Leathal Fragrance 2
5分が経過した。一人の少年と、一台の車がゆっくりと国道247線を巡航している。
二人には、いまだに暗殺者が何処にいて、何人いるのか分からなかった。
ただ、乙鬼は自分が常に銃口を向けられていることをはっきりと感じ取っていた。悪寒のような、ねっとりとした、不快な感覚。それが体中にまとわり着いていた。何とかしてこの状況を打開しなければ、乙鬼は自分にそう言い聞かせた。
乙鬼は狙撃手を撃ちにくくさせるため、なるべく坂や、建物の階段や傾斜を利用して歩いていた。
実際、それが香織の引き金を遅らせていた。スコープの十字はしっかりと対象の少年を捉えているのだが、同時に、彼女は傾斜では対象には当たる確率が低くなることも充分知っていた。現に少年は不規則に傾斜を歩いており、一向に当たりやすい位置に歩いてくれなかった。
そして、距離700メートルに達した今、彼女と少年との距離は射程外になった。
「......Merde!!」(くそったれ!!)舌打ちしながら小さく呟いた。
香織はXM110を素早く、かつ手際良くしまい、非常階段を飛ぶように駆け下りた。非常階段の入り口にはアレッサンドロのメルセデスが待ち受けていた。香織は助手席に飛び乗り、車は発進した。
「何で撃たなかったんだ香織?」不思議そうに、そしてやや驚いたように、アレッサンドロは聞いた。
「傾斜を利用されたわ。狙撃手がいる事が完全にバレようねぇ。」イライラした表情で、香織が答えた。獣のような目がギラリと光る。「それに、協力者もいるわ」
「あの黒い乗用車か。」アレッサンドロは、既に目星が着いていたように言った。
「サンドロはあの車を何とか彼と引き離すようにして欲しい。下手すると逃げられる。」
「了解。今度はもうちっとハメ外して撃ってくれ。」
「分かってるわぁ。」そう言い、香織はニヤリと笑った。
7分が経過した。乙鬼達は国道254線を歩いていた。現在、乙鬼の警戒心は頂点に達していた。さっきから感じていた殺気が突然、プツリと消え失せたのだ。それは余計に乙鬼を混乱に至らしめた。連中はいったい何をしているのか、乙鬼には解せなかった。もちろん、今この時点で円城のクラウンに乗り込み、ここから立ち去るのも手であろう。だが、一歩動けば、直ちに殺されかねない。そういう可能性も充分あった。
緊迫の渦の中、時だけが進んでゆく。頬に汗が伝った。乙鬼はインターカムを顔に寄せ、自分が安全に車に乗れるよう、支持しようとした瞬間、
「!!?」
激しい悪寒が乙鬼を襲った。先ほどとは比べにもならないほど、大きく、どす黒い殺気。銃口が自分にしっかり狙いを定められている感覚、そして、それに重なるように、別の気配を感じた。今度はこの通りのどこかに混じっていた。乙鬼の呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が駆けるように激しく、大きく鳴った。このままでいたら必ず殺される、そう本能が訴えていた。
「・・・・円城。」
『・・・・なんですか・・乙鬼?』
「もう・・・これ以上は居られない、僕は逃げる」
『・・・・!!』
「安全な場所に隠れ次第、連絡する。・・・」そして電話は切られた。
円城が乙鬼の方を振り向いた時、乙鬼はもう駆け出していた。
スコープ越しから、香織は彼女の作戦が上手く行ったことを見物していた。もう少年の盾になるもの、なってくれる者は何も無い、後は狙いを定め、引き金を引くだけだった。3回呼吸した後、息を止める。
そして、疾走している少年めがけて引き金を引いた。
シュカカカカカカカカカカカ!!!
乙鬼の周りのアスファルトが連続的に爆ぜ、その欠片が乙鬼に降りかかった。弾は逃げ回る乙鬼を容赦なく追い回した。乙鬼は近くにあったビルの駐車場に逃げ込んだ。
「アハハハハハハハハァ!!!すごいすごい!!全部かわすなんてぇ!!」香織は大声でケタケタと笑った。
駐車場内を走りながら乙鬼はアディダスのバッグを開いた。そして中からアサルトライフル、ベレッタARX160を取り出した。
解説コーナー:
ベレッタARX160:ベレッタの最新型の突撃銃。
弾丸は他の突撃銃と同じく5.56x45mmNATO弾を使用する。
最近のベレッタ同様、アンビシステムを搭載している。
メルセデスベンツCLSクラス:メルセデスベンツが発売しているEセグメントセダン。Eクラスをベースにしている。すらっとした、カーブの効いたラインが特徴的でEクラスと比べてよりパーソナルに仕上がっている。作中に登場しているのはCLS350、日本輸出モデルで最も安価なモデルである。




