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05.作戦会議が始まらない

 クラエスが歯ぎしりしながら睨んでいるので、肩を竦めたダニエラが場を仕切り直した。

「で、真面目な話。どうするよ?」

「俺は至極真面目に話していたんだが」

「ホッブ、プランBは取りあえず下げておけ」

「プランB? 取りあえず? 腹案で残るの!?」

「クラエス、うるせえ」

 赤くなったり青くなったりして騒ぐエルフを叱りつけ、ダニエラがコツコツと指先で机を叩いた。

「この四人は課題に対して何も知識がない。とにかく基礎になる知識を何とかしなくちゃどうにもならねえ。何か参考になるものでもあればいいんだけどなあ……おいクラエス、発表会に提出する研究成果って、何か条件とか制限ってないのか?」

 クラエスフィーナが机上に積み上がる資料の山を掻き回し、一枚のメモを引っ張り出した。先日の発表会告知の際に掲示板から書き写してきた要項だ。

「とりあえず、すでに知られている技術はダメ。種族に秘伝で伝わるものとか、大々的に使われているものとかね。それは自分で研究した結果にならないから。同じく種族の身体的な特徴で飛ぶのもダメだって。翼持ちの種族は使えないように縛られるって」

「まあ、そりゃそうだろうな」

 聞いてる三人が頷く。そんなの長距離走に馬を持ち込むようなものだ。

「それと、実際の発表飛行はチームリーダー……つまり課題を課された特待生が乗ること。危険が伴うから、ヤケクソで下級生を生贄にしないようにだって」

 それも当然。時間切れでイチかバチかの実験を立場が弱い者がやらされては堪らない。その二つ目を聞いて、ホッブが渋い顔になった。

「そうか、そいつは目論見が狂ったな」

「どしたん?」

「いやな? 飛行者をダニエラにすれば、重さが半分(・・・・・)でやりやすいかと思ったんだが」

「誰がチビだとテメエッ!?」

「私がダニエラ二人分ってどういう計算よ!?」

 余計な事を言ったホッブをダニエラとクラエスフィーナが蹴りまわしている間に、ラルフはクラエスフィーナが掲示板から書き写してきた実験条件を眺めた。

「魔導学あるいは工造学、もしくは両方を使った技術で……か。必ず両方を使えってわけじゃないんだね」

「両方が望ましいとも書いてあったけど、違う学科でしょ? 専攻にもよるし、交友関係で必ずしも両方の伝手があるとは限らないしね。理論を突き詰めれば片方だけでもなんとかできるんじゃないか、って工造学の人たちが言ってたけど……」

 クラエスフィーナの説明にラルフも頷いた。

「両方に伝手が無いチームがここにいるしね」

「それを言わないで……」




「それでね、じつはね」

 場の空気に何度目かの手詰まり感が出始めた所で、クラエスフィーナが切り出した。

 彼女は何か秘策をしゃべりたいっぽい感じで、口元がウズウズしているけど……今日半日でどれほどコイツが駄目エルフなのかを見て来たラルフたちは、クラエスフィーナの様子はアテにせず無言で続きを待つ。

 そんな聴衆の白けた様子に気づかず、クラエスフィーナがとっておき(と思っている)情報を開陳した。

「引退したダートナム導師がね、去年新人歓迎会の飲み会で酔っ払って言ってたの。実はうちの研究室はある魔導の古文書を解析する為に作られたんだって。それで、その古文書が……空を飛ぶことに関する古代の貴重な情報を、難解な古代文字で記してある可能性が高いんだって! それを解析できれば、私たち一気に劣勢を挽回できるかも!」

 最後の方はテンション高く、キラキラした笑顔で重大情報を発表したクラエスフィーナに対して。

「ふーん」

 後の三人は手持無沙汰に、窓ガラスの汚れを観察したりメモ紙に落書きしたりしている。

「……あれっ!? なんでみんな平常心!? ていうかちょっと、すっごく関心薄くない!?」

 他メンバーの関心がまるで無いことにクラエスフィーナが一人で憤慨しているけど……三人から見て今の話はツッコミどころしかない。そもそもがピンチの時にぴったりのウマい話って辺りがもう、胡散臭さしかない。

「なんでやる気無しなのよ!? これで一気に有利になるかもしれないのよ!?」

 ムキになって力説するクラエスフィーナ。仕方がないからダニエラが、おざなりな態度で手を出した。

「じゃあ、まあ……とりあえずソレを見せてみろや」

「あ~……そうだね。とりあえずその古文書を確認しない事にはねえ」

 ダニエラに続いてラルフも前を向き、ホッブも無言で続きを促した。

 そうしたら。

「あ、うん、そう、だね」

 聞く気を見せたのに、なぜか途端に挙動不審になるクラエスフィーナ。


 今さら感が強いけど、この態度……何かある。


 剣呑な目つきのダニエラが、ドスの効いた低音で尋ねた。

「……おいクラエス。何を隠してる!?」

「ぐっ!?」

 思いっきり後ろめたい所を隠しているニコニコ顔で、ごまかそうとするけど……三人の視線に耐えかねて、クラエスフィーナが白状した。

「あ、あの……そのね、私もこの課題を聞いてすぐに思い出して、それから一週間探しているんだけど……」

 モジモジしている彼女の視線が彷徨う所には……あっちこっちを家探しした結果、乱雑に床に積み上がった書類の山。

「導師は家でぎっくり腰をやって、そのまま湯治場に行っちゃったから持ち出してはいないと思うんだけど……」


 クラエスフィーナの説明が尻切れトンボに終わると、しばし静かな時間が流れた。


「……ね」

 ポンコツエルフが口を開く前に、ホッブがパンパン手を叩きながら立ち上がった。

「はいっ、今日はこれまで! 解散っ!」

「おっつー!」

「お疲れい!」

「わあぁぁぁ、ちょっと!? ねえ、探すの手伝ってよ!?」

「どんな物かもわからないのに探してられるか!」

「まずそこまで自分で努力しろ、このトンチキ娘!」

「話は肝心の古文書が見つかってからにしてねー」

「うわーん、そんなぁぁっ!」

 どの発言が誰かはご想像にお任せする。




 もう真っ暗な学院の敷地から街路に出ると、宵の口の街中はまだまだ店の灯りで十分に明るかった。仕事が終わった男たちが今夜の一杯をどこでやろうかとそぞろ歩き、客引きの呼び声が喧騒を盛り上げる。そんな中を、徒労感で足を引きずるラルフとホッブはちょっと周りから浮いていたと思う。

「なんだろう……今日はものすごい疲れた気がする」

「どう考えても疲れて当たり前だろ、今日の出来事(アレ)は」

 学園随一の美女にいきなり声をかけられたと思ったら、無理筋な実験の研究チームに引きずり込まれて……しかも進行の度合いがマイナスの上に、肝心のエルフ様がイメージが反転するような駄目人間?(ポンコツ) ときた。この濃すぎる体験に要した時間が僅か二時間ほどだとは信じられない。

「しかし、クラエスのポンコツぶりにはびっくりしたな」

 ずり落ちかけた肩掛けカバンを直しながらラルフがぼやけば、ホッブも研究室での光景を思い出して遠い目になる。

「あいつらアレで、普段の研究どうしているんだろうな。人手の問題が無くてもあの二人で成功するとは思えねえ」

 散々な事を言っているけど、決して名誉棄損ではないと思う。それぐらい今日のクラエスフィーナ(と初対面だけどダニエラ)の役立たずぶりは酷かった。

 ……ただ。

「ただ……」

「ただ?」

「……いや、何でもない」

 ラルフは一瞬頭に浮かんだ考えを打ち消した。

(いつもの“高嶺の花”のイメージより、今日のグダグダのクラエスの方が生き生きして可愛かった気がする……なんて、ホッブにだって言えないよな)

 通行人A(ラルフ)のくせに、ミス学院(キャンパス)に対してそんな不遜な考え……とてもじゃないけど、親友にも話せない。

 彼女との距離が近くなったとは言っても、たまたま……そう、たまたま僅か数時間お喋りしただけだ。でもソレだけのことが、女に縁が無いラルフには一生モノの思い出になった気がする。

 ラルフは甘酸っぱい記憶を振り払うように、ことさら明るく声を張り上げた。

「なあホッブ、まだ『首絞め野ウサギ亭』やってるかな?」

「うーん、遅くなっちまったからなあ……もう厳しいかもな。しかたねえ、『黄金のイモリ亭』でちょっと酒もやっちゃうか?」

「確かに、もう飲んでもいい時間だよね」

 盛りが良いことで有名な学生向け食堂は今日はあきらめるしかなさそうだ。二人は飲みに行くことにして、安いだけが売りの居酒屋へと進路を取った。


 ラルフの家が今日は絶賛棚卸中なのは考えない。




 賑わう馴染みの宿屋兼居酒屋で四人掛けのテーブルを占拠して、なんの肉かわからない串焼きを肴にやたら薄めた安酒で乾杯する。それが二人のたまの楽しみだ。

 そんなラルフとホッブが、揃って二杯目のジョッキを空けたところで。


「それでペーターの奴がさ……あ!」

 同学科のヤツの失敗談を話していたホッブが、急に言葉を切った。

「どしたん?」

「いや……さっきの話だけどさ」

「さっき? あー……ああ、クラエスとダニエラの話?」

 ホッブの方から蒸し返してくると思わなかった。意外な気がするラルフが先を促すと、苦い顔つきでホッブが頬杖をついた。

「話を聞くだけとか言ってたのに、なんか結局巻き込まれたような」

「あー……」

 言われてみれば。さっき研究室で別れる時、次回があるような話の流れになっていた気がする。クラエスフィーナが古文書を見つけるまでにあと何日かかるのかわからないけれど、あの様子なら絶対呼びに来るだろう。

「くそっ、面倒事はできるだけ関わりたくないのに。あいつら絶対言ってくるよな」

「だろうねえ。他に人がいないってのは絶対に解消しないだろうしね」

 そう。今の人材難を考えれば、一度唾つけた二人を手放す筈がない。

 まずクラエスフィーナが泣きついて来るだろう。そして自分一人で貧乏くじを引きたくないダニエラが、脅迫か暴力かわからないが引きずり込みに来るはずだ。

 脱力したホッブがテーブルにグデッと突っ伏す。体格がいいので結構邪魔だ。

「なんつーか、何やったって結局無駄になりそうだけどよ。諦めないだろうなあ……クラエスが」

「そりゃそうだろうね。でなければ、もう諦めてタイムリミットまで遊ぼうとしていると思うよ」

 自棄になって遊ぶどころか無理して足掻いているという事は、当然まだあきらめていないという事だ。ラルフが給仕にジョッキを振ってお替りを頼んでいる間に、俯せていたホッブが起き上がって背もたれにもたれかかり、天井を見た。誰に言うともなしに、彼は煤けた板目を眺めながらボソッと呟いた。

「仕方ないとは言いたくないが……何ができるわけでもないが、手伝ってやるか」

 そう言いつつも、なにか今一釈然としない様子のホッブ。

「どうしたんだよ」

「いや、まあ、なあ? おかしな縁が出来ちまったなあと思って……学院なんて同じ学科で四年過ごしていたって知らない奴らばっかりだってのに、他学科の奴らを手伝うことになるとはな……」

 ラルフにも、ホッブの言いたいことがなんとなくわかる気がする。

「まあ仕方ないさ。僕もね、ホッブの気持ちがわからなくもない」

「そうかぁ?」

「ああ」

 給仕のハンスが持ってきた新しいジョッキを渡して、自分のジョッキを軽くコンとぶつけた。

「あれだな。さすがのホッブも天下のクラエスフィーナ嬢の」

「……術中にハマったってか?」

「いや。きっとお前も、豊饒の丘(・・・・)に魅了されたんだな」

「おまえと一緒にするな、小高き丘の賢者(ボインスキー)




 ちょっと四杯も飲んじゃって、だいぶ出来あがったラルフとホッブは夜の街を千鳥足で歩いていた。

「なんだろ、まだ酔い足りない気がするのに足にキテるぞ?」

「俺もだ……あそこのオヤジ、何の酒を出してやがんだ?」

「考えるなホッブ。真面目に突き詰めたら二度と喉を通らなくなる」

 ホッブと別れる曲がり角まで来たところで、ラルフは開きっぱなしになっている街区を区切る防火の大戸にもたれかかった。

「大丈夫かラルフ」

「ああ、もんらいにゃい」

「駄目そうだな」

 ずるずると滑り落ちるように座り込んだラルフは、半分雲に隠れた夜空の星を眺めた。

「なあホッブ」

「ん? なんだ?」

「俺たちがクラエスの手伝いをする気になったのってさ」

「……ああ」

 横にしゃがみ込んだホッブの視線を感じながら、ラルフは視線をそのままに言葉をつづけた。

「多分、俺たちが静学系……だからじゃないかなあ……」

「なんだよ、それは?」

 ラルフが何を言いたいのかわからないホッブは眉をひそめたが、当のラルフもなぜそんな言葉が出て来たのか自分でもわからなかった。

「へへ、なんでもない……」

 アルコールが回った頭が上手く働かない。火照った頬に当たる風が気持ちよくて、ラルフはそれ以上考え事をするのが面倒になった。

「僕、もうちょっと酔いを醒ましてから帰るよ。お休み」

「そうか? それじゃ、また明日な」

 ホッブが去って行く靴音を聞きながら、ラルフはゆっくり目を閉じた。


 そうだ。色々難しい事を考えるのは明日でいいじゃないか。


 ラルフは結局そのままそこで眠りこけ、辻強盗には襲われなかったものの……朝になって警邏の役人にサーベルの鞘で小突かれて目が覚める事になった。

 そして慌てて家に帰り、明らかに飲んで棚卸をサボった事を父親に体で説教されることになったのだった。


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