40.努力には必ず無駄という名の花が咲く
相変わらず届かない新生五号機をクラエスフィーナは待ちわびていた。
とっても待ちわびていた。
ものすごく待ちわびていた。
「オラ、走れクラエス! 馬車馬のように!」
「ダニエラ、私もう……ちょっと休ませて……」
「ダメだ! とにかく厳しくトレーニングしろってホッブにも言われてんだよ! ほれ走れ走れ!」
実験機が届けば地獄のようなトレーニングから抜けられるからだ。
地面に手をついてぜえぜえ言っているクラエスフィーナに、ダニエラが特製ドリンクを持ってきた。
「しっかりしろよクラエス。おまえホント体力ないな」
「いや、人並みにはあると思うんだけど……普通の学生に急に荷車引いてキャロル湖三周やれとか言うのが無茶だよう」
「何とかやれたじゃねえか。ほら、これ飲んでシャキッとしろ」
クラエスフィーナはダニエラが差し出した水筒を胡散臭げに眺めた。
「これなに? 昨日みたいに『黄金のイモリ亭』のエールじゃないよね?」
「あー、あれはダメだったんだよな。アルコールが入れば余計に元気になれるかと思ったんだけどよ、まさか酔いが回って走れなくなるとは」
「ドワーフと一緒にしないで⁉ あんなの飲んで元気に走り回るなんてエルフには無理だから!」
受け取ったドリンクのにおいをかぎ、アルコールのにおいのしないことを確かめてクラエスフィーナは口に含んだ。が、一口飲んで口を押える。
「これ、なに……?」
顔色の悪くなったエルフに聞かれ、自信満々のドワーフが胸を張った。
「魔導学科で人体学をやってるポンパ導師が考案した“体にいい飲み物”だぜ。レシピを魔導学科で教えてもらったんで作ってみた。柑橘類に果物の汁、青草、根菜、ニンニクとショウガ、酢と塩と砂糖……」
「ダニエラ、それぞれの分量って聞いてきた?」
「聞いてきたけど、値段が高い材料とかもあるから今ある物で代用した」
「それとね、その材料を合わせたら水で“希釈しろ”って言われなかった?」
「ああ、言ってたな……クラエス、“希釈”ってなんだ?」
「そんな知識で怪しいドリンクを作らないでよ⁉ きつすぎるから薄めろって言ってるの!」
「あー、なるほど」
納得したドワーフはニカッと笑った。
「でも、濃いほうが効く気がしねえか?」
「飲んでみなさいよ! 自分で!」
水筒が空になるまで無理やり飲まされたドワーフが失神したところで、クラエスフィーナは湖から上がってきたラルフに声をかけられた。
「クラエス、元気になったんなら次はボートで風魔法の特訓だよ!」
「ピギャーッ!」
「死ぬる……私、実験機が戻ってくる前に死んでしまう……」
湖畔に伸びているエルフがぐちぐち言っている横で、ラルフとホッブ、ダニエラは今日の成果をチェックしていた。
「台車引きも帆走ボートも、いまいち数字が伸びないな」
「まだ始めて二日目だからね。持久力はそう簡単にはつかないよ」
冷静に分析をするラルフとホッブを、ダニエラが甘いと一喝した。
「もう時間がないんだからよ、明日から倍の特訓メニューで二倍速で行くぜ!」
「そんなんできるのか? クラエスはもうへばって立てない状態だぞ?」
「できるできないじゃない! やらせるんだ! ほら、言うじゃねえか。ゴマとエルフは絞れば絞るほど油が出てくるって」
精神論になり始めたドワーフに、伸びていたエルフがさすがに口を挟んだ。
「ちょっ、ダニエラ⁉ 私思ったんだけど!」
「あんだよ」
「あと三週間の段階で、基礎体力をつけるトレーニングしているのって手遅れじゃない? それまでに身体が変わるってとても思えないんだけど⁉」
エルフの訴えはもっともだ。
それに対するドワーフの答えは。
「正論なんか聞きたくねえ!」
「ええっ⁉ それ、やらせている方が言うの⁉ 私のセリフじゃないの⁉」
「あたしゃこの駄エルフが無茶なダイエットをして、胸とケツが萎めばそれで気が晴れるんだ!」
ダニエラ、ぶっちゃける。先日来の不公平な性徴をいまだに根に持っているようだ。
「思いっきり八つ当たりだよ! 私のお肉が減ったからって、ダニエラの貧乳寸胴ボディーが育つわけじゃないよ!」
「そんなことはわかってるわ! でも、これだけは言わせてくれ!」
三人が注目する中、こぶしを握ったドワーフは力強く宣言した。
「八つ当たりをすると、スカッとするんだ」
「気持ちはわかる」
「おいホッブ」
ラルフが手を広げて場を鎮めると、ダニエラに反対意見を述べた。
「僕としては反対だ」
「ラルフ……」
カッと目を見開いたラルフが咆哮した。
「小高き丘の賢者たるこの僕ラルフとしては、クラエスのチャームポイントである豊穣の丘が目減りするなんてとんでもない話だ! むしろそこを維持するためには無駄な運動なんかやめるべきだ」
「それも極端だろ」
「課題審査はどうするんだよ」
「僕としてはクラエスの胸を守るためには落第もやむを得ないと思う」
「おまえ、別の意味で男だな」
「いやいや、それほどでも」
「1か0かで話をしないで⁉ 私、審査は受かりたいんだよ!」
「あうー……みんなひどいよ」
人気の学生向け食堂「首絞め野ウサギ亭」で卓を囲み、くたくたのクラエスフィーナがへばっている。
「全部おまえのためだろうが」
いつものお題目を言うホッブを、クラエスフィーナがジト目でにらんだ。
「本当に? なんか最近自分のうっぷん晴らしも混じってない⁉」
「ところで注文何にする?」
「露骨に話題変えないでよ!」
注文を取りに来たおばちゃんに、ラルフが今日のおすすめを聞いた。
「今日の日替わりなんですかね?」
「今日は 肉と魚を選べるよ」
クラエスフィーナの倍ぐらい太そうなおばちゃんがニコニコしながら、簡単な説明をしてくれた。
「今日はね、A定食のメインディッシュが『なんかの魚の塩焼き』でね、B定食が『たぶん鶏の照り焼き』だよ。どっちも付け合わせに『おそらく食える野菜のごった煮』と『きっと食える蒸かし芋』が付くよ」
「ねえラルフ、ホッブ。あなたたちの行きつけって、なんでこう断言できない料理しか出てこないの?」
「安いし量が多いし、言うことないぞ」
「人間どっかでリスクを取らないと」
「ジャンクフードは人間を内と外からダメにするって見本だな、こいつら」
注文も終えたところで、話は“クラエスフィーナの体力”についてになった。
ホッブが今までの数字を見ながら、ペンで卓をコツコツ叩く。
「まあクラエスってインドア派だけど、基本はそんなに悪いわけじゃないんだよな」
「でも規定距離を飛ぶ前に魔力が力尽きちゃうということは、そもそも全行程を魔法で飛ぶという考え方が良くないのかな?」
ラルフに話を向けられて、クラエスフィーナも考えてみる。
「魔法の使い方にメリハリをつける……方向の維持とか単純な推力の強さだけじゃなくて、追い風が吹いていたら魔法に頼るのを減らすとか、高度を上げて滑空を併用するとか、そういうのをもっとやって……でも微妙な匙加減を飛びながらやろうとすると、それはそれで集中力を消耗するというか……」
うーん、と眉をしかめて考え込む一同。そこに、ダニエラがふと思ったことを口に出した。
「太って重い分だけ、体重落とせば必要な浮力も削れるんじゃね?」
「正論なんか聞きたくないんだよ⁉」
「いや、お前は聞いとけよ。審査を受けるのはおまえだろ」
ラルフが頭に手を当てて考え込んだ。
「うーん……課題の試験飛行を成功させるには、如何にクラエスの巨乳を維持しつつ体重を減らすかが鍵ということか」
「そこの部分にこだわっているのはおまえだけだ」
腕組みして天井を見上げていたホッブが一つ懸念材料を出した。
「下手に無理なダイエットをさせると、一緒に体力が落ちてしまうって聞くぞ? 身体の能力は維持しつつ、無駄な肉を絞る……結構難しいな」
「クラエスの胸は無駄じゃない」
「お前の意見はものすごくどうでもいい」
四人が考え込んでいると、おばちゃんが料理を運んできた。
「はいよー、A定二つとB定二つね」
「おっ、すごいよクラエス」
「え? わぁぁ!」
クラエスフィーナやホッブが頼んだB肉定食の方は、調味料を混ぜた油を塗りながら炙り焼きした鶏がどんと一羽載っている。ラルフとダニエラのA魚定食も、男の二の腕よりもでかい魚が丸々一匹載って湯気を立てていた。
料理を見たクラエスフィーナは喜んだが……ダニエラが、美味そうに光を反射している鶏の丸焼きを指して衝撃の一言。
「クラエス、体を絞るには量を制限したほうがいいんじゃないか?」
「そ、れはぁ……」
太らないためには量を抑える。それは確かに昔から言われる真理だ。でも、今目の前に美味そうな一品を置かれている時にそれを言われても……。
クラエスフィーナは決断した。
「わかったよダニエラ。明日から頑張る!」
「今から始めろ、このとんちきエルフ!」
「嫌だ! こんなおいしそうなのを残すなんてできないよ! 私は常に食材に寄り添うエルフでありたい」
「食材だって落第の戦犯にされるのは不本意だろうよ。まあつまり」
ダニエラがナイフとフォークを手に持った。
「半分寄こせ、おらぁぁぁ!」
「結局そこじゃない! 嫌だああ!」
ダニエラ、現物を見て心変わりをしたらしい。
クラエスフィーナとダニエラが鶏を取り合っているのを見て、付け合わせを運んできた店のおばちゃんが首をかしげた。
「そういやあ、前に聞いた話だと食べるものによっても太る太らないがあるみたいねえ」
「そういうものなんですか?」
「そうなのよう。お店に来た学院の導師さんが言ってたんだけどね。肉とか野菜とか穀物とか、食べるものはそれぞれ身体が使う用途が違うんだって。だからそれに合わせて食べないと、余った分が体に残って贅肉になっちゃうんだってさ」
四人は顔を見合わせた。そんなことは知らなかった。
クラエスフィーナが尋ねる。
「例えば、何がどうなるんです?」
「それはあたしも学者様じゃないからよくわかんないけどねえ」
おばちゃんも聞きかじりだからよくわからないのは当然だ。それでも聞いたことを思い出し……。
「確かねえ……肉は体を作って、野菜は調子を整えるんだったかしら? それで芋やパンは体を動かす燃料になるんだってさ。いろいろあるんだなあって、聞いてて感心したわ」
「ほらダニエラ、肉は食べてもいいの!」
勝ち誇るクラエスフィーナに、おばちゃんがもう一言。
「そんで、全部ひっくるめてバランスよく食べるのが大事なんだってさ」
「……クラエス、お返事は?」
鶏の丸焼きを頭上に掲げて、ダニエラが届かないようにしているクラエスフィーナが視線を泳がせ……。
「わかってます。承知してます。大丈夫です」
平板な声で言った後、襲い掛かりそうなダニエラを牽制しながらエルフは叫んだ。
「とはいえこのお肉は定食の一人分だよ! 一人で食べていいってお店が決めたの! だから私が一人で食べることに何の問題もないわ!」
「ぐぅっ……」
肉を挟んで対峙するエルフとドワーフを眺めながら、ラルフはホッブに囁いた。
(なあホッブ。大盛り食堂の決めた量が健康上の適量だって、誰も保証してないよね)
(それに思い至らないのがあいつらだろ。ダニエラどころかクラエスも気づいていねえぞ)
(二人ともバカだよねえ)
(バカだよな)
学院きってのバカ二人に生暖かい目でバカにされているとも知らず、クラエスフィーナとダニエラはにらみ合い……食堂のおばちゃんに仲裁された。
「はいはい、喧嘩してないでさっさと食いな。冷めちまうだろ」
「あ、すみません……」
「悪りぃ、おばちゃん」
おばちゃんはでっかいボールに付け合わせの蒸かし芋を持ってきて、それぞれの前に取り分け用の深皿を置いた。
「仕入れの関係で鶏の丸焼きは明日もできそうだからね。そんなに食べたかったらまた明日おいで」
「うぃっす」
ダニエラがきまり悪く頭を下げ、やっと騒ぎは収まった。
「それにしても……今なんか、鶏肉が安いんですか?」
クラエスフィーナがさっそく千切った腿肉にかぶりつきながらおばちゃんに聞くと、おばちゃんが嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうなのよお。今鳥がかかる病気が流行っていてね。これは市場に出てくる量が減るかなあって言ってたら、逆になんでかいつもより安くてたくさん出てるのよ」
「へええ」
そして、試験まで残り二十日を切ったところで。
「ついに来たよ!」
クラエスフィーナがバンザイした。
荷車に載って、改造が終わった五号機が搬入される。工房の職人に加えて幼年学校生も集まって、皆でそっと作業小屋へ下ろす。
職工頭のドンキー氏が誇らしげに分割した“翼”の接合部をはめて見せた。微細なぐらつきもなく、スッとはまってしっかり固定される。あれだけ苦心した分割機構も完璧だ。
「おおっ、全然動かない!」
「やりました」
胸を張るドンキーに、ホッブが聞いてみた。
「ちなみに、前翼の改造は何日かかった?」
「はっはっは、あれぐらい一日で終わりました。余裕っすよ」
「分割機構の不具合解消は?」
「苦労しましたねえ……十日ぐらい?」
「馬鹿野郎!」
クラエスフィーナとダニエラが手を取り合って喜ぶ。
「機体が審査に間に合ったね!」
「これでバンバン試験飛行できるな!」
あと二十日無い。まだ不具合が出るかもしれないし、決して残された時間は多くないけれど……それでも実際に使える機体があると、間に合うんじゃないかという期待が胸にこみ上げてくる。
「よーし、頑張るよ!」
「その意気だ、クラエス!」
皆のやる気が大いに高まったところで、少年団のリーダー格が早速作業の指示を出した。
「それじゃ、さっそく布を張りますか」
「……そうだった」
「今これ、飛べる状態じゃないんだったね……」
クラエスフィーナの耳がへにょりと垂れた。
更新遅くて申し訳ない……。
ここのところの蒸し暑さにやられて、エアコンのない家で書いてるどころじゃなくて……スタバ、ガスト、スーパーのイートインをヘビロテです……。
早く寒い時期にならないかなあ。




