32.解決法で解決するための技術力が解決してない件
素敵な一夜が明け、夜の闇と共に変態と悪夢は去って行った。
ホッブはまだまだ元気だったのだが、他三人がトラブルの気疲れとほぼ徹夜の肉体疲労でノックダウン。いったん解散して仮眠してから戻ったので、幼年学校生たちに来てもらったのはいつも通りに夕方だった。
日中ほぼ寝ていて気力を回復したラルフが、まだ眠そうな目で図面を広げた。頭に寝ぐせも付いている。
「いやあ、参ったよ。今日は大事な会議だから、朝飯をガッツリ食べて英気を養おうと思ったんだけどさ」
「それが?」
「起きてすぐに『首絞め野ウサギ亭』にモーニング食べに行ったら、今日に限って終わってたんだよねえ」
「水場に行って、寝ている頭が起きるまで顔を洗ってこい。起きたのが昼過ぎでモーニングがやっている筈無いだろ」
「……おおっ!」
寝ぼけているんだか平常運転なんだかわからないラルフを置いておいて、ホッブは回収された四号機の残骸を調べている幼年学校生たちを振り向いた。
「どうだ、壊れた箇所は?」
下請け業者の監督が振り向いた。
「ホッブさん、これちょっと深刻かもしれないです」
「ほう?」
少年が〝翼”の始まる所とクラエスの乗る搭乗部の継ぎ目を示した。
「ここのつなぎ、模型の時は問題なかったんです。でも実機は壊れたんですよ」
「つまり……想定よりクラエスが重かった?」
口を挟んだダニエラの横っ面を、クラエスフィーナがお菓子の袋で張り飛ばす。
「根も葉もない冗談ばっかり言ってると、お仕置きだよ!?」
「堅パンの徳用袋で殴んの止めろよ!? 根も葉もあるだろ!? 男子に言えないキロ・エルフ!」
ドワーフに馬乗りになって鈍器のような音のする袋で叩いているエルフも放っておいて、ホッブは少年たちと模型を手に円陣を組んだ。
「実機になると壊れた理由に心当たりは?」
その部分を作った少年が、模型に使った余り部材を持って来た。
「これなんすけど、模型は実機の予定サイズの十分の一ジャストになるように作ったんすよ。模型じゃ小さすぎて、その構造もチャチにしか作れねっすから……水平と斜めの取り合いだから、添え木とか補強とかも入れて実機の方が頑丈に作ったはずだったんす」
それについてはホッブも同感だ。周りもウンウン頷いている。担当者は横にある実機と手元の部材を並べてみせる。
「んで、問題はっすね。おそらく部材の強度に問題があるかと思うんす」
「部材の強度?」
「実機の桁材に使っている木を細く削り直して、十分の一の細さにしたヤツを模型に使いました。寸法は合わせたんすが、木の密度は当然十分の一にできねえです」
「サイズを合わせるのと、木の硬さまで十分の一にするのとは訳が違うって事か」
「そう考えると、模型と全く同じ構造では間に合わねえんじゃねえっすかね」
木材をカットして寸法を合わせるのと、木材自体を伸縮させて十倍なりにするのでは話が違う。
「じゃあ……実機ではもっと太くしないと、同じ強さにできないって事か」
「それじゃ、重すぎますよね……」
ホッブの呻きに、リーダーの少年も眉をしかめた。下手すりゃ最初の実験に使ったダニエラ号と同じになってしまう。
「ちょっと、他の件を先に進めるか」
皆で唸っていても良い案が浮かばないので、ホッブは次の話を先にすることにした。
「それで、集まってもらった時に話した推進方式の事なんだが……どうだ、機体の設計をそれに合わせたいんだができるか?」
話を聞いた後にスケッチを描いていた別の子が手を挙げた。
「それそれ。俺、検討したんだけど」
その子が持っていたスケッチを広げる。
描かれているのは、〝翼”の形が猛禽類みたいに肩の張りだした前寄りの形になったもの。横に描かれている断面図で、翼の前縁が折り返して下に広がりがあり、Jのような断面になっている。
「テントウムシの硬い上面みたいな、後ろから風を受けるのに特化した半深皿型も考えたんだけどさ。進んでいくと前からの空気もぶつかってくるから、それはスムーズに流しちゃいたいんだよね」
少年は指で図の〝翼”付近をなぞり、前からの風を受け流すさまをシミュレートする。
「それでさ。こういう形に〝翼”を作れば……前からの風は切り裂き、後ろからの風はきっちり受ける、両側の事情に対応できるモノになるんじゃないだろうかと」
「なるほどなあ……」
これも風洞実験をしてみないと判らないけど、アイデアとしては充分良さそうだった。
「これについて、みんなはどう思う?」
幼年学校生たちを見回すと、先ほど素材の問題を提起した少年が手を挙げた。
「この設計、さっきかけた時も相談したんすけど……」
「おう」
「壊れた四号機より、さらに骨組みの造りが立体的っていうか、曲がり方が複雑になるんすよ」
ホッブにも、次に言いたいことが読めた。
「骨組みをどう作るか、今のままの木材を使っていたら無理って事か」
「うっす!」
いや、力強く返事されても……。
ホッブは居並ぶ面々の顔を見回した。
「……誰か、何か手を考え付かないか?」
言われても、少年たちもあれば既に誰かが言っている。ホッブを含めた六人が、言葉も無く立ち尽くした。
「と言うわけでだ、バカども。良さそうな打開策が出てこないので、おまえらにも何か少しでも使えそうなアイデアが無いか……藁にもすがる思いで聞いておこうという話になった。誰か、小さなことでもいいからヒントになりそうなネタが無いか?」
「ホッブ、一軍と二軍が逆転してるぞ」
クラエスフィーナやダニエラと一緒に床に正座させられているラルフが不平を言ってくるけど、そんなことはホッブだって百も承知だ。
「実際に役に立たねえんだから仕方ねえだろ。推力だって結局は変態のオッサンが考えてくれたようなもんだし」
「肝心のチームリーダーがこっちにいるんだけど。変態のオッサンはダニエラで楽しんだだけで、別に考えてくれたわけじゃないじゃん」
「思い出させるんじゃねえよっ!?」
「ところで、なんで僕ら正座なの?」
「苦痛を感じる事で少しでも早く頭をシャッキリさせろって、俺の素敵な親心だよ……で、どうなんだよ?」
クラエスフィーナが控えめに手を挙げた。
「なにかこう……凹面側に、広がらないように支えを入れたら? 部品から部品へ、細い紐を渡すとか」
クラエスフィーナのアイデアは消極的ではあるが悪くはない。ただ……。
「クラエスの考えも一理あるんだが、四号機の折れた箇所、凸面側がもっと曲がった結果なんだ。だから、求めているのは逆側になる」
「うっ……」
今度はラルフがしゃしゃり出た。
「じゃあさ、もう完全に今の木材でまずいって言うなら……骨の素材を変えてみるとか? 木よりも形の自由度が高い物……金属?」
「それはコイツらも考えた」
自分が、とは言わないホッブ。
ホッブが顎をしゃくると、リーダー格の少年が肩を竦めた。
「僕らも金属で作るのがいちばんだという話にはなりました……ただ、そうするにはいくつか問題があります」
少年が指を折って数え始める。
「まず第一に、余計に重くなるんじゃないかということ。どんなものを使うかにもよるんですが、外見が同じ大きさなら金属で作った方が重くなるのでは、という話になりました。僕らも詳しくないので何とも言えないんですが。
次に、その金属で骨組みを作る事が僕らではできないこと。木材なら僕らでもなんとかやれましたけど、鍛冶仕事になるとさすがに判るヤツは仲間内にいないし、そもそも鍛冶場が必要になるんじゃないでしょうか」
「そうかぁ……」
提案したラルフも唸った。
「そうしたら、また新しく幼年学校生を頼んでこないといけないのか……君たちの知り合いに、誰か鍛冶仕事が趣味で剣や農機具を作るのが三度の飯より好きなんですって友達いない?」
「まてラルフ、どこで探してくる気だ」
「違うの? だってうちの学校じゃ工造学科は人手が無いし、よその学院に伝手なんか無いよ? 父さんの知り合いにも鍛冶屋はいないしなあ」
少年たちも顔を見合わせる。
「さすがに鍛冶好きなんて、うちのクラスにいないよな?」
「趣味でマイ鍛冶場持ってるなんてヤツ、学校で聞いたことねえよ」
妹の伝手では難しそうだ。ラルフも提案はしたものの、心当たりが出てこない。
リーダー格の少年が、もう一つ難しい理由を上げた。
「それと、これも重要だと思うんですが……僕らもやったことがないんで判りませんが、金属の加工って時間がかかるんじゃないでしょうか? これ一機分の骨組を作るって、結構な仕事量だと思うんですよね」
あの〝ダニエラ号”がダニエラ一人で一日でできたのは、構造が超簡単だったのと部品が全部売っているものの寄せ集めだったからだ。今回壊れた四号機は九人がかりで五日かかっていて、それでも部品は既製品をかき集めて加工している。金属で一から専用の部品を作るのに、ソレだけで何日かかる事やら……。
「……手詰まりか……」
ホッブが苦り切った顔で呟いた。
どう考えても金属で作るのは無理そうだ。何か金属で無い素材で思い通りの形と強度に作れないものか……そこまで思考が行ったところで、思いがけないところから提案が出て来た。
「ヘイヘイヘーイ!」
ダニエラが勢いよく手を挙げている。
ホッブがノリノリのドワーフに目を止めた。
「ダニエラ」
「おうよ!」
「おまえも水場で顔を洗ってアルコールを抜いて来い」
「酔って騒いでるわけじゃねえよ、アホッ! あたしの出番だって言ってんの!」
ホッブはダニエラと並んでいるラルフやクラエスフィーナと顔を見合わせた。
「おまえの出番なんてどこにあるんだ、設計図も書けないダニエラ」
「酔っ払いはだいたい自分は酔ってないって言うんだよ?」
「ダニエラのおうちに鍛冶場なんてないじゃない」
「三人とも、見当違いなコメントしてる場合じゃねえだろ」
ダニエラが胸を張った。
「このあたしをなんだと思ってやがる。ドワーフのダニエラ様だぜ?」
何を言い出すんだろうと注目する八人に、ドワーフのダニエラ様は自信満々に宣言した。
「ふっふっふ……何を隠そう、あたしの叔父貴が王都で鍛冶場を経営してるんだぜ!」
鼻高々のダニエラを見ながら、しばらく沈黙する仲間たちとお手伝い組。しばらく黙っていたホッブが、首を傾げながら言葉を捻り出す。
「……確かに助かるが……おまえが自慢げに言う話か、それ?」
「あれっ?」
意外な低評価にダニエラが目を丸くしていると、他の面々もボソボソ囁き始める。
「確かにドワーフの親戚辿ればどこかに鍛冶屋はいるか」
「ダニエラのおじさんでしょ? どこがおかしいのかな?」
「なにか想像もしてなかった部分で落とし穴がありそうだ」
「この姐さんのおじさんだろ? また仕様図書けない鍛冶屋とかなのかな?」
「鍛冶屋をやっているのとまともな製品を作れるのでは話が違うしな」
「おいおいおいおいおい、ちょっと待てテメエら!」
親戚までまとめて疑義が呈されている現状に、思わずダニエラが立ち上がって力説する。
「叔父貴はもう三十年も王都で鍛冶屋やっているんだぞ!? 仕事は間違いねえって!」
「……それもそうか」
ホッブが顎を撫でながら考え込んだ。確かに昨日今日始めたような商売でなければ、ちゃんと客も付いている鍛冶屋なのだろう。
まだちょっと疑いの残った顔で、ホッブはダニエラに尋ねた。
「それで? オチはなんなんだ?」
「オチなんかねえよ!」
ダニエラの叔父の鍛冶場は、音もうるさいので王都でも外れの方にあった。
言っていた通り年数を感じさせる工房で、あちこちに完成品や作りかけの工程の物が所狭しと並べられている。きちんと信頼のある仕事ぶりみたいで、注文はコンスタントに来ているらしい。
ダニエラの叔父と言うわりには、工房の主はそこそこ年のいってそうな外見のドワーフだった。兄弟の歳が離れているのかもしれない。
作業の手を止めダニエラの話を聞いている老ドワーフは黙ったまま、元から気難しそうな顔をさらに歪めて姪っ子の説明に耳を傾けている。
「……ていうわけなんだよ。叔父貴、手を貸してくれ」
ダニエラが最後にそう結ぶと、半身で鼻の下に拳を当てて聞き入っていた叔父は身じろぎした。
「……ふむ」
そしてやおら身を起こすと傍に置いてあった火掻き棒を手に取り、
「ただでさえ注文が詰まってんのに、いきなり持ち込まれた仕事なんかすぐにできるかバカモンッ!」
ダニエラの頭を一発ぶん殴ったのだった。




