48.クラエスの出番
開会式とくじ引きを終えたけど、課題審査の一番手がスタートするまでにはまだ少し時間がかかった。
「よく考えたら、発射台がまず設置に時間がかかる場合もあるんだよな」
すでに飽きている顔で、ダニエラがぼやいた。
クラエスフィーナのチームは、発射台も機体も運搬がしやすいようにわざわざ設計してある。ただこれは幼年学校生のチームが優秀だったのと、エンジェル工房が蛇足な折り畳み機構をつけた偶然の産物。四人だけで設計していたら、そんなことは考えなかった可能性が大である。
他のチームも飛ぶことしか考えていなかったところが多いみたいで、呼ばれてすぐに飛び立てそうな機材のチームは皆無だった。
「くそっ、余計に無駄な時間がかかっちまう! 準備できた順番にしてくれりゃあ……」
ホッブが恨めしそうに風速観測用の吹き流しを眺めた。今はまだ、理想的な追い風が吹いている。
クラエスフィーナが発進場所に指定されている広場を恨めしそうに睨んだ。
「そもそも、あそこを発進しやすいように高台にしておいてくれれば……」
「ああ、自力滑走の勢いで発進が可能になるからな。ま、導師どもの考えじゃ空に飛び出すのも技術のうちってことなんだろう」
「それもそうだけどね……」
頬を膨らませてぶちぶち言うクラエスフィーナの態度に、ラルフが首を傾げた。
「でも、高台になっているとマズい事もあるんじゃない?」
「例えば?」
「クラエスは高所恐怖症だったから、そもそもそんな場所から発進だと棄権だったんじゃ」
「……」
あっと言いそうな表情をした後、遠い目で黙り込むクラエスフィーナ。
「このドアホウ! 本番目前になって思い出させるんじゃねえ!」
青い顔をしてあさっての方向を向くエルフに代わり、ホッブがラルフの襟首を掴んで乱暴に揺さぶった。
「いやあ、めんごめんご」
「この三か月の苦労を無駄にする気か、バカ野郎!」
かすかに震えているクラエスフィーナの顔を、下からダニエラが覗き込んだ。
「再発が心配だったら、アントニオ先輩にまた紐付けて振り回してもらうか? あっちも試験直前だけど、お人良しだから頼めば手伝ってくれるかもしれねえぞ?」
「いらないよ!? そんなの直前にやられたら私がもたないよ!」
準備もほぼ済んでいるクラエスフィーナたちが手持無沙汰に広場を見ていると、やっと出て来た一番手は意外な人物だった。
「一番、魔導学科製薬学専攻のマイキーでっす!」
キンキン声でハイテンションに自己紹介する痩せた男に、四人は見覚えがあった。
「あの先輩、VIPに恥かかせて良く退学にならなかったね……」
自分の作ったポーションでラリッたうえに、来賓の馬車に突撃かましてスキャンダルを起こした(というか白日の下に晒してしまった)先輩だ。研究室を見学に行ったら巻き込まれてあの事件だったので、忘れたくても忘れられない。
「普通は退学までにはならなくても、課題審査不戦敗になりそうなものだけどねぇ……」
呆気にとられたラルフのつぶやきに、出てもいない額の汗をぬぐいながらホッブが同意する。
「ああ……うちの学院の懐の広さに初めて恐れ入ったぜ」
ダニエラが頭に疑問符を浮かべた。
「それ以前によ。あの先輩、あの理論でどうやって参加する気だよ?」
「あ、それな!」
マイキー先輩の研究はポーションで爆発的におならを作り出して、噴出する力で空を飛ぶという……実現可能性以前に、理論がトンデモで未完成なものだったはず。
「でも先輩、今度は機械と一緒に登場したよ?」
クラエスフィーナの指摘の通り、今日のマイキー先輩はなにやら円筒形の機械を用意している。直径は四十センチほどだが長さは三メートル以上ある。本体に握り手と足をかける鐙が直接付いているので、円柱に抱きつくような形になるらしい。先端は円錐に尖り、後端には大きなコップのような本体より二回り小さな円筒が付いている。
「だが、基本理論は変わってなさそうだぞ?」
ホッブが肩を竦めた。マイキー先輩は相変わらず、裸族! だからだ。
だが眉をしかめて観察していたラルフは同意しなかった。
「いや、大きな違いがあるよ」
ラルフが先輩の下半身を指さす。
「今日はエプロンをつけずにパンツを履いている……ということは、自力噴射を諦めたんだ!」
「あの理屈を未だに見込みがあると思っていたら、俺本気で先輩を尊敬していたぜ」
導師たちの審査員席に向かって、マイキー先輩の説明が続く。
『というわけで、僕のガス生成推進システムは有望な技術でありますが!』
「あれ、有望だと言い切れるのが凄いな……」
とダニエラ。
『試験の結果、解決しがたい問題点が浮かび上がりました!』
「そりゃ、そうだろうね」
これはラルフ。
『必要なガスの量に比べ、人間の腸内では生成のスピードが追い付かないのであります!』
「おいっ、そもそも“おならで宙に浮けるのか?”って部分をすっ飛ばしやがったぞ!?」
ホッブの驚愕ももっともだ。
『そこで開発したのが、こちらのガスタンク一号です! このタンクの中でポーションを混ぜ合わせることによって、人間の腸では不可能な量の“おなら”を生成、安定して噴出する事を可能にしました!』
「すごい……ものすごい発想の転換だね!」
素直なクラエスフィーナはまじめにショックを受けているけど。
「クラエス。あれは発想の転換って言うより、迷走しすぎて一周回っちゃったって話」
「あれもうおなら関係ねえだろ……」
「それをまだマジメにおならと関連付けている辺り、デキた物に開発者の意識の方がついて行けてない感じだな……」
後輩たちの散々な評価など露知らず、マイキー先輩はいよいよ“ガスタンク一号”にまたがった。
『念を入れて限界まで軽量化もしたし、コレで飛べないはずがない! さあ参加者諸君! 審査一人目にして完成された超理論に刮目せよっ!』
半分呆れた顔で見送るラルフたちの視線の先で、マイキー先輩はノリノリでそう叫び……スイッチを作動させた、ようだった。
シュッパアァァァァンッ!
発射台を勢いよく滑り出したガスタンク一号は宙を飛ぶ。そしてすぐに仰角を保ったまま尻から落下した。やっぱり推力が足りてない。装置が大掛かりになった分、重さも格段に増えている。
湖面に派手に波紋を立てながら着水した金属の円筒は、そのまま水面に向かってガスを噴出し……水面を勢い良く走り始めた。
『イイヤッホーイィ!』
ボートなんか比べ物にならない凄まじい速さで湖をかける鉄馬は、奇声を上げる先輩を載せたままであっという間に遥か彼方へと走り去る。この速度、この威力。この分ならガスタンク一号はマイキー先輩の望み通り、ゴールまで無事に行けるだろう……空は飛んでないけど。
ラルフたちどころか、湖の岸辺を埋め尽くしていた群衆が無言で呆気にとられる中。一人平常心の記録係が、
『一番、マイキー四年生。記録、おそらく四メートル。不合格』
と冷静にアナウンスを入れた。
その後も。
どのチームも準備に時間がかかっては、飛び出すとあっという間に失敗しての繰り返しだった。
三人目、四人目と挑戦者が次々に飛び立っていく。結構各チームは準備に時間がかかっているはずだけど、順番が回ってきては困る時に限ってやけに時間が経つのが早く感じる。
「くそっ、もう六人目か」
早く順番が回って来た方が風向きを考えるといいのだけど、ラルフ妹との約束もある。このまま進行の方が早いと、妹より先に順番が来てしまいそうだ。
「でもよく考えたら一方的にジュレミーに言いつけられただけで、ちゃんと約束したわけじゃないんだよね」
ラルフが我に返った。待ってろって、妹に勝手に指示されただけでこっちがちゃんと約束したわけじゃない。なんだ、という顔になったラルフにホッブがジト目でツッコんだ。
「じゃあ無視できるのか? おまえが」
「……運営につべこべ言って遅延させる努力ぐらいはしないとな」
「立場弱ええな、ラルフ」
落ち着かない様子のクラエスフィーナが、耳をぴょこぴょこさせながら辺りを見回す。
「でも、私もジュレミーちゃんの言ってた“秘密兵器”が欲しいよ。どういう物かわからないけど、あの子が土壇場に言うぐらいだから絶対役に立つよ」
なかなか信頼がある。泥酔したエルフがラルフ家に担ぎ込まれるたびに、妹自ら餌付けした甲斐があったようだ。
「でも、そんなに期待するような物かなあ? 向こうも朝ちょっと見ただけで考え付いたやっつけ仕事だぜ?」
あんまり期待してない様子のダニエラに言われ、クラエスフィーナは頭を振った。
「今から神頼みするより、きっとアテになるよ」
「そりゃそうだわな」
困ってから泣きついた神様がくれる目に見えない恩寵より、はっきり手に取ることができるラルフ妹のアイデアグッズの方が実感があるのは当然だ。どの程度役に立つかは、どっちにしたって未知数だし。
納得の一言を言われたところで、その話題のジュレミーが準備に走っていたコーリンを連れてやってきた。
コーリンが持って来たジュレミーの“秘密兵器”は意外な物だった。
「クッション?」
それは四角形の、ちょっと堅めの枕のようなものだった。左右の両端がちょっと持ち上がっていて、体にフィットするように成形されている。うつ伏せになった時に体の下に敷くらしい。
「機体の上に寝そべるときに、胸の下、あばらの辺りに敷くようにして下さい。今試してみましょう」
促されるままに機体に上がり、腹ばいになったクラエスフィーナが歓声を上げた。
「あっ! コレなにか息するのが楽だよ!?」
「何!?」
クラエスフィーナも特に何も言ってなかったので気がつかなかったけど、実は飛ぶ時に呼吸に制約があってちょっと苦しかったらしい。
「これをしてるとね、なんか呼吸が楽なんだよ!」
喜色満面に声を弾ませるクラエスフィーナ。
「振り落とされないようにできるだけ密着していたみたいだけど、それも善し悪しなのよ。コレをつけると少し体の下に空気が入るけど……基本は直進で速度もそんなに出ないようだから、風で弾き飛ばされるほどの抵抗でもないでしょ?」
機体の横で、ラルフ妹がクラエスの胸と腹を指し示した。
「女は胸式呼吸が多いから、クラエスちゃんみたいにかなり胸が大きい子が伏せの姿勢で長時間いると胸を押さえつけちゃって深く息が吸えないのよ。それじゃあって腹式呼吸を心がけても、そっちはそっちでやっぱり押さえつけてるじゃない。このクッションで少し体を浮かせることで機体との間に隙間ができるから、どっちの息の仕方でもだいぶ楽になると思う」
妹の説明に、学院生たちが感嘆した。
「すげえ、ホントに一目見ただけで改善して見せたぞ!? ラルフの妹とは思えねえ!」
と、ポンコツドワーフ(工造学科)。
「ああ、頭の冴えが兄貴と格段に違う! こいつら血の繋がりはないと、今日ハッキリ確信したぜ!」
と、ポンコツホッブ(学院生)。
妹が褒め称えられるのは喜ばしいが、仲間たちの賞賛の言葉がいまいち腑に落ちないポンコツ兄貴なのだった。
ふと、ラルフは何かが頭の片隅に引っかかっているのを感じた。
(あれ? でもそういう理屈ぐらい、コーリンでも他の兄弟でも指摘できたんじゃ……)
妹より模型飛行機を飛ばしまくっていたフィッチャー五兄弟の方が、空を飛ぶことのみならず物理的な理論全般に格段に詳しいのは間違いない。頭が良くたってジュレミーは基礎知識でコーリンに全然かなうはずがない。
クラエスフィーナが下りるのを手伝っている妹と幼年学校生を見る。しばらく見ていて、一つの事に気がついた。
クラエスは言わずと知れた美巨乳(爆乳寄り)。
我が妹もわりとある(母似)。
お手伝いは男五人組と思われていたほど残念な胸囲……。
「ああ……」
(そうか……コーリンは、その辺りの基礎知識がジュレミーより……)
ラルフは原因に思い当たり、心の底から納得した。
何かを理解したラルフが慈愛に満ちた目で深く頷いているのを見て、エルフを助け下ろしていた少女も何かを察したようだ。
ムッとした顔でコーリンがラルフに向かって走ってくる。
「ラルフさん……!」
「はい? はいっ!?」
何気なく返事をしかけたラルフだが……コーリンがそのままの勢いで抱きついて来たので、思わず驚愕の叫びを上げた。
「え? 何ごと!?」
女子幼年学校生が首に手を回してくる。このままでは次の瞬間に唇を押し付けてきそう……伝わってくる体温と甘い香りが、意識してなかった相手が“女の子”だったんだとラルフに主張して来た。
もちろんラルフはクラエスフィーナ一筋のつもりだけど、密かに年下に思いを寄せられていたとかいうシチュエーションも嫌いじゃない。
(コーリンったら、お手伝いの間に僕の事を!? そんな、まいっちゃ……うおっ!?)
少し来る者拒まずな気持ちになりかけたラルフが気を抜き……かけたところで。コーリンが飛びついてきた勢いそのままに、ラルフの腹へ膝蹴りを二発、三発!
心構えも出来ていないところに打ち込まれたので、思いっきり内臓にクる! 咄嗟に距離を取ろうにも、首根っこを摑まえられているので密着を解けない!
「首に腕を回して相手を固定するたあ、なかなか場慣れしてやがる」
ホッブが感心しているが、そんな暇が合ったら助けてほしい。ラルフは切実にそう思った。
「コーリンちゃん、飛空だけじゃなくて喧嘩も強いんだ」
クラエスフィーナが感心しているが、呑気に見てないで助けてほしい。ラルフは七発目を受けながらそう思った。
「これからですからね! これから成長するんですからね!」
コーリンが涙目で叫ぶが、承知したのでもうやめて欲しい。ラルフは崩れ落ちそうになりながらそう思った。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッ! ウケる!」
ダニエラが爆笑している。あとでぶっ殺す。ラルフは……以下略。
「そろそろ前のチームが呼ばれそうね」
一人ドライに状況を眺めていたラルフ妹が注意を促した。今すでに七番目のチームが空に飛び出そうとしている。この冷静さと余裕をみた時間感覚、ラルフはホントにジュレミーと血の繋がりがないような気がしてきた。
「それじゃ私とコーリンは応援席に戻るけど。ホッブさん」
「俺? なんだ?」
「これ貸してもらっていい?」
ホッブは親友の妹が指しているゴミを見た。
「別に構わねえが……なんに使うんだ、そんな物」
「応援計画の仕上げに使おうかと思って」
「……はん、面白れえじゃねえか。いいぜ、持って来な」
親友と妹がニヤリと笑いあっているけど……。
「ねえ君たち? なんだかさっきから、無機物について話してるように聞こえるんだけど?」
「時間がないのよ? バカは余計なことを考えずに、さっさと走って」
「おまえはホントにバカだなラルフ。生ゴミは有機物だ」
前のチームもいよいよ秒読みに入った。次はクラエスフィーナの番だ。
緊張でなんだか震えてきた。導師たちの前でまずは研究内容を発表するんだけど、用意した原稿を何度眺めても文字が読み込めず上滑りしてしまう。もしかしたら自分は今緊張しているのかもしれない、とクラエスフィーナは思った。
(こんな時は、いつもラルフがいてくれたのに……)
どういうわけだか、ここ一番という今に限って別行動になってしまった。妹さんに引きずられて応援席に行くらしい。ホッブはにこやかに送り出していたけど、クラエスフィーナとしては発進するその時まで横で励まして欲しかった。
それを考えると心細くて、なんだか余計に緊張してきた気がする。
不意に横から手が伸びてきて、研究の原稿が奪い取られた。
「落ち着けクラエス。発表は代理でしゃべってやるから空を飛ぶことに集中しろ」
横を見ればホッブが笑っていた。
「この手の事は法論学科の俺の方が得意だからな。導師に何を突っ込まれたって余裕で切り返してやらあ」
「ホッブ……」
「機材のセッティングはあたしがちゃんと点検すっからよ」
ダニエラもニッと笑って歯を見せた。
「これでもドワーフの端くれだからな。あたしとホッブで設置までするから、おまえは手を出すなよ? 余計な力は使わずに、空を飛ぶ為に貯めこんどけ」
「ダニエラ」
腕まくりして大したことない力こぶを見せてくる友人に、クラエスフィーナは思わず笑みがこぼれる。
「おまえ、そこは工造学科だからじゃねえのかよ」
「坑道設計学専攻で何を保証できるって言うんだよ。頭悪りいな、ホッブ」
「バカにバカって言われた!?」
「それを言うならあたしだって! おめえ、あたしに普段どんだけバカバカ言ってくれてたかわかってんのか!?」
口論をし始めた普段通りの友人たちを見て、クラエスフィーナはなんだか笑いが込み上げてきた。声に出して笑うと、緊張がすっかりほぐれるのを感じる。
顔をあげれば、ホッブとダニエラが笑顔でクラエスフィーナを見ていた。
「さ、出番だぜクラエス」
「へっへっへ、王都中の暇人どもにあたしたちの力を見せつけてやろうぜ!」
そうだ。ここにはホッブとダニエラがいる。
ラルフだって応援席に行っただけだ。会場の中で声援を送ってくれている。
飛ぶ先にはジュレミーちゃんや幼年学校生のみんなだって応援しに来てくれている。
私は今、一人じゃない。
「よおし! 私、頑張るよ!」
クラエスフィーナは一声叫ぶと、元気良く立ち上がった。




