36.現実はいつだって予想の斜め上
完成した五号機の実験は、直ちにキャロル湖で行われることになった。
皆で手分けして実験機と発射台を湖畔へ運び、良さそうな角度を選びながら発射台を転覆しないように据え付ける。
「これ、いきなり当日やろうとすると大変だね。臨時スタッフを発表の日も入れさせてもらわないと、厳しいかも」
「そうだな。飛び立つ場所はチームの入れ替えで混雑するだろうしな……外部の応援使っていいか、直前になったら事務局へ問い合わせてみるか。おいクラエス、呆けてないで早く準備しろよ」
ラルフと今後の事を打ち合わせていたホッブが、突っ立ったままのクラエスフィーナに気がついて注意した。飛行試験で肝心の搭乗者が準備してくれてないのでは、いつまで経っても実験ができない。
「あ、あのホッブ……? 風洞実験は?」
クラエスフィーナが恐る恐る聞いてきた。なんだか今自分が湖に来ているのが信じられないみたいだ。
「今まで完成したら、風洞実験をしてから空に挑戦してたじゃない」
「おう、それなんだがよ」
ホッブが少年たちと土台の仰角を調整しながら片手間に応える。
「実機の製作の間に、先に作った模型を風洞実験場に持って行って助教に意見を聞いたんだが……推力を得る方式が独特過ぎて、あそこの設備じゃ対応できないそうだ。後ろから前に人工の風を吹き付けるってのが、どう飛んでいくのかわからなくって安全装置を取り付け出来ねえんだと。発想が斬新だって助教が褒めてたぞ。喜べクラエス」
「斬新かどうかはどうでもいいよ!? それどういう動きをするのか、だれも予想もつかないって事!?」
「予想はついたから機体の製作は出来ただろうが。風洞実験場では向かい風で空気の抵抗を調べることはできるけど、この機体の場合は引っ張られるっていうより押し出すって感じだからな。そのやり方だとあそこの設備じゃ対応できないってだけだ。飛べないってわけじゃない」
「じゃ、じゃあ……どうやって確認するの?」
「そりゃあもう」
ホッブが実験機を指差して、それからクラエスフィーナを指差した。
「コイツに、クラエスが乗って」
そしてラルフが空を指差す。
「あっちに行ってみれば、確認ができるよ」
「それって、ぶっつけ本番って事じゃない!?」
「本番は一か月後じゃないか。おかしな事を言うなぁ、クラエスは」
「わかってるよね!? 私が問題にしている事、わかって言ってるよね!?」
言いたいことはわかる。無視しているだけだ。
「だって、屋内で実験できないんだったら実地に試してみるしかないじゃないか」
「いつかは空に飛びだすんだぜ? 鳥のヒナが羽ばたく時だって、最初から親に支えてもらうこともなく大空を目指すんだ。初めての時に命綱があるかどうかなんて、奴らは考えないぞ」
「私は気にするよ!?」
ラルフがそっとクラエスフィーナの肩に手を置いて微笑みかけた。
「大丈夫だよ、クラエス。今度は上面に乗る方式だから水中に閉じ込められる心配は無いし、身体の固定ベルトも改良して片手ですぐに外せる方式にした。速度もゴムの力じゃなくてクラエスの風魔法で強弱が付けられるから、いきなり高速で湖に突っ込む心配も無い」
「そ、そうかなあ……」
「大丈夫大丈夫。渡した救命胴衣もちゃんと身につけていれば、水に投げ出されても安心だから。ほら、そろそろ準備が終わるからクラエスも準備して」
「う、うん」
ダニエラに呼ばれて準備をしに行くクラエスフィーナを笑顔で見送りながら、ラルフとホッブは囁き合った。
(さすがクラエスだね。結局風洞実験みたいな落下防止措置が無いのを忘れたよ)
(丸め込まれやすさは天下一品だな。おまえの作った救命胴衣だって、性能の保証が無いのに気がついていねえぞ)
(アイデア上はうまく行くはずなんだけど)
(それでうまく行ったら、この課題審査で落ちるヤツはいねえよ)
「いいなクラエス。カウントダウンが始まったら、もう風魔法を発動し始めろよ?」
両手を顔に当てて叫ぶダニエラに親指を立てて見せ、クラエスが姿勢を低くした。ラルフが発射台の作動紐を持ち、ホッブの号令を待っている。
ホッブが湖面を振り返った。
「ボートは良いか?」
「準備できてるぜ!」
幼年学校生が二人、岸辺に準備してあったボートを押し出している。落ちた後の対策もこれでOKだ。
各部署待ち構えているのを確認して、ホッブが一つ頷き数え始めた。
「よーし、行くぞ! ご、よん、さん、にぃ……いち、発射!」
ラルフが紐を引いた。パァンともバンッとも聞こえる音がしたかと思うと、物がこすれ合う軽い擦過音が発射台から響いて……一瞬後、エルフを載せた“翼”が空中へ飛び出した。
飛び出したが、前に見た工造学科の機体ほどのスピードは出ていない。目で追える程度の早さで空中に放り出された布張り金属骨格の“翼”は、発射直後に一旦沈み込み……下からの人工風で一気に跳ね上がった。
上に。
「あれ?」
下で見ていて呆けている研究チームを代表して、ラルフが間抜けな声を出した。緊迫の飛行試験中とも思えない間延びした声で、隣の友人に話しかける。
「ねえホッブ、ああいう飛び方をする予定だっけ?」
ラルフに話しかけられて我に返ったホッブが、空中に向けて大声で怒鳴った。
「“斜め上”の概念が違い過ぎだ、アホエルフ! 角度の調整も出来ねえのか!?」
「多分聞こえてないよ?」
ほぼ真下から上に向かって突き上げられた機体がくるくると前転する様子を眺めながら、ラルフがのんびり呟いた。絵面が衝撃的過ぎて、逆に驚きが出てこない。
当然制御不能になっているらしく、回りながら跳ね上がった機体はそのまま落ちてきて……そんなに遠くない湖面に叩きつけられた。上面を下にして。
「オウ……」
「こうなるか」
クラエスの運の悪さに思わずラルフとホッブが感嘆が漏れてしまう。
「せっかく搭乗者の位置を上にしたのに、ひっくり返って落ちたら意味無いよね」
「設計理論を根本からぶっ飛ばす飛び方しやがったからな」
あっけに取られていたリーダー格の少年が、湖面に半分水没している機体を指差した。
「あのー……クラエスフィーナさんが浮いて来ないんですけど」
前回と違ってバシャバシャ水面が荒れる様子もない。
「……気絶してるんだ! 水面に叩きつけられたから!?」
「まわっている間に気を失ったのかも知れねえぞ!?」
やっと現実感が戻ってきて、スタッフたちは慌て始めた。
その筆頭はこの人。
「うわぁぁぁぁっ!? クラエス、今行くぞ!」
ダニエラが落ちている実験機に向かって真っすぐ走って行った。そしてそのまま湖に突っ込み……。
「ウボベフバフベベッ!?」
エルフの代わりに溺れているドワーフを見て、ホッブが額に手を当てた。
「あのバカ、なんで学習しねえんだろうな……」
「そもそも現場に走って突っ込んでいくあたり、最初から知恵が足りないんだと思う」
「さすがエンシェント万能学院の学院生だな」
「ああ、全くだね」
二隻のボートで現場に駆け付けたラルフたちは、四人がかりで機体をひっくり返して上下を戻した。伸びているエルフを回収する。
「クラエスは無事か?」
「息をしていない以外は大丈夫だ」
「ラルフ、まずおまえが落ち着け。それから本当に息をしていないか、ちゃんと確認をしろ」
真面目な顔をして動転しているラルフをホッブが諭している間に、手をかざして確認していたリーダー格の少年がホッとした顔で身体を起こした。
「呼吸戻りました! 溺れる前に気絶していたのが逆に良かったみたいです」
現場にホッとした空気が流れた。
「良かった……想定外の落ち方をしたからどうなるかと」
「投げた棒じゃあるまいし、実験機が回りながら飛んでくなんて想像もして無かったぜ」
クラエスフィーナの救助という火急の用件を無事に乗り越え、口々に感想を言っていると。
「おーい! おーい!」
「ん?」
岸辺で残った少年たちが手を振っている。
「どうしたー!?」
ホッブと一緒に乗っていた一人が声を張り上げると、居残り組が別の水面を指差し始める。そこには溺れるドワーフが……。
「そうだった」
「……ラルフ、俺たちあのバカを回収して来るから、おまえ機体をなんとか曳航して来い」
「ううう……死ぬかと思ったよ」
毛布をかぶって季節外れの焚火に当たりながら、クラエスフィーナが鼻をすすり上げる。風邪を引いたというより、泣きべそをかいているのが元のようだ。
「俺たちも死んだかと思ったわ」
「あの飛び方はありえなかったよ、いやマジで」
「何が起きたんだか、墜落するまでわかんなかったもんな」
「あれだけ設計を無視した動きは想像を超えていましたね」
「みんな、誰か一人ぐらい慰めて……」
興奮して口々に実験の失敗を話し合う周囲に、涙目でエルフが訴えるも……。
「そもそも急場で魔法を失敗したお前が悪いんだろ」
「あれはテンパり過ぎでしょ、クラエス」
「ううう、みんなが厳しい……」
自業自得で心配してもらえない。
ホッブが引き上げた機体を振り返った。
「しかし金属製は丈夫だな。あの落ち方でも歪んではいないみたいだ」
「でもちゃんと乾かさないと錆びちゃいそうだよね」
木製と違って、時間をかけて自然に乾燥させていたら赤錆が浮いてきそうだ。
「火で乾かすにも、この大きさを一度に乾かすのは無理だよな。焚火を何ヶ所で焚けばいいんだ」
「それだけの薪を用意できないよ」
今日は雲が多くて、陽の出かたもそれほど強くない。
どうしたものかと思っていると、張った布の湿り具合を確かめていた少年が手を挙げた。
「一つアイデアがあるんすけど」
「?」
「これは、地味に、きついよ!?」
「おまえの為だ。頑張って乾かせ」
クラエスフィーナは地上から風魔法を使い、実験機を飛ばしていた。
できるだけ太い木を探してそこに曳航用のロープを結び、風洞実験の時と逆に機体のお尻に逆の端を結びつけた。そして“馬”の上に載せた機体に向けてクラエスフィーナが風魔法を吹き付ける。浮かび上がった機体はロープで引かれているので、一種の凧揚げみたいにその場で滞空する。
「横から見ながら魔法を発動して、どういうイメージで魔法を使ったらいいのかじっくり検討しろ」
「ずっと魔法を使いっ放しだからすっごく疲れるんだけど!?」
「課題審査だと五百メートル実際に空を飛ばなくちゃならない。その間集中が途切れないようにのトレーニングでもあるぞ」
「それはそうなんだけど!?」
風干しを兼ねているので、完全に乾くまではクラエスフィーナに飛ばし続けていてもらわないとならない。
「ラルフ、あとどれぐらいだと思う!?」
「クラエス、まだ始まったばっかりだよ」
エルフが筋トレならぬ魔法トレーニングに呻吟している間に、ホッブは幼年学校生たちを集めて課題の検討を進めていた。
「今日のは正直何の参考にもならねえとは思うが、おまえら見ていてどう思う?」
ちょっと想定よりアクロバティック過ぎた。
「そうですね……次回は想定通りの形で飛べると想定して、今のところは機体の改設計はいらないと思います。それこそ想定の形で飛んでくれて、初めて設計の問題点が出ると言うか……」
リーダー格がそう言えば、方向変更の補助機構を考案した少年も指先をパタパタさせて補助機構の動きを真似して見せる。
「補助機構が役に立つかどうか、まともに飛んでみないとまず実証ができないっす。いらないか改良するかはまだそこからの話っすね」
“翼”の構造を思いついた少年も賛意を示した。
「追い風構造が良いのかどうか、やっぱ距離をこなしてみないとわかんないんじゃね? 今のは……飛んだの内に入んないっしょ」
「そうだよなあ」
イレギュラーは評価のうちには入れられない。正常に使ってみて、回数をこなして初めて欠陥が欠陥としてカウントできる。
ホッブたちは、一応水平飛行を続けている機体を眺めた。落ち着いてやっているからなのか、今のところは一回も“馬”の上には落ちていないようだ。
横で機体の動きを見ていたラルフがこっちに向けて叫んできた。
「ホッブ、そろそろいいみたいだよ!」
「わかった、そっちへ行く! クラエス、そろそろ下ろしていいぞ!」
「良かったぁ……もうクタクタだよ!」
ホッブは少年たちに向き直り、機体の各部のチェックを頼んだ。
「じゃあもう一度壊れたところがないか、チェックしてくれ」
「乾いたかどうかも診ますか?」
「いや、今はいいわ」
ホッブは無事に機体を下ろしてグッタリしているエルフに歩み寄った。
「クラエス、お疲れ」
「あうう……三十分も使い続けるなんて普通ないから、クタクタだよ」
「でも制御の仕方がだいぶ身についたんじゃねえか?」
「それは、そうだけど」
グランド百周とかを終えたばかりみたいなエルフに、ホッブは満面の笑みで次の指示を出した。
「それじゃ、クラエスがマトモな魔法の発動ができるようになったことだし……機体のチェックが終わったら、今日の本番、行ってみようか」
「……マジ?」
「マジ」
池ポチャのせいではなく、汗だくで全身ずぶ濡れのクラエスフィーナがもう一度聞く。
「あのねホッブ。私、もう地味に限界来てるんだけど……それで今から飛べると思ってる?」
「特訓ってのは限界の幅を広げるためにやるもんだ。やれるかやれないかじゃない。やれ」
「二回目飛んだら、途中で魔力切れ起こしちゃうよ!?」
「その後にこの風干し二回目があるからな? 頑張れよ」




