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07.ポンコツエルフと愉快な仲間たち

 泣き止んで無心に焼き菓子を食べるクラエスフィーナにラルフが尋ねた。

「それで、古文書が見つかったって?」

 ラルフに言われ、クラエスフィーナの表情がパッと明るくなった。

「そうなの! 全然見つからなかったんだけど、今日ダニエラが手伝ってくれて昼前にやっと……工造学科の秘術のおかげで助かったわ」

 ホッとした様子のクラエスフィーナとさっきまでのパニックが嘘のようにふんぞり返るダニエラ。クラエスフィーナの探索が全然なので、ダニエラが何か学科から便利な物を持って来たらしい。このドワーフ、ただのちびっ子ではないようだ。

「へえ、何かそういう技術があるの? 見た事ないのに探し出せるって」

「おうよ! 工造学科の技術力を舐めんな!」

 ラルフが興味本位で尋ねたら、ダニエラが鼻高々にL字の針金をニ本取り出した。

「クラエスがどうしても見つけられないんでな、わが坑道設計学専攻の誇る探査技術、“ダウジング”で見つけてやった!」

 ラルフはホッブをつついて二人に背を向け、コソコソ囁いた。

(なあホッブ、そもそもダウジングって書類を探すのに使えるものなのかな……?)

(俺に言われてもよくわからん。俺らにゃ原理がよくわからない代物だしなあ……というか、あれ工造学の先進技術なのか? エンシェント万能学院(うち)学力(レベル)が心配になってきたんだが)

(まあ、ブツが見つかってクラエスが本物だと思っているならどうでもいいか)

(本当に“本物”ならいいけどな……)


 ラルフとホッブがひそひそ話をしているのを無視して、クラエスフィーナが古そうな箱をドンと机に載せた。

「そして問題の古文書が、これでーす!」

 古びた薄い木箱は、元は豪華な装飾が施されていたのだろう。表面に張ったビロードもすっかり擦り切れ、昔はベルトの下だったと思われる場所にかろうじて臙脂色の名残がある。最初にかけてあった鍵とベルトはすでに失われ、代わりに細紐でグルグルに縛ってきつく結んであった。タイトルを表記していたラベルはもうインクが薄くなっていて、何とか判別できる場所も明らかに王国語と違う文字が書かれている。

「相当前のものだな……」

 感心してホッブが(わりと)真面目な口調で呟いた。これが相当に年数を経た古文書というのは信用してもいいだろう……古文書という点については、だが。

 クラエスフィーナが紐をほどいて蓋を開いた。中にもビロードが張ってあり、こちらはまだ退色しただけで肌触りは残っていた。中身は二、三枚の羊皮紙と虫除けの(元)ポプリの香袋が一つ。

 さすがに緊張の色を滲ませたクラエスフィーナが、箱から出した羊皮紙をそっと机に並べる。平らに保管されていたせいか、重しを載せなくても巻き癖は強くなかった。

 インクに濃淡はあるものの、書かれた文字は読めないほどは薄くない。ただし、ラベルと同じ文字なので何と書いてあるのかは全く分からなかった。


「図形みたいなものは描いて無いのな……」

 目を細めたダニエラが呟いた。読めない文字だけでは取っ掛かりがない。

「これが空を飛ぶことに関する秘術を記してあるってのは、確かなのか?」

 ホッブが聞けば、こちらも緊張した顔でクラエスフィーナがコクンと頷く。

「間違いないわ。ここで歓迎会(のみかい)をした時、泥酔した導師が『これはすごい極秘文献なんだからな? 絶対他人にしゃべるのではないぞ?』って言いながら、わざわざ隠してあったのを出してきて見せてくれたんだもの」


 “くらえすふぃーな”は“だいじなじょうほう”をだした。


「……ちょっと待ってくれるかな? クラエスフィーナさん」

「なに? どうしてかしこまったの?」

 ラルフが視線を流すと、ホッブとダニエラも妙に平坦な表情をしている。同じことを考えたようだ。ラルフがひとつ咳をしてから質問した。

「あのさあクラエス……これって、“酔っ払いのたわ言”じゃないの?」

「え?」

 “泥酔した”導師が、“飲み会”というくだけた場に“極秘”と言いながら“わざわざ隠し場所から出して”研究者でもない“学院生(したっぱ)”に見せる。

「言ってることとやってることが正反対だよ。どう見ても粗雑に扱っていい程度の情報か、導師が学生をかついでいるとしか思えない」

「そ、そんな事ないもん!? 翌日聞いたら、正気に戻った導師が全員にきつく何度も口留めしてきたもの!」

「やっぱり正気じゃなかったんだ」

 クラエスフィーナは間違いないと主張するけど……ここまで聞いていたら、他にも気になる点をいくつも思いついた。

 ラルフとホッブ、ついでにダニエラが視線を交わし合う。

(おい、まずおまえ行け!)

(次ホッブな?)

(オーケー、最後あたしが締めるわ)

 一瞬の目配せで打合せを終えたラルフが一つゴホンとやってから尋ねてみた。

「ねえクラエス。なんで樹木生命学の導師が飛行魔術の古文書持ってるの?」

 そう。魔導学科と言っても、クラエスフィーナの師なら分野が違うはず。だけどそれを突っ込まれても、クラエスフィーナは特には気にならないようだった。

「え? ダートナム導師は古代魔導学の方がメインだよ?」

「は?」

 クラエスフィーナの方が専門外だった。

「ここに入学したけど樹木生命学をやってる研究室が無かったから、万能専門家のダートナム導師が引き受けてくれたの」

「万能専門家……」

 話題のダートナム導師にお会いしたことはないけれど、今話を聞いているだけでどうもまともな学者と思えなくなってきたラルフだった。万能で、専門家って……。

 ラルフに続いてホッブも手を挙げた。

「まあ導師が何が専門かは置いておいて……それ、なんでまだ世の中に発表されてないんだ? 導師はそれの研究をライフワークにしていたんだよな? ダートナム師が飛行魔術研究をやってたなんて聞いたこともねえ」

 飛行魔術の決定版と言えるものはまだ無かった筈だ。そもそもそんな話題になりそうな理論、発見でも発明でも王立エンシェント万能学院から公表されたなんて聞いたことが無い。導師が最優先で研究している筈なのに、成果が一かけらも発表されないなんてあり得るだろうか。

 学者のほとんどは承認欲求をこじらせた連中ばかりだ。成果が一つでも上がれば、世間が雨あられと賞賛を浴びせて当然だと思っている。論文が出来あがればライバルに先を越されないためにも、学会へすぐに発表するのが道理のはず。

 クラエスフィーナが目をぱちくりさせた。質問内容が予想外だったらしい。周りの三人にしてみれば当然出てくる疑問だと思うんだけど、“木を見て森を見ず”というヤツで近過ぎておかしく思わなかったようだ。

「うん、それはね。ダートナム導師の先代の先代から調べていたんだけど……まだ解読に成功していないんだって」

 キョトンとして昔聞いたことを話すポンコツ娘に、ホッブはなんだか頭痛がしてきた。研究室を主宰する導師級の学者が三代に渡って読めなかった古文書を使って、このエルフはどうやったら三か月以内に形にできると思っているのか……。

 最後に「あ~……」と言いながら表情が死んだ顔で、ダニエラがその点を質問した。

「クラエス……おまえ、数十年解読も出来てない古文書を……どうやってこのメンツで三か月で解読する気だ? 実機の制作も考えたら正味一か月ないぞ?」

 自慢じゃないけど、研究者どころか学院生としても二線級の人材が四人。これで導師がライフワークにして果たせなかった成果を越えるとか……。

 無言で回答を迫る三人の圧力に、視線を泳がせたクラエスフィーナ。


 ……信じられない話だが、そこを何にも考えていなかったようだ。


「よ、四人で取り組めばなんとかなるんじゃないかな~……」

「言いやがった!? コイツ、マジでいいやがったぞ!?」

「期末のレポートじゃねえんだぞ!? こんなもん解読したけりゃ学院生じゃなくて導師を四人連れて来い!」

「だ、だってぇ……!」

 ホッブとダニエラに詰め寄られて涙目のクラエスフィーナ。誰が見ても自業自得感ハンパない。

 だが、そこへ。

「まあまあ、二人とも落ち着いてよ。クラエスも悪気があって言ってるんじゃないし……」

 三人の間にラルフが割り込んでなだめた。

「ラルフ……!」

 怒鳴るダニエラとホッブをなだめるラルフに、すがりつくような目を向けるクラエスフィーナだけれども……。

「クラエスのポンコツぶりを考えろよ。気がつかなくても仕方ないって」

 取り成しの内容にガックリと項垂れた。




「だって……課題を見た時もう、この古文書のことに思考が直結しちゃって……これが見つかれば全部解決する気になっちゃって……」

「それで、実験要員の確保も思いつかずに十日以上も探し回っていたと……」

 思い込むと視野が狭くなるのは学者に共通する悪癖だけど、今回のクラエスフィーナには特にマズい作用をしたようだ。へんにゃりとしょげて小さくなっているクラエスフィーナに、ホッブとダニエラがきつい追い打ちをかける。

「特効薬どころか、時間を浪費する原因になっただけじゃねえか」

「ううっ……」

「やっぱり今から無駄な努力なんかしてないで、盛大な送別会の準備を始めようぜ」

「飾り立てた大講堂で、学院長から退学証明書を手渡してもらうのはどうよ? そんでお涙頂戴のスピーチで一世一代の晴れ舞台を締めるの。厳かな退学記念セレモニーの後は、華やかな山車行列(パレード)で学生街を練り歩こうぜ。山車の上から笑顔で手を振るクラエスに、きっとみんな『あれが奨学金を取り消されたポンコツエルフか!』って半笑いで見惚れるよ」

「そんな晴れ舞台ヤダ! そもそもそれ、晴れ舞台じゃないよね!?」


 ダニエラに膝立ちで「見捨てないで!?」とか言いながら泣きつくクラエスフィーナと突っ放すダニエラ。その掛け合い漫才を呆れながら見ていたホッブがふと横を見たら、ラルフが一人だけ加わらずに古文書を眺めていた。

「どうしたラルフ。送別会資金の質ネタが気になるのか?」

「大事な古文書だよ!? 売らないでよ!?」

「いや、ね……この文字、見た気がするんだよなあ」

 ぽつんとラルフが漏らした言葉に、三人の動きが止まった。一拍の間を置いて、それぞれ机の脇に駆け寄る。

「これがわかるのか!?」

「わかるって程じゃないけど……」

 首をひねっていたラルフが、やや経ってから指を鳴らした。

「そうだ! これ古典資料の読解をやった時に見たことがある。三百年ほど前のフォトン文字だ」

 ラルフが古文書の正体を解き明かした。まったく学力をアテにされていなかったラルフのまさかの大手柄に、ホッブとダニエラが歓声を上げる。

「マジかよ、すげえ!? ラルフが授業の内容を覚えているなんて!」

「やるじゃんラルフ! おまえに僅かでも学院に通った意味があったとは!」

「いや~、照れるなあ」

「……ねえラルフ。二人とも、一言も褒めてないよね……?」

 クラエスフィーナのツッコミも耳に入らず、興奮したホッブが手を打ち合わせた。

「よーし、どうしたらいいラルフ? 誰か読めるヤツがいないか?」

 ラルフが読める可能性は初めから期待しない。

「たしか、うちの導師が辞書を持っていたはずだよ! 僕、今から行って借りてくる!」

 そして期待を裏切らないラルフ。

 乱暴に扉を開けて飛び出していくラルフを見送りながら、ダニエラが晴れ晴れした笑顔でクラエスフィーナの肩を叩いた。

「良かったなクラエス! これで一歩前進したぞ!」

「うん……それはいいんだけどさ」

 今のやり取りで今さらながら、あらためて自分の研究チームに不安を覚えたクラエスフィーナだった。




「お待たせ!」

 ちょっと時間がかかったけど、出て行った時の勢いそのままにラルフが戻ってきた。

「お邪魔します」

 その後ろから、さらに年長の男性が一緒に入ってきた。

「……おかえ、り……?」

 居残っていた三人の視線が、ラルフの顔から下に下がる。

「どしたの?」

「いや、どうしたって言われても……」

 どうした? と訊く朗らかな表情のラルフの首に……首輪。そしてそこにつながったロープは後ろの男性の手元に。

「説明が欲しいのはこっちだぜ」

 三人の総意を、ホッブが代表して口に出した。


 後ろの男性はラルフが所属する研究室の助教だった。唖然としている三人に何があったのか、理由を説明してくれる。

「事情は分かったので、ブラウニング導師もフォトン文字辞典を貸すことは認めたのだが」

 苦い顔をしている助教が説明する。

「一冊しかない貴重な辞書を貸し出すには、コイツ授業態度がいささかアレでな」

「ああ……」

 ラルフが信用できないので、導師が助教を見張りにつけて寄越したと。

「いささか繕った言葉で言わせてもらえば、このバカが辞書を売り飛ばして飲み代にする可能性も捨てきれないと。というわけで、私が一緒に来たのだ」

 濁した表現で、これ。

「よくわかります」

 同類のくせに綺麗な目で力強く同意するホッブとダニエラ。背中に突き刺さるクラエスフィーナの視線は気にしない。その程度を無視できないで、不良学院生はやっていられない。

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