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06.呼び出されるのは突然に

 学生街で代表的な昼飯と言えば、なんと言っても「古家の床板」だろう。

 硬めに焼かれた四角く平たいパンへ二枚貝のように切れ目を入れ、間に燻製肉や葉物野菜を僅かばかり挟んだシロモノ。運がいいと薄くバターを塗ってくれる店に当たることもある。昼飯時になると門前に並ぶ屋台でコイツを買い、庭の木陰に腰を下ろしてのんびり食うのが学生たちの定番だ。

 このパンはやたらと硬く、咀嚼するとゴリッゴリッ、またはギシッギシッと聞こえる音がする。それが床板のきしむ音に似ているので、こんな綽名が付いたそうな。あるいは食べ盛りの男子学生でさえ、一個で顎が疲れてそれ以上食えなくなるので名付けられた「ジジイ殺し」の率直な名前の方が有名かもしれない。

 ラルフとホッブも、この安いだけが取り柄のパンを今日の昼食にしていた。

 二年生ともなればコイツともすでに長い付き合いだ。攻略法をマスターしているので(それほど)顎が筋肉痛を起こすことはない。

 一度に齧り取る量は少なくして小刻みに。疲労を感じる前に、小まめに休憩を取るのがコツだ。

 登山の心得かって? いいえ、パンの食べ方です……この物体を人並みに、パンと呼んでよいのなら。


 そんなハードボディな古馴染みをゴリゴリ噛み砕きながら、ホッブが話を振ってきた。

「なあラルフ。おまえ、午後の講義はどうなってる?」

 友人の問いにラルフは、次の一口に取り掛かる前に宙を見ながら午後の予定を思い返した。やる気のない講師が延々古い本の読み聞かせをしてくれるという「睡眠誘導実習」(または「古典資料講読」ともいう)だから、実質後ろの席で寝ているだけだ。

「それを聞くという事はホッブ、おまえのところは休講か?」

「おう、ジャンセン導師の『法論演習』だったんだがよ。今朝になって国王杯決勝のチケットが取れたらしい。事務局にすげー弾んだ様子でやってきて、「病欠ぢゃ!」と一言叫んでスキップで出て行ったってよ」

「わぁお」

 担当導師がポロの試合を見に行くので講義(しごと)を休むらしい。

「しかも今日はお仲間が五、六人いるらしくて、休講告知を出した職員が事務局に戻ったかと思うと追加を持ってまた貼りに来るって有り様よ。『導師病欠で休講』の五枚目を貼ってる事務方のねーちゃんが、すっげー目が死んでて笑えたのなんの。おまえにも見せてやりたかったぜ」

 大抵変人か偏屈者ばかりな導師たちは、当然ながら個別プレイに走ったらしい。誰かがまとめて申請に行けば恨まれることも無かっただろうに……とラルフは思った。

「それで通ると思ってる辺り、きっと導師はみんな頭が病気なんじゃないの?」

「頭がおかしくねえ導師なんかいるかよ。ったく、せめて昨日のうちに言えよなあ。学院まで来ちまったじゃねえか」

 仕事よりスポーツ観戦を優先する導師も導師だが、無駄足を嘆くホッブだって人のことをとやかく言えない。午前中も授業はあるという、当たり前の事実を忘れてはいないだろうか?

「うーん、僕の方は……」

「暇なら棒玉転がし(ボーリングみたいなの)に行こうと思ったんだが」

「奇遇だな。僕の方も寝ているだけの簡単な授業(おしごと)だったから暇つぶしを探していたんだ」

 起きて授業を受けろ。

「よし、さっさと食って遊技場に行くぞ。近所のところは午後になると軒並み静学系の連中で埋まっちまうからな」


 二人のやっていることはたいがいだが、この学院で授業態度が不真面目なのは別にラルフとホッブだけではない。

 学院に進学すると、なぜかみんなハマる上位三つがコーヒー、飲酒、棒玉転がしだ。上位五つなら賭博と煙草がそこに追加。暇人に小金を持たせるとロクなことをしない見本である。


 何はともあれ午後のスケジュールが定まった。ホッブの言う通り学院をサボって棒玉転がしをやりに行く学生は数多いから、早めに行って場所を確保するのに越したことはない。

「まったく、学生なら寸暇を惜しんで本でも読んでろ! なあホッブ?」

「多分、おまえも他の連中にそう思われていると思うが」

「おまえもな」


 自分の事は棚に置くべし。


 よーし、と二人が立ち上がって勢いよくリスみたいにパンをかじり始めた……その時。

「いよーお。今日も仲いいねぇ、お二人さん」

 二人の肩が同時に叩かれた。




 ラルフとホッブが振り向くと、そこには誰もいなかった。


 ……敢えて下は見ない。


 ホッブは大ぶりな最後の一かけらを無理やり口に押し込みながら、もう少し残っているラルフをつついて急かした。

「早く食えよ? 急いで行かないと、実践法理学専攻の連中がレーンを埋めちまう」

「いつも思うけど、君たち法論学科は暇人すぎない?」

「あたしが背が低いのを気にしてるって知ってたよな!? わかってやってるだろ、おまえら!? 泣くぞ!? 泣かせたいのか!?」

 半泣きの喚き声にラルフとホッブは顔を見合わせてため息を吐くと、頭一つと半分背が低いダニエラを見た。

「何の用だよ?」

「あたしが来たってことは、用件は一つしか無いだろ?」

 二人はウーンと唸って……去年の葬式でも思い出すような遠い目になった。

「なんか、研究室でまた今度って別れたのがもうずいぶんと前の事に思えるよ」

「あれからまだ四日……いや、もう四日と言うべきなのか? 時間の経つのはおせえなあ」

 しみじみしている二人の腹をダニエラが軽く小突く。結構イイのが鳩尾に入った。

「現実逃避してねえで、さっさと来いよ。おまえらもう研究チームの頭数に入ってんだぞ」

「そりゃ俺らを足しても四人しかいねえからな」


 クラエスフィーナがとうとう古文書を見つけてしまった。それについて学友としては“おめでとう”と祝福してもいいんだけど、問題は……古文書の発見によって、自分たちも実験の助手に強制参加のイベントが発生するということだ。

「出て来た物はよく確認したか、ダニエラ? もしかしたら別の文書かも知れないぞ? 開けてみたら実は赤点の答案が隠してあっただけかもしれないじゃないか」

 ホッブの一見親切そうなお断りに、ダニエラはジトーッとした目で鼻を鳴らした。

「はっ、バカこいてんじゃねえよ。うるせえな、つべこべ言わずについて来い」

「えーっ……僕たち、やるだけ無駄なことに青春を浪費したくないんだけど」

 ラルフの愚痴にダニエラが腹を立てた。

「それを言ったら、テメエらがこの年まで生きてんのが金と食い物の無駄遣いだろうが。なんだよ、暇人のくせに他に用事があるのか? クラエスの退学がかかってんだぞ?」

 行きたくはないけど、クラエスの進退(それ)を言われると……。


 クラエスの学力が足りなくて課題を落とすのと、ラルフたちが手伝わなかったせいでクラエスが課題を落としたのでは話が違う。結果は同じでも、二人に協力する義理はなくとも寝ざめが悪い話になってしまう。どこに責任があるかの問題じゃないのだ。


 ラルフがホッブを見ると、仕方ないという風に肩を竦めている。ラルフも抵抗を諦めてダニエラに向き直った。

「はいはい、分かりましたよ。仕方ない……」

「仕方ないじゃねえよ。時間が惜しいんだ、きりきり歩け!」

 ダニエラに急き立てられながら、ラルフは思わずため息をこぼした。

「せっかく今から棒玉転がしに行くつもりだったのに……あ~あ、勝負の結果はお預けか」

 二人の手を掴んで連行しようとしていたダニエラが、ラルフの独り言を聞いた途端にピタリと止まった。

「……棒玉転がしだって?」

「えっ? うん。今から行こうかと」

 ぐる~りと振り返ったダニエラが、ふてぶてしい笑みを浮かべている。

「おまえらもアレやるのか? スコア最高で何点よ?」

「えーと、僕はまあ始めたばっかりで……一番良くて五十七点かな?」

 いきなり食いついて来たダニエラに驚きつつもラルフが答えると、ホッブも横からしゃしゃり出てくる。

「オレ様をラルフと一緒にするなよ? なんと七十二点だぜ」

 胸を張るホッブをダニエラが得意げに鼻で笑った。

「ハッ! その程度で何を偉そうに。あたしなんか八十七点よ!」

「なんだって!?」


 ちなみに満点は二百点。


 ホッブが腕まくりをしながら鼻息荒く叫んだ。

「おいおい、ダニエラごときをいい気にさせてちゃ、俺たちの沽券にかかわるぞ」

 仁王立ちのダニエラが腕組みしながら上から目線で下から嘲弄した。

「バッカ言え、テメエらなんざがあたしに楯突くなんて百年はええわ!」

 ラルフだって棒玉転がしなら黙っちゃいられない。

「よし、ホッブ! ダニエラ! 急いで遊技場に行くぞ!? これからエンシェント万能学院・棒玉転がし頂上決戦だ!」

「おうよ!」

「へへっ、腕が鳴るぜ!」


 そろそろ太陽が赤くなりそうな五時間後。

 蚊の鳴くようなノックの後、研究室にそーっと入室した三人は……会議机に突っ伏すクラエスフィーナに、恐る恐る声をかけた。

「いや、すまんクラエス。コイツらが棒玉転がしにどうしても行くって聞かないから……」

「いやいや、俺は途中でそろそろ行ってやった方が良いんじゃないかって言ったんだけどな? でもダニエラが負けを返すまで終われないって……」

「ほ~らクラエス、王宮前広場の有名な揚げ菓子買ってきたよ?」

 それぞれ言い訳をし終わった三人が静まり、何とも言えない後姿を見ていると。

 肩を震わせていたクラエスフィーナがいきなり起き上がり、泣きべそをかきながら両手でバンバンと机を叩いて叫んだ。

「呼んでよ!? そういう時は!? 私も!? 友達でしょ!? ねえっ!?」




 お茶を煎れて揚げ菓子をほとんど空にしたところで、やっとクラエスフィーナは機嫌を直した。

「まったくもう、私が研究室にいるのがわかっているのに呼んでくれないなんて。三人とも、友達がいがないよ!」

 まだぷりぷりしながらも、揚げ菓子を美味しそうに頬張るクラエスフィーナ。機嫌は直ったようだ。ラルフとダニエラはホッとして無言で頷きあった。

 ……のだけれど、止せばいいのにこういう時にわざわざ急所を踏んでしまう考えなしが一人いた。

 ホッブがふと、思い出したように呟いた。

「あれ? でも考えてみれば、俺たち友達って言うほどつき合いねえよな?」

「えっ……」

 固まるクラエスフィーナに気がつかず、そのまま続けるホッブ。

「このまえ茶飲み話にクラエスの奨学金がやべえって話を聞いただけだし。ダニエラはたまたま話をしている所に来て、話の流れで一緒に棒玉転がしに行くことになったけどさ……クラエスを待たせているのを忘れたダニエラが悪いだけだろ? クラエス抜きで棒玉転がしに行ったのは、別に俺たち謝るようなことでもねえよな?」

 ホッブの一言に静まり返る研究室。

「……」

「おいホッブ、テメエなんてこと言いやがる!? あたしだけに責任押し付けんの!?」

 椅子を蹴倒して立ち上がったダニエラが泡を食って抗議してくる中、ラルフがホッブの袖を引いた。

「おい、ホッブ……ホッブ!」

「ん?」

 ラルフの指す方向をホッブが見ると、必死に悪くないアピールをするダニエラの横でクラエスフィーナが滂沱の涙を流して肩をしゃくり上げている。

「さらに泣かしてどうする」

「あっ」

 クラエスフィーナがまた机に突っ伏して泣き喚き始めた。

「四日前にずいぶん親しくお話ししたじゃない! 研究室に招待だってしたじゃない! 愛称で呼んでって言ったじゃない! これ友達だよ! 友達だよね!?」

「あ~……」

「まあ、ねえ……」

 ポンコツなエルフがさらにめんどくさくなった。

「あれ!? そういえば、あたしもいつの間にか呼び捨てにされてる!? あたし、許可してないぞ!?」

 ダニエラも四日遅れで気がついた。

「おまえはどうでもいい、製図できないダニエラ」

「うん。敬称使ってもらえる立場だと思ってんのか、落盤事故を起こす予定のダニエラ」

「フォアーッ!?」

 ダニエラに止めを刺すと、ホッブがラルフを見た。

(おい、この情緒不安定なエルフを何とかしろ)

(情緒不安定なのはホッブのせいだよね? まかせろ、攻略法は研究済みだ)

 アイコンタクトで打ち合わせたラルフは、カバンから新しい袋を取り出した。

「クラエス、最近話題のパイ生地を使った焼き菓子も買ってきたんだけど?」

「……食べる」

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