38.つかの間の休実験日
反省会と工房での相談の結果、実験機はさらに骨組みへ改造を加えることになった。
一回エンジェル工房へ戻される事になった五号機は、翼と搭乗部に別れて荷車に載せられる。工房からの新提案で、運びやすいように機体を両方の“翼”と搭乗部に分割するアイデアが出てきたのだ。
「接合部を太さの違う鉄パイプで中接ぎするって発想が面白いな。これを木工でやろうと思ったらかなり太い部分ができちまう」
「鉄パイプだからこその構造ですよ。結合も鉄のピンを三本刺すだけですからね。簡単なものですよ」
職工頭のドンキ-(ドワーフ。年齢不詳)が胸を張った。彼のアイデアらしい。
工房から学院の作業小屋まで持って来るときは、完成形のまま持って来たので苦労した。
重さはそれほどでもなかったものの、変な形の大きな骨組が混みあう街路を通れるはずがない。結局搬入時は工房の若手……らしい職人四人とラルフとホッブが担ぎ上げ、クラエスフィーナとダニエラを先導役に夜が明けたばかりの無人の街を急いで学院まで運ぶ羽目になった。
今日の返送では分割構造にするのを前提に、学院で骨組を切断してから運び出す。職工頭が慎重に切断箇所に印を入れ、そこに沿って狂いが無いように職人が鉄鋸で骨組みを切断した。そのままだと邪魔でどうしようもなかった実験機も、三分割なら荷車にも載せられる。
“翼”の布をはずしたうえで、クッション代わりの麦わらを敷き詰めた荷車にラルフたちは骨組を積み込んだ。分割した各部の間にも、束にした麦わらをしっかり挟んで縛り付けた。
見た目わら束が九割の荷車は、職人の一人が手綱を握って夕焼けの中を工房へ向けて出発していった。
学院の門まで見送ったホッブが、最後に受付で退出の手続きをしている職工頭ドンキー氏に訊いてみた。
「パイプの中接ぎって、さすがに空を飛ぶような用途じゃ初めての試みだよな? 他の製品での実績ってどんなものなんだ?」
「ええ、この機体の骨組で成果が出れば、鉄パイプともどもあちこちに採用を働きかけようと思っているんです」
それじゃ、と軽く帽子を上げて帰って行こうとした職工頭の肩を、ホッブが思わず掴む。
「ちょっと待った」
「なんですか?」
「もしかして……中接ぎって、やったことないのか?」
職工頭の微妙にずれた回答に、冷や汗を浮かべたホッブが尋ねる。何の問題意識も感じていない顔で、ドワーフが朗らかに頷いた。
「だって鉄パイプ自体が実用化のめどが立ったばかりで、おたくの骨組みに採用されたのが初ですからね。それで納品の時に苦労したんで、一昨日みんなで酒飲んでいる時に『あれ分割出来たら楽だったんじゃね?』という話の流れに……」
「二日前!? しかも酒の席の与太話かよ!? 本当に中継ぎできるのか!?」
「大丈夫ですって。理論上は間違いありません!」
どこから出るのかわからない自信に満ちた態度で職工頭は太鼓判を押すと、今度こそ道具袋を担いで帰って行った。
顎をはずして見送るホッブのところへ、ラルフが駆け寄ってきた。
「とりあえず少年団には今日までの日当を渡して、三日間のお休みを伝えて来たよ。骨組が帰ってきたら、さっそく布張りと実験で忙しくなるしね……ホッブ? どしたの?」
「……ああ、いや、なんでもない」
深呼吸したホッブは遠い目をしながら踵を返した。
「じゃあ俺たちも『黄金のイモリ亭』に行くか。」
「うん」
いまさら止めって言ったって、もう切っちゃったし。
一から作り直す時間はないし。
失敗したとしても、飛ぶのも審査で落ちるのも自分じゃないし。
うん、仕方ない。
バカドワーフどもの怪しい計算通りに、中接ぎが成功すると期待するしかない。
「おーい二人とも、そろそろ行くぞ!」
「あ~あ、今日も仕事の時間が始まるんだね」
ダニエラと一緒に帰り支度をして待っていたクラエスフィーナの頭を、ホッブが生暖かい目つきでポンポンした。
「頑張れよ、クラエス」
「ふえっ!? 何よホッブ、いきなり」
「なんでもないさ。強く生きろよ」
「だから何!? 何があったの!?」
実験機が生まれ故郷へ旅立ってしまったので、翌日は珍しくクラエスフィーナの実験関係は休みとなった。とはいえラルフもホッブもダニエラも、自分の学科の方があるので学院には来ざるをえない。
ラルフがブラウニング研究室で導師が散らかした資料を棚に戻していると、同期のアントンがお使いで行った文書館から帰って来た。やけに遅いところを見るに、たぶんどこかで道草を食っていたのだろう。いつもラルフもやる手だからよくわかる。
普段なら道草をした後は真面目を装ってすぐに作業に取り掛かるものだけど、アントンが珍しく作業に戻らずラルフに声を掛けてきた。
「おいラルフ、おまえ魔導学科のクラエスフィーナさんと最近よくツルんでいるよな?」
「ふふっ、まーね! サインが欲しいのなら行列に並びたまえよ?」
「クラエスフィーナさんならともかく、おまえのサインなんているかよ」
アントンがそうじゃなくて、と前置きしてから今拾ってきた噂を披露した。
「どうも最近、うちの学院でも浮名を流している連中がクラエスフィーナさんを口説き落とそうって動き始めてるらしいぞ」
「クラエスを? そりゃ、クラエスはエンシェント学院一の美女って言われてるんだから、モテるのはわかるけど……でも、第二学年も後半の今頃なんでナンパ野郎が急に勢いづいているわけ?」
近頃抜けている所しか見ていないので忘れがちだけど、クラエスフィーナはこの学院で一番と言って良い美女(美少女?)だ。エルフ族特有の気品のある美しさと背が高くスタイルの良い肢体から、まるで女神像が動き出したようで黙っていれば近寄りがたい神々しささえある。黙っていれば。
またクラエスフィーナだけの特徴で言えば、スレンダーが多いエルフにしては珍しくボン・キュッ・ボンのかなりメリハリの効いた体型でもある。それがまた特に人間族からは評価が高い。
あまりに現実味が無いほどの美人で皆が声を掛けられず遠巻きにしていた筈なのに、ここにきて急にアタックし始める輩が出てくるとは……?
疑問に思って首を傾げているラルフをアントンが指さした。
「それよ。おまえが原因らしいぞ」
「はあ?」
アントンは余計に訳の分からないことを言い出す。
「一体どういうこと? ボクとクラエスがくっついて『お似合いすぎて敵わないから諦めた』ってんなら筋は通るけど、なんで僕がいるとやる気が出てくるのさ」
やれやれ、この色男がエスコートしているのに。キザに肩を竦めてニヒルに笑うラルフに、アントンが「それそれ」と頷いた。
「今までクラエスフィーナさんて、高嶺の花過ぎて誰も声を掛けることさえできなかったんだけど……『ラルフごときが会話を許されるぐらい気さくな人なんだ』と、クラエスフィーナさんフレンドリー説が広まってな。“ラルフ”とも意思の疎通ができるぐらい王国語が達者なら、俺たちなら口説くことも可能だろうと……」
「ふ、ふざけるな! なんで僕が下限の基準になってるんだよ!?」
「だってラルフだし」
学院生から絶大な信頼を誇るラルフの成績。
「バカっぷりならホッブの方が酷いだろ!」
「俺はホッブを知らんけど、そもそも文章学の方が法論学より下に見られているしなあ」
「なんで?」
「それはまあ、俺たちの努力の積み重ね?」
日々の積み重ねが評判を作る。
しかしラルフにしてみれば、そんなことは関係ない。
「この評価に納得できない!」
ラルフは憤然と立ち上がった。
「風評被害による名誉棄損に関して、断固たる処置を取る為ホッブと協議して来る!」
「お、おう……」
荒々しく靴音を立てて出ていったラルフを呆然と見ていたアントンは、首を傾げた。
「初めの話は、クラエスフィーナさんがモテてって話だったよな? 話がラルフの評価にすり替わっちまったな」
そんな彼の背中を書類に埋もれたデスクで論文を書いていたブラウニング師はチラリと眺め、またすぐに執筆に戻った。
「アントン、おまえラルフにうまいこと脱走の口実に使われたな? 代わりに今日は二倍働くんじゃぞ?」
ラルフは文書館の閲覧席でホッブを見つけ、駆け寄った。研究室の同期から聞いたとんでもない件を、相方に直ちに報告しなくては。
「聞いてくれホッブ! 我々に不当な評判の噂が立って、クラエスの操が危ないぞ!」
「おいバカ、ラルフ! おまえ場所を考え……」
「大事な話だぞ!? 世間体を気にしている場合じゃない!」
「世間体なんかおまえは今さらだろうがな!? じゃなくて、ここは騒音禁止の……」
「そこの二人、文書館で騒ぐな!」
司書につまみ出されたラルフは、巻き添えを食ったホッブの荷物を丁寧にまとめてカバンに入れてやった。
「これでホッブもレポート書いてるどころじゃなくなったな。一緒に善後策を考えようじゃないか」
「成績は酷いくせに、なんでテメエはこういう事ばかり頭が回るんだろうなあ!?」
「だろ? 机の成績がいい連中なんかよりよっぽど機転が利く僕は、どう考えても地頭が良いと思うんだ」
ラルフにアントンが拾ってきた噂のことを聞かされたホッブが唸った。
「事実だな。どうしようもねえ」
「だから不当な評価だってば。それはともかく、僕らのせいでクラエスの結界に付け入るスキができてしまうとは思わなかった。どうしたものか」
「うーん、そうだな……」
いままで男っ気の無かったクラエスフィーナにラルフたちが協力している以上、この手の噂はどうしても立ってしまう。
「だからお前が早くクラエスに告白しておけばよかったんだよ」
「そんな事を言ったって……僕にだって心の準備というものが」
この期に及んでまだグズグズ言っているラルフを、ホッブが呆れた顔で見やった。
「そんなヘタレているから、他のカラスに狙われるんだよ」
「その言い方だと、僕も駄鳥みたいに聞こえるじゃないか」
「誰がどう見たってそうだから、横からかっさらおうって思われるんじゃねえか。どうすんだよ? 似合いかどうかはともかく、始終一緒にいるお前や俺を歯牙にもかけねえ女好きどもがこれからは押し寄せてくるぞ? あの押しに弱いクラエスのことだ、言い寄られてどうなるか……」
ラルフとホッブは二人黙り込んでその先を想像した。
「……やべえ、餌に釣られるところしか想像できねえ」
「クラエス美人なのにな……色恋沙汰より食い気しかイメージできない」
二人が遠ざかれば元に直るというものでもない。もうすでに一度そういう噂が立ってしまっているのだから、敬遠したって今さらだ。
だいたいよく知らん連中に勝手にダメ人間の烙印を押されて、自分の方が引くというのも面白くない話である。研究の邪魔になるという建て前で、ラルフの片思いの邪魔になる連中を排除せねばなるまい。
難しい顔で唸っていたホッブが、閃いたという顔で指を鳴らした。
「よし、クラエスにもプレイボーイどもがドン引きするような悪い評判を立ててしまうのはどうだ?」
「みんなで後ろ指差されるようになってどうする」
「しかし、やつらは別に暴力に訴えてくるわけでもないんだ。そんなことでもしないと排除のしようもないぞ?」
「それなんだよな……なんとかクラエスが自分で避けてくれるようにできれば一番安全なんだけど……あっ!」
ラルフの脳裏に電流が走った。
「発想が逆なんだ。多数に信じ込ませるのは難しいけど、一人に信じてもらうのはずっと簡単……うん、それで行こう!」
「なんか、それを聞いただけでロクでもない香りがしやがるぜ」
突如何かを考え付いた友人を胡散臭そうに見やり、ホッブはあきらめのため息をついた。
クラエスフィーナの本来の研究は植物の交配で、実験は研究室よりも農場で行う事の方が多い。そもそも見た目には土いじりをしているようにしか見えないので、魔導学科と聞いてイメージされる儀式的な物とは対極にある。
「はうー、緑を相手にしていると癒されるなあ」
製薬学専攻からもらってきた栄養剤を水に溶かして苗に与えながら、クラエスフィーナは青々とした畑に目を細めた。都会に憧れる物欲エルフも、やはり森林浴は気持ちいいのだ。
「特にここのところ、色々あり過ぎるものね……農芸品種の改良をしたいだけなのに、なんで空を飛ぶ羽目になるんだろ……」
この生活を続けられるかどうか、審判までもう一か月もない。それを思うと耳が垂れてくる想いのクラエスフィーナだった。
そんなことをエルフが考えていると。
「おーい、クラエス!」
「あれ? ラルフにホッブ? 珍しいね、実験棟の方まで来るなんて」
一緒に課題の研究をしてくれている友人たちは、そもそも静学系だから動学系の実験場ばかり並んでいるこのエリアに来る用事がない。こっちに顔を出すという事は、クラエスフィーナを探しに来たんだろう。
「どうしたの?」
「いや、悪い噂を聞いてね」
「噂?」
いつもふやけているラルフが、珍しくキリッとした顔で説明を始めた。
「うちの学院でも女の尻を追いかけるのが趣味の連中が、どうも最近クラエスをターゲットにしたみたいなんだ」
「ふええっ!? 急になんで!?」
自慢じゃないけどクラエスフィーナはモテたことがない。エルフの里でもそうだし、王都に来てからも少数種族だからか遠巻きにされてばかりだった。友達を通り越して、いきなりナンパされる理由がわからない。
「僕らと最近一緒にいるようになったから、アタックする度胸が出て来たらしいんだな」
「そ、そうなんだ……それで、その人たちは一体何を……」
「ああ、それなんだけどね……」
口説かれたことがないので、そういう女好きの人たちが何をしたいのかわからない。クラエスフィーナが恐る恐る尋ねると、ラルフが殊更深刻な顔になって後を続けた。
「先日の『ものぐさ狼亭』を出た後遭遇した、あの変態みたいなことを狙っているらしい」
「ヒヤアアアアアアアア!?」
全裸に外套だけをまとった小粋な紳士の事は、酔っていたクラエスフィーナもしっかり覚えている。というかトラウマレベルで頭に焼きついている。
「あ、あんなことがしたい人たちなの!?」
「ああ、そうなんだ」
ナンパ師どもは最終的に女に裸を晒したいんだから、ラルフは嘘は言っていない。
「しかも、学院のそういうヤツらは徒党を組んでいるからね。コートボールの同好会とか言いながらまともに活動をしていないヤツラなんか、狙った女の子の周りで全裸でフォークダンスを踊りかねないイカれた連中の集まりだよ」
「全裸でフォークダンス!? トンデモな変態だよ!?」
ラルフの意見は個人的な見解です。ちょっと誇張表現が入っているかもしれない。
「気をつけろクラエス。そういう連中は接触する時は爽やかな顔をして『一緒にご飯に行かない?』とか言って来るんだけど、ついて行ったら最後へべれけになるまで酒を飲まされて……」
「酒を飲まされて……?」
「君が気がついた時には逃げられないようにされていて、準備万端な変態に全裸ダンスを最後まで鑑賞させられる羽目になるんだ!」
「キャアアアアアア!」
いささか主観的なラルフの説明を受けて、おのぼりエルフは涙目でガタガタ震えている。
「怖い……王都の変態怖い……学院の中にまで出没する上に、そこまで過激なんて! さすが王都だよぅ」
エルフの中で、イケメンどものついでに王都の評判も落ちていた。
「だからクラエス、よく知らないヤツから食事や酒に誘われてもついて行っちゃダメだからね?」
「わ、わかったよラルフ! 私、気をつけるからね!」
ちょろいエルフは、信頼している信用できない友人の話を簡単に信じてくれた。
「ふう、これでクラエスを魔の手から守ることができるよ」
やり遂げた顔のラルフに、ジト目のホッブがツッコむ。
「なあラルフ。幼児並みに信じやすいクラエスを疑心暗鬼にさせたのは良いけどよ……おまえも誘いにくくなったんじゃねえか?」
最終的な目的は恋するラルフも爽やかイケメンも一緒。
だけどラルフは確信のある笑みで胸を叩いた。
「大丈夫だよホッブ。そもそも僕たちは最初の信用が違うからね。外から誰も入れないほど城壁が堅くても、中で押しまくればクラエスならイケる!」
「そこまでわかってて、なんでまだ告白できねえかな……」
呆れてものも言えないホッブのツッコミに、一転して自信なさげになったラルフが肩を落とした。
「この課題がなんとかなるまでは、心理的に負担をかけないように……て思ってるんだよ」
「それはこの前も聞いたけどよ」
煮え切らない友人の態度に、ホッブは頭を掻きむしった。
「ライバルがそこら中から出てきた以上、いつまでもソレを逃げる口実にしていると本当にクラエスをさらわれちまうぞ。女を引っ掻けるのを生き甲斐にしている連中は、俺たちなんか想像もつかないほど手練手管を持っているんだからな?」
「……そうなんだよね」
それぐらいラルフもわかっている。今日刺した釘も、その手のエキスパートには役に立たないかもしれない。
「……そうだ、課題が終わるまで合宿と称してクラエスを僕の家に監禁……」
「おまえの方が犯罪っぽくなってきてるぞ。正攻法で行け、バカ野郎」




