28.パンツ万能論
湖畔での実験失敗で得られた改善点五個のうち、三つまではとりあえずの対策ができた。“翼の安定性”と“安全な降り方”は後輩たちの研究待ち。“発射台”はゴムバンドの入手が可能なら、そんなに難しい構造じゃない。
となると後は、“布張りの材質”と“風魔法の推力への応用”をどうするかだ。
「うーん、帆布に替わる素材……強度があって薄い布。何かあるかな?」
研究室のコーヒーを勝手に入れながら、ラルフは宙を見上げて考え込んだ。
「風を通さないってのも大事だぞ? 抜けて行っちゃうんじゃ、揚力が下がっちまう」
明らかにラルフがコーヒーを淹れるのを待ってるダニエラが、選定するのにはずせない点を指摘する。帆布の弱点は目の粗さにもあった。僅かずつでも布地を通して風が漏れるので、弱風だと風が通り抜ける割合が多くて揚力を維持できない恐れがある。
「単価も考えろよ? “翼”を作るってなると結構な面積になるからな。向き不向きに加えて、調達できる値段でないと困る」
ホッブが別の角度から課題を上げた。風洞実験場の助教に言ったほど金が無いわけではないけれど、決してジャブジャブ使えるほど予算があるわけでもない。
「普通の布ってそんなに大きくないよね? 小さいのを繋ぎ合わせるとなると、接着の方法も考えないと……」
クラエスフィーナが技術的な問題もあると言った。帆布は文字通り帆船の帆に使うので巨大なサイズで作られているけど、服や袋の作成に使われる布はそんな大きな幅では売っていない。
「目が詰まってて……」
「薄くて軽い……」
「それなりに買いやすいお値段……」
「繋ぎ合わせ……」
皆それぞれに思い思いの格好で考え込み……クラエスフィーナを除く三人が同時に呟いた。
「クラエスのパンツをどう加工したら使えるか……」
「私のパンツから離れて!? なんで!? どうしてここで私のパンツが出てくるの!? このあいだのコーヒーフィルターよりさらに支離滅裂だよ!」
キレるエルフの主張を、他の三人はいやいやとあくまで真面目な顔で否定した。
ダニエラがなだめるように言う。
「だってさ、薄くて目が細かくてそれなりに数があるってなると……クラエスのパンツははずせないだろ?」
「はずせるよ!? 余裕で候補からはずれるよ!? 全然全くパンツは向いてないよ!? パンツに使う布地なら判るけど、なんで“私の”限定なの!? 」
ホッブがいきり立つクラエスフィーナに一応の配慮は示した。
「クラエスの懸念もわかるぜ? 一枚当たりの面積が小さいから縫合が大変だって言うんだろ?」
「そんなミニマムな所は問題にしてないよ!? だからパンツ用の布地ならともかく、なんで“私の”限定なの!? 何? 私のパンツは万能薬かなんかなの!?」
「クラエス……おまえ年頃の乙女がさっきから、パンツパンツ連呼するのはどうなのよ」
「誰が言わせているのよ!?」
エルフがギャーギャー喚いているのを横目に、ずっと黙って考え込んでいたラルフがハッと閃いた顔をした。
「そうか……クラエス・パンティーは万能通貨ではあるが、万能薬ではない! どんな場合でも使えるわけじゃないんだ!」
「パンティー言うな!? あと、通貨でもないよ! 下着以外に用途なんて無いよ!?」
「えー? だってコーヒーフィルターには使えるって……」
「そ・れ・は・ラルフの発案だからね!? 私は一言も言ってないからね!」
ラルフが指を鳴らして三人に向き直った。
「これも発想の転換だよ! 何もそのまま使わなくてもいいんだよ。クラエスのパンツを売って、高くても良い素材を買えばいいんだ!」
ホッブとダニエラも意表を突かれた顔をしてラルフを指差した。
「それだ!」
「それじゃない!」
一人ブーイングのクラエスフィーナを置いて、三人は興奮して話し始める。
「冴えてるぞラルフ! なんなら物々交換してもいいな!」
「パンツを賞品に、使える素材を探させるのはどうだ?」
「なんだ、簡単だったな。ハハハ!」
「パンツ前提で進めないで!?」
仲間の晴れ晴れした笑い声に、一人孤独なエルフの悲鳴が被さった。
なぜかクラエスフィーナが本気で怒ったので、布は他の方法を探す事になった。
「と言っても、思いつかないんだよな~」
ラルフがぼやく。他の三人もその点については同様だ。ダニエラが指摘した。
「そもそもよ。この中に、世間にどんな布地があるか知ってるヤツはいるか?」
沈黙が場を支配した。
全員知識無し。
「おい、どうやって探せと……」
「他人の事を言えないだろ、ダニエラ」
ラルフがムキになって指折り数え始める。
「僕だっていくらかは知ってるよ。まずクラエスのパンツでしょ?」
「私のパンツを数えるな!」
「僕のパンツ、ズボン、上着、導師のマント、帆布、麦粒の袋、粉袋、テーブルクロス、ベッドのシーツ……」
「ラルフ、確かに全部手触りが違うのは判るが……おまえが数え上げているのは布製品だ」
ラルフが上げた品の数々を聞いていて、クラエスフィーナが一つ思い当たった。
「ねえラルフ。ラルフの家って製粉までやっているの?」
「ん? うん、そうだよ。粉で仕入れて売るよりも粒で仕入れてうちで粉にした方が、注文に小回りが利くし利鞘が大きんだ」
大事なのは特に後半。
「粉用の袋を買っている問屋さんを紹介してもらえないかな。そこなら布を扱うところを知ってそう」
「あー、なるほど」
クラエスフィーナの発案にダニエラが膝を打った。
……が、ラルフとホッブは渋い顔をしている。
「どしたの? 商売上まずいの?」
「いや、それはまずい事は無いんだけど……」
ラルフとホッブは顔を見合わせた。
「……見返りが怖いよね」
「クラエスの進路がいよいよ狭まりそうだな……もしくはさらに情報料上乗せか……」
ラルフの家で袋問屋を知りたいという話をすると、意外と簡単に紹介状を書いてくれた。
「ありがとうございます!」
「良いってことよ。他でもないクラエスちゃんの頼みだしな」
喜んで感謝するクラエスフィーナにラルフ父は機嫌よく応対している。ダニエラがラルフの袖を引いた。
「なあ、おまえの父ちゃんクラエスに鼻の下を伸ばしているけどさ……よく母ちゃんが怒らねえな」
「ダニエラ、おまえはまだ甘い」
「ほえ?」
ラルフはホッブと目を見合わせる。
(やっぱオマエの親父、クラエスを狙ってるよな。目が笑ってねえぜ)
(ああ……しかもクラエスから見えないところで母さんとハンドサインを交わしてた。真綿で首を締めるように、じわじわ恩義で締め付けてクラエスが身動き取れないようにする腹だ)
(……ホントにオマエんトコの家族は何者だよ!?)
(商人だよ)
声にならない声でラルフとホッブが背筋を冷たくしていると、クラエスフィーナが申し訳なさそうに申し出た。
「あの、それで……教えてもらったお礼はどれほど出せば……」
さすがのチョロイン・クラエスフィーナも、ここのところの頼み事でラルフの家に何かしてもらうには代価が必要と学んでいたらしい。
ラルフは父を睨みつける。
(父さん、ここで『嫁に』とか言うなよ!?)
ラルフとしては、クラエスに告白するにもフェアにいきたいのだ。ラルフ父は息子の視線に、他人に判らない程度に肩を竦める。
(テメエの自主性に任せてたら何百年かかるんだよ……まあこの程度でそこまで言わんさ)
ラルフ父はあくまで朗らかに手を横に振った。
「そんな、これぐらいで金は取らねえよ」
「ホントですか!? 重ね重ねありがとうございます!」
「ああ。そこにいるエバンスのとこのガキの勤労奉仕を二日追加でいいわ」
「わぁい!」
「おい待て!? なんで俺の犠牲が軽く扱われているんだよ!」
なぜか話に割り込んで猛抗議するホッブ。ホッブはクラエスフィーナにも文句をつけた。
「クラエスも『わぁい!』じゃねえだろ! 俺を気軽に売り飛ばすんじゃねえ!」
「だって、ソレだけで良いって言うんだよ? 私に実害は無いんだし、お得じゃない」
「……クラエスも言うようになったな……」
納得していないホッブを引っ張って、ラルフたちは貿易商通りへ行ってみることにした。袋問屋はちょうどドルーズ導師に聞いたゴムを扱う店と近い。合わせて回れそうだ。
四人はまずラルフの家の馴染みの袋問屋へ入る。出て来た主人に状況を説明し、使える布の情報を求めた。
ラルフ父の古馴染みである顎鬚のオヤジは、もしゃもしゃの髭を撫でさすりながら考える。
「うーん、目が詰まっていて安い布かあ……」
オヤジはそのまま黙って、ずーっと考えている。
「なかなか難しい注文なのかな……」
「そうみたいだな」
このままでは埒があかないので、思考中のオヤジへホッブがそっと声をかけた。
「あの……心当たりが無いようだったら、布地問屋を紹介してくれりゃそっちを当たりますけど」
「ああ、いや……うちは生産者から直接買い付けてるし、これって布地も無いわけじゃないんだが……」
そこでオヤジがキリッとした顔で向き直った。
「どんなオプション付けりゃ、うちが一番儲かるかなと思って」
「おいラルフ、オマエの親父の知り合いはみんなこんなのばっかりか?」
「その知り合いの中にはホッブの父ちゃんも入ってるんだけど」
髭オヤジが一枚の袋を出してきた。
「考えたが、コイツが商売抜きで一番お勧めだな」
つまり原価率が悪いらしい。
見た目は確かに服を作る布地みたいに織り目が見えないぐらい細かいし、肌触りもサラサラして粗もない。
「これは何の袋ですか?」
「そこそこ高級品の粉袋だな。お貴族様とか豪商とかの家に小麦粉とか収めるのに使うんだ。目が細かいから粉の漏れも少ないし、丁寧に脱色してあるから見た目が綺麗な白色だろ? ああいう上流階級はこんな消耗品でも上等なのを喜ぶからな。ラルフ坊の家にも納めているぞ」
「へえ」
ラルフは指先で袋をつねってみた。
「うちに上流階級の納品先があったとは」
「おい、跡取り息子」
ラルフの頭にかぶせた袋の口をきっちり紐で絞めると、ラルフの呼吸に合わせて袋がパンパンに膨らんだり萎んだりする。
「ホントに目が細かいな。かなり通気性が無い」
「これ、イケるんじゃね?」
感心したように呟くホッブに、ダニエラが弾んだ声で同意する。持った感じが帆布より格段に軽いし、風をはらんだ時の保持力も良さそうだ。
「でもこれ、強度はどうなんだろ?」
クラエスフィーナが別の一枚を摘まみながら心配そうに漏らした。搭乗者としては、飛行中に破ける事態だけは避けたい。
袋問屋の主人はそれについても楽観的に請け合った。
「十キロとかニ十キロとか粉を詰めて運ぶ袋に使っているんだぜ? そりゃ帆布みたいなテントに使ったりする布地ほどじゃないが、一般に出回っている薄手の布地の中じゃあ強度はいい方なんじゃないか?」
「そうなんですか!」
ホッとするクラエスフィーナ。だとすればかなり有望だ。
しかしダニエラが難しい顔で袋をこねくり回している。
「オヤジさんよ、ニ十キロの小麦粉に耐えるって話だけど」
「おう?」
「表示禁止キロのクラエスを支えた場合、どうなんよ?」
場を支配する沈黙。
「………………一点に荷重を掛けなければ、大丈夫……なんじゃ、ないかなあ……?」
ちょっと苦しい主人の回答に、途中からエルフが割り込む。
「ちょっとダニエラ!? 全然大丈夫だよ!? 羽のように軽いエルフなら全然問題ないよ!?」
「羽のように軽いエルフならな? でも乗るのはクラエスだかんな?」
「比重の重いドワーフよりマシだよ!?」
エルフとドワーフの言い争いは、ホッブが止めるまで続いた。
「布はこれでいいとして、問題は値段だな」
ホッブが主人に、二号機のデータで必要面積を見せた。
「だいたいこれぐらいの大きさが必要なんすけど、お幾らぐらいになりますかね? シルクみたいに高い物だと、ちょっと予算オーバーなんですけど」
一人で乗る機体とはいえ、その搭乗者の重さを支える為に“翼”の大きさはそこそこ大きい。ワンピースなら余裕を見ても三着ぐらいは作れる計算になる。
主人は顎鬚をしのぎながらサイズを見た。
「んー、結構大きいのが必要なんだな……まあでも、そんなに高くはならねえよ。そもそも消耗品の粉袋に使う布だぜ? 元生地も袋用だからデカいので作ってもらっているし、うちの反物で言えば二枚あればカバーできるんじゃないかな」
「左右で一枚ずつか! それなら張り付けしやすくていいな!」
「無地じゃなくても良いってんなら、値段は一枚当たりこれぐらいでどうだ?」
髭オヤジの提示金額は一枚当たり銀貨八枚。決して安くはないけれど、扱いやすさを考えたら帆布よりまだ安い。破れた時の為に予備も買うとしても無理なく何枚も購入できる。
値段を見せられたクラエスフィーナとダニエラも即決でOKを出し、ホッブは主人と握手した。
「コイツは良い買い物だったな」
「そうだね! 幸先が良いよ!」
ホッブの満足げな一言に、クラエスフィーナもホクホク顔で頷いた。サンプルで粉袋も二枚もらったので、ラルフ宅で研究中の模型作りが進めばさっそく使ってみることができる。
「よし、次はゴムを売ってる店だな」
「この調子でいい出物があるといいなあ」
笑顔で出て行くホッブとクラエスフィーナに続き、後を追うダニエラも酸欠でのたうち回っているラルフの尻を上機嫌で叩いた。
「おいラルフ、おまえも死にかけてないでサッサとついて来いよ!」
「紐をはずしてーっ!?」




