31.瓢箪から駒……とでも思わないとやってられない
いつも呑んでいた「黄金のイモリ亭」が今の期間プライベートで利用しにくいので、クラエスフィーナの研究チーム四人は別の店へとやってきた。「ものぐさ狼亭」はリーズナブルな値段が売りの串焼き屋。「黄金のイモリ亭」ほどじゃないけど学生が利用しやすいので人気がある。
「というところまでは聞いたことがあるんだけど、こういうお店とは知らなかったな」
ラルフが火ばさみで火種を広げながらぼやいた。
「俺も連れてこなかったからな。ポンコツのエルフとドワーフが泥酔すると危ないかと思って」
ホッブが薪を足しながら応じた。
二人が座ったベンチの前には焚火が燃え盛っている。レンガで囲まれた砂地の上に、客が自分で薪をくべ、火を起こし、頃合いになったら網を置いて生の具材を刺した串を並べる。テーブルがあるべき位置でファイヤーしているので、取り皿や飲み物は座っているベンチの上に置く。店員はカウンターで追加の串や飲み物を売るだけだ。調理がセルフサービスだから安いのである。
「これ、生で食っちゃったらどうなるんだろう?」
「自己責任だってカウンターにでっかく書いてあるぜ。注意書きを客が読めると思っている辺り、なかなかハイソな店だろう?」
「むしろ客が読めなくたって、『うちはちゃんと注意しました!』って言い逃れる為の役人対策な気がするな」
「どっちだって構わねえよ。ちゃんと中まで火が通ったか確認してから食えよ?」
食材を選びに行っていたクラエスフィーナとダニエラが戻ってきた。
「お待たせ! 食材を先に買うってシステムが面白いね、このお店!」
「値段も安いんで、思わず買い過ぎちまったぜ」
ニコニコ笑う二人のトレーの上は、
肉。
肉。
肉。
「予想通り過ぎて、ちょっと笑っちゃった」
「コイツらが学院に入ってもう二年目なのに、浮いた話もねえ理由が再確認できたわ」
「どしたの?」
第一弾を網の上に並べて一息ついたところで、ホッブがほぼピンク色の網の上を眺めながら切り出した。
「網の上に目一杯並べたのに買ってきた物がまだ半分も載せ切れていねえってところに、ブタどもの体重が重い理由が垣間見えて興味深いが……まあそれは置いといてだ」
「置いとくなら、なぜわざわざ言及したの?」
「かなり完成に近づいたと思った四号機が、まだまだ改善点が多いと判った。骨の構造については正直俺たちじゃサッパリだから、明日ガキどもを交えて改めて検討するしかない」
ホッブは一回言葉を切って、火に近い辺りをひっくり返した。ラルフとホッブでバンバン薪を追加してあったので、火力はかなり強い。ホッブが返した分はすでに焼き色が付いている。
「ラルフ、火が強すぎるぞ! 火種を散らしてまんべんなく当たるようにしろ!」
「こんな並べると思わなかったんだよ! 表面だけ焼けたヤツ、一回取り皿に逃がすぞ!?」
「焼くのに忙しくって、ミーティングどころじゃないね……」
「ホント、男どもは呑気でいいな」
「そもそもお前の領分で失敗連発しているから反省会をしてるんだろうが! 他人事みたいに言ってんじゃねえ!」
とにかく網の上をあらかた腹の中に入れてから、第二弾を小出しに焼きつつホッブは反省会を再開した。
「複雑な推進装置を作れないってのは決まっているんだから、とにかくクラエスの風魔法をなんとか使える方向に持って行くしかないんだが……しかし、何ができる?」
クラエスフィーナが赤身肉を食いちぎりながら上目で難しい顔をした。
「地面にぶつけるのは高さを維持し切れないって結論が出てたよね……後ろに向かって風を出すのも、手ごたえが無さ過ぎて効率が悪いし。上と前は意味が無いよねえ……」
「聞けば聞くほど役に立たねえな、魔法」
「ジャンプぐらいには使えるよ! 後はぁ……基本的に魔法って、術者のいる位置が動かないって前提で教えられるしねえ……何か発想の転換が必要だよ」
「それが何かだけどな。ダニエラ、おまえは何かないか?」
「そうだなあ……」
何杯目か判らないジョッキを空けながら、ダニエラは泡が付いた唇をペロッと舐めた。
「逆に考えてさ。クラエスの他に大量にエルフを雇って、下から飛んでるクラエスに風を当ててもらうのはどうだ?」
「どこにそんな数のエルフがいるんだよ……」
前提条件が突飛すぎて、ホッブのツッコミにも力が無い。
「そもそも助教が言っていただろ? 自らが推力を出さないと認められないんじゃないかって」
ホッブの反論を受けて、ダニエラも言い返す。
「でも飛んでる自分から風を出したって、ぶつけるのに手応えのある所が空のどこにもねえじゃねえか」
「それはそうなんだけどよ……ラルフ、おまえはどうだ?」
「それなんだけどさ、ホッブ」
ラルフはまじめな顔で、持っているジョッキを指した。
「なんか今日、酔いが回るのが早い気がするんだけど」
「俺は今、そんな話はしていない。っていうか、おまえはいつだってべろべろに酔っぱらってるじゃねえか」
「いや、いつもの『気がついたら足腰が立たなくなっていた』ってアレじゃなくて」
ラルフが真面目な顔で斜めになっている。
「真正面から酔いを感じるんだけど」
ラルフの角度に合わせて自分も頭を斜めにしたダニエラが、ラルフを上から下まで眺めた。
「アレじゃね? これだけ焚火に近くって、熱いから水物がぶがぶ飲むじゃん? んで、『黄金のイモリ亭』の酒と違って真っ当なエールだから、酔い方が火照りから始まると」
そう言いながらダニエラがベンチにそのまま横向きに転がった、
「かくいうあたしもさっきから……」
「てめえもか!?」
ため息をつきながら頭を押さえたホッブは、ふとさっきからエルフが静かなのに気がついた。
「クラエスは……はっ!?」
ラルフとダニエラがアルコールをがぶ飲みしている間に、クラエスフィーナは黙って串焼きを次々と片付けている。その勢いは、クルミをかじるリスの如し。頬袋もリスの如し。
ホッブのあっけにとられた視線に気がついたクラエスフィーナは……手に持った一本を食べ切り、勝負師の顔で指についたタレを舐め取った。
「ホッブ、呑気に喋ってる時間はないわよ? お肉を最高に美味しく食べられる頃合いは一瞬なんだからね。そのタイミングで素早く冷めないうちに食べてあげる……それが肉喰いの心意気ってもんじゃないの!?」
「おまえの心意気も方向を間違えたまま突っ走ってんじゃねえ!? ……ダメだこいつら、酒が入ると真面目に会話が続かねえ」
「そもそもホッブの場所チョイスが間違ってるからじゃん」
「寝てろダニエラ」
反省会は置いておいて、飲み会自体は楽しく過ごしたラルフたち四人。滅多に無いセルフ串焼きを堪能し、酒もがぶ飲みしてふらつきながら外へ出た。つまりいつも通りに呑み過ぎた。
店を出ると強いぐらいの夜風に吹かれ、火照った肌に気持ちいい。
「うわー、涼しい!」
上機嫌のクラエスフィーナがくるくる回り、路上で楽し気にステップを踏む。完全に出来あがっている。今日もラルフの家にお邪魔することになりそうだ。
「クラエス、はしゃいで転ぶなよ!」
「らーいじょーぶよぉー」
ラルフが注意するも、はしゃいでいるクラエスフィーナは聞いてない。多分そのうち転ぶだろう。
ラルフとホッブも彼女の感じる爽快感は判らないでもないので、苦笑しながら立ち話を始めた。
「……酒だけじゃなくて、焚火に当たっていたからなのもあるよね」
「まあ、熱かったな……」
ラルフとホッブが上着も脱いで涼を楽しんでいると、一人遅れて出て来たダニエラが興奮しながら話しかけてきた。
「おいおい二人とも、ちょっと耳寄りな話を聞いたぞ! またこの店来ようぜ!」
「あ? それはいいけど……お得情報って何よ?」
ダニエラが鼻息荒く報告する。
「他所には無いお勧めってないか? って訊いたらよ。なんでも裏メニューで、〝生で食えるほど”新鮮な牛レバーもあるんだってよ。素材が良いから塩とゴマ油だけでイケるって! あくまで〝生で食えるほど”って二回言ったけど、なんでそんなことをくどく言ったんだろう?」
「……ダニエラ、それは〝魚心あれば水心”ってヤツでな……とにかく、意味が判らねえオコサマが手を出すもんじゃねえからな? というかなんで俺らの行く店って、やたらとグレーゾーンに突っ込みたがるんだよ……」
「どした?」
本気で判らないダニエラと、ダニエラと店の両方で頭を抱えているホッブ。その様子を笑ったラルフがクラエスフィーナを振り返ると……ふらつくクラエスフィーナの前に、ちょうど黒いコートの男が立ち塞がったところだった。
イイ気分でクラエスフィーナが風にあたっていると、急に路地から出て来た男が前に立ち塞がった。黒いコートに帽子を目深にかぶり、もう暑い時期なのにマフラーを巻いている。
「やあお嬢さん、今夜はいい天気だね。満月で遠くまで、実に良く見える」
「ほへ? あのぅ、どなたですか……?」
「なに、名乗るほどの者じゃないよ」
受け答えは紳士的だけど……服装といい、名乗らない事といい、何か……怪しい。
急に怖くなったクラエスフィーナは後ずさりながらチラッと後ろを見るけれど、浮かれてだいぶ先に歩いて先行し過ぎてしまっていた。串焼き店の店頭で口論している三人がはるかに遠い。
「こんな良い晩は、どうにも自分を押さえられなくてね……ちょうどお嬢さんが通りかかって助かったよ」
「え? あの、どういう意味……?」
「なあに。ちょっとの時間、お付き合いして欲しいだけさ」
何を言いたいのかよく判らないけれど……怖い。
クラエスフィーナはじりじり距離を取るけど、どう考えても不審者の方がラルフたちより遥かに近い。
「クラエス!?」
後ろでラルフが異常に気がついたみたいだ。
だけど、距離がまだ遠すぎる。男が今すぐリアクションを起こせば、走り出したばかりのラルフが間に合うとはとても思えなかった。斜めに走って閉めている商店の鎧戸に激突しているし。
男も後ろの同行者が気がついたことに気がついたようだ。そこだけ見える口元がニヤリと歪んだ。
「お嬢さんも忙しいだろうから、あまりお時間を取らせるのもなんだ。急ぐとしよう……それでは、失礼して」
「ひっ!?」
恐怖で足がすくんだクラエスフィーナの目の前で、男がバッとコートを広げた。
黒づくめの男のコートの下は、
全裸だった。
「ピギャーッ!?」
「ハーハハハハハ! さあさあお嬢さん、ぜひとも良く見てくれたまえ! そーらそーら!ウハハハハ!」
「どうしたクラエスッ!?」
「クラエス、状況を説明して!」
「説明できるかーッ!?」
「ハハハハハハハ! じつに爽快! 実に愉快だぁ!」
「どうなってるんだ、クラエスゥ!?」
「勘弁してぇぇっ!」
思いっきりコートの前を広げたまま夜空に高笑いを響かせる変態紳士と、しゃがみ込んで頭を抱えるクラエスフィーナ。そして駆けつけようと努力して、蛇行しながらも走るラルフとホッブ、ダニエラ。状況を説明しにくい光景が広がる、そんな中……不意に一陣の突風が吹いた。
それはしゃがみ込んだクラエスフィーナにはほとんど関係はなくて、駆けつける三人には向かい風で足を瞬間止めさせるような代物だったのだが……強く影響を受けた人間が、一人。
「ぬおっ!?」
自分でコートをしっかり全開にしていた変態は、後ろから吹き付けた突風に耐えることができなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!?」
急に背中を突き飛ばされた男は立った格好のまま風に巻きあげられ、そのままの姿勢で地面すれすれを舐めるように飛んだ。つまり。
「うわっ!?」
「ひぃっ !?」
「なんだぁっ!?」
石畳の上を滑るように……コートを広げて仁王立ちの変態が、全開のまま馬よりも早く三人のところへ突っ込んできた。
「ウッヒョーッ!」
奇声を上げる変態は、ギリギリ飛び退いたラルフとホッブをかすめ……呆然と突っ立っていたダニエラに激突する。
全裸にコート一丁で。
「アンギャーッ!?」
もつれ合って転倒した変態紳士のコートの下で、ダニエラがパニックを起こして暴れる動きだけが見える。
一方の上からダニエラに覆いかぶさる形になっている男の方は……帽子もマフラーも外れて晒されている顔に、恍惚の笑みを浮かべて呆けていた。
「四人にたっぷり見せつけた挙句、年端も行かない幼女にのしかかって全身に拒絶のイヤイヤ攻撃! 私は、私はついに……至上の天上界へ到達した!」
「いやおまえ、何言ってんの!?」
「ああ……蔑んだ目で見られながら衆人環視の中、幼女を押し倒しているこのシチュエーションがご褒美過ぎる!? 性癖に生きて良かったぁ! 変態生活に一片の悔いなし! ウホォオッ、カ・イ・カ・ンッ!」
「たすけてぇぇぇっ!!」
「おいこの変態、大人しくしろ! 誰か、誰か衛兵を呼べ!」
「ダニエラッ!? ダメだ、白目を剥いて気絶してる!」
酔いも吹っ飛ぶ大捕り物? に付近一帯は騒然となった。付近の住民があちこちから顔を出し、「ものぐさ狼亭」の酔客が捕まえた変質者をボコボコにしている。
路上にへたり込んだクラエスフィーナは、ダニエラを膝枕しながら呟いた。
「……朝が明けたら、大神殿に行って厄除けの護符買って来ようかな……」
駆けつけた夜警に変態を引き渡して事情聴取が終わった頃には、すっかり空が白んできていた。
「ひどい目に遭った……」
げっそりした顔のダニエラが水を飲んで呟いた。横に並んで座るクラエスフィーナも死にそうな顔をしている。
「もうすっかりお酒も抜けちゃったよ……なんでこうトラブルが多いんだろ、私たち」
「夜に出歩くからじゃない?」
「今、正論はいらない」
「すみません」
ラルフのくだらない意見に不機嫌なクラエスフィーナが釘を刺していると、一人立って何かを考えていたホッブが拳で掌を打った。
「これだ!」
座り込んだ三人はお互いの顔を見回し、もう一回ホッブに注目した。
「どうしたのホッブ?」
代表してラルフが尋ねると、ホッブが力強い笑みでニヤリと笑う。
「推力を得る方法だ! 考え付いた!」
「えっ!?」
思わず身を乗り出す三人。
「クラエス、風魔法はどの方向からでも発動できるんだよな? 例えば、後ろから自分に向かってとか」
「え? それは、できるけど……」
まだ何をしたいのかよく判らないクラエスフィーナに、ホッブが自分の上着をあの変態のように広げてみせる。
「〝翼”の構造を変えて、後ろから風を受けた時に帆船みたいに押されるように設計し直そう。そしてクラエスの風魔法で後方下から風を自分自身へ吹き付けて、斜め上へ押し出すようにするんだ。それなら風を送った時の手応えも十分あるし、オリジナルな推力の得方だろ? エルフのクラエスだからできるやり方だ。他の連中にはマネできねえ」
「あ……なるほど!」
ホッブの提唱する推進方式を理解した三人に喜色が広がる。
「それなら僕らでも実現可能っぽいね! すぐに設計担当たちにも説明して検討してもらおう!」
「自分の作る風ならコントロールも容易だと思うよ! なるほど、そういう使い方もあるんだね!?」
「構造が簡単そうなのは良いな! 複雑になれば難しくなるし、壊れやすい。これは、いいな!」
やる気が出て来た仲間たちに、ホッブは満足そうに頷いた。
「よーし、この〝クラエスの変態淑女方式”で合格を狙うぞ!」
意気を上げるホッブ……の前で、再び萎れる三人。
「思い出させるな、このバカ……」
「ネーミングの酷さでやる気失せたよ……」
「おっさんが、おっさんが飛んでくる……!?」
「……あれ?」




