27.ホッブ式アクロバティック解決法
「それでホッブ、“安全な降り方”の方は進捗があったの?」
ラルフに聞かれ、ホッブが胸を張った。
「おう、それな! ちょっと大事な点に気がついた」
「大事な点?」
「なにも今の形にこだわる必要はないってことだ」
ホッブとダニエラは着水した時のクラエスフィーナの安全をどう確保するか、ヒントを求めて学院内をうろつき回っていた。
「問題を切り分けるとだ。まずクラエスが水没した時に身体を固定しているバンドを簡単に外せるかどうか。そして次に上からのしかかってくる機体からどう脱出するか。その二点だと思うんだよなあ」
ダニエラが指摘したように、同時に起こっていても問題点は二つある。優先すべきは固定バンドの方だが……。
「しかし、簡単に外せやすいということは外れやすいということでもあるぞ? クラエスが空を飛んでいる間に、もし空中でほどけてしまったら……」
「高所恐怖症が余計にひどくなるな」
生きていればの話だが。
「四か所で縛っているから、湖に突っ込んでから窒息するまでの間に冷静に外せるかもあるんだよなあ。その間、クラエスがパニックにならずに行動できるかどうか」
ダニエラが友人の性格を考えてため息をついた。
「難しいか」
ホッブから見ても、クラエスフィーナはパニックになった時にとっさに頭が回りそうにない。搭乗者の方に機敏な動きを期待するのではなくて、バンドの方をうまく作れないものか?
「バンドを簡単に外せ、だけど簡単にはほどけないように縛る。何かできねえかな」
「うーん、と言うと……」
ダニエラが真面目な顔で振り返った。
「固結びを止めて、蝶結びにするとか?」
「おまえ固結びにしてたのかよ!? 四か所もとっさに水中ではずせるか、自分で水に浸かって試して来い」
「バカかおまえ、あたしゃそもそも空を飛ぶこと自体ごめんだ! クラエスがなんとかやりたいって言うから手伝ってるけど、自分の事だったら奨学金の方をあきらめてるね!」
「……それクラエスに言うなよ? アイツ楽に流される性格だからな」
機体の造りに関する事だからと工造学科棟をうろついてみるけれど、そんな簡単にはアイデアは転がっていない。歩き疲れた頃、二人は中庭に見覚えのある先輩を見つけた。
「おいダニエラ、あそこの周りより頭一つデカい姿は……」
「ありゃ、このあいだのアントニオ先輩だろ。オーガはそうはいねえぞ」
そこにいたのは以前湖畔で実験を見学させてもらった先輩だった。今も小型機で実験中らしい。ちょっと見ていくことにする。
ホッブがふと気になったことをダニエラに尋ねた。
「オーガって、王都じゃエルフとどっちが珍しいんだろうな?」
「滅多に都に居ねえ種族っていう点じゃ、どっちかって言うとエルフの方が少ねえかなあ……ちなみに、高く売れるのは間違いなくエルフの方だな」
「……おまえら、友達なんだよな?」
「おまえとラルフが友達と呼べるんなら、あたしとクラエスも友達だぞ?」
以前の物より一回り大きくした“ファン”を組み込んだ“魔法の絨毯”を試していたオーガの先輩は、二週間ほど前に見学に来た二人を覚えていた。
「ふむ、湖面に落ちた後の脱出ができないと」
誠実を通り越してお人好しなんじゃないかと思われるオーガは、実験の中休みにわざわざ時間を割いて考えてくれた。
「今のままだと危険だが、安全帯を簡単にすれば脱落事故が怖いと……うん、道理だねえ」
しばらく考えていたアントニオ先輩は、呼ばれる声に返事をしながら頭を振って立ち上がった。
「ちょっと僕では今すぐアレコレ具体的なアイデアが出ないのだけど……発想を変えてみるのも大事かもしれないな」
「発想を変える、ですか?」
「うん。例えば……搭乗者が機体の下敷きになるのがまずいのなら、上に乗るとか? いや、ふと頭に浮かんだだけだからハッキリどうしろとは言えないがね」
後輩から実験結果の解析を説明されている先輩の後姿を見ながら、ダニエラはポツッと呟いた。
「上に乗せる……かあ」
「何か閃いたか?」
「まだイメージは湧かねえんだけど……」
ホッブの問いかけに、迷いの晴れた顔でダニエラは断言した。
「アントニオ先輩が言うと、なんかそれでやれば上手く行く気がしねえ?」
「おまえ他人に影響され過ぎだろ? 現実問題、その某先輩の研究がうまく行ってねえんだが」
「とまあ、昼間そんなことがあってだな。それで」
話を聞いていたラルフとクラエスフィーナに、ホッブはそこまで経緯を語って説明を締めくくった。
「よくわかんねえけど、そうしようかという話になった」
「ホッブも影響され過ぎだろ!? “よくわかんねえけど”ってなんだよ!? 具体的なアイデアを出せよ!」
「そう言う事こそ皆で意見を出し合うのが重要なんじゃないか。四人で考えようぜ」
「……バカが四人集まってもロクな考え出てこないと思うけど」
「それは分かっているが、四人全員で考えれば失敗したって連帯責任だろ? 俺が考えたら俺だけの責任になるじゃねえか」
実際に体験したクラエスフィーナも、上に乗る方式に賛成だった。
「“翼”の上に乗れば、昨日みたいなことがあっても脱出まで余裕があると思うの。救助が来るまで待ってられると思うし」
ホッブも上乗り推進派だ。
「上に乗ればベルトの本数を減らせるんじゃないか? そもそも今のベルト四本って、機体から離れないようにって言うよりも身体を吊るす為だろ?」
逆に、最初は気が移っていたダニエラは反対に回った。
「“翼”の下に搭乗者を吊るすなら、重心が機体の下にあるから安定するけどよ。上に乗るとフワフワ浮き上がる機体を、下から引っ張る力が無くなっちまう。逆に上が重くなるから、風に煽られた時に転覆しやすくなるんじゃないか?」
そこまで言ったダニエラがクラエスフィーナを見た。
「つまり“翼”に、重てえクラエスの体重をどう負担させるかって話よ」
ホッブが頷いた。
「なるほど、重いクラエスが問題だと」
ラルフが唸った。
「うーん……僕はクラエスはこれくらいで良いと思うんだけどな。抱き心地が最高だった」
クラエスフィーナが椅子を振り上げた。
「重い重い言うな! あとラルフ、主題が違ってるよ!?」
ラルフが両手を広げた。
「まあ僕たちが考えていても、これ答えが出ない問題だよ」
「じゃあどうするんだ? どこで答えを出す?」
ホッブに聞かれ、ラルフは実験棟の方を指した。
「経験豊富そうな人がいるじゃない」
「というわけで、ご意見を聞きに来ました」
ラルフたちは風洞実験室に来て、管理者の助教に意見を求めた。
「その答えを出すのが、君たちの課題研究じゃないのかね?」
助教の言う事も真理である。
だけどその程度の指摘で引き下がっていては、市場で値引き交渉なんかできやしない。今必要なのは学者の冷静な理論では無くて、最短最小の努力で及第点に(他力で)たどり着くオバちゃん的厚かましさである。
「結論を出して欲しいと言うんじゃありません。助教の豊富な経験に基づいた、一般論としての含蓄ある分析をお聞かせ願えればと思いまして」
「ふむ……」
ラルフのところどころに学者の自尊心を刺激する語句を散りばめた「物は言いよう」理論に、助教は顎をさすって考え込んだ。この辺りのおだて方はクラエスフィーナやダニエラには考え付かない。商家の息子ならではの駆け引きである。
「まあ一般論で言うならば……どちらが正しいというものではないな。機体の形状や推進方式によって、どちらかが有利と言う場合もあるしあまり関係ない場合もある」
「はあ」
「そもそも君たち。現状で君たちの実験機は、最低限の初歩の初歩でしかないんじゃないかね? あの梯子に布を張ったような実験機で本番も飛ぶ気じゃないだろうな?」
「そ、それはぁ……」
ダニエラが気まずそうに視線をそらせる。そのつもりだったか、先の事を何も考えていなかったかのどちらかだ。
皆のジト目を感じて、焦ったダニエラがお得意の“見えない壁のパントマイム”を始めた。
「いやほらそれはあれだ! とりあえずクラエスを空に飛ばすという目的がまずあってうまく行かないから次のステップのリアクションが取れないというか別にあたしが思いつかないとかそういうわけでもなくて……」
「一言で言え」
「みんなで考えようぜ」
助教が設備を指した。
「どちらがいいのか、まず機体形状をそれぞれ決めて滞空実験を行うべきだろう。理論でどちらが有利という定説が無い以上、良いか悪いかは機体によるとしか言えないんだからな。その為の風洞実験場だろう?」
「それはそうなんですが……」
助教の言う事は正論なのだが、時間のない身でそれはちょっと厳しい。クラエスフィーナが指先をもじもじさせながら、恐る恐る答えた。
「私たち、今から二種類も実験機を作るお金も時間も無いんですけど……」
「だから君たち、その為の風洞実験場だろう。ここの本来の目的を知らないのか? 建物などの構造が嵐に吹かれた時にどうなるか模型を置いて調べる施設だぞ?」
助教が壁の棚に並べてある神殿や民家の模型を指し示した。中には屋根がもげている物もある。
「実物の建物を置いたら、扇風機ごときでは嵐は再現できん。縮尺構造を精密に再現した模型で、縮小した町並みで嵐に相当する環境を試すんだ。使えるかどうかもわからない実験機をフルサイズで何機も作っていたら、それこそ金も時間も足りないだろうが」
自然と視線がダニエラに集まる。皆に注目されていることに気がついたドワーフは視線を彷徨わせ……。
「おいダニエラ。おまえ最初に来た時、風洞実験場の用途を知ってたよな?」
「……エヘッ」
「エヘッ、じゃねえよ!? まず模型で試すのなら全然手間が少ねえじゃねえか!」
「いやホッブ、それは分かってる。分かってるんだがよ」
ダニエラがいきり立つホッブを押しとどめ、重々しく首を振った。
「いいかホッブ。模型と言っても、そこらで売ってる子供のオモチャじゃねえんだ。実機の図面をもとに正確にサイズとかを縮小して、同じ材質で作る必要があるんだ」
「それはそうだろうな」
ダニエラが胸に手を当て、真剣な顔で叫ぶ。
「そもそも図面が描けねえあたしが、さらにチマチマ細かい模型を作れると思ってんのか!?」
助教に引きずられていくドワーフを見送り、ラルフがため息をついた。
「そう言えばダニエラ、最初に釘が打ちやすいからって家具がつくれそうな材木で骨を作っていたっけね……」
「ああ。……俺たちうっかり忘れていたな。アイツのポンコツっぷりが筋金入りなのを」
へんにょりと耳が垂れているエルフが泣きそうな顔で呟いた。
「ダニエラがあの調子だと、また模型作りですごい時間を取られそうだよ……間に合うのかなあ?」
「うーん……」
正直唯一の工造学科がアレでは、心もとないにもほどがある。
ラルフとクラエスフィーナが先行きの不安に揃ってため息をついていると……。
「一つ手を思いついた」
「ホッブ?」
一人考え込んでいたホッブが、何か腹案を考え付いたらしい。
「ラルフ、おまえの妹に力を借りたい。クラエスの為って言うなら手を貸してくれるんじゃねえか?」
「それは頼んでみるけど……何をするの?」
「外注だ」
趣旨を説明されて、ラルフの家の空き倉庫に集められた五人の男子はふむふむと頷いた。
「なるほど、そういう事ならお手伝いできそうですね」
「材料は支給されるんだろうな? 材料費でもいいけど」
ラルフと一緒に説明に立ったホッブが確約した。
「材料費も出すし、必要な物があれば用意する。もちろん手間賃も払おう。設計図も書いてくれれば、その分もちゃんと出すぞ。但し今言ったように、指定した人形を載せて、縮尺をきちんと測って十倍した時に等身大になるようにしてくれ。どんな形にするか、実物大で無理が無ければ形も任せる」
「わかったー」
「承知!」
がやがやと議論しながらさっそく紙にスケッチを描き始めた彼らに後を任せて、ラルフとホッブは作業場所にした空き倉庫をそっと出た。
「何をするのかと思ったら……機体設計も模型製作も工造学科志望の幼年学校生に任せるとは……」
「ちょっと前まで模型を飛ばして遊んでた連中だ。むしろ俺たちよりこういうのは得意だろう」
そう。エンシェント王立学院の動学系学生に余剰はいなくても、学外に出てしまえば適性のある人間なんかゴロゴロいるのだ。実際ラルフの妹にクラスメートで好きそうなのをリクルートしてもらったら、即座に五人も集まった。
「導師たちもまさか、何の関係もない幼年学校生まで動員するとは思ってないだろうね」
「規定に『学院外に手伝いを頼んではいけない』なんて書いてなかったからな。ザルだらけの課題なんだ、こっちも隙間を突いてやろう」
「さすがは法論学科にこのペテン師ありと唄われるホッブだよ。条文のアクロバティックな拡大解釈に関しては右に出るものがいないね」
「はっはっは、褒めるな褒めるな」
台所に降りると、ラルフ妹とクラエスフィーナがお茶を飲んでいた。
「ジュレミー助かったよ。五人もいればだいぶ早いと思う」
「クラエスちゃんの役に立てて嬉しいわ」
クラエスフィーナの前だからということもあってか、鼻高々に胸を張るジュレミー。クラエスフィーナに感謝されて嬉しそうでもある。
それは良いけど兄としては、妹がお兄ちゃんの為とは言わないのをちょっと寂しく思うラルフだった。
「それはそうとお兄。あいつらに払う手間賃と別に、私にも紹介料もらえるんでしょうね?」
「うちの妹はしっかりしてるよ……」
「当たり前じゃない。こちとら商売よ」
ラルフ妹にも、きちんと商売人の血が流れているようだ。そしてもちろんこの人も。
「おいラルフ、倉庫の貸し賃は週払いでいいよな?」
「日割にしてよ、父さん!」
「えー、うちに旨味がねえじゃねえか」
「予算が厳しいんだよ!」
「紹介料は当然一人当たりよね?」
「全員雇ったんだから、まとめてサービスしてよ!」
ホッブとクラエスフィーナは憮然とした顔で、ずいぶんビジネスライクな親子兄妹喧嘩を眺めた。
「本当にこの家は……」
「王都のおうちって、みんなこうなの?」
「そんなわけあるかい」




