30.跳んだ先の落とし穴
模型の風洞実験は搭乗方式の違いに関わらず、どちらも良好な成績を収めた。
「強い風でもうまく乗れているね! グラグラする様子が無いよ!」
初めて実験を横から見るクラエスフィーナが嬉しそうに叫んだ。それはそうだろう。実験機が上手くできるかどうかは直接自分の命に関わっている。
並んで眺めていた助教は、糸を縦横に張った計測具をかざして翼の振動を眺めていたが……満足そうに頷いて器具をしまった。
「ふむ、これは今までの三回と格段にレベルが違うな」
助教の評価もかなり良い。ダニエラがガッツポーズを見せつけた。
「どうっすか助教! あたしらも本気出せば、これだけの物ができるんすよ!」
「うむ。設計者を変えたのが奏功したな」
バレている。
「い、いやいやいやいや! あたしの才能が開花してっすね……」
「バカを言うな」
ダニエラの釈明を言下に切り捨て、助教が鼻を鳴らした。
「出来不出来以前に、見ただけで設計の技術が隔絶しているわ。これが今までの長方形と同じ作者と言うのなら、間の試行錯誤の連環が抜け過ぎだ」
思いっきりバレている。
面と向かって否定されたドワーフがよろよろと後ずさり、衝撃を隠し切れない顔で呟いた。
「これが進歩に……見えないだと……!?」
ダニエラには見えていたらしい。
「言い方を間違えたな。隔絶じゃなくて、技術の進化が途中で断絶している。猛禽類と鶏は同じ鳥でも骨格からして違うのだ。系統樹の同じ枝には連なっておらん」
「あー……」
納得するラルフとクラエスフィーナ。確かに進歩し過ぎていて、一週間かそこらでブレイクスルーしたような変化にはとても見えない。
「この設計者は、工造学科でもかなり腕がいい方だな。今まで見た中で空力抵抗をここまで考えた設計は無かったと思うが……誰か〝飛空”を研究していた者がいたかな?」
感心する助教に製作者は工造学科どころか学院生でさえ無いとは言えず、笑ってごまかす二人。
そして余計な一言が出るダニエラ。
「見ただけでそんだけの事が判っても、導師になれないんすか?」
連行されていくダニエラを見送って、ラルフはクラエスフィーナに言った。
「そろそろ説教と補講に加えて体罰が出そうだよね」
「もうダニエラが工造学科から放り出されそうだよ……」
ラルフは遠くにいるホッブにも意見を求めた。
「ホッブはどう思う~!?」
「なんでも良いから替わりやがれ!? 模型だからって俺一人に漕がせやがって!」
研究室に戻り、ラルフとホッブ、クラエスフィーナは今後の方針を話し合った。もちろんこのまま実機の製作にゴーサインだ。
「これはかなり期待できるよ。早い所キャロル湖で試したいね!」
ラルフが興奮して言えば、ホッブもウンウンと頷く。
「とりあえず何日で作れるかだな。風洞実験を行って、問題なければ当日にもう現場でテストしてえ」
クラエスフィーナが飛行機の模型を手に取る。両方を見比べ、人形の位置を確認した。
「吊り下げタイプは、結局搭乗者の固定方法はあのままなんだよね? だとしたらやっぱり上に乗る方がいいなあ……上に乗るなら、バンドは腰に一本で良いんじゃないかな?」
「そうだね、機体に寝そべれば体重を支える必要が無いから……その代わりちゃんとしがみ付いていないとね」
「だよねー」
クラエスフィーナはラルフと話しながら何気なく、搭乗者代わりに載っている人形をはずしてみた。
「あうっ!?」
一旦持ちかけたエルフは、掴みそこなって人形を机上に落としてしまった。いきなり呻いて人形を取り落としたクラエスフィーナに、ラルフとホッブが驚く。
「どうしたの、クラエス!?」
「なんだ!?」
「そ、それが……ちいちゃな人形なのに妙に重くて……」
「重い?」
ホッブが人形を摘まみ上げた。
「ホントに見た目より重いな……ん?」
ホッブが人形を振ると、服の下から鉛の板が落ちてきた。ラルフが摘まみ上げ、二人でしげしげと眺める。
「……切り口が雑だな。鉄バサミか何かで自力で切ったのか?」
「人形はジュレミーから借りた普通に売ってるやつなんだよね……」
しばらく無言で眺めて、同じ答えに行きついたラルフとホッブはそのまま人形を片付けた。
「にしてもダニエラおせえな」
「助教、過去最高に怒って無かった?」
「一番デリケートな問題にボディブローをかますからだ……」
「ダニエラも考えずに口に出すんだもんなあ」
そして二人は何気なさを装ってチラリとクラエスフィーナを見て……エルフがグッタリ突っ伏しているのを発見した。
二人ため息をつき、向き直ってクラエスフィーナの肩を叩く。
「……ま、気にすんなよクラエス。ガキどもだって悪気があった訳じゃないんだ」
「そうそう。正確を期すために、色々努力してたんだよ。判ってやりなよ」
二人の適当な慰めに、机にのの字を書くクラエスフィーナは涙ながらに呟いた。
「十分の一なのに……十分の一でも私、こんなに重さがあるの……?」
複雑な形をしていたので実機の製作にはそれなりに時間はかかったが、それでも五日で四号機は完成した。
クラエスフィーナが首を傾げる。
「ジュレミーちゃんのお友達、よく学院内の作業場まで入れたね」
もちろん四人で作業していたら、こんな早くは進まない。設計した幼年学校生の手伝いを、クラエスフィーナのチームの作業場に引き込んだのである。
「そこはそれ。進学のための学院見学と言えば」
「五日も毎日……?」
「門番も形式的に来院目的を書かせているだけだからな。誰が通ったかなんて覚えちゃいないって」
「お役所仕事様々だねえ……」
ラルフが完成した実験機を振り返った。
「僕としてはそれよりもさ……〝翼”に張った布がサンプルと大分違うのが気になるんだけど」
「仕方ねえだろ……あのハゲに一杯食わされたんだから」
実験機の翼には、先日袋問屋で買い求めた新しい布が張られている。
一昨日届いた時はラルフとホッブが検品した。物を触ってみて、確かに手触りも重さも期待した通り、サンプル通りの粉袋用の布地だったんだけど……。
届いた現物を検品したホッブは包装を剥がした途端に、持って来たオヤジにロールになった布を突き付けた。
「おいこらオヤジ、これはどういうことだ!」
「どういうことだも何も」
言われることは判っていたのだろう。問屋の主人は平然と答えた。
「ちゃんと俺は契約の時に言ったぜ? 『無地でなくて構わないのなら』って」
「それはそうだがよ……」
届いた布地の表面には……。
布地一面に、各種商売の広告が。
「あんな言い方をしたら色合いがおかしいとか、漂白してねえ生成りとか、色目の違う糸が混入するとか、そういう意味だと思うだろうが!」
「そんなの無地のうちだろうが。俺も頑張ったんだぞ。広告をあちこちから出稿してもらったから、おまえらにあんな値段で売れるんだよ」
問い詰められている筈のオヤジは、むしろ自慢げに胸を張る。
「いいじゃないか、別に。規定に『広告が付いちゃいけない』なんてあるのか?」
「あるわけねえだろ!」
大学の学内の課題で、そんな想定しているわけがない。
クラエスフィーナの耳がまた垂れている。
「ホントに今さらだけどさ……なんでうちのチーム、規定の抜け穴探しばっかりやってるんだろ……」
「今回のは俺たちがやったんじゃねえだろうが!?」
「まあ、なんだ……とにかく飛べばいいんだよ……」
「珍しくホッブがしょげてるな」
「袋屋のおじさんに論破されたからね」
ダニエラが実験機の前に立って、しげしげと眺めていた。
「どしたのダニエラ?」
「いや、なんつーか……なんか、華奢すぎる気がしねえ?」
ラルフも横に立って、同じように眺めてみる。
「形が複雑になったから骨が細く見えるんじゃないの?」
「そう……なのかな?」
いまいち納得していないダニエラの肩をホッブが笑いながら叩いた。
「心配すんなよダニエラ。作ったのは幼年学校の連中だぜ? うちの学院のバカどもじゃねえんだ」
「いや、それホントは逆じゃね!?」
そして期待して迎えた風洞実験。
……二回目の悲劇再び。
「おいクラエス! しっかりしろ!?」
「だ、大丈夫……今回は上に乗っていたから」
期待をかけた四号機は初め安定して宙に浮き、危なげなく綺麗に風に乗るかに見えた。
……しかし。
「よーし、秘密兵器を試してみよう!」
ラルフの怒鳴り声に頷き、クラエスフィーナが左手で空気抵抗板の作動紐を引く。
そして引いた途端……急に機体が斜めを向き、姿勢を戻す暇もなく数秒後に中央付近がポッキリ。
クラエスフィーナの乗っていた辺りがポッキリ。
「大丈夫か!?」
墜落した機体に駆け寄り、ラルフがクラエスフィーナを抱き起す。扇風機を漕いでいたホッブとダニエラも慌てて駆け付ける。
幸いクラエスフィーナが地面に落ちた時、機体が下にあったので床に叩きつけられることはなかった。
但し、身体的にはケガはなかったのだけど……。
「やっぱり私、重い? 二度も〝翼が折れちゃうぐらい重いの……?」
エルフは精神的にダメージを負っていた。
「ああクラエス、しっかり……そうだ、助教!」
しゃがみ込んで壊れたあたりの部品を調べている助教に、クラエスフィーナを抱えたラルフが呼びかけた。
「助教からも一言お願いします! クラエスは重くないって言ってやってください!」
「……墜落の原因じゃなくて、そっち? それは今重要な事なのか?」
助教は集まった四人に、〝翼”と搭乗者部分の接合部を指し示した。
「原因はこれだな。翼に仰角を付けた事で、角度が変化する部分の取り付けがかなり難しくなった。元々構造的に弱い所へもってきて、翼の空気抵抗板がいきなり作動して進路に対して斜めになっただろう? 負担が急に重くなって、限界を超えてしまったな」
ラルフとホッブ、クラエスフィーナが一斉にダニエラを見る。
「なんだよ、おまえら?」
「いや、小難しい話になったからダニエラが理解できたかどうか不安になって」
「今の話ぐらい判るわ! おまえら、なんで毎度毎度あたしをバカにすんの!?」
「なんでって……実績?」
「ダニエラが積み上げた歴史だからなあ」
「泣くぞ!? 良いんだな!?」
クラエスフィーナが手を挙げた。
「あの……斜めになった事で瞬間的に負担がかかったのは判ったんですが……」
「うむ? それで?」
「なんで斜めになったんですか? 原理から言って、カーブして曲がる筈では……?」
幼年学校生がコンセプトを話していた時は、風を受けて負担がかかった方が遅くなり、もう半分がそのままの速度で前進するから進路が曲がる……そんな話だった筈だ。あんな急に斜めを向く動きにならない筈なのでは……?
理論の説明を受けた助教は頷いた。
「その考えはなるほど、確かにその通りだね。だが、ここは模擬的に宙を飛ばしているので環境が違う」
「環境?」
助教は機体の前と上から張られたロープを指した。
「それは何も支えのない空を、自力で推力を確保して進んでいる場合の話だな。ここの飛ばし方は安全の為にロープで前から引いているから、風に乗る凧に近い。引っ張られている形で抵抗を片側だけ増やしたんだ、ロープで繋がれたところを基点に斜めになるのは当たり前だ」
「じゃあ、有効に空気抵抗板を使うには……?」
「引っ張られるんじゃなくて、自ら前に進む必要があるね。そして課題を考えれば、本番では牽引を認められないだろうから自力推進をしないとならん」
助教の分析を噛みしめる四人。
しばし、沈思黙考の後。
「そうだった……おいラルフ、推力の研究をやってなかったぞ」
「そう言えばそうだね……そうか、そんな問題もあったっけね」
「君たち……本当に課題をクリアする気はあるのか?」
研究室に帰って来たクラエスフィーナは打ちひしがれていた。
ラルフがぐったりしているエルフにそっと声をかける。
「大丈夫だよ、クラエス」
「……ラルフ……」
「僕は重くないと思うよ! むしろちょうどいいぐらいじゃない!? 背丈もあるんだから気にしない方がいいよ!」
「体重の話はいいの! 今はそれどころじゃないの!」
クラエスは重ねた手の甲に額を載せて、はぁ~っとため息をついた。
「途中から推力の事が全く頭から抜けてたよ……そうだよぉ、そこを何とかしないと、また全然前に進まないで魔力切れを起こして墜落じゃない……」
私ダメだ……なんて言い出すエルフに何と言おうかラルフが頭を悩ましていると、ダニエラがクラエスフィーナの肩を優しく叩いた。
「心配すんなよ、クラエス」
「ダニエラ……」
「健忘症か痴呆が心配だったら、いい医者紹介してやる」
「私はダニエラじゃないよ」
ダニエラとクラエスフィーナが取っ組み合いの喧嘩を始めたところで、腕組みして黙って座っていたホッブが口を開いた。
「みんな落ち着け」
「落ち着いてないのはクラエスだけだぜ」
「うるさいよっ!」
ホッブが四号機の図面を広げた。
「推力に充てる風魔法をどのように使ったらいいのか、機体の構造を強化するのはどうしたらいいのか、これはそう簡単に解決しないだろう」
ホッブの意見に、他の三人も頷いた。
「それはそうだね」
「うん……機体のもろい所はホントに何とかしたいよ……」
「あたしらで考えてもロクなの出てこないもんな」
学院生のメンツも既にどこかへ置き忘れて来た三人の賛同に、ホッブも首肯する。
「技術的な点は明日ガキどもも集めて、善後策を相談した方がいい。今日今から招集するには時間が遅いし、それになにより……」
「なにより?」
「四号機が成功すると思って、『黄金のイモリ亭』の手伝い休みにして呑みに行く予定を入れちまってた」
「それは重要だね!」
「この機会を逃すわけには行かねえな」
「みんな……呑む時ばっかり元気だよ……」
「クラエスは行かねえのか?」
「行くに決まっているじゃない!」




