39.ニュー五号機が戻ってこない
五号機はなかなか鍛冶場から戻ってこなかった。
当初複雑な改造ではないので三日で戻すと言っていたのに、すでに五日目になっている。この段階で完成の連絡がないので、少なくともあと二日は返って来ないだろう。
「どうしたんだろうね? そんな難しくないって言っていたのに」
ラルフの問いに、ホッブも答えられない。ただ、一つ懸念材料はあるのだが……。
二人がエンジェル工房に着くと、すぐにエンジェル老と職工頭のドンキー氏が出てきた。
「改良がうまく行かないんですか?」
ラルフに訊かれて、ダニエラの叔父さんは頭を掻いた。
「いや、そっちの方は特に問題はない。布をまだ張っていないのでなんとも言えんが、まあ計算通りに行くのではと思っておる」
案内された工場の中央には、五号機の骨組が置かれている。基本は一緒だが、今までと違うところが一点。
搭乗部の前の辺りに、二本の突起が付けられている。
「ここのツノの間にも布を張ってもらいます」
ドンキーが新構造の説明を始めた。
「問題の着水からの前転ですがね。そっちの設計のボウズと検討したところ、どうも浅い角度から前のめりに着水すると」
幼年学校生が置いて行った模型を手に、ドンキーが作業机を水面に見立てて着水の様子を再現する。
「水面に機体の角が突き刺さると、足を取られてつんのめって前転しちまうんですな。だからそれを防ぐために、搭乗者の前あたりに飛行には関係ないこの前翼を入れます」
模型の前に、小さな板をつける。
「着水からの前回りになった時、前転しかけるとこの前翼が真っ先に水面に叩きつけられます。それでつっかえ棒の役割をさせて、機体がそれ以上に前転するのを防ぐと」
「これだけで、勢いを殺せるもんですかね?」
ホッブが実機の突起を手で押さえてみる。まだ布を張っていないので、どうにも実感が湧かない。
「棒玉転がしみたいに、思いっきり勢いがついていれば無理ですけどね。勢いがつきそうなしょっぱなにタイミングを殺してしまえば、重量は搭乗者の分後ろが重いんだから揺り戻しで自然に戻ります」
「なるほど」
ラルフとホッブは頷き……ラルフが最後の質問をした。
「ここまで想定通りにできているのに、あと起きている問題ってなんですか?」
「それなんですがね」
ドンキー氏が頭を掻きながら“翼”を掴んだ。力を加えながら上げ下げすると“翼”が目で見てわかる程度にカタカタ揺れる。
「分割機構の差し込み部が、いまいち精度が出てなくてグラグラするんですわ」
「やっぱりか!」
ホッブの悲痛な叫びに、エンジェル氏と職工頭はテヘッと笑った。
「職人の業界じゃ、よくあることなんじゃよ。ドンマイドンマイ」
「あんたが言うな!」
「計算上はうまく行くはずなんですがね」
「全然じゃねえか!」
内側に入れる小径の鉄パイプの外径を思った太さにできていないらしい。
「毎回ちょうどいいはずの寸法で製作するんですが、実際にはめ込んでみるとあと一歩追い込めてないというか……」
「それ、あと二日で何とかなるんですか?」
「最悪の場合、非常に硬い樫の木で内側を作るプランもあるんですが」
職工頭ドンキー氏は、決意を込めた顔で力強く断言した。
「鍛冶屋として、逃げの手は使いたくないんです! ギリギリまで足掻いて見せます!」
「鍛冶屋の誇りを言うんなら、まずできるか怪しいプロジェクトに客を巻き込むんじゃねえよ」
鍛冶場から帰る道で、ホッブがうめいた。
「まずいな……届く頃にはあと三週間しか残っていないぞ」
「クラエスの飛行距離もどこまで伸びるかわからないのにね」
クラエスフィーナは今までの実験で、いずれも規定距離まで飛ばずに落ちている。実機でバンバン飛ばして練習しないと、思ったようには動けないかもしれない。
「不慣れで落ちているのか、完全に魔力切れでそれ以上いけないのか、その辺りを実験で確かめたかったのにね」
「ラルフ、何か実験機が無くてもクラエスを特訓させられる手段がないか、幼年学校の連中と相談して来てくれ。俺はダニエラに何か思いつくものがないか聞いてみる」
「了解!」
ホッブは学院に戻ると、クラエスフィーナの研究室にいたダニエラに相談……する前に何をしているのか聞いてみた。
ダニエラは会議卓の上に、大量の木片を山に積み上げている。その木片を一本ずつ、そーっと引き抜いていた。
「ダニエラ、それは何をやっているんだ?」
「おうホッブか。坑道設計学の研究中だ。どの棒をどこまで引き抜いても山が崩れないか、勘を養っている最中なんよ」
ホッブは五分間は横で見ていた。
「つまり砂場でやる棒倒しを応用した遊びだな?」
「身も蓋もねえな」
「遊んでいるのがはっきりしたところで相談だ」
ホッブは遠慮なくダニエラの木片をバケツに叩き込むと、今の状況を説明した。
「というわけで、おまえの意見も求めたい」
「なあホッブ、その相談コレを片付けなくても出来たんじゃね?」
「俺たちが必死こいて走り回ってる間、おまえがのんびり講義をサボって楽しく遊んでいたかと思うとムカついてつい手が動いてしまった。後悔はしていない」
「バカかテメエ! 他人が必死こいて働いている時にのんびり遊んでいるから、サボりは楽しいんだろ!?」
「その理屈はよくわかるが、俺が働いている側だと思うと許すわけには行かねえ。きりきり働け!」
二人はクラエスフィーナの実験場というか畑のある区画までやってきた。
先日と同様に、クラエスフィーナは植えてある植物の手入れをしている。
「おーい、クラエ」
手を振りながら叫びかけたダニエラが落とし穴に落ちた。
「おいダニエラ、おまえ何をやっ」
助けようとしたホッブは植込みの中に仕込んだワイヤーに引っかかり、発動した雷魔法で電撃を受けてもんどりうって転がった。
「ひっ、ひいいっ! ドジョウが! ドジョウがぬるぬると!?」
「ウガッ! グアアア!」
叫び声に気が付いてクラエスフィーナに助け出されたホッブとダニエラは、あぜ道に転がり一息ついていた。
「もう、いきなり侵入すると危ないよ!」
「いきなりも何も、声を掛けようとしたらその前に落ちたんだよ!」
ドジョウ地獄にはまったダニエラは涙声だ。
「前はあんなの無かったじゃん! なんでいきなりトラップが仕掛けてあるんだよ!」
「だってラルフたちに、私を危ない人たちが狙っているって聞いたんだもん」
クラエスフィーナはラルフの話を思い出すだけで震えている。
「見た目爽やか人たちが食事に誘ってくるのが危ないんだって……気がついたら縛られてて、全裸でリンボーダンスをするのを見せつけられるんだって!」
ジト目で見てくるドワーフを無視し、まだ手先が痙攣しているホッブはぶるぶる震えているエルフに声を掛けた。
「その話はとりあえず置いといてだ。クラエス、実験機が戻ってくるまで遊んでいるわけにもいかねえ」
「それはそうだけど……でも、なにができるの?」
クラエスフィーナが首をかしげる。肝心の機体が無ければ、空を飛ぶことができない。
「ダニエラと考えたんだけどな」
ホッブの後ろでダニエラも頷いている。
「クラエス、必要な距離を飛ぶのにおまえの基礎体力が足りないんじゃないかと」
「……なにか、嫌な方向に話が……」
じりっと後ろに下がりかけたクラエスフィーナをダニエラが捕まえる。ホッブが不自然に満面の笑顔でロープを出した。
「スタミナをつける為に、運動をやってみようか」
「やっぱり! 知的生命体のエルフは身体を使うのは得意じゃないんだよ!?」
「だからこそトレーニングに意味があるんじゃないか」
「墓穴った!?」
断り方を間違えたエルフは、何とかしようとあちこち視線を彷徨わせて次の理屈を持ち出した。
「いい? ホッブ、魔力の増減は筋力とかと直接関係ないんだよ!?」
「でも実行するのに、長時間続けるとなると体力勝負になるだろ?」
「うん、それはそうだけど……」
「じゃあやっぱり、体を鍛えて持久力をつけるしかないじゃないか」
「どういえば諦めてくれるの!?」
「俺たちが諦めたら、おまえの学院生活も諦めることになるぞ」
「ぐっ!?」
逃げられないようにクラエスフィーナの腰を縄で縛ったダニエラが、エルフの尻をパシンッと叩いた。
「さ、とっとと行くぞ、クラエス! 課題審査まで日が無いぜ!」
「ふーん、それで今日はキャロル湖の周りを走っていたんだ?」
ラルフの問いに、クラエスがこくりと頷く。
「そうなの……ダニエラを載せた荷車を引いて。つらかった……」
クラエスフィーナが顔を手で覆ってさめざめと泣く。横のダニエラが鼻を鳴らした。
「つらかったのはこっちの方よ。エルフが引く荷車にあたしが鞭持って乗ってるって絵ヅラがもう、まるっきりイジメか奴隷商人みたいでよ。散歩の連中がみんな目を丸くして見ている中、何周もそれで走るんだぜ? 恥ずかしくって死にそうだったぜ」
ドワーフはジョッキで卓を叩くと、四人目に目を向けた。
「だいたい負荷をかけるウェイト代わりなら、あたしよりホッブの方が重くて良かったんじゃねえの?」
「それはそうなんだがよ」
ホッブが芋を刺したフォークでクラエスフィーナを指した。
「その役を俺がやったら、みたいじゃなくてそのものになっちまうだろうが。通報されて警邏が飛んできちまう」
ごついホッブを見て、他の三人が「あ~……」というため息を異口同音に漏らした。
今日はまだ時間が早いので、四人は学生に人気の食堂『首絞め野ウサギ亭』に寄っていた。運動をした(させた)こともあり、皆ガッツリ食べたい気分だ。
「それでラルフ。おまえの方はどうだったんだ?」
「うん、幼年学校の皆に相談したんだけど良さそうなアイデアが出たよ」
ホッブに言われて、ラルフがカバンからスケッチを一枚取り出した。
「もうすでに彼らが作り始めてくれているんだけど、これが完成すれば今日みたいな恥ずかしいトレーニングをしないで済むと思うよ」
「わぁい!」
エルフが喜ぶ。ホッブとダニエラがスケッチを覗き込んだ。
「これは船だが……サイズが小さいのか?」
「公園のボートに帆を張った感じかな。クラエスが乗って、風魔法で帆に人工風を当てて前に進むんだ。彼らによれば空を飛ぶより気を張らなくてもいいけど、水の方が空気より抵抗が大きいから魔力の基礎トレーニングにはいいだろうって」
あくまで人任せの理論だけど、ラルフの頭に期待を置いていない他三人はなるほどと納得した。
「それと実際に試験に使う会場なわけだし、やる事が違ってもその場所に慣れていた方が良いだろうって」
「それは良いかも知らんな。なにしろクラエスは本番に弱そうだ」
「そ、そんなことはないよ! ただちょっと、緊張に弱いだけで……」
「結果は同じじゃねえか」
前菜をつまみながら、ラルフはふと前から疑問に思っていたことを思い出した。
「そう言えば、そもそもの話なんだけどさ」
ドレッシングをかけた野菜盛りをウマウマ食べているエルフを見る。
「ダニエラがよく『このデブエルフ!』って言ってるけど……クラエス、別に太っていないじゃない」
「いきなりラルフは何を言い出すのよ!?」
言われてホッブもあらためてクラエスフィーナを見た。エルフのウエストはキュッと引きしまっていて、摘まめるほどの肉もない。
「そう言えばそうだな。ダニエラ、どうしてだ?」
「おまえらも散々尻馬に乗って言ってたじゃねえか」
ダニエラが隣に座るクラエスフィーナの脇腹をつつく。
「おらクラエス、おまえの口から説明しろよ」
「あうっ」
フォークを咥えたエルフが、きまり悪そうに仲間をチラチラ眺める。
「あ、あのね……見た目種族が近いけど、エルフと人間族には色々違いがあってね?」
そこで一回詰まり、ため息をついて後を続けた。
「人間は贅肉が身体全体に派手につくけど、エルフは胸とかお尻とか、局所的につくの」
ホッブが口に運んでいた芋をフォークごと取り落とし、ラルフの頭が頬杖から滑り落ちた。
「それはつまり……クラエスがグラマーなのって、家系的にとかじゃなくって不摂生の結果ってこと?」
「もともとぽっちゃりってのもあるけど、王都に来てから奨学金もあるので食べ歩いてから余計にひどく……この姿でエルフの里になんか帰れない……」
「人間なら金かけて磨き上げてその体型を目指すもんだが……エルフは自堕落だと理想的なスタイルに? すっげえ皮肉だな」
「スタイル良くないよう。ただでさえ里じゃぽっちゃりとブスのダブルで虐められていたのに」
もう一つ爆弾発言が湧いて出て、ラルフとホッブが顔を見合わせた。
「ブス?」
「何度も言わないでよ!」
「さっき言ったのはクラエスだけどね。いや、ブスって……クラエス、エンシェント万能学院じゃ凄い美人で通っているじゃない」
「私もチヤホヤされるから黙っていたけど、他にエルフがいたら露骨にガッカリするよ? エルフが美人って言ったら、もっとこう……大神殿の天の女神像のような、鼻が高くて引目で……」
ラルフとホッブも、有名な観光名所の神像を思い出す。あの女神像は確かに、きつい感じの切れ長の瞳に高い鷲鼻で……。それに比べたらクラエスフィーナは目がパッチリしているし、鼻筋が通っているけどあそこまで自己主張する大きさじゃない。
「でも、僕らから見るとクラエスの方が可愛げがあっていいと思うんだけどな。あの女神像じゃ、顔が冷たすぎるというか……」
「そんな理屈はエルフの世界じゃ通らないの! 里に帰ったら私、嫁の貰い手もないレベルなの!」
「そこまで評価低いのか!? エルフの感覚ってそんなに違うのかよ……そら帰りたくもないわな」
言いながらホッブがラルフをちらりと見ると、ラルフが攻略法を見つけた! みたいな顔で輝いている。
(ついに付け入るスキを見つけたぞ、ホッブ! クラエスが押しに弱いわけだ!)
(好きな女を口説くのに、付け入るスキとか言ってんじゃねえよ)
視線で会話しながら、同時にあることに思い至ったラルフとホッブはダニエラに顔を向けた。
「なあダニエラ……普通ドワーフの女って、背は低いけどグラマーだよな?」
「……何が言いたい?」
「うん、だから僕たちもてっきりダニエラがツルペタなのは遺伝に依るものなのかと思っていたんだけど……もしかして、欠食児童?」
「悪かったな! 元々だよ! いくら食っても背も胸もデカくならねえんだよ! くそっ、このあざとボディのエロフめ、地獄に落ちろ!」
「いきなり何!? とばっちりだよ!」
満員の食堂に、エルフの悲鳴とドワーフの金切り声が響き渡った




