渡って並べられていた。香織はその内真ん中付近のコンテナの影の中で凭れるように伏せていた。
右手には拳銃、シグサウエルSP2022が握られている。少年の銃弾を喰らったXM110は、バレルがくの字に曲がってしまい、使えそうになかったので棄てた。
香織は袖を捲り、左肩を見た。肩の中央部分に三つ大きな穴が空いていた。弾が入った所から、皮膚が赤紫色に変色していた。おそらく既に一部の組織が壊死してしまっている。香織は傷の周りを抑えて見る。
傷口の周りに、硬い感触を感じた。予想通り銃弾は体内に停留していた。
「・・・・・・これ以上置いとくと、さすがにまずいな」
香織はSP2022を地面に置いた。手袋を外し、大きく深呼吸をする。そして思い切り人差し指を傷口に突っ込んだ。
「ッあ゛!!・・・・・・」焼け付くような痛みに香織は顔を顰める。傷口を指で広げ、かき回すように、銃弾を探った。指先が金属片に触れる。それを爪の先で引っ掛け、慎重に銃弾を抜き取った。傷口から赤黒い血が吹き出だし、腕を朱色に染めた。香織は服の一部を引きちぎり、それを二の腕辺りで縛り、止血処置を施した。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」額に浮いた汗を、腕で拭った。
手袋を付け直し、香織はポケットから携帯電話を取り出した。インターカムに繋ぎ、ダイアルを押した。
ピピピピピ・・・・・・・ピピピピピピ
6秒ほどたった後、非常に慌しい声で、ジェフが電話に出た。
『もしもし香織か!?おい任務はどうした!?成功したのか?予定時間から2時間も遅れているぞ。』
「・・・・・・申し訳ありません、任務は失敗しました」
『・・・・・・・・・・・!?』
「これ以上、貴方に依頼された任務を続行するつもりはありません。この契約は・・・破棄させて頂きます」
『お前、どういう・・・・・・!!』
「無駄なんですよ、彼に何をしようと、最初から無駄だったのよ」
ジェフは一瞬声を荒げたが、香織の言葉に阻止された。
『・・・・・・?』
「解りませんか?少年が銃を持って人を殺している、しかも日本で。倉庫に残っていた空薬莢に大量の.45ACPなんてモノが在った。あぁ、あとこんなのはどうでしょうか?この作戦中、彼は新型のベレッタARX-160を所持し、発砲してきました。しかも恐ろしく高い命中精度で。どこぞの黒社会の組員にそんな事が出来ますか?」
『・・・何を言ってるんだ?・・・・・・香織』
「クククク・・・・・・私達はとんでもない物に刺激を与えてしまったんですよ、ジェフ、彼はこの国に本来居る筈のないような者、亡霊と呼んでも過言じゃないかもね。少なくとも貴方達の従業員20名は、14Kやら三合会なんかに殺されたんじゃないわ」
「それに・・・・・・相棒から連絡が来てません。約束時間から既に60分以上経過しています。おそらく彼は始末されました」
『・・・・・・!』
「これから私は逃げます。貴方も、早くこの国を出ることね」
ブツッ――――――――。
回線を切り、香織は携帯を両手で鷲掴みにし、思い切り圧し折った。液晶が響割れ、プラスチックの破片がアスファルトに散らばった。それを香織は力強く海へ投げた。携帯は一度地面に当たった後跳ね返り、海へ落ちた。
香織は再びコンテナの影にしゃがみ込んだ。
もちろん、逃げられるわけが無かった。
「・・・柑橘系の匂い」
磯の匂いに紛れて、微かにベルガモットのような、柑橘系の匂いが香織の鼻腔を刺激した。
もう少年が近くまで来ている事が、香織には瞬時に分かった。
「・・・・・・」
香織はゆっくりと腰を上げ、ズボンをパンパンと数回はらった。そして天を数秒間見上げた。
そして途切れる様な声で呟いた。
「・・・こんなに辛い仕事だったっけなぁ?」
SP2022を固く握りしめ、香織はコンテナから飛び出でた。
少年はコンテナから25m離れた位置で待ち伏せしていた。左手には黒い拳銃が握られている。
「ふぅっ!!」
香織はSP2022を前方に構えた。瞬時に標準を合わせ、思い切り引き金を引いた。
タアァ――――ン!
乾いた銃声が辺りにこだました。
頭を真っ直ぐ夕空にに向け、香織は地面に崩れ落ちた。
後頭部をアスファルトに打ち付けた衝撃で潰れた右眼孔と両方の鼻孔から鮮血が噴き出し、周りに赤い飛沫を撒き散らした。
女が動かなくなったのを確認し、乙鬼はゆっくりと90-Twoを下ろした。
ピピピピ、ピピピピ
携帯が鳴った。円城からだった。乙鬼は微かに微笑むと、通話ボタンを押した。
「生きてたのか円城」
『ええ、生きてますよ、ホっとしましたか?』
「がっかりだよ」
円城はアハハと笑いながらクラウンのシートに腰掛けた。
「早く向かえに来て、今日はもう帰りたいよ」
『分かりました、ただ、別の車両を手配しなければいけないので待ってて下さい。』
「ああ、分かったよ」
電話を切り、乙鬼はインターカムを抜き取った。




