33.ホッブさん、出番ですよ
頭を抱えてのたうち回るダニエラを見ながら、ラルフとホッブは難敵に唾を飲み込んだ。
「これはまた、相当なモンだな……」
「全くだね。あれだけみんなにガンガン殴られていて、なんでダニエラは頭が大丈夫なんだろ?」
「だから小難しいことは覚えられないんじゃねえのか……じゃ無くてだな。姪っ子を平気で鈍器で殴るジジイをどう説得する?」
苦りきるホッブに、ラルフはビッと親指を立ててみせる。
「バカだなあホッブ。こういう時の為にうちのエースがいるんじゃないか」
「エース? いる? 誰だよ?」
「行けホッブ! 法論学科の外道なトーク技術で丸め込んで見せろ!」
「無理じゃねえかなあ? バカだそうだからなあ?」
下げたり上げたりのラルフに向かっ腹を立てているホッブを、ラルフが不思議そうにしげしげと眺めた。
「何言ってるんだよ。こういう時ぐらい役に立たないと、本当に無駄飯喰らいの粗大ゴミだぞ?」
「テメエにだけは言われたくねえわ」
しかし確かに説得となると他に人材もいない。少なくとも目の前のバカに、頑固な職人をなんとかできると思えない。
大きくため息を一つつくと、ホッブは側頭部をガリガリ掻きながら老ドワーフに向き直った。
「あー、えーと……」
声を掛けかけて、ホッブは大事なことに気がついた。
……このオッサンの名前、訊いてねえ。
ダニエラは叔父貴としか呼んでない。肝心の名前を言ってない。
姪のダニエラならともかく、まさか無関係なホッブが叔父貴なんて呼ぶわけにいかない。慌ててラルフに視線を飛ばすけど……。
(おいラルフ、このオヤジの名前なんだ!?)
(ダニエラも言ってなかったよ!?)
ホッブが知らないのだ。同じく初対面のラルフが知っている筈がない。
(外の看板……ダメだ、鍛冶屋のマークしか出てないよ!)
(こんのアホドワーフが……!)
床を転がっているダニエラに一発蹴りを入れたい気持ちを押さえ、必死に頭を回転させる。向こうが声を掛けたことに気がついている以上、長くは間を置けないし話をしないわけにもいかない。
(うまくなんとかごまかしてよ! 詭弁で飯食ってる法論学科だろ!?)
(これはどう考えても法論学科の仕事じゃねえよっ!?)
それでもなんとかコンマ数秒でごまかす方法を脳内でまとめると、ホッブは握手を求めそうなくらいにかしこまって腰を折った。
「ご挨拶が遅れました。俺、ダニエラと一緒に課題の研究をしているホッブと言います。宜しければ、お名前を伺っても……?」
礼を尽くして挨拶からやり直す作戦!
ダニエラが叔父貴の名前を言い遺さないで逝った(まだ生きてる)以上、相手に名乗ってもらって滑らかに本題へつなげるしかない!
しかし。
なぜか足元で転がっているダニエラが、頭を押さえつつもホッブのズボンの裾をぐいぐい引いた。まるで制止するかのように……。
おかしな動きをするダニエラに視線を向ける暇もなく……ホッブを下からギロリとねめつけたダニエラの叔父が、不機嫌な顔のままでぶっきらぼうに答えた。
「エンジェルじゃ」
名乗りからホッブの返答まで、ちょっと間が空いた。
「……はっ?」
「わしがダニエラの叔父のエンジェルじゃ」
ちょっと無言で考えたホッブは、慇懃な態度のまま恭しく尋ねた。
「大変失礼とは思いますが、名前の由来なんか教えてもらっても良いですか?」
ダニエラの叔父も、どう転ぶか判らない表情のままムッツリと答える。
「生まれ落ちた時、天使のように可愛かったんだそうじゃ」
「なるほど」
ホッブはよく判りましたと頷くと、そこにあった金属製の火消し壺を振りかぶり……後ろで爆笑しているラルフに投げつけた。
ウギャッ!? と悲鳴が上がるのを確認してから向き直る。
「ありがとうございます。将来俺に子供ができた時、歳を取った後の事も考えず浮かれてキラキラネームをつけないように心に刻みたいと思います」
「おう、オメエの肝に免じて話だけは聞いてやるわ」
ホッブは四号機の運命と、新設計の五号機(仮)が骨組みが作れないという部分を細部を端折って簡単に説明した。
「……その為に、金属で骨が作れないかと思って伝手を探してこちらに伺ったわけです」
「なるほどな」
エンジェル氏は細長い喫煙具に煙草の葉を詰め、炎が剥き出しになっている卓上ランプで火をつけた……いや、炉の種火らしい。鍛冶屋にとっては神が宿るとまで言われる神聖な火の予備を煙草の着火に使っていいんだろうか……?
客が気にしているのも知らず、聖火で一服つけたベテラン職人はゆったりと語りだした。
「木材は曲げに弱い。部材が大きくカーブする部分を、後から作り出すなんてまず無理じゃろ。だからと言ってオメエらのように直線同士を継いでは、絶対にそこが弱点になる。力が加わった時に、真っ先に破断するだろうな」
「そうなんです」
同意するホッブに続き、復活したダニエラも雰囲気に呑まれて後ろでビクビクしているクラエスフィーナも、ダニエラ叔父の指摘を聞いて頭を縦にブンブン振る。
「かといって、金属では重いんじゃないかと言う指摘も出ました」
「そりゃそうだ」
ラルフが横からヒョコっと頭を突っ込んできた。
「何かいい手がありませんかね?」
エンジェル爺はまだ火がついてて熱い煙草の先端でラルフの額を突く。
「ぬおおおっ!?」
「近いわ」
叔父さん、初対面のガキにも容赦ない。
老練の鍛冶職人は特に考えることもなく、後ろの工房へ向かって大声で叫んだ。
「おいルイス、オメエの作った『パイプ』を持ってきてくれ!」
「へいっ、親方!」
若いらしいが見た目判別できないドワーフの職人が、一本の金属の棒を持って来た。受け取ったエンジェル氏はそのままホッブへそれを渡す。訳が分からないながら受け取ったホッブは、持ってすぐに違和感に気がついた。
「これは……穴が開いてる!?」
ホッブに渡されたのは棒では無くて筒だった。
ごく薄い……と言っても数ミリはあるけど……外皮の中は空洞になっている。木製や紙製の円筒は見た事があるけれど、金属でそれを実現したのは見たことがない。
端を持って反対側を自分の掌に叩きつけてみるけど、振った時も掌に当たった時も、金属筒の表面に皺が寄ることはなかった。金属の強度はあるのに重さは全然ない。
「これ、凄いぞ……」
思わず呟くホッブに相変わらず不機嫌ヅラのまま、エンジェル氏が工房の徒弟を指した。
「コイツが開発した『鉄パイプ』じゃ。薄くなるまで叩いた鉄の板を、最終段階で木の丸棒を包むように叩いて曲げて行くとできるんじゃ。実用化に成功したばかりよ」
ホッブの持つ物はサンプル品らしい。
「長さは一メートルほどまでしか作れんが、連結も可能じゃ。木と違ってある程度は、後からでも熱を加えて縦方向にも曲げられる。繋いだ痕を炙れば後からくっつける事も無理では無いし、ビスを打って繋ぎ目を固定すれば木材と違って釘割れする心配もほぼ無い」
「完璧じゃないっすか!?」
「これなら、複雑な新型機も作れるんじゃない!?」
「待ってる幼年学校の皆にもいい報告ができるよ!」
おおっと盛り上がる若人たち……に、相変わらずの仏頂面で工房の長は釘を刺した。
「ちなみに、今欲しいと言われても生産開始までに二週間かかる」
「……二週間後まで、受け取れないんですか?」
「違う」
エンジェルジジイは噛んで含めるように間違いを正した。
「作り始めるのが二週間後。設計図を見て計算しないと使用量が判らんが、『鉄パイプ』は職人が一日に数本しか作れない代物じゃ。全部揃うまでにも結構時間がかかると思え……それも、この試作品を量産すると考えたらの話な」
ジジイはホッブが広げた図面を指でなぞった。
「図面の通りに複雑な形に加工して、この形で納品しろと言うなら……何人かで分業しても、二か月ほどはかかるんじゃねえかな」
「それじゃ遅いよ!?」
ラルフが指折り数えた。
「二か月後じゃ審査が終わっちゃってるし、そもそも出来た物を飛ばして不具合を確認して修正が必要だろ? だとすれば初回納品はもっと早くじゃないと……」
時間が足りない。全然足りない。
ダンッっと激しい音が立つ。ローテーブルに両手を突き、エンジェル氏にラルフが迫った。
「なんとかちょっと納期を詰めて、二週間後に納品になりませんか!?」
ズズイと迫ったラルフの額に、エンジェル氏の火掻き棒が炸裂する。
「あ痛ぁっ!?」
「まずい顔を近づけるなと言うてるに」
床を転げまわるラルフを放っておいて、老職人は悠々と新しい煙草に火をつける。
「納期を縮められるかどうかの話以前に、今抱えている仕事もあるんじゃから現実問題取り掛かるまでに二週間かかるわ」
「そこを何とか! 他の注文なんかちょちょいと片付けちゃって、すぐに取り掛かってよ!」
「それで片付けば、初めから納期なんてねえんだよ。金属加工舐めんなボケ」
二人の言い争いを受けて、ダニエラが胡乱な目つきでサンプル品を眺める。
「いっそ暇な他の鍛冶屋に作ってもらうとか」
「オメエもドワーフのくせして職人仕事をなんだと思ってやがる。金物作るのに時間がかかるのは当たり前だし、どこだって設備を遊ばせねえように先の注文抱えて間が空かねえように仕事廻してるんじゃ。持ち込んで即加工にかかれるような鍛冶屋に、精度が必要なコイツが作れるわけねえだろうが」
ダニエラがサンプルをいじくり回す。
「……鉄板丸めるだけじゃねえの?」
「このアホは学院まで行って何を勉強してんだかな……一本だけなら何とでもなるんじゃ。何本繋いでも歪みが出ないように、手触りでもわからんレベルにまで同じ仕上げを作るのにどれだけ苦労すると思ってる」
まさか勉強してないとは言えないダニエラは、墓穴を掘らないように黙り込んだ。助教に毎回連行されて、多少は頭が良くなったらしい。
ホッブが図面と「鉄パイプ」を見ながら、ざっと工程を考えた。
「鉄パイプを専門で作る班と曲げが必要な部分のパイプを加工する班、組み立てをする班で分業はできませんかね? それなら同時に進められる」
「そりゃ早くなるだろうが、工房全員で取り掛かるとかできねえよ」
否定した後にさらに付け加える。
「そもそもその体制に入るまでに、どれだけ前の仕事を片付けないといけねえと思ってる」
うーん……と考え込んだ若者たちは全員同時に何かを思いついたらしく、一斉に顔を上げた。
「バックレちゃえば?」
「四人で考えて全員その答えかい」
見事にハモッた四人の答えに、エンジェル氏でさえ顔をしかめた。ラルフがいやいやと手を振りながら老技術者の説得にかかる。
「〆切っていうのはゴムバンドのように伸びるモノだって、昔の偉い人が言ってたような気がしますよ」
「ゴムバンドが最近の出来物じゃねえか」
「追い込まれると新たな才能が開花するらしいですよ?」
「追い込まれねえように仕事を進めんのがマトモな職人ってもんだ」
「ちょっとぐらい期限に遅れたって、何とか受け取ってもらえるものですよ。僕だって様々な泣き落としの技術を駆使して、長期休暇の課題を納期遅れで教師に納品したものです」
「それでオメエはこれだけボンクラに育ったんか」
汗を拭きながらラルフはホッブにバトンタッチした。
「このオジサンときたら、ああ言えばこう言うんだから……話にならないよホッブ」
「おまえに言われるんならよっぽどだな」
ラルフに替わったホッブは、職人の自尊心に訴えかける方向で説得を試みた。
「せっかく作った新技術を活かしてみたいと思わねえですか!? クラエスの〝翼”を作るにはこの新しい素材が必要なんです! 空を飛ぶなんて未来の装備に、おたくの最先端技術が欠かせないなんて職人冥利に尽きると思いませんか!」
「だから持ち込むのが土壇場過ぎるんだっての。話としてはおもしれえが、抱えている注文を後回しにしてまで手伝う義理はねえや」
「そこをなんとか! 〝翼”の布の一番いいところにでっかく広告入れますから!」
「職人仕事は製品でPRするもんだ。広告で客を集めるなんて邪道だぜ」
「が、頑固ジジイ……」
何を言っても通じないドワーフにホッブが次の手を考えあぐねていると、ダニエラがホッブを脇に押した。珍しく自信満々だ……と言っても、ダニエラがこの顔の時はだいたい失敗しているので当てには出来ないが。
「ふっ。あたしに任せろ」
「……手があるのか? ダニエラ」
「あたしゃ姪っ子だぜ? 弱点はお見通しよ」
ずずいとダニエラはエンジェル氏の前に出ると……両手を組んでお願いポーズを取って、うるうるした涙目で叔父に迫る。
「おじちゃぁん、ダニエラ一生のお願いィィ……あ痛ぁっ!?」
ダニエラはちょうど手元にあったサンプル品で殴り飛ばされた。
「くっ……『黄金のイモリ亭』で鍛えたあたしの〝ロリパワー”が効かないなんて……!」
「おまえそれ、叔父に通用して嬉しいか?」
「この際使えるものは何でも使うしかねえだろ!?」
ホッブとダニエラが言い争う横で、ダニエラの自爆営業を見ていたラルフが何ごとかを考え始めた。
「幼女プレイ……『黄金のイモリ亭』……効かない……何でも使う……」
「どうしたラルフ。何かアイデアが見つかったか?」
「うん……もしかしたら、だけど……当たりか判らないけど、試してみる!」
「お? おお……」
ホッブが見送る中をラルフがクラエスフィーナの手を引いて端に行き、何やら相談……というか説得を始める。
(……というわけで……頑張ってよ)
(え、でも……こういう場で……)
(これしかないんだクラエス! だから……)
(ふぇええ……なんで毎回こんな……)
ボソボソ喋る二人。ややあってクラエスフィーナがカバンを持って物陰に入って行き、ラルフが前で待っている。
「ホッブ、どう思う?」
「ラルフの発案てのとさっきの呟きを考えりゃ、まあ何をするかは判るわな」
「でも、あたしの必殺は通用しなかったぞ?」
「だから逆方向で考えたんだろ」
ホッブとダニエラがコソコソ話していると、いい加減相手が面倒になったのかエンジェル叔父貴がじろっと睨んで来た。
「もう話は済んだじゃろ。わしも忙しいんじゃ、とっとと帰れ」
「いや、もうちょっと! もう少し待ってくれ叔父貴。今とっておきを出すから!」
「どこの素人酒場だ、オメエは。話は済んだ、うちの工房は仕事が詰まっていてどっちにしたってオメエらの話は受けられん」
「そう言わずに! もうちょっとだけ考えてよ」
「くどい! できねえってのは確定だ、ひっくり返ることはねえ!」
キレてダニエラにそう宣言するエンジェル氏。踵を返し、もう相手にせず作業場の持ち場に帰ろうとするドワーフ……の前に、ギリギリ間に合ったクラエスフィーナが駆け寄った。
「黄金のイモリ亭」の制服で。
「おじ様、ちょっとお話を聞いて下さい!」
クラエスフィーナが必死のお願い。
おじ様、駆け寄るエルフの跳ねる胸元に目が釘付け。
「あの、ホントにそちらにはご迷惑な話だと思うんですけど! それでも私、他に頼めるところが無くて……」
ちょっとパニクりながら身振り手振りを入れて説明しようとするクラエスフィーナ。
そちらさん、揺れまくる肌色をガン見で話を聞いてない。
「なんて言ったらいいか判らないんですけど……あの……」
クラエスフィーナが言葉に詰まり、涙目になってダニエラと同じお願いポーズになる。
「おじ様、お願いです……他に頼れる人がいないんです! どうか、協力して下さい!」
改造民族衣装で泣きつかれたエンジェル氏は……何かを耐えるように唇を噛んでプルプル震えている。そして目だけは小高き丘の谷間に注目。
そこへヒョコっと顔を出したラルフが口を挟む。
「機体制作にご協力いただければ、無事完成の暁にはクラエスがこの格好で給仕している……肉と酒と女の桃源郷、『黄金のイモリ亭』へご招待致します」
「ルイス! ハモン! ウルリヒ! オメエら手分けしてお客さんへ納期遅れを詫びに行って来い! やむにやまれぬ事情でしかたなく、ってな!」
「へい親方!」
「がってんだ!」
「ダッシュで行ってきます!」
「他のもんは工程を考えて得意な手順ごとに班分けじゃ! 一挙に同時進行で一週間で引き渡すぞ!」
「おおっ!」
「そして一日でも早く『黄金のイモリ亭』で酒盛りじゃ!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
半分判ってたとはいえ……予想通り過ぎる逆転劇に、何とも言えない顔をしているホッブとクラエスフィーナ、ダニエラ。ラルフ一人がウンウンと頷いている。
「昔から言うよね。ドワーフ殺すにゃ刃物はいらぬ、酒と女があればいい」
「なんつーか……ある意味ブレねえな、ドワーフってヤツは」
「だってダニエラの親戚だよ」




