44.ラルフは抜け駆けを許さない
クラエスフィーナを口説く猛者が現れた。
アントンの急報を受けて、ラルフとホッブは顔を見合わせた。急に言われ現実感が無いのもあるけれど、それを置いても二人はこの情報に懐疑的だ。
「えー……? 今、動学系はそれどころじゃねえだろ? 明後日には課題審査会なんだぜ? こんな時にそんなことやってる場合かよ」
いまいち信じられないという顔のホッブが指摘するが、アントンはそれを言われても引き下がらない。
「そこが女を口説き慣れたヤツと俺たちの考え方の違いだよ。ステファンはクラエスフィーナさんが一番ナーバスになってる今をわざわざ突いて来たんだ。あいつはどうせ自分は課題審査の対象じゃないし、先輩のお手伝いを休んででもチャンスを狙って来たんだろ」
「でもクラエスの方は思いっきり課題審査の前じゃない? 今そんなことを考えている余裕なんか全然ないよ? 言われても迷惑するだけだと思うけど」
ラルフの反論に、わかってないとアントンが肩を竦める。
「バカだな二人とも! モテどもが他人の迷惑なんか気にするはずがないだろ!? あいつらは基本的に相手の都合は考えないナルちゃんでエゴいクズだぞ! ヤツラは自分さえ良ければあとはどうでもいいからな。クラエスフィーナさんが人生かかってる瞬間て言ったって、ステファンにしてみれば情緒不安定で付け込みやすいタイミングでしかないぞ!」
多分にアントンの偏見が入っていそうな分析だけど、なかなかの説得力にラルフとホッブもなるほどと頷いた。だって二人ともアントンの側だから。
「くそう、なんて卑劣な手を考えるんだ! コレだから顔のいいヤツは!」
ラルフが卑怯な同期生の手口に憤慨する。さっき“どんな汚い手を使ってもいいから”と言っていたとは思えない正義感だ。
「全くだな! さすがイケメンは顔がいい分、肝っ玉が腐ってやがるぜ。社会のダニめ!」
ホッブも嫌悪感を滲ませて吐き捨てる。その理論でいうとクラエスフィーナが一番腐っていることになるが、そういう矛盾は考えない。
三人は興奮してこぶしを振り上げた。
「ラルフ、ホッブ! ステファンの陰謀を阻止するぞ! 俺たちの目の届く範囲でイケメンの思い通りにさせてたまるか!」
「おお、その通り! リア充死すべし!」
「遅れるな二人とも! 急いでクラエスを探すんだ! モテ男の野望を阻止してやる!」
義憤だか妬みだかわからない情熱を盛大に燃やし、急遽結成されたモブ男三人衆は急いで美貌のエルフを探して走り出した。クラエスフィーナの為というより、自分のひがみの為に。
「うう、あと二日の我慢だよ……」
クラエスフィーナは空きっ腹を抱えて中庭のベンチに座った。朝ご飯はちゃんと丸パンを二つと茸のスープを食べて来たけど、朝一からガッツリが当たり前だったエルフには思春期の女の子みたいな食事量では全く物足りない。特に肉が足りない。食事量に制限が付いていると言うだけで、思い切り食べたいという渇望感が湧いてくる。
「審査会が終わったら……結果がどうあれ、お腹いっぱい『黄金のイモリ亭』でお肉を食べるんだ……」
課題達成のための食事制限だったはずが、審査会が日々空腹の苦痛からの解放期限にすり替わっている。特待生皆が課題の重圧に押し潰されそうな時に、ある種お得なオツムをしている脳天気娘、クラエスフィーナ。
そんな腹減りなエルフの前に、急に人影が立った。
「うん?」
怪訝そうなクラエスフィーナが見上げると……見覚えのない青年が、絵に描いたような爽やかな笑顔で微笑みかけてきた。
「ちょっと良いかな? クラエスフィーナさん」
「はい? どちら様?」
知らない人だったのでクラエスフィーナがまず誰何すると、彼は芝居がかったしぐさで大げさに詫びて見せた。
「ああ失礼! 僕は工造学科二年のステファンだ。君とは一般教養で同じ講義も受けているんだけど……見覚えないかな?」
そう言われると、そんな気がしないでもないような。
クラエスフィーナの認識はそんなもの。多分ラルフやホッブに声をかけた三か月前だったら明確に覚えていたかもしれないけれど、課題の追い込みと空腹感に苛まれている今の精神状態だと付き合いもない同期生の顔なんて思い出すのも億劫だ。
「えーと……そのステファン君が何か用?」
めんどくさいので単刀直入に用件を聞くクラエスフィーナ。
同じく三か月前なら友達もダニエラだけだったので、知らない同期生に話しかけられるなんて滅多に無いイベントにドキドキしてしまったかもしれない。
だけど今はラルフやホッブといった友達も増えたし、課題研究のおかげで「黄金のイモリ亭」や「エンジェル工房」、幼年学校生や常連のオジサンたちといった王都の人たちの腐れ縁も増えた。対人経験値の上がったエルフは、(この人いきなりなんだろう?)と思っただけだ。
ステファン氏はクラエスフィーナのいまいち薄い反応にたじろぎながらも、カッコいい(らしい)決めポーズを作りながらクラエスフィーナにさらに笑いかける。
「以前から君とお近づきになりたいと思っていたんだけど、なかなか声をかけるタイミングが無くてね」
「はあ」
「どうだい? 課題合格の前祝に二人で食事でも。実はちょうど都合がいいことに、特別なコネが無いと入れない高級食堂に今夜二人分席が取れたんだ!」
「そうですか」
熱弁を振るうステファンに対し、クラエスフィーナは生返事を繰り返した。
自慢じゃないがエルフの里では、クラエスフィーナは器量が悪いと言われていた。王都じゃ逆にエルフ族だから美人過ぎると遠巻きに見られていて、悲しいかなナンパされた経験は両極端な理由のおかげで一度も無い。
そこに加えて今の色々な事を考えられない精神状態だと、
(この人、なんで喋ったこともない私の合格なんて祝いたいんだろ? それにそんな珍しい店の予約、一緒に行く友達もいないのになんで二人分取ったのかな?)
になってしまう。
どうにもよくわからない。うさんくさい。
自然、クラエスフィーナの返事は身構えたものになってしまうわけで。
反応の悪さに焦りながらも必死に誘うステファン君と、警戒しつつ何かが頭に引っかかるクラエスフィーナのかみ合わない会話に周りが注目し始めた、その時。
「クラエス!」
中庭に、ラルフたち三人が転がり込んできた。
「いたぞ!」
ホッブの叫びに、ラルフとアントンが窓から外を見た。中庭の木陰に、なにやら会話をしている男女の姿が……。
「間違いない、クラエスだ! てことはあの立ってるヤツがステファンか!」
「おいおいラルフ、ステファンの顔も知らないのかよ? 同期一の遊び人だぞ?」
「男の顔なんか覚える趣味は無い」
「それは道理だ」
遠くから見る限り、クラエスフィーナは一歩引いた受け答えに終始しているように見える。彼女がステファンのナンパに乗り気でないと言うだけで、ラルフは何か腹の底から勇気が湧いてくる思いがする。
「接触を未然に防ぐのは叶わなかったか! おいラルフ、どうする?」
ホッブに問われ、一瞬考え込んだラルフは……指を鳴らすと、質の悪い笑みを浮かべた。
「ホッブ、事前の仕込みがあるじゃないか」
「仕込み?」
「クラエス!」
ホッブとアントンを引き連れて中庭に転げ出ると、ラルフはクラエスフィーナに向かって叫んだ。
「あっ、ラルフ!」
よくわからないヤツにまとわりつかれて対応に苦慮していたエルフがホッとして叫び返してくる。モテ男より好感度が高い様子にちょっと優越感をくすぐられながら、ラルフはできるだけ大声でクラエスフィーナに注意を喚起した。
「クラエス! そいつが例のヤツだ!」
例のヤツ。
すなわち。
一瞬、何のことだとキョトンとしたクラエスフィーナは……ちょっと前にラルフとホッブに注意された事を思い出した。
(例のヤツって……まさか!?)
エルフの顔色が目に見えて青くなった。頭の中で巧く繋がらなくて引っ張り出せなかった情報が噛み合い、以前もらった警告が目の前の男に音を立てて繋がっていく。
「こ、この人が……」
震える声でそれだけ言葉を絞り出したクラエスフィーナは、ベンチから慌てて飛びのいた。そして後ずさりながら、恐怖のあまりあらん限りの音量で絶叫した。
「この人が、女の子の周りで全裸でフォークダンスを踊るのが趣味の変態さん!?」
「なぁっ!? な、いきなり何を!?」
ステファン氏は突然思ってもいなかった事を大声で叫ばれて慌てているけど、自己完結した理論に納得したクラエスフィーナの叫びは止まらない。
「ラルフに聞いたわ! 爽やかな顔で『一緒にご飯に行こう』って誘った女の子にへべれけになるまで酒を飲ませて、逃げられないようにしてから全裸ダンスを最後まで鑑賞させるトンデモな変態が学内にもいるって!」
「なんだよそれっ!? そ、そんなの嘘だ! 変態だなんて冗談じゃないぞ!?」
ステファンが驚いて必死に打ち消しにかかるけど、学院では超有名人のクラエスフィーナの悲鳴の方が先に周囲へ伝播する。
遠巻きにしてステファンのナンパする様子を見ていた人々へ、エルフのインパクトのある言葉が突き刺さった。周囲に次々と動揺と囁きが広がっていく。
(変態!?)
(変態だって!?)
(ナンパした女の子にそんなことをしていたのか!)
(やべえ、ステファンて変態!?)
周囲のやじ馬がざわついて静まらない。ステファンが違うと一生懸命に言っても、普段の貴公子然としたモテ男ぶりとのギャップで面白すぎる不名誉な噂は収まらない。
「違うっ、それは俺じゃない!」
いくら本人が否定しても。実際問題人間は、面白おかしい方を喋りたいのだ。しかもステファン氏は普段の“選ばれしイケメン”の態度からもモブな男子諸君の嫉みを買っていたから、観衆も俄然ゴシップの方に飛びつくわけで……。
騒ぎを聞きつけて中庭に後から出てきた人々にも、元からいた見物人が何が起きたかを懇切丁寧に教えてあげている。本人が弁解しているのに皆が説明しているのが告発ネタな辺り、彼の普段の人望が窺い知れよう。
場がパニックになっている隙に、ラルフたちは二人の間に割り込むことに成功した。
「クラエス! もう大丈夫だからね!」
「ああ、ラルフ! 怖かったよお……」
涙ながらに抱きつくクラエスフィーナをよしよしと撫でるラルフに、
「おまえ、なに後から出て来て美味しいところを持って行くんだよ!?」
我に返ったステファンが指を突きつけ抗議をするが……。
「おまえこそ明後日に課題審査を控えていっぱいいっぱいのクラエスに、心理的に余計な負担をかけようってのはどういう魂胆だ? ああ!?」
文系のくせにガタイだけは良いホッブに凄まれた。
顔色を無くしつつもプロのナンパ師といて、ステファンも言われっぱなしではいられない。ステファンもホッブに食ってかかった。
「な、なんだと!? 心理的な負担って、俺はむしろリラックスさせてあげようと飲みに誘おうと……」
だが彼の抗議程度では、言い争いが得意な法論学科のホッブには通じない。
「口もきいたことも無い男にいきなり酒に誘われて、神経がほぐれる女がどこにいるってんだよ!」
「そうだそうだ!」
「しかも人見知りのクラエスはとびっきりのチキンハートなうえに、誘ったのが全裸ダンサーときた! 迷惑な話に決まってるだろう!」
「そうだそうだ!」
アドリブのきかないアントン、合いの手だけ入れている。
お邪魔虫ばかり湧いて出てきてどんどん話をおかしい方向へ持って行く状況に、ステファンは頭を掻きむしってヒステリックに叫んだ。常に人気者序列最上位にいた彼は、こんな思い通りにならない状況なんか初めてなのだ。
「おいこら、誰が全裸ダンサーだ! おまえらこそウブなクラエスフィーナさんになんて途方もないウソを吹き込んでいるんだよ!? 名誉棄損で訴えるぞ!」
「ほう?」
キレたリア充様の言葉に、ホッブが指を鳴らしながら凄みのある笑顔を見せる。
「市民法典も読んだことなさそうな工造学科が、俺らを相手に法廷で白黒つけようってか? そいつは結構、実に愉快な話だ。動学系と違って俺ら静学系は結構ヒマしてるんでね。法論学科総出でお相手してやろうか? ああ?」
訴えるんなら専門家の俺たちが反訴してやると言っているのだが、顎をしゃくりながらメンチを切るその姿はどう見てもチンピラのソレだ。態度としゃべる内容にいささか乖離があるホッブ。
強面なんだか理論派なんだかわからないホッブに脅されてグッと詰まるイケメン男に、すっかりクラエスフィーナを手なずけている(ように見える)ラルフがトドメを刺した。
エルフを胸で泣かしながらラルフは、闖入者に上から目線で厭味ったらしく言い渡した。
「おいおいステファンく~ん? せっかく僕たちが気を利かせて、クラエスには柔らかく言ってやったのに不満なのかな~?」
「……おまえ、何が言いたい!?」
「いやあ、僕らが濁して言ってるからファンタジーっぽいけどさ」
一回言葉を切ったラルフが、握りこぶしから立てた親指で地面を指した。
「実際には酔い潰した女の子の周りで踊ってるんじゃなくて、女の子の上で踊ってるんだよね?」
喉を鳴らして黙り込んだステファンの肩をホッブが馴れ馴れしく抱き込み、わざとらしいしぐさで顔を覗き込む。
「おやおやあ? もしかして図星だった? マジな話でしたあ? コイツはもしかして、市民法じゃなくて刑罰法の守備範囲にかかっちゃうお話だったのかなあ?」
顔色が赤と青と目まぐるしく変わり、声も出なくなった遊び人の肩をホッブが勢い良く叩く。芝居がかったポーズで廊下への扉を開けるアントンの方を指し示し、ヒヤリとする猫なで声でホッブはステファンの耳元に囁いた。
「さあさ、ご退場はあちらからどうぞ!」
「やれやれ、全く油断ならない野郎だったな」
鼻息荒く言いつつも、アントンはどこか満足そうだ。
「ああ、同期ながらとんでもないヤツだったな。クラエスが毒牙にかかる前に追い払えてホッとしたぜ」
ホッブも機嫌よさそうに頷く。
もちろん二人ともクラエスが釣られる前にイケメンを撃退できたのが喜ばしいのだけど……エルフの為というより、自分の為。
一方の助かった(らしい)クラエスフィーナは、身の危険は感じているようだけどいきなりのことでまだポカンとしている。
「なに? あきらめてくれたのかな?」
「おうよ! 下半身男の野望は阻止してやったぜ!」
「ヒャッハー! くたばれイケメン野郎!」
どう見ても正義の味方じゃないホッブとアントンが気勢を上げる中、ラルフだけがしかめっつらしく深刻な顔でクラエスフィーナの手を握る。
「ああ、今のヤツは撃退したけど……ああいう連中はしつこいからね。学外でもしつこく声をかけてくるかもしれない」
ラルフのトークにハッとするホッブ。クラエスフィーナの肩越しに、ラルフとホッブの視線がぶつかる。
(ついにアタックするのか、ラルフ!?)
(ああ……勝負をかける!)
ラルフは目線で頷くと、至極真面目な顔でクラエスに向き直った。
「クラエス、とりあえず課題審査会が終わるまでうちに来たらどうだい? ああいう連中に目をつけられている以上、一人の下宿に帰らせるのは心配だよ! うちなら母さんもジュレミーもいるし、二人ともクラエスだったら大歓迎さ!」
あれだけの存在感なのに、息子にいなかったことにされてる父。
「それに、もしよかったら……」
一回言葉を切ったラルフの視界の端に、喉を鳴らして身を乗り出すホッブと状況を全く理解していないアントンの間抜けヅラが写る。
緊張を隠しながらラルフはニコリと笑い、さりげなく……できるだけさりげなく、一番言いたかったことをクラエスフィーナに伝える。
「もしよかったら、その先もずっとうちで暮らしてくれてもいいんだよ……?」
言った。
ついに言った。
やっとプロポーズの言葉を伝えた。
気持ちを自覚してから時間がかかり過ぎているけれど、何とかタイムリミットまでには間に合った。小心者なラルフの、精いっぱいの勇気。
このラルフの気持ちに、クラエスフィーナはどう答えるのか。
ラルフが恐る恐るクラエスフィーナを見ると……ポンコツエルフは全く伝わっていない無邪気な笑顔で喜んでいた。
「わあ、ラルフの家に下宿させてくれるの!? お母さんやジュレミーちゃんと一緒に暮らせるんなら楽しそう!」
エルフが研究室に行ったので空いたベンチに、ありったけの勇気を振り絞って不発に終わったラルフが燃えつきた灰のような顔色で座っていた。
「僕は……どこで間違ったと思う?」
隣で遠い目をしているホッブが、ボソッと独り言を呟くように答えた。
「あんまり頭の回転が速くないクラエス相手に、言い方が回りくどかったんじゃねえかな」
「そうかあ……」
「あと、“つきあって”をすっ飛ばして“結婚して”は無いんじゃねえかな?」
「そりゃそうだ、ははははは……」
「ま、気持ちを新たに最初から頑張れ」
「……あと二日で?」




