Leathal Fragrance 6
時刻は午後1時02分、東京都中央区。タイヤスモークと空薬莢を撒き散らしながら、シルバーのマセラティ3200GT、そのすぐ後ろにブラックメタリックのメルセデスベンツC55AMGが全開状態で疾走していた。2台の速度は90~120km/hを保っていた。
乙鬼は燃料計に目をやる。針は1/2の位置のから0までのちょうど半分の位置を指していた。現在、マセラティの燃料タンクには残り23リッター前後。もはや逃げ切るには燃料が足りなくなっていた。
「・・・・・・ちっ」乙鬼は速度を更に上げ、5速に叩き込む。無論、40分以上の酷使により、エンジンにもガタが見え始めていた。始めの時と比べ明らかに加速力が悪くなっている。恐らくどちらかのターボチャージャーに亀裂が入り、圧縮された空気が逃げているようだ。少なくとも370psは発揮していない。
だが、今の乙鬼にはガソリンの残量も、エンジンをいたわる余裕も無い。タコメーターが6250rpmのレブリミットまで上がり、乙鬼はギアを6速に入れる。
一方メルセデスの方も快調ではなかった。数回にあたる追突により、左側前輪のアライメントが狂い、常にハンドルを右側に切らないと直進は不可能な状態だった。それでも香織の右足はアクセルを力強くフロアまで踏みつけていた。
香織は興奮状態だった。鼻息は荒く、獣を連想させた。口からは涎が垂れ、時折、糸を引きながらレザーシートに付着した。目は見開き、瞳が大きく膨張している。頬は紅潮し、透き通った肌を朱に染めていた。彼女の本能、脳髄にはただ一つ。
―――――"eliminazione del target"(標的の抹消)。―――――――
香織は銃のストックでヒビだらけのフロントウィンドーを叩き割った。硝子の上にXM110を置き、引き金を引いた。
バシュシュシュシュシュシュシュシュッ!!!!再び弾丸の嵐がマセラティを襲う。
マセラティのリアに火花が散る。トライデントのエンブレムが砕け、吹き飛んだ。弾丸を回避するため乙鬼は身をかがめた、だがその内一発が、シートを貫通し、乙鬼の右肩を抉った。
「痛ぁっ・・・・・・!」鈍い痛みが走った。思わず、左手を右肩にやった。幸い、弾は貫通し、体内には入っていなかった。乙鬼は右肩から手を離した。
「嘗めるなぁッ!!!!」 そう叫ぶと乙鬼はギアをニュートラルに入れた。
ヴォロォーーーーーン エンジンブレーキが作動し、マセラティはゆっくりと失速する。次に乙鬼はサイドブレーキを思い切り引いた。リアタイヤがロックし、回転を止めた。そしてハンドルを思い切り130度切った。すさまじいスキール音と共に、メルセデスの目の前でマセラティ3200GTは180度回転した。
ノーズがメルセデスの方を向いたと同時に乙鬼はギアをリバースに入れた。
香織と乙鬼、二人の殺し屋の目が合った。
獣のごとく、鋭利で凶暴的な瞳。 氷のごとく、冷徹で、凍てついた瞳。
殺意の溢れた瞳同士がコンマ数秒見つめ合う。そして二人の殺し屋はほぼ同時に銃を構え、ほぼ同時にトリガーを引いた。




