34.マニアと鍛冶屋で夢の最強タッグ! と要らない子の学院生
ダニエラ叔父の協力を得て、“翼”の骨組作りは解決の道が開けた。
「一日でも時間が惜しい。細かい打合せは明日やるとして、取り急ぎ今日は工房上げてパイプ作りじゃ」
エンジェル氏はさすがに経営者だけあって、ダニエラがかつて書いたのとは格段に違う工程表を引き始めた。
「それで? 設計の細部を詰めるのに実際に図面を引いたヤツは明日打合せはできるんじゃな?」
「はい、実際に技術が判っている者同士で話してもらった方が良いと思います」
正確に言えば、ラルフたちが間に入ってしまうと伝言ゲームになってしまうのでマズいのだ。なにしろ幼年学校生のグループが言っている事の半分も理解できないから、それを鍛冶師たちにまともに説明できるとは思えない。
「よし、ガキどもには明日こっちに出張してもらおう。アイデアスケッチだけじゃあ、細かいところをどうするかわからねえからな」
と、本来の研究チーム員であるホッブが指示を出した。
「了解! ジュレミーに伝言頼むよ。だけど、ジュレミーに何かやってもらうと金かかるんだよな……」
と、兄の威厳も何もあったものじゃないラルフが頷く。
「はー……とにかくあたしがやる羽目にならずに済んで良かったぁ」
と、唯一の工造学科生であるダニエラが責任を回避して喜んだ。
「研究チームって、私たち四人だよね……」
と、原則は忘れないけど一番何もできないクラエスフィーナが力無くツッコんだ。
ホッブが優しくクラエスフィーナの肩を叩く。
「いいか、クラエス。何も設計したり骨組を作ったりだけが研究じゃねえ。大規模な研究にはな、現場監理って大事な仕事があるんだ」
「現場監理?」
「各部署がうまく連携できるように間を取り持ったり、予定通り進んでいるかスケジュールをコントロールしたり、研究資金が足りるかとか事務仕事をやったりって仕事だな。監督役がいて初めてチーム全体が機能する、そういう役をやるのも大事なんだぞ」
「ほぇぇ、そうなんだね……」
ホッブに丸め込まれて素直に感心するクラエスフィーナ。
……が、次の瞬間怪訝な顔になった。
「間を取り持つのが無理だから直接話してってのが今の話だよね? 予定通りどころか失敗ばかりでどんどん方針がズレていってるし。研究資金も一回パンクして、研究室の物を全部売り払ってお店の手伝いで資金稼ぎをしているんだよね……私たち、その現場監理も出来てないんじゃ?」
「はっはっは、だからこそだな」
ホッブが真顔になった。
「クラエスの持ち場は搭乗者と『黄金のイモリ亭』の看板娘なんだよ。どうせ難しいことは判んないんだから、とにかく必死に金を稼げ」
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
ペコペコ頭を下げるエルフに、工房の職人たちが任せとけと口々に雄叫びで答えた。
「わしがやると言ったからには必ず間に合わせて見せるわい! オメエらも約束を忘れんなよ!? わし、かぶりつきの席じゃぞ!?」
エンジェル氏が鼻息荒く念押しする姿に、身内であるダニエラは見てられなくて掌で顔を覆った。
「ほんと、スケベが服を着て歩いているようなのばっかりで恥ずかしい……ドワーフが誤解されるじゃねえか」
「何を言うとるダニエラ」
「あんだよ!? 姪っ子に恥をかかせんなよ」
「一番スケベなのはテメエのオヤジじゃねえか。プリティーのヤツ、ポコポコ十七人も子供を作りやがって……」
「ちょっと待って下さい」
親戚の会話にホッブが割り込んだ。
「なんじゃい?」
「ツッコミどころしか無くて、どこから言ったらいいかわからないんですが……まず聞きますけど、プリティーって……」
「なんだ、聞いたことないのか? コイツのオヤジだよ。わしの下の兄貴」
「下の兄貴ってことは……」
「ああ、上の兄貴はブリリアントって言ってな。鉱山で技師長やっとる」
「職業はこの際どうでもいいです」
ホッブとラルフ、クラエスフィーナは顔を見合わせた。
「ジジイの三連星に全員キラキラネームかよ……すげえな親御さん。他の情報が全てどうでもよくなるインパクトだ」
「いやいやホッブ、子供十七人ってのも衝撃だよ。じゃあダニエラは思いっきり下の方の子供? 一番上とどれだけ離れているのかな」
「叔父さんがずいぶんな歳に見えるから、叔父さんじゃなくて伯父さんじゃないかと思ったんだけど……このオジサン、ホントに叔父さんなんだね」
「えっ? クラエス、何その『おじさん』の連発……何か区別あるの?」
「ラルフ文章学科だったよね!?」
興味深い話題に話の尽きない三人だったが……ご家庭の事情がもろバレで、もう半分泣きべそをかいているダニエラが課題と関係ない議論を始めた仲間を追い立てた。
「さあ帰るぞバカども! やる事はいくらでもあるんだからよお!」
「ダニエラの家の家系図作成とか?」
「うるせえラルフ、その口閉じねえと鉄パイプで黙るまで殴るからな!」
鍛冶屋と約束した宴会の事を話すと、『黄金のイモリ亭』の主人は快く予約を許可した。
「ドワーフが十数人なら、酒もつまみもすげえ事になるな!」
今から皮算用をはじいているオヤジさん。その言葉を聞いて、クラエスフィーナは一つ不安な点が見えてきた。ラルフを振り返る。
「ねえラルフ。ドワーフの職人さん十数人を招待しちゃったけど……とんでもない金額にならない?」
ダニエラを見れば、ドワーフが大酒飲みなのはわかる。しかも女子学院生でこれだ。鍛冶職人なんていかにもガッパガッパ行きそうな人たちがどれだけ飲むのか。
「おいおいクラエス、何を言っているの」
下手をすれば研究費に大打撃が……と心配しているクラエスフィーナと逆に、ラルフの方は至極楽観的だ。
ラルフはにっこり笑ってクラエスフィーナをなだめた。
「僕は招待するとは言ったけど、奢るとは言ってない」
「それ、その時になったらメチャクチャ怒るんじゃないかな!? 大丈夫なの!? 改造が必要になったら受けてもらえないんじゃないの!?」
「その心配は大丈夫だよ」
よけいに心配になったクラエスフィーナに、ラルフはいやいやと首を振った。
「飲み始めて一番気分のいい時にうまく切り出すから大丈夫さ。ホッブが」
「俺に丸投げかよ!?」
後ろの法論学科が何やら初耳みたいに騒いでいるけど、いったい何を言っているのやら。言いくるめる仕事は全部ホッブに決まっている。
「ダニエラの叔父さん達はクラエスのお運びさん姿を満喫できて、『黄金のイモリ亭』は売り上げが大幅アップして、僕たちは金属骨組の“翼”が手に入る。みんなにいいことづくめじゃないか」
「言い出しっぺだけ何もしてないよ……」
恨みがましいクラエスフィーナの目は気にしない。でも何か、見落としがあったような……ラルフがいまいちしゃっきりしない感覚を怪訝に思っていると。
店主が張り切って叫んだ。
「よおし、予約の日が決まったら仕入れも思い切って倍増するか! ラルフ、ホッブ、仕込み作業が半端ねえぞ? 気張れよ!」
「忘れてた! それがあったぁ!?」
悲鳴を上げるラルフの肩を、楽しくて仕方ないと言った表情のホッブが険のあるニヤニヤ笑いで叩いた。
「俺はエンジェル爺さんを口説くって大変重要な役目があるからな。その日はラルフ、おまえが裏方頑張れよ」
「ホッブ、友達じゃないか!? こういう時は協力しなくちゃ!」
「友達ならうまく分担して頑張ろうぜ。なにしろ、誰かさんのおかげで重要な仕事ばっかりだからなあ?」
ラルフが他人に仕事を押し付けたばっかりに……と暗に言われ、ラルフは悔し涙を飲んで引き下がった。後ろで呑気に他人事だと思っているドワーフを振り返る。
「くっ、仕方ない……僕がちゃんと教えてやるからな、心配するなダニエラ」
「あたしが食肉処理班に!? なんだよ、そのとばっちりは!?」
いきなりお鉢が回ってきて素っ頓狂な叫びを上げるドワーフに、ラルフが指を二本突き付ける。
「ダニエラ……フリフリドレスに幼女プレイで叔父さんにお酌するのと、牛豚相手に命の取り合いするのとどっちがいい?」
「究極の選択過ぎんだろ!? えらべるかぁ!」
これでも花も恥じらう「女子」学院生、ちょっとどっちも選べない。
頭を抱えたダニエラが後ろに気配を感じて振り返ると、死んだ魚のような目をしたクラエスフィーナが虚ろに笑って親指を立てていた。
「いい、ダニエラ? 世の中にはどっちを選んでも最悪なチョイスしか無いんだよ。そして最悪だと思っても、次の選択肢を見れば下には下があるってすぐにわかるよ」
「クラエス、慣れ過ぎだ!」
「退学・都落ちか、貴方たちの暴走に目をつぶるかって究極の選択を毎日している私の気持ちを良く味わうがいいよ!?」
仲違いをしてギャアギャア喧嘩している臨時従業員を見て、「黄金のイモリ亭」のオヤジはウンウンと頷く。
「青春だなあ」
「そういうもんっすかねえ」
(普通に喧嘩しているようにしか見えないけどなあ)
おバカな学院生のやる事も親方の言う事も、まだ思春期これからの丁稚のハンスにはよくわからなかった。
「家族ねえ……」
ホッブは「黄金のイモリ亭」の仕事から帰る夜道でボソッと呟いた。
今日は“翼”の骨組の問題が一気に改善へと進んだ。ついでにダニエラの素敵な家庭の事情でも盛り上がった。そういう意味では実りのある日だった。
確かに親父の兄弟の名前は強烈だったし、ダニエラ父の種馬ぶりは興味深かった。
「でも、笑える話だから良いじゃねえか」
ダニエラが訊いたら猛抗議しそうなセリフを吐き、ホッブは家に入った。
「うちは笑えねえからなあ……」
ぼやきながら二階に上がったホッブは、自室の隣を覗いてみた。
暗い部屋に手元のランプだけをつけ、神経質そうな若い男が夢中で原稿を書いている。耳をすませば、ボソボソ呟いている独り言も拾う事ができた。
「……したがって、暗愚な執政府の政策に何ら期待はできない。我々真に社会を憂う同志は自らの実践を持って先鞭をつけ、諸君ら無知蒙昧な大衆にあるべき世界の姿を……」
ホッブは一つため息をつくと、絶賛引きこもり中の兄の背中に声を掛けた。
「大衆が無知蒙昧だって言うんなら、持って回ったように偉そうな文章を書くんじゃねえ。相手のレベルに合わせて宣伝文の一つも書けねえバカしかいねえから、お仲間が全然増えねえんだろうが。紙とインクと灯油の無駄だから、さっさと寝て朝から仕事を探しに行け、バカ兄貴」
「なっ、ホッブ!? おまえにはこの崇高な使命を広く愚民どもに知らしめんとする高尚な傑作の良さがわからないのか!? あー、我が弟ながら愚鈍に育ってしまって……家の内でさえこれでは、革命の征途の長さが思いやられる」
「現実の見えねえテメエに愚か者扱いされる覚えはねえ! 内容の問題じゃねえんだよ! 相手に合わせた説法も考えつかない知能の低さを自覚しろって言ってんだよ! そもそも親の脛かじって運動家ごっことか、恥ずかしいと思わねえのか!」
兄貴、引きこもり兼革命家(自称)。
「そ、それを言ったらおまえだって親の脛かじりだろ!?」
「俺は学院生だからいいんだ!」
自慢にはならない。
「俺だって八年生だ!」
自慢げに言ってはならない。
「兄貴……学制のシステム替わったの知ってるか? 留年込みだと六年で卒業資格までこぎつけないと退学になってんぞ、今。八年目が許されているの助教の席が空くのを待ってる研究生だけ」
「な、なにぃ!? ……くっ、執政府による弾圧がついにここまで!」
悔し気に拳を握って膝をつく兄に、白けた顔のホッブが横に手を振る。
「いや、そんな御大層なもんじゃねえから。多分兄貴たちの活動知られてねえから。知ったってまともに取り合いはしねえよ……『地平線の探究者ギルド』だっけ?」
「おまえは我々を変態だと思っているのか!? そんな物と一緒にするな! 我らは誇り高き『ペドフィリア国の円卓騎士団』だぞ!」
社会的には大差ない。しかし違いの分かる兄は弟の見識にしきりに憤激する。
「体格ばっかりでかくなりやがって、社会の変革に身を投じようという意義も理解できないとは……兄として情けないぞホッブ!」
「やかましいわ!? 天下国家を論じる前に、自分で明日の食い扶持を稼げよ引きこもり野郎!」
「世界を正す大義の前に、食費の出どころは問題では無い!」
「地に足をつけろって言ってんだよ、行間も読めねえのかバカが!」
ますますいがみ合う声が大きくなり、掴み合いになりそうだった兄弟喧嘩は。
「何時だと思ってやがんだ! 夜中にうるせえぞバカ息子ども!」
罵声の大きさに起きて来た、父の介入で水入りとなった。
印刷業者エバンス氏は、不肖としか言いようのない息子二人を床に座らせて頭痛を感じるこめかみを押さえていた。
「まったくおまえらは……アホのセドリックもセドリックだが、ホッブ、お前も時間を考えろ」
「だってホッブがよ」
「兄貴がさ」
「うるせえ!」
二人のちょうど中間ぐらいの体格のホッブ父は、苦虫を噛み潰したような顔で口髭を撫でている。
「いいか、これだけはキチンと言っておくぞ」
ピッと指を二人に向けると、父親は傲然と息子たちへ言い放った。
「合法ロリ巨乳と結婚した俺は勝ち組」
一瞬黙った息子二人は、好対照の反応を見せた。
「なんでだ!? なんで親父だけそんな良い思いを……!?」
「俺をテメエらと一緒にすんなよ!? なんでうちはロリコンの家系なんだよ!?」
「どうだおまえら、真似できるか!? 父の偉大さにひれ伏すが良い! ハハハハハッ!」
兄は床を叩いて泣き崩れ、弟は歪んだ我が家に諦念を滲ませる。勝ち誇った高笑い(近所迷惑)をする父と悔しがって号泣する(これも近所迷惑)兄を見ながら、ホッブは長々とため息をついた。
「ダニエラの家なんか、うちよりよっぽどマシだよな……」
家族の相克に、隣の芝が羨ましいホッブだった。




