29.できることは一通りやった……つもりでいると見落としが
「まったく酷い目にあった……」
ぶつぶつ不平を言っているラルフに、ホッブが軽ーく謝った。
「すまねえラルフ、まさかはずせないとは思わなかった」
「まさかじゃないだろ!? どう見たって袋を取れなくって苦しんでただろ!?」
「いや、好きで楽しんでるのかと。そういう趣味のヤツっているじゃん?」
「おまえとの今までの付き合いで、僕がそんな片鱗を見せたことがあったか!? 変態はホッブだけで十分だ!」
「俺を兄貴と一緒にすんな!?」
「ホッブの家も変なのか……」
「待てダニエラ、『も』はどこに掛けた!?」
「着いたよー」
一行は二軒目の目的地、ゴム製品も扱っている雑貨問屋に入って行った。
今度は直接の知り合いではないので、出て来た主人にラルフが丁寧に来意を説明した。
ただ、反応はあんまり芳しいものではなかった。
「そうですか……いや困りましたな、うちは小売りはお断りしているのですが」
袋問屋はラルフの家の取引先なので応対してくれたけど、問屋だったらこっちの反応が普通だろう。
(どうするホッブ)
(任せろ)
目配せを交わしたホッブが前に出る。
「いやいや、実はうちのドルーズ師にここを使うように言われまして」
「あ、導師の研究室の学院生さんですか」
「ええ、ドルーズ研究室の方から来ました」
法論学は言葉をいじくるのがお仕事。
「そうですか……それでは無下にお断りするわけにもいきませんね」
ホッブが背中に回した手でサムズアップ。無表情にそこへ拳を打ち合わせてねぎらうラルフ。
「コイツら、卒業後は詐欺師になるんじゃねえだろうな……」
一部始終を後ろで目撃していたダニエラは、誰にも聞こえないように小声でげんなりと呟いた。
用途を聞いた主人は、何種類かの帯状のゴムバンドを持って来た。
「おそらく、お話の研究チームが使っていたのはこの辺りではないかと思います」
幅がニ十センチぐらいある、一番太いバンドを取り上げる。
「これ以上の幅の物は他所で扱っている物でも見たことがありません。これをギリギリまで引き絞って、ストッパーを一瞬ではずして飛ばしたんでしょう」
ゴムを掴んで引っ張ったりしていたラルフが尋ねる。
「やっぱりこれぐらいの太さが必要ですかね?」
「と言われますと?」
ラルフが片方の端をホッブに渡して、二人で目一杯両側に引っ張る。ほとんど伸びない。
「この通り……限界まで引っ張るのってメチャクチャ力がいるなと思いまして」
「そうですね。帆の巻き上げ機のような仕組みで、機械を使って相当な力で引いたと思いますよ」
ラルフと主人の会話を横で聞いていたダニエラが、ラルフの否定的なニュアンスに首を傾げた。
「力が強ければ飛距離も伸びるだろ? 何が問題なんだ?」
「じゃあ聞くけどさ」
ラルフに替わり、ホッブがビシッとダニエラを指差す。
「それを可能にする巻き上げ機構、おまえが作れるのか?」
「…………おおっ!?」
ドワーフはやっと自分が唯一の工造学科という事に気がついたらしい。ケタケタ笑いながら手を横に振った。
「無茶言うんじゃねえよ」
「おまえこそ簡単に無理だと言うんじゃねえよ」
出しては来たものの、問屋の主人も一番太い物については否定的だった。
「力がいちばん強いのは確かなんですが……」
「何か問題があるんですか?」
「かなり強い力で引く必要があるのも扱いが大変だと思うんですが……ゴムは少しでも傷があると、伸ばしている時に一気に千切れるんです。外殻が丈夫な機械の中に入っているならともかく、お話を聞きますとかなり簡易な設備で実験をされるみたいなので……」
人を載せた物体をはるか先まで飛ばすほどの、物凄い運動エネルギーを内包したゴムが……一気に千切れる……。
「もしかして、大惨事ですか?」
「私でしたら少なくとも、五十歩の距離より近くには居たくないですね」
ゴムバンドが暴れまくる以外に、弾き飛ばされた付近の物が飛んでくる心配もあるらしい。
当然一番近くに居る事になる搭乗者はと言うと……クラエスフィーナが真っ青な顔で腕でバツを作っている。
「しかしクラエスは乗り気なようだ」
「全然だよ!? どこ見てるの!?」
「どちらかと言うと、こちらの方がお勧めですね」
主人は幅が五センチくらいの物を手に取った。渡されたラルフがホッブと引っ張ると、かろうじて人力でも伸びる。
「これだと力が弱くないですか?」
「何本か一緒に使うんですよ。そうすれば同じ力が得られても、傷が入って千切れるのは何本かの中の一本だけです。安全性が違いますし、強弱の加減もつけやすい」
手に持っているラルフが他の三人に聞いてみる。
「どう思う?」
「安全第一だよ!」
とクラエスフィーナ。
「扱いが楽なのはいいな」
とホッブ。
「なんでも良いから構造が簡単で済むヤツな」
とダニエラ。
「ふむ」
ラルフはしばし考え……。
「これ、五本下さい」
珍しい素材なので結構な金額がしたけれど、即金で支払って現物をその場で受け取って店を出る。
抱えた包みを持ち直しながら、ダニエラは不思議そうに振り返った。
「袋問屋の時はツケ払いの上に学院まで届けるように頼んだじゃん。なんでこっちは即金で持ち帰んの?」
「アホか、オマエは」
「なんだよホッブ。何が問題なんだよ?」
ホッブとラルフが一回視線を合わせ、二人でダニエラに向き直った。
「ドルーズ導師の関係者だって、もしかしたらあちらが誤解しそうな話で進めただろ? 後日の引き渡しにして、導師に確認取られたらまずいだろうが」
「バレたら店を出禁になるかもな案件だからね。ニコニコ現金決済で今すぐ物を手に入れないと、次の機会は無いかも知れないじゃない」
「おまえら……」
ジト目のダニエラ。耳を寝かしたクラエスフィーナが泣きそうな顔で呟いた。
「なんでこう、なんでもかんでも後で問題になりそうな解決策しかないんだろうね……」
「クラエスが出遅れたから」
「言っちゃう!? ここで言っちゃう!?」
学院に戻る前にもう一度ラルフの家に寄ると、ジュレミーのクラスメートたちがスケッチを持って見せに来た。
「兄ちゃんたち、こんな感じでどうよ!?」
「自信作だぜ!」
彼らの書いたスケッチは、きちんと正面・上面・側面の三方向から書かれた三面図と、斜め上から立体的な印象が判るように書かれた俯瞰図がセットになっている。
「……おい、いきなり現職の工造学科を超えて来たぞ」
ホッブが驚愕の表情で固まったダニエラを見ながら図面を手に取った。
「ほう、これは……」
幼年学校生たちが設計した機体は、それまでの“でっかい絵のキャンバス”だの“梯子に布を張った”だのと言われた一号機・二号機と一線を画していた。
「兄ちゃんたちに聞いた話を参考に、墜落を防ぐにはどうしたらいいか考えてみたよ」
きちんと今までの成果をフィードバックしてあるらしい。今までのが成果と呼べるかは疑問だが。
新型の三号機(予定)は、“翼”がまっすぐでは無かった。
上乗り型も吊り下げ型も基本は同じだが、人間の搭乗部を軸に左右の翼に角度が付けられていた。搭乗部を基点に、平べったいV字になるように仰角が付けられている。
「羽根がまっすぐだと風の変化に弱いから、横から煽られた時に反対側の翼が逆に作用するようにV字翼にしたよ。これだと上乗り型でも乗る人が翼端よりそんなに上に出ないから、そこの姉ちゃんが心配してたトップヘビーの問題も起こらないと思う」
リーダーらしい短髪の少年が横から説明を入れてきた。なかなか理論的だ。フィーリングで絵を描いたのではないらしい。
ただ、聴き慣れない言葉が出てきた。
「トップヘビー?」
「トップヘビー。重心が上の方に寄り過ぎて安定が悪いこと。パチンコ飛空機だとあんまり聞かないけど、船作って水に浮かべる時には結構それで転覆する事あるよ?」
図面を覗き込んでいたホッブとラルフ、クラエスフィーナが一斉にダニエラを見た。ドワーフは両手で顔を覆ってうずくまっている。
現役の学院生(工造学科)の知識が幼年学校生のマニアに負けている。
「……まあ気にすんな。坑道設計士の卵」
「専門外だから仕方ないよ。学院で学ぶのは深く狭くなんだしさ」
「優しくしないで!? いつもと違う態度がスゲー刺さる!?」
「えーとね? あー……まあ、ダニエラ……そのお……」
「クラエスも言葉を探さないでくれよ!? よけいに事態が深刻な気がするから!」
しかし話はそれで終わらない。
うずうずしている少年たちはリーダーに任しておけず、横から手を突き出して口々に改善点を説明し始める。
「上面図を見てくれよ! 翼の形は菱形に近い形にして、前の縁が三角形になるようにしたんだ! 前の実験機がいきなり墜落したのは、前の縁が直線で風の動きに一斉に反応しちゃったからだと思うんだよね!」
「それと菱形翼にすることで、揚力を担当する中央付近と横方向の安定性を負担する翼端部に仕事を分けられるんではないかと」
ホッブがチラリとラルフを見た。ラルフも浅く頷き返す。
(おい。このガキどもの方が、うちの学院のどのチームの説明よりも本職っぽいんだが?)
(いや、もしかしたら……実際にマニアの方が興味がある分、仕方なくやってる学院生より詳しいかもよ)
ちらっと見ると、我らがリーダーは話について行けなくて頭から煙が出そうな顔になっている。正直ホッブとラルフもギリギリだ。
(クラエスがついて来られないのは、パチンコ飛空機で遊んだ経験があるかどうかかな?)
(俺たちだって、もう作り方も忘れちまってるけどな)
キラキラした目で返事を待っている幼年学校生たちに、ホッブが判っているような顔をして一応質問を投げてみる。
「えー……中央と翼端で仕事を分けられるというのは?」
それを口に出した少年が、我が意を得たりとばかりに喋り始める。
「菱形翼を採用したのもそこなんです! 中央部の奥が深く面積がある部分で風の大半を受け、下へ落ちないように揚力……この場合浮力の方がイイですかね!? 浮力を発生させます! 安定をさせるのがメインなんです! そして逆に翼端部は奥行きも面積も狭くすることで、風を切る時にしなって曲がりやすくします! このねじれが発生することで、翼端は急な横の動きにくさびを打ち込む効果が出るんでないかと! 羽根の全てが一斉に同じ動きをするんじゃなくて、部分部分で受け持つ機能を変えるんですよ!」
もうラルフとホッブも、コイツが何を言ってるのかわからない。分かるのは、多分この少年たちの方が……エンシェント万能学院工造学科のどの生徒よりも学院生っぽいということ。
(『好きこそものの上手なれ』とはいうが……マニアまじやべえ……)
(こういう連中に限って、一般教養科目に引っかかって落第するんだよね……)
そして最後にリーダーの少年がとどめの一言。
図面の前縁に近い部分を指差し、確信のある顔で言い放つ。
「模型実験機は無人で飛ばすから付けられないんですけど……実際にフルサイズで作った時は、ここに細工をしたいと思います。搭乗者が紐を引くとこの部分につけた小さな板が起き上がり、正面からの風に抵抗する力が増す装置です。左右の片側だけを操作することで、抵抗が増す方だけが速度が遅れて機体の進行方向が曲がるというわけです」
一通り説明を終えて反応を待っている少年たちに、ホッブは最高の笑みで……理解することを放棄した爽やかすぎる笑みで……グッと親指を立てて見せた。
「パーフェクトだ! このまま作業を進めてくれたまえ!」
今日の作業を終えて意気揚々と帰っていくラルフ妹のクラスメートたちを見送り、もう学院まで戻る気力もない四人は作業部屋にする空き倉庫でグッタリと転がっていた。
「なんかもう……学院生とか年上とかのプライドが折れまくりだ……」
「あれ、ホントにジュレミーの同級生かな……工造専門学院の指導生とかじゃないの?」
「ねえ、ラルフ、ホッブ……私たちの一か月ってなんだったのかな……」
「マニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえマニアやべえ……」
しばらく放心した後、ホッブが勢いをつけて起き上がった。
「いい方に考えよう。どう考えてもあいつらの考えた機体は、今まで見たどのチームの研究成果より勝っているぞ。クラエス、合格に一番近いのはおまえかも知れねえ」
「わ、わーい……って言っていいのかな?」
まだ行き倒れポーズで床に寝そべっているクラエスフィーナがボソボソ呟く。
「なんか……年の離れた弟に逆に夏休みの宿題を片付けてもらった感じがする……」
「気にするな! どうせおまえらポンコツなんだ。他人に書いてもらった宿題を自分でやったような顔をして堂々と提出しろ!」
ラルフも四つん這いで這い出す。
「と、とにかくこれですごい前進したよ? 明日から作ってもらう模型を風洞実験で飛ばしてみて、問題なかったらすぐに実物を作ろうよ」
ラルフの言葉にホッブも頷く。
「そうだな。まあ今の段階じゃ、ホントにガキどもの理論通りにいくのかもわからねえ。試験は俺たちがやらなくちゃならないし、こっちでやることもまだまだ多いんだ。何とか間に合わせるために残り七週間を頑張ろうぜ」
「そうだな……そうだよな!」
バグっていたダニエラが再起動したらしく、元気に立ち上がって気勢を上げた。
「よっし、やってやろうじゃねえか! クラエス、まだまだこれからが本番だぜ!? どうせ基礎から他所のチームをパクってやってたんだ! ガキどもに宿題やらせて名札を付け替えて出すくらいで、罪悪感なんか感じてる場合じゃねえぞ!」
「アウッ!?」
「ダニエラ、具体的に指摘するんじゃねえよ」
「あれっ?」
「はうー……協力してくれる皆様の為にも、頑張らないとね」
床に座り込んだクラエスフィーナがいまいち覇気のない声で決意を宣言する。まだダニエラの一言が突き刺さっているらしい。
もらってきたサンプルの袋を引っ張ったり畳んだりしながら、ラルフが天井を見上げた。
「しかし今日一日でだいぶ改善が進んだね。機体は凄い進化したし、材料の布とゴムも手に入れたし。後は発射台をちゃんとダニエラが設計できれば、もうほぼ完成じゃないの?」
「まあ三号機の実験次第じゃ、改善点がまだまだ出てくる可能性はあるけどな」
あぐらをかいて座っていたホッブも膝を一つ叩いて立ち上がった。
「それでも……次は実戦レベルの試験飛行を狙えるかもしれねえぞ? 気合い入れて行こうぜ!」
いつもは何かしら問題点を見つけるホッブが、先行きが明るくなってきたおかげで浮ついている。それを見たクラエスフィーナとラルフも、お互い微笑み合うと埃をはたいて立ち上がった。
みんながやる気になったのを見て、ダニエラが拳を突き上げる。
「よーし、明日とは言わず今日からでも、出来ることをやって行こうぜ! おいホッブ、あたしは何をしたらいい!?」
「そりゃおまえ、決まってるだろ」
やる気満々のダニエラへ……ホッブは現実を突きつけた。
「今から『黄金のイモリ亭』で、幼女の仮装でお運びさんだろ? ダニエラちゃん」
この時、調子に乗っている四人は気がついていなかった。
……五つの問題点の最後。一番肝心な「推力」の件が全く検討されていないという事を。




