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42.ラストスパート! ……たぶん

もうすぐ……もうすぐ暑苦しさともおさらばなんじゃよ……。

 少年団による発射台の改良と、アントニオ(オーガ)先輩協力によるクラエスフィーナの意識改革(強制)により……。

「やったぞクラエス!」

 ボートの上でホッブと少年たちが歓声を上げる。

「追い風での記録とはいえ、ついに課題の合格ラインにまで到達したぞ!」

「ついに第一段階クリアっすね!」

 クラエスフィーナの操る実験機はうまく風に乗り、ここ数日で着実に飛距離を更新し続けている。高度を活かして滑空距離を伸ばすテクニックを身につけつつあり、魔法を使う場面をさらに洗練させれば毎回確実に合格ラインを越えられるのでは? という期待も湧きつつあった。

 そんな中、今日ついに……“おおよそ”ではなく“確実に”合格ラインを越えて、実験機が水しぶきを上げたのだ! わずか三メートルほどとはいえ、判定協議になるような微妙なラインじゃないのは初めてだった。

 課題審査会当日まで、残り一週間を切っていた。


 支援チームが雄叫びを上げる中、疲労困憊のエルフが実験機から滑り落ちるようにボートへ降りてくる。

「私……私、とうとう合格ラインまで飛べたんだね!?」

 本日三度目の飛行でもう立ってもいられないクラエスフィーナが、喜びというより呆けたような顔を浮かべて周りに尋ねる。ボートに乗っていた三人がウンウンと頷く。

「やりましたね! これなら間違いなく合格判定出ますよ!」

「岸辺の印をつなぐラインから確実に出てるっす!」

 口々に大丈夫と言われ、実感が湧いてきたクラエスフィーナの目尻に涙の玉が浮き出てきた。

「やった……やったよ……私、とうとう合格まで来たんだ!」

 感極まって泣きながら天に向かって祈りを捧げるクラエスフィーナの肩に、ホッブが優しく手を置いた。

「良かったな、クラエス」

「ホッブ……ありがとう!」

「んで喜んでいるところ悪いんだけどよ、多分追い風だからここまで来たんだわ。無風どころか向かい風だと、下手すりゃ数百メートルは後退するからな」

 硬直しているエルフの肩を叩き、にっこり笑ったホッブが岸を親指で指した。

「さ、とっとと岸に戻って次の飛空の準備始めんぞ?」




「ホッブも酷いよ……初めて確実な合格ライン到達だったんだからさ、ちょっとぐらい余韻に浸らせてくれてもいいのに」

 ぶうぶう言っているクラエスフィーナに、今までの記録を見ていたラルフが苦笑いする。

「そりゃそうなんだけどさ、ホッブが追い立てるのもわかる気がするよ。僕たちのチームってクラエスの魔力……ってか体力頼みだから、風向きで結果のばらつきが酷いんだよね」

 機械の技術に頼って個人のスタミナを当てにしない方式なら、向かい風で飛ぶのに時間がかかってもそこまで問題は無い。

 だがクラエスフィーナのチームはその逆。向かい風で無駄に時間を食うと、たちまちクラエスフィーナの魔力が底をついて墜落してしまう。

「実験機の形を改良するのも高度を取って滑空のテクニックで距離も伸ばすのもこれ以上は期待できない……最後の最後であと一歩を詰められるかは、クラエスの気力次第か」

 ラルフに今までのデータを説明されて、クラエスフィーナがシュンとする。

「がんばるけど、魔力の持続力なんて一朝一夕で強化できないよ?」

「あたしにいい考えがあるぞ」

 ちょうどそこへ弁当を運んで来たダニエラが口を挟んだ。

「なあに?」

「おう、これだ」

 ダニエラがランチボックスを開けた。美味しそうなサンドイッチが入っている。

 大きな塊からスライスした柔らかそうな白パンに、シャキシャキの葉野菜と炙りたてでいい匂いを漂わせている厚切りの豚肉が挟まれている。調味料とピクルスもちらりと見えていて、普段食べている「古家の床板」とは比べ物にならない豪華さだ。

「うわっ、凄い美味しそうな昼食だね!?」

 目を丸くしているクラエスフィーナに、ダニエラが親指で街の方を指してみせる。

「『黄金のイモリ亭』の給仕(ハンス)が届けてくれたんだよ。親父さんからの陣中見舞いだって」

 さすがに夜の仕事(バイト)は追い込みの時期なので、一週間前から休みを取った。

「親父さん……いつもいやらしい目で見るし(セクハラするし)夜遅くまでこき使われるけど、やっぱいい人だよね……」

 臨時の雇い主(バイト先)の温かい気遣いにほろりと来るエルフ……と、冷めた目で見ている他二人。ダニエラの広げている一緒について来たメモには、『課題審査(おまつり)の後も手伝い(バイト)よろしく!』と書いてある。

「クラエスのこのチョロさときたら……あのオヤジが損得勘定抜きなわけないじゃん」

「田舎から出て来て、もう二年経つんだよね? なんでこんなんで、都で無事に生きていけるんだろ」

 ラルフは弁当をよだれを垂らしそうな顔で掲げているクラエスフィーナから、持って来たダニエラに視線を移した。

「それで、これでどうするの?」

「おう。それはな」

 エルフの手からランチボックスを取り上げ、ダニエラが悪魔の笑みを浮かべた。

「ここに置くから、“良し”と言うまで食べるなよ」

「……それは酷いよ!? せっかくまだ暖かいのに!?」

 一拍の間を置いて言われた意味を理解したクラエスフィーナが抗議するけど、そんなことは百も承知のダニエラは全然相手にしない。

「クラエスの精神力を鍛えるためだ! 仕方ないんだ!」

「トレーニングの仕方が犬と一緒だよ! エルフと犬を一緒にするな!」

「じゃあ待てるだろ」

「待てるわけないでしょ!? 犬と違って食べ頃を知ってるんだからね!?」

「クラエス、論点ずれてる」


 機体のチェックから戻って来たホッブが首を傾げた。

「これは……どういう状況だ?」

 開いて置いてあるランチボックスと、それをガードするように待機しているダニエラ。そして罠にかかった猪のようにもがいている、ロープで木に繋がれたクラエスフィーナ。エルフの腹からは盛大に空腹を知らせる音が間断なく鳴り響いている。

 参加しないで見ていたラルフが振り返った。

「ダニエラ式メンタルトレーニングだって」

「メンタ……逆に知性が退化してねえか?」

 一通り説明を受けたホッブが呆れてため息をつくと、ぎりぎりエルフが届かない距離をあけて弁当を振るドワーフに尋ねた。

「おまえこれ、いつまでやるつもりなんだよ?」

「おっ? そうだな、とりあえず……日暮れまで?」

「こっちが待てねえよ。午後も飛ばしてえんだからさ」

 もう一度全体を眺めたホッブが、空腹の余り一匹の肉食獣と化しているクラエスフィーナに提案した。

「どうだクラエス、もう一回合格点まで飛んだら飯というのは?」

 とんでもない提案に、滅茶苦茶に暴れつつもクラエスフィーナが悲痛な声を上げる。

「無理言わないでよ!? 今日は早朝から三回も飛んで、もうお腹も限界だよ! もう一回課題のラインまで飛べって、こんなコンディションで行けるわけないでしょ!」

「一回だ。一回で決めろ! そうしたらこの豪華な弁当はおまえの物だ! 鬼畜なダニエラをボコボコにぶん殴って豚のエサにしたい、怒りのすべてを飛距離にぶつけるんだ! ハングリー精神を見せつけてみろ!」

 ホッブがけしかけるけど、精神じゃなくて物理的にハングリーなクラエスフィーナはそれどころじゃない。

「なんでもいいから早く食べさせて!?」

「よし、約束だぞ?」

「は・や・く! 念押しの時間がもったいないよお!?」

 ホッブの指示で弁当を抱えたラルフが木に登り、我を忘れたクラエスフィーナに奪われないようにしてからロープを解き放つ。本人が唸っているのか腹が唸っているのかわからないほどに飢えて獰猛になったエルフは、ふらつきつつも行きがけの駄賃にドワーフの鳩尾へアッパーを叩きこんだ。とても“森の賢人”と呼ばれるエルフのやることと思えない。

 猛獣と化したクラエスフィーナが吼える。

「今すぐ飛ぶよ! 五秒で準備して! 着水したらすぐに食べるから、お弁当は救助チームに持たせて!」

「発射台の準備は出来てますけど、救助チームのボートは今から出るんですぐには……」

 少年たち(スタッフ)に無理と言われるも、のっぴきならない事情(はらぺこ)を抱えたクラエスフィーナは意に介さない。

「そんなの後でいいよ! とにかく今すぐ飛び出さないことには、一秒経つごとに飛べる気力が削られて行くんだよ!」

 “学院一の美女”がケダモノの如きありさまになっているのを見て、ラルフが倒れて動かないダニエラを肩越しに指さした。

「これ、どうあってもダニエラは殴られる流れじゃない。なんでダニエラはマズい方法ばっかり考え付くんだろうね」

「知るか。お仕置きが好き(マゾ)なんじゃねえのか?」

 ラルフは手の中のランチボックスを見る。

「弁当ぐらい、そのままクラエスに食べさせちゃまずかったの?」

「俺としては別にどっちでもよかったんだが」

 ホッブがピクリとも動かないドワーフの脈を取る。正常値な(しんでない)ので、そのまま放っておく。

「とにかく一回“お預け”を喰わしたからには、何かに利用しないと意味が無くなるからな。これで少しでも成果が出ればめっけものだ」

「豪華な差し入れがこんなことになるとはね」

 行き当たりばったりの結果とはいえ、クラエスフィーナが奮起している状況を利用しない手はない。準備もそこそこに、気が急いているクラエスフィーナがゴムの力で飛び出していく。

 一瞬で空高く上がったエルフと、その影を追いかけるようにのろのろ進んでいくボートを見送る二人。

「クラエス、今までにない気迫だったな」

「一回で到達できるといいねえ」

「……多分飛距離が伸びずに失敗したら、救助チームに襲い掛かって弁当を奪って食うと思うな」

「それで今回ホッブ行かなかったんだ……」


 結果から言えば、試みは大成功だった。

「スゲエっす。ほぼ無風だったと思うんですが、ラインから十メートルぐらいは先に進んだっす」

 幼年学校生の報告に、顎をつまんで今までのデータを見ていたホッブが呟いた。

「……使えるな」

「……毎回、こんな綱渡りをやる気かよ」




 その後も実験を続けて、日が落ち始めた頃にラルフたちは学院へ戻ってきた。作業小屋に機体を戻して後片付けを終えた頃には、もう四人ともクタクタだ。

「なかなか興味深いデータが録れたな」

 ホッブの言葉にラルフが頷く。

「そうだね。ケーキやクッキーに比べて食事系……特に肉類への反応が良かったね。一番良かったのが鶏肉の香辛料衣揚げ(フライドチキン)か……つくづくクラエス(エルフ)は肉食と見える」

「待てラルフ、今回のは質問形式だったから現物を見せるとまた結果が違う可能性があるぞ? 結論を出すにはまだ早い」

「二人とも……何の実験をやってるんだよ」

 呆れたダニエラにツッコまれるも、男子二人は至極真面目に返した。

「クラエスのやる気を引き出す食材について」

「木の実や果物を拾い食いしていると思われていたエルフが実は肉食寄りの雑食性とか、学会に発表したらセンセーションを巻き起こすんじゃないか?」

「静学系のおまえらがどこに発表する気だよ……」

 話題の中心のクラエスフィーナは、後ろを黙ってついて来る。一日に六回も飛ばさせられて、もう会話にも入って来れない。

 まっすぐ歩いていないクラエスフィーナに心配になったラルフが声をかけた。

「クラエス、起きてるー?」

「すごく……眠い……」

「そりゃそうだろうね」

「研究室で、寝て……帰ろうかな……」

「それ絶対朝までコース」

 冗談ではなく意識朦朧でヨタヨタしているので、これはどうも下宿まで帰れそうにない。

「研究室にまだ布団用意してないんだよな」

「このあいだ寝違えやったし、あそこの床に転がすのもなー……」

 消去法で考えると研究室へ寝かせるか、ラルフが背負って自宅へ連れ帰ることになるけれど……研究室は布団もないし、この時間にラルフが家まで美女(エルフ)を担いていくのも何事かと思われる。

 学院の管理棟の前で、三人とおまけ一人でああでもないこうでもないと言いあっていると……向こうから歩いてきた導師(ババア)が横から声をかけてきた。

「どうしたね?」

「あ、これはクラウディア導師」

 ラルフがぐらぐら揺れているクラエスフィーナを指す。

「課題の実験で、体力を使いすぎちゃって家まで帰れそうにないんです。それで研究室で仮眠させようかどうしようかと……」

「ああ、無茶はいかんねえ」

 四人の事情を把握した導師が頷いた。

「それなら施薬院のベッドに寝かせるといい。過労もまた体調不良だからの」

「おおっ!」

 渡りに船の提案に、ラルフたちはさっそく飛びつくことにした。


 管理棟にある施薬院にクラエスフィーナを運び込み、簡易ベッドに寝かせる。やはり相当に疲れていたのだろう。横になると同時にエルフはもう寝息を立て始めている。

「さすがに今日のはきつかったか」

「そりゃあね。僕らでもコレだけヘロヘロなんだもの」

 ホッブの言葉にラルフが笑えば、ダニエラも肩をぐりぐり回して筋肉の痛みに顔をしかめる。

「補助のあたしらも今日は特に動いたからな。ボートで回収に行くのも楽じゃねえわ」

幼年学校生(かれら)は大丈夫かな?」

「アイツらは若いんだ。大丈夫だろ」

「僕ら、五年は離れてないけどね」

 口々に疲労自慢をする学院生たちに、クラウディア導師が空いているベッドを指し示した。

「おぬしらも疲れておるんなら寝ていってもいいぞ。どうせ遅くまで実験で部屋は開けておくつもりだったからの」

「え、いいんですか?」

 導師のありがたい申し出に、実は自分たちも今すぐ横になりたかったラルフたちは甘えさせてもらう事にした。

「いや、助かるなあ」

「前もこんなことあったよなあ。アレなんの時だっけ?」

「アレだよほら、風邪引きそうだって薬をもら……」

 三人が全てを思い出すと同時にトラップが作動して、四人の身体はあっと言う間にベルトで寝台に縛り付けられる。

「ひょっひょっひょっ! おぬしらは運が良いぞ? ちょうど今日の午前に疲労回復の特効薬が完成したところじゃったんじゃ!」

「またかよ!?」

 じたばた無駄に足掻いて暴れる学院生を置き去りに、杖を振りかざしたイカレた導師マッド・サイエンティストは恍惚とした笑みで天を仰ぐ。

「“良薬は口に苦し”の理念を突き詰め、この薬は私史上最強に苦い! もちろん効果も最高! 一舐めすれば死人も飛び起きる!」

「それ絶対苦いせいだろ!?」

「褒めるな褒めるな」

「全然全く褒めてねえ!」

 学者の基本(デフォルト)通り、全く人の話を聞かないクラウディア導師はミルクの運搬缶みたいなデカい容器を台車に乗せて運んでくる。

「コイツを一リットルも飲めばどんな疲れもたちまち吹き飛ぶ! たちまちシャキッと生き返ったようになるぞ」

「その前提として、死んだ方が良い目に合うんですよね!?」

「うむ、苦痛があれば治ったときの喜びもひとしおというものだ。今日は私も時間が空いておるでな、おぬしらがゆっくり味わえるように時間をかけて流し込んでくれよう」

「助けてぇぇぇぇぇっ!?」

「よしよし、今助けてやるでな」

「あんたに頼んだわけじゃない!」

 人も少なくなった宵の学舎に、ラルフたちの悲鳴が響き渡った。

セキュリティソフトを入れ替えたら、公衆WIFIにつながらなくなりました。設定変更の仕方が分からないのでマニュアルをクリックしたらそもそもネットに繋がらないので閲覧できない。

自宅のホームWIFIにしか繋がらなくするのが解決策なら、そもそもWIFIのセキュリティレベルなんかいらないんだよ……。

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