35.進む準備と高まる不安
やはり“生命の根源”は凄い。ラルフたちは思い知った。
ラルフたちの前には骨組みだけとはいえ、完成した実験機が据え置かれている。
「ジジイども、本当に一週間で仕上げてきやがった……」
呆然と呟くホッブに、ダニエラ叔父は高笑いを見せた。
「ハッハッハッ! 職人ていうのは一度口に出した以上は必ず納期までには仕上げるものよ! 舐めるな!」
この仕事のおかげで他の仕事は納期をぶっちぎったわけだが。
鍛冶屋の親方は軽く咳ばらいをすると、ホッブをじろりと見上げた。
「時にオメエ……約束の方は忘れちゃいねえだろうな?」
「もちろんすよ。明日の晩に予約をねじ込みます」
しっかり見返りを確認して来るドワーフたちにホッブは胸を叩いて報償を約束し、クラエスフィーナの肩を叩いた。
「というわけで、しっかり接待しろよ?」
「あの、お運びさんだけだよね? それ以上はないよね?」
グダグダ訊いて来るエルフを放っておいて、次にホッブはラルフの背中をどやしつける。
「おまえの仕事も忙しくなるからな?」
「ちゃっちゃか(説得を)片付けて、すぐに手伝えよ!? いいな!? 精神力をゴリゴリ削られる仕事なんだからな!?」
「知ってる」
ラルフの罵声とも悲鳴ともつかない泣き言を後ろに、最後にホッブはダニエラの頭をポンポンした。
「んで、おまえは今のうちに覚悟を決めとけよ? 実の叔父と知人の集団に『ダイスキ! オジちゃん!』をやる覚悟を、な?」
「わ……わかってらい……」
宴会芸の恥ずかしさに血涙を流し、ダニエラが絞り出すような口調で答えた。
エンジェル工房の作った“翼”の骨組は、二次元上での概念でしかなかったアイデアを見事に立体化していた。それでいて“鉄パイプ”を使用している為、見た目に反して重さはラルフとホッブがいれば持ち運べる程度の重さしかない。
「この骨組にあの布だったら、作業小屋から会場まで運ぶのも問題ないね!」
「ああ、これなら最初の奴より軽いぐらいだ。よし、布を張ってみるぞ!」
みんなでデカい布を広げ、完成予想図を見ながら骨組に当ててみる。少しずつ角度をずらして一番効率が良いところで布を裁断、端を裏側に巻き込む感じで布をかぶせ、デカい針で上下を縫い合わせる感じだ。
何人かで布をできるだけ引っ張って、ピンと張った状態で二人が針糸を持って作業を進めていく。そもそも裁縫なんてやったことがないラルフは当然布にテンションかける係で、目の前を通っていく針を感心して眺めた。
「凄いなあ……君たち縫物まで出来るんだ!」
「デカい模型作る時はこういう布の張り方もするっスから。小さいのは糊で貼るけどな」
縫うのは当然幼年学校模型クラブ(ホッブ命名)の少年だ。ラルフやホッブにはこんな真似はできない。たとえ模型で空飛ぶヤツを昔作った事があるとしても、二人ともそもそもが不器用だ。
「前の縫い目に重なるように半分戻して縫っていくんだね」
「こうすると単純に波型に縫っていくより、布が引っ張られた時に破けにくいんだよ」
「へええ!」
目を丸くして感心したラルフは隣で布を支えるホッブに目を輝かせて話しかけた。
「凄いよねえ、ホッブ。この子たちこんなことまでやれるんだねえ」
「ああ。だがこっちにはもっとすげえもんがあるぞ」
両手が使えないので、目を丸くしたホッブが顎をしゃくって指し示した。
「見て驚くなよ? なんと、クラエスがマトモに縫物してやがる」
「うっそーっ!?」
「二人とも、私を過小評価し過ぎだよ!? お母さんに仕込まれているし、一人暮らししているんだからね!? 民族衣装だって私が自分で仕立て直したじゃない!」
プンプン怒るエルフに、ラルフとホッブは……。
「いやあ、だってあれは……」
「仕立て直したっていうか、はまるように布にばらして間を紐で繋いだだけじゃ」
「一晩で着られるようにするにはあれしかなかったの! 直す腕が無いとかじゃないよ!」
憤慨するクラエスフィーナは頬を膨らませている。
「縮んじゃった服を着られるように仕立て直せるだけでもなかなかなんだからね!」
「……腕はともかくよ、クラエス。あれは太ったからだろ?」
「縮んだの! しばらく着てなかったから! 絶対! 多分! おそらくは!」
「本人がドンドン疑問形になっていくのはどうなんだよ……」
“翼”に布を張り終わったところで、機体の細かい部分は幼年学校生が三人残って仕上げに入る。残りの二人と学院生の四人は、もう一つ用意した装置の方の検分にかかった。そう、発射装置の方だ。
少年たちのリーダー格が、用意できた木製の土台を説明してくれる。
「推力を得る方式が変わったので、発射台で速度高度を稼ぐ必要が無くなりました。簡単に言えば、実験機が空中に飛び出すところまでやれればいいわけです」
装置の作動準備を少年たちが二人で準備するのを見守りながら、ラルフは横のホッブに囁いた。
「簡単に言えばって言うけどさ」
「それが?」
「飛び出すところまでやれば良いって言われても、前の理論と何が違うのか、さっぱりわかんにゃいんだけど」
「知ったかぶりしねえのは褒めてやるが、聞かれたらバカにされるから口に出すんじゃねえ」
ホッブ自身はどうなのかは言わない。そう、口に出すべきではない。
彼らの用意した発射台は、以前工造学科の巨大紙飛行機を飛ばしていたものに比べればだいぶ簡単だった。
少し斜め上を向いた角材がメインのレールで、その下に逆T字の足が三か所付いている。レールの上には溝が掘ってあって、その中にゴムバンドと巻き上げる為の爪が入っていた。
「前に聞いた工造学科の先輩の実験機、僕らもキャロル湖に行って見てきましたが……アレは二本のレールの間に機体が挟まって滑走する構造でした。デカいゴムバンドであの大きな板の塊をできるだけ遠くへ投射するので、衝撃や振動も大きかったです」
「ほう」
「なるほど」
「そうなんだよなあ」
ラルフとホッブ、ダニエラは分かったような相槌を打っているけど……三人とも、そんな細かい所まで理解していませんでした。ただゴムで飛ばしてる、と思っただけ。クラエスフィーナの何か言いたげな視線が三人の背中に突き刺さる。
「そういう仕組みなのであれだけ大掛かりな物を据え付けないと、発射装置が衝撃でひっくり返ってしまう恐れがあるんでしょうけど……こっちの場合、空に浮かんでしまえば後はクラエスフィーナさんが自力で飛ばしていくので、軽く空中へ放り投げるだけでいいんです」
もう一人の少年が、よく模型を飛ばすのに使うパチンコを出した。
「つまり、こんな感じだな」
最初にゴムを三重掛けにして、当てた小石を思いっきり後ろに引き絞る。ゴムがミチミチと嫌な音を立て始めたところで手を離すと、目で追いきれない速度で飛ばされた小石が派手な音を立てて作業小屋の壁をぶち抜いた。
「これがあの工造学科の発射台。で、こっちはこれぐらい」
一重に直したゴムバンドを肘を引くぐらいまで引っ張って手を放す。軽い加速で小石が放物線を描き、作業机の上にコツンと落ちて転がった。
「ふーむ」
真面目な顔で眺めていたラルフが頷きながら振り返った。
「力加減が全然違うのはわかったけど……今のコレ、壁に穴を開けるほどやる必要あった?」
「わかりやすいかと思って」
「ごめん、お兄ちゃんたち抽象的な説明の方が混乱するんだ。発射台の方で説明してもらっていい?」
リーダー格の少年とホッブで、レールの凹の溝に埋め込まれたゴムバンドを引っ張って巻き上げ用の爪に引っ掛ける。ラルフともう一人で、下についているクランクハンドルでゴムを最後尾……発射位置まで巻き上げた。
「これで上にあの機体を載せるんですが……鍛冶屋のおじさん達と相談しまして、初めから機体の方をこの発射台用に設計して、骨組がレールをまたぐ形で載せるようにしました。だからゴムで弾かれる時の横揺れをレールが抑えるんじゃなくて、機体の方が横揺れしないように載っかってます」
「うん、なるほど」
ホッブが満足そうに頷いた。
「さすがだな。やっぱり君たちに、職人と直接打ち合わせてもらってよかった」
偉そうに褒めているけれど、言われてもわかんないから直接打ち合わせてと言っただけである。偶然良い方に転がっただけで、別に技術のマリアージュが起こるとわかってやったわけじゃない。
レールの中を恐々見ていたダニエラが、何か思いついた様子で顔を上げた。
「なあ、この機体って『後ろから風をはらんで飛ぶ』って理屈で設計されているんだよな?」
「そうだな」
「あんなすげえ勢いで弾き飛ばされたら、前からの風圧で“翼”が捥げちまわないか?」
ダニエラの疑問に、リーダー格の少年が発射台を指し示した。
「それなんです。今から実際に動かしますね」
製作途中の機体は載せず、発射台だけ作動させる。
「このように引き金を引きますと……」
少年がレールの下部から出た紐を引くと……ガンッ! という音と共に軽く発射台が揺れ動き、解放されたゴムバンドがレールの先端から前に長く伸びた。
逆方向に延びてから、また打ち付けるようにレール先端へ戻って来たバンドを説明係が手に取る。
「この通り加速する力は他チームの物より格段に弱いです。向こうはこのバンド五本相当って話でしたけど、こちらは二本で引き絞る長さも短くしてます。投射機としての能力は十分の一ぐらいじゃないかと思います」
説明する少年は、自分の左手をレールに見立てて右掌で実験機の真似をした。右手が左の二の腕から爪の先までを走って空中へ飛び出す。そこで手を停めた。
「この発射台の役目は、機体を地上から離す所までなんです。極論すれば二メートルも浮いてくれればそれでいいんです。一回空中に出ちゃえば、クラエスフィーナさんが自力で推力を出せますから、飛んでいく方はそれで。遠くまで投げるつもりが無いので、“翼”が向かい風で壊れるような速度は出しません」
なあるほど、とダニエラが頷いた。
「ごめん、お姉ちゃんには最後の一言だけで良かった」
だいたい発射台の能力や取扱方法の説明が終わったところで、ずっと黙っていたクラエスフィーナが質問した。
「あの、だいたい分かったんだけど……ちょっと聞いていいかな?」
念のために言っておくと研究チームのリーダーはこのエルフで、課題を出されているのは彼女だけである。
対象者は彼女だけである。
つまり、考えて答えを出せなくちゃいけないのは彼女だけである。
それが見学者に成り下がっているんだけど、この場にそれをおかしく思っている人間はいなかった。
まあそれは置いといて。
「始めて空を飛んだ時は結構怖い目に遭ったんだけど……コレ、そういう心配は無いのかな? その、前は凧揚げ式だったから発射台で飛ばされるのは初めてなんだけど」
リーダー格の少年がラルフから池ポチャの顛末を聞き、あごに手をやりちょっと考える。
「機体の設計とか状況が違い過ぎるので、正直なんとも言いにくいんですが……」
また自分の手で、発射の様子を再現する。
「実際にまだ実験をしてないんで、機体の動きをはっきりとは示せないんですが」
また右手の実験機を、左の爪先から飛び出してすぐで停める。
「このように空中へ出て、威力は小さいですから推力と揚力はすぐに重力に負けると思います。ですから飛び出すと同時にクラエスフィーナさんが風魔法を発動して、重力に引っ張られる前に舞い上がって下さい。そこでもたもたしていると、地面がすぐですから墜ちると思います」
「あう、そこかぁ……」
先の心配で耳がへにょっているエルフを見て、ラルフがゴムバンドを引っ張りながら設計者に聞いてみた。
「もうちょっと強化して、ある程度遠くまで飛ばせないの? クラエスが心の準備ができるまで滞空できるように」
「それなんですけど……もっと強くすると、その分発射のショックが大きくなって発射台も土台がさらに大きくなります。それはまあ運ぶ時に大変てだけなんですけど」
一回言葉を切った少年がこめかみを掻いた。
「ゴムを強化して遠くへ飛ばすと、“翼”が抵抗を増した向かい風で傷むかもしれません。そして速度も速くなるので、搭乗者もその分怖いんじゃないかと……」
「それはダメ!」
クラエスフィーナが青い顔で両手でバツを作る。ビビりエルフを見て、少年がさらに付け加えた。
「それと……発射の恐怖から搭乗者が立ち直る前に、速度が速いんでそのまま水に突っ込む可能性も……」
「ダメ! 絶対! 禁断の技法に手を出しちゃいけないよ!」
可能性を聞いただけで、ビビりまくりエルフが大反対。
「クラエス、今までで一番意見を言ってるね……」
「命かかってるんだもん!」
想像しただけでガタガタ震えているクラエスフィーナに、リーダー格の少年は一つ思い出して機体の上面を指差した。今しもちょうど、一人が身体を縛るベルトを取り付けている。
「以前の失敗の話を聞きましたが、今度は上に乗るから救助前に溺死の可能性はだいぶ下がったと思いますよ。脱出もしやすいようにベルトも一ヶ所だけにしますし」
「わ、わーい……」
安心できる、と言うより気休めレベルの良い話を聞いて、死んだ目のクラエスフィーナが心のこもっていないバンザイをする。
それを聞いて、ラルフも一つ思い出した。
「そうだった。僕も前回の危なかった体験を踏まえて、クラエスの為に安全装備を考えて来たんだ」
「え、なに!? ホントに!?」
喜色を浮かべたクラエスフィーナに、ラルフは持って来た袋から取り出した物を渡した。
「首にかけてみてよ」
「こう? なにこれ?」
ニコニコ笑うラルフに差し出された物は、何か白っぽい薄い皮袋を数珠繋ぎに輪っかにしたものだった。形としては歓迎式とかで首にかける花輪に似ているけど……膨らませて固く口を縛った皮袋だけでできている。
怪訝に思いながらも首にかけたエルフに、ラルフが説明した。
「浮き袋だよ。形はまだ改良の余地があるけど、身につけていれば浮力が増すから水面に浮きやすくなると思う」
「へぇー」
感心して首に下げた「浮き袋」を眺めるクラエスフィーナに、ラルフがさらに解説した。
「ああいう危険が少なくなるように、何かできないかと考えたんだ。それで『黄金のイモリ亭』で働いていた時に、ちょうど材料にいいベッシィがあったんで作ってみたんだよ」
「ふーん? ありがとう! さっそく使ってみるよ!」
喜ぶクラエスフィーナと嬉しそうに見ているラルフ。
ちょっと良い雰囲気の二人を離れたところから眺めながら、ダニエラがホッブの袖を引いた。
「なあなあホッブ。ベッシィって何? あたし見た事ねえんだよ、あれ」
「そりゃ『黄金のイモリ亭』で裏方やってねえと王都じゃそうそう見る機会はねえよ。豚の膀胱だ」




