37.失敗を繰り返せ!
「うーん」
湖を睨んでホッブが唸った。
「ここまで出来ても意外と難しいもんだな」
相当に(幼年学校生が)練り込んだつもりだったけど、五号機も細かい不良点は次々出てきた。
クラエスフィーナがトチッて、斜め上の角度を六十度ばかり間違えて跳ねあがった第一回。
同日。機体を合成風で乾燥させるという力技の特訓の後の第二回は、エルフの体力切れで百メートルぐらいで池ポチャ。
「まさか突然魔力が切れて急角度で湖に突っ込むとはねえ……」
ラルフがぼやく通り、実験機はしばらく水平飛行ができていると思ったら……限界を超えたとたんに機首を急に落とした。湖面へカワセミが魚を見つけたかの如く急降下、派手に水柱を吹き上げた。さいわい上下がさかさまにはなっていなかったので、クラエスフィーナは自力で固定ベルトをはずして“翼”の上で救助を待つ余裕があったのは救いだ。
この日はもう二回目乾燥をなんとかやって(やらせて)、立つこともできないエルフをダニエラが研究室に寝かせて終了。
得られた教訓は、「仮眠用に寝具が必要」ということ。木の床にそのまま寝かされたクラエスフィーナが翌朝、寝違えと共に手に入れた真理である。
明けて翌日。
第三回は、途中までは二回目よりもマシだった。倍ぐらい飛んで、ヘロヘロと次第に高度を落として目標の半分ぐらいで湖に落ちた。そこまでは良い。
ゆっくり沈み込んで浅い角度で水面に接触したので、軟着陸? に成功したと思ったら……骨組の下部が水面にやや深く沈んだ途端。
「キャーッ!?」
クラエスフィーナの悲鳴とともに、機体がいきなり前転して裏返しに。
「何が起きた!?」
「とにかく救助だ!」
慌てて救助に向かうボート部隊。さすがにこれだけ遠くで落ちるとダニエラも走って助けに行こうとは思わないらしく、率先してボートに乗ってオールを漕いでいる。
「クソッ、現場が遠すぎる! 間に合うか?」
ホッブが焦りと共に憂慮を滲ませる。今日は一緒に乗っているラルフがもしかして、と呟いた。
「なあ、ホッブ」
「なんだ!?」
「落ちてからボートを出すんじゃなくて、沖合で待機した方が良いんじゃ……」
「それだ!」
「なんでそれを誰も考えつかないんですか……」
もう一隻に乗っている少年チームのリーダー格が呆れて突っ込むが。
「仕方ないだろ? まだこんな距離まで到達しているチームが少ないから、誰もそこまでの救助が必要だと思っていなかったんだよ!」
「課題、何チームがクリアできるんですかねえ……」
墜落場所に駆けつけて、四人がかりで機体をひっくり返し直すとエルフは生きていた。
「大丈夫か、クラエス!」
「うん……なんとか」
ダニエラに引き上げられたクラエスフィーナは、今日は意識もはっきりしていた。
「うう、ラルフが付けてくれた非常用の呼吸できる装置を思い出して、何とか助かったよ」
「へえぇ……そんな物を発明したのかラルフ」
「うん、思いついただけで実験もして無かったんだけど。うまく使えて良かったよ」
感心するダニエラに、ラルフは搭乗者が寝そべった時に顔が来る辺りを指し示した。前は無かった管がくくり付けられている。
「このホースが機体の下まで行っていて、先端に水の上に出るように豚の膀胱が付いているんだ。長さは五十センチあるかどうかなんだけど、これを咥えれば機体がひっくり返って搭乗者が水没しても息だけは吸える」
「あー、なるほどなあ」
少年がその部品をつついてみた。
「これ、何でできているんですか?」
「豚の腸」
「おい、なんか急にクラエスが気絶したぞ!?」
「酸欠の症状か!? 早く陸へ!」
「うう、次にひっくり返ったら頑張って息を止めて、ベルトをはずして脱出するよ……」
クラエスが涙ながらにぶつぶつ言いながら、機体に風を当てて乾かす。
「ラルフだってあり合わせの物で頑張って作ったんだぜ? 命あっての物種だろ?」
「それは分かっているけど!? ラルフは生体部品に頼るのはどうにかした方が良いと思う! 絶対!」
「膀胱、腸と来て次は胃袋か?」
「やめて!」
「つっても、靴やカバンを作っている皮だって似たようなもんじゃねえか」
「部位が違うよ!」
ダニエラに言われても納得しかねているクラエスフィーナに、機体の具合を見ていたホッブが声を掛ける。
「そろそろ良さそうだ。クラエス、次行くぞ」
「もうクタクタなんだけど……明日にしない?」
「おまえの研究だろ。それに乗れるのはおまえしかいないんだ。欠陥を拾い出すまで、もうちょっと頑張れ」
「ううう……」
ラルフは少年たちと布地の湿り具合を見ている。
「この程度の濡れ方だったら、次行っても大丈夫かなあ?」
「そうっすねえ……ラルフの兄貴、布に逆に初めっから軽い油を滲みさせておくのはどうっすか? 水をはじくし、引き上げた後も布のコンディションが変わらないんじゃ」
「それいいね! ……てか、ラルフの兄貴とか言われると照れるな。ジュレミーの兄さんとかで」
「了解しやした、ジュレミー様のお兄様!」
「……ねえ。うちの妹、学校でどう思われてんの? 何をやらかしてんの?」
三回目のフィードバックは今できるものでもないので、四回目は単純にクラエスフィーナが制御に慣れるための回数稼ぎで飛ばすことにした。
発射台に機体を運ぶと、先に来て取り付いていた少年たちが胸を張る。
「発射台の方も少し改良を加えました! 今までゴムを二本にしていましたけど、三本に増やしても大丈夫じゃないかということで能力を強化しました。飛び出した時の飛距離と速度が少し稼げるので、いくらかでも楽になると思いますよ」
「わあ、助かる!」
クタクタのクラエスフィーナは少しでも楽になると聞いて喜んだ。
「おいこらクラエス、楽することばっかり考えるな」
ダニエラに言われたクラエスフィーナが唇を尖らせる。
「一回全力で飛んで、三十分の乾燥機代わりだよ!? それだけでもうクタクタなのに、もうワンセットやらされる身になってみてよ! あー、早く終わらせよう……」
「わざと落ちるなよ?」
「当たり前じゃない。それこそ無駄な努力になっちゃうよ」
そう不平を言うエルフを載せた実験機は……三十秒後にまた急角度で落ちた。腹打ちの姿勢で落ちて、派手に水柱を立てる。
今回は落ちたことは落ちたのだけど……その様子は陸からでもはっきり見えた。
ダニエラがつぶやいた。
「クラエス、よかったな。おまえの希望通りワザとじゃないけど早く終わったぜ?」
ラルフが目をごしごしこする。
「なあホッブ。僕の目には、“翼”の布がはじけ飛んだように見えたんだけど?」
「はじけ飛んだって言うより、裂けた、だな。どう思う?」
話を振られた、骨組をデザインした少年が腕組みしながら唸り声を上げる。
「あの布、元々消耗品の袋を作る為のもんなんだろ? 四回飛ばして、耐久力の限界が来たんじゃ?」
「あー、それかあ……」
皆で思い思いに考え込んでいると……。
「あの、上向きにまっすぐ落ちたんで安心してるみたいっすけど……」
補助装置を作った少年が恐る恐る声を掛けた。
「布の抵抗が無い分、骨組が湖に沈んじまうんじゃ……」
「急いで回収に向かうぞ!」
「機体は無事か!?」
大騒ぎになった。
また毛布にくるまれているクラエスフィーナが、いも虫みたいに横倒しになって泣きべそをかいている。
「みんな私より実験機が大事なんだ……私が落ちてもなかなか助けに来なかったくせに、機体が沈むかもってなったらわらわら来るんだもん……」
「悪かったって。あんまりよく落ちるもんだから、みんなちょっとおまえの危機に鈍感になっていただけなんだよ」
「それ全然慰めになっていないからね!? 私それで納得なんてできないからね!?」
「そろそろ不死身のエルフって称号が付きそうだよな」
「まったく名誉じゃないよ!? 私は安全にいきたいんだよ!?」
ダニエラのぞんざいな気休めに食って掛かるクラエスフィーナを後ろに、ホッブと少年たちは機体を調べる。
「やっぱり布地の劣化ですかね。四回目の使用っていうのに持ってきて、発射直後の風の当たり方が前より強くなってます。台を強化したのと発射直後にクラエスフィーナさんが全力で風を当てたの、その二つで布に瞬間かかる力が強くなりました」
「あと、強制乾燥でも長時間強い風に当ててるからなあ……機体が浮くぐらいの風だから、ずっと飛んでるのと一緒だよな」
「油を滲みさせるってヤツ、役に立つと思うか?」
「布の持ちを少しはよくするかな、と」
買い出しに行っていたラルフが戻ってきた。
「お待たせ……クラエス、どうしたの?」
尺取り虫みたいにくねりまくって怒っている。横にいたダニエラが頭を掻いた。
「なんか、みんなが自分の苦労をわかってくれないって拗ねちまった」
「みんながっていうか、ダニエラがね!」
怒り狂うクラエスフィーナに、ラルフがお土産を差し出した。
「はいクラエス、あーん」
クラエスフィーナの口の中に骨付き鶏モモ肉のローストをねじ込むと、ラルフはホッブの方を向き直った。
「どうだい、今日の改良点はまとまった?」
「ああ、まだいろいろあるな……でかい話では正直、こんなにひっくり返りやすいと思わなかった」
ホッブは湖を睨んで唸りを上げる。
「ここまで出来ても意外と難しいもんだな」
ラルフがお菓子を配りながら肩を竦めた。
「焦ったって仕方ないよ。気長にやろう」
「おまえが覚えていればいいんだが、課題の審査会まであと四週間無いんだ」
「きりきり働けホッブ! 馬車馬のように!」
「おまえもな」
なんでかリーダーみたいになっているホッブがポンポンと手を叩き、皆の注目を集めた。
「とりあえず実験機も骨組は無事だけど、布を張り直さないとならねえ。今日は片付けて解散、明日は修理と今日の反省会で実地試験は休もう。どうせクラエスも連日の全力発揮で明日辺り筋肉痛が出て来て動けねえだろ」
「明日動けなさそうなのは確かだけど、魔力は筋肉痛と違うからね!? 翌日出ないからって歳ってわけじゃないからね!?」
「クラエス、うるせえ」
「はーいクラエス、栄養補給しましょうね」
ラルフが骨付き肉をもう一本クラエスの口に押し込み、黙らせている間にホッブがダニエラと骨組担当の少年を呼ぶ。
「ダニエラ、明日おまえはコイツとエンジェルジジイの鍛冶場に行って、水面にうまく着水した筈なのにひっくり返った件の改良ができないか相談して来い」
「了解!」
「あどけない声で『助けて、オジちゃん!』を忘れるなよ?」
「うるせえ」
みんなで手分けして機体や道具を運び始め、それを見て自分も“馬”を一つ抱えたラルフの袖をクラエスフィーナが引いた。
「あの、ラルフぅ……」
「ん? なんだいクラエス?」
美貌のエルフは上目遣いに、潤んだ目でラルフを見つめた。
「私の分のお菓子は?」
「しかしあれだけ疲れているクラエスをこの時間まで働かせるとは、ホッブも鬼だね」
「本人が筋肉痛じゃねえって言ってるじゃねえか。それに、どうせ明日はアイツは休みみたいなもんだ。今日ギリギリまで働いたって罰は当たらねえよ」
「明後日起きて来れればいいけどなあ」
夜道を「黄金のイモリ亭」から帰りながら、ラルフとホッブはちょっと空きっ腹を抱えていた。さすがに居酒屋の深夜勤務を終えてからなんて、もう外で買える物は何もない。
「少し払ってでも、オヤジになんか分けてもらえばよかったな……」
「うちに寄って行くかい? 簡単な物なら出すよ」
「出てくるのはおまえんトコ特製の賞味期限切れのパンと味のねえスープじゃねえか」
「バカ言え。消費期限越えてる粉で作るだけで、パン自体は出来立てだぞ? 味のないスープって、そもそもあのダシだけ出ている液体をスープと言っても良いものか……」
「ありがとよ、いかにもマズそうな説明のおかげで空腹感が引っ込んだぜ」
相変わらずまともに灯りもない下町の黒く浮かぶ街並みを見ながら、ホッブはラルフに尋ねた。
「なあラルフ」
「なんだい?」
「おまえ、どうしてクラエスを手伝うことにしたんだ? どう考えたって自分の学科の勉強より大変だし、時間も取られてるだろ? 毎日他人の実験手伝って、こんな時間まで足りない研究費を稼ぐなんて奉仕活動をやるような人間じゃねえだろ」
「おまえ僕の評価低すぎない?」
「事実じゃねえか。授業中ノートも取らねえで寝てるだけの男が、心を入れ替えたってこんな真似は出来ねえだろ」
「そういうホッブこそどうなんだよ」
呼吸をするように罵詈雑言が出てくる友人に、ラルフがおまえは何故と聞き返す。
「俺か? 俺は……乗り掛かった舟だからかなあ。巻き込まれたとはいえ、手助けしといて中途半端で見放すのは嫌いなんだよ。野良猫だって飼うかエサをやらないかの二択だろ?」
「ホッブはゴツイ外見のわりに猫ちゃん好きだよね」
「うるせえ! ってか、巻き込みやがったのはおまえだろ。俺は無視して帰ろうって言ったのに、クラエスのデカいアレに誘われてついて行きやがって」
「おいおい、聖なる小高き丘だけが理由じゃないぞ?」
「ケツもか」
「そっち方面から離れろ、ペドフィリア国の高貴なる血族め」
「おまえまさかっ、兄貴の会報誌を購読してるんじゃないだろうな!?」
「嗜好が正反対なのに、わざわざ金払ってまでして読むかよ。セドリックが辻説法しているのに出くわしただけだ」
「あのバカが!? 引きこもりのくせに、なんでそういう行動力はあるんだよ!? 一発焼き入れとかねえと……!」
家に向かって駆け出すホッブを見送り、ラルフは頭を掻いてポツッと呟いた。
「こっちの話は良いのかな?」




